コトリカゴ

「――――」

 付けていたテレビから、お笑い芸人の声が聞こえる。その後スタジオの笑い声が沸き起こり、母親はそれを面白そうに見ていた。

 半分程食べ進めた焼きそばから箸を置き、お茶を飲む。それから横顔に話し掛けた。

「母さん。訊きたいことがあるんだけど」

「なぁに?」

 笑った表情のままこちらを振り返る。その時はまだ明るいものだった。

「父さんの出張は――どうなっているの?」

 その話題を出した途端。明るかった顔に影が差す。

「どう、とは?」

「いや、突然出張が決まってもう1ヶ月経つし。そろそろ帰ってくる目処が立ってもいいんじゃないかな? って思って」

「そうね。でももうしばらく掛かるみたいよ」

「そうなんだ」

 ここで話は区切られる。母親から話題を広げられる様子はなく、こちらから振らなければ終わってしまう空気があった。

 ――でもそれは裏を返せば、ちゃんとした事情を知っていると感じた。知っていて話をしたくない。知っていて、知らないフリを続けたい。そんな思惑も感じた。

 母さんは何も言わずに焼きそばを口に運ぶ。テレビから聞こえてくる笑い声だけが、広い居間に響いていた。

「でもさその出張って。葬儀に帰って来れないくらい、重要なものなの?」

 静かにそう問えば、ハッとした母親の顔が向けられた。

 それは俺の気持ちを汲み取ったものだったのか。それとも、何かに気付かれていると思ったものだったのか。どちらとは分からなかった。それでも後から思えば、俺ももう子供じゃないと改められた瞬間だったのかも知れない。

「カチ。カチ。カチ……」

 相変わらず楽しそうな声が、テレビに流れていた。しかし耳に聞こえていたのはそれではなく、時計の秒針の音だった。

 妙な静けさが流れた頃、母親の口が開く。

「そうね。とても重要なことよ。それこそ、村の反感を買ってでも帰って来れないくらいの」

「でもそれで、母さんが非難を浴びることになるじゃないか! 昨日だって白川さんに目を付けられて……!」

 身を乗り出し、つい大きな声を出してしまう。そんな俺を見て、母親はにこりと安心させる訳ではなく――逆に真剣な表情で言った。

「それは覚悟の上よ」

 ――父親の事情を、間違いなく知っている。
 知っている上での決意に、これ以上は何も訊けなかった。