コトリカゴ

 今日の学校が終わり、靴箱から靴を出す。バイバーイやこの後の予定が聞こえてくる昇降口、いつもなら莎菜が待っているが、今日はその姿はない。

 スニーカーを履いて、学校を出て駅に向かう。
 何気ない毎日の日常に、隣にいつも彼女がいて。幻を感じる今日の状況に、ちょっとした寂しさを覚えた。

 ちょうどひとり分空いていた椅子に座り、電車は出発する。最寄りの駅で下り、リュックをカゴの中に入れて、自転車のサドルに跨った。


 莎菜に会いたい気持ちが、無意識に足を速めていたのかも知れない。普段より早く村に着き、お見舞いの品である林檎を取りに、まず家に帰る。
 その途中。一本道を進んでいると、横井のじいちゃんの息子さんがいた。

 一本道から庭に向かう私道で、煙草を吸っていた。そこを通り掛かり、おぅと声を掛けられる。

「今帰りか?」

「はい」

 自転車を止めて、言葉を返す。

 じいちゃんの葬儀やお墓入れが終わり、ようやく終わったと言った感じの息子さんは、心なしか解放された、すっきりした顔色をしていた。

「色々とお疲れ様でした」

「はは、ほんま疲れたわ。せやけど終わってみたら、何やあっと言う間やったと言うか、何て言うか……」

 苦笑いを滲ませて、煙草を吸う。ふぅーと煙を吐き出してから、お礼が述べられた。

「せやけど、ありがとうな。あんなことがあったの、皆には黙っててくれて」

「いえ……」

 そう答えた声は小さかった。黙っていた、と言うよりかは黙っていた方がいい気がして、話さなかっただけ。

 じいちゃんも口止めしてたくらいだしな……。

 それでも。
 今でもじいちゃんのあれは何だったのか?
 ずっと引っ掛かっている。

「……あの。じいちゃんのあれは、何だったのか? 訊いてもいいですか? 阿切さんは病って言っていましたが、あれが病とは、到底思えなくて……」

 人が変わってしまう病なんて、あるのか?
 しかもあんな、化け物みたいに――。

 あの時のじいちゃんを思い出して、目を伏せる。
 煙草を吸う息は聞こえてきたけど、息子さんからの返答はない。

 しばらく重い空気が流れる。紫煙が宙を漂ったところで、静かに口が開かれた。

「村の、昔話。言い伝えは知っとるか?」

「いえ、知らないです」

 話題が切り出され、パッと慌てて顔を上げる。
 知らないと言うと、そうかぁと息子さんは呟いた。

 言い伝え――。

 それは、ゆき兄にも訊ねられたことだった。

『――柊雨はさ。この村の言い伝え、知ってる?』

 ゆき兄は何か知ってそうだったけど、結局それについては教えてもらえなかった。

 ゆき兄からも息子さんからも出た、村の言い伝え。

 じっと息子さんの目を見る俺の心臓は、どくどくと速さを帯び始めた。