コトリカゴ

「阿切さんっ……!」

 振り返って、すぐに訊ねようとした。今知っておかないと、休めるものも休めないと思ったから。

 これは何だったんですか? と。最初の文字に口が開く。

「阿切さん……。父が世話になりました。母も、ありがとうございました」

 しかし先に、会話を取ったのは息子さんだった。疲れ切った顔で、すみませんでしたと頭を下げる。

「ええんですよ。それより大事になる前で良かったです」

「はい。本当に何とお礼を言ったら……。とりあえず、この後はどうしたらええですか?」

「そうですね。まず俺から白川(しらかわ)さんに連絡します。その後のことは――」

 これからの話が始まり、とても間を割れる状況ではなくなってしまう。本当なら納得した状態で去りたかったが、優先すべきはじいちゃんのことだと、それが分かるくらいには落ち着いていた。

 ……これ以上、赤の他人である俺が出来ることは何もない。

 何も言わず帰ることは気が引けたが、また落ち着いた時に挨拶に来ようと思った。息子さんも娘さんも、今はそれどころではないだろうから。

 静かに和室を出て、もう一度じいちゃんを見る。

 鼻と目、耳からも血を出して、ぴくりとも動かず床に倒れたまま。口元はその量の多さを物語るよう、真っ赤に濡れている。

 じいちゃんは……死んだ、のか……?

 それすらも曖昧だった。そうだろうと思っても、誰もそうだとは口にしなかった。

 どうして誰も。
 じいちゃんのことに触れないんだろう……?

 それでも今は疑問を胸の奥に押し込んで、そっと踵を返す。靴を履いて玄関の扉を閉め、はぁーと大きな息を吐いた。

「とりあえず……帰ろう」

 まだ周りの景色が少し見えていたが、もう見えなくなるくらいすっかり暗くなっていた。スマホで時間を確認すると、7時を回っていた。

 自転車のスタンドを上げて、ゆっくり漕ぎ出す。
 小さなライトの明かりだけが、暗い景色の中を動き、自宅へ向かって走っていった。



 ――街灯に照らされていない一本道を、明かりもなく歩く男。
 横井の家から出てきた自転車を、偶然に見られていた。

「……柊雨?」