コトリカゴ

「これで、じいさんに巣食ってた病はなくなった。せやけどばあさんがヤバいな」

 白目を向いて口から泡を出し、ぴくりとも動かないばあちゃん。独鈷をしまってから、阿切さんはばあちゃんの元に近寄る。
 心臓に耳を当てられる様子を見る娘さんが、さっきまでの衝撃に耐えれなくなり、ずるりとその場にへたり込んだ。

「う、うぅ……。お母さん……。お父さん……」

 口元を手で覆い、涙を流す。

「あかん。心臓止まっとる。すぐ心臓マッサージするで」

 胸から顔を上げた阿切さんは、素早く心臓マッサージを始める。その所作は慣れたもので、何回か行った後、娘さんに話し掛けた。

「娘さんやんな? そんなら手伝ってもらえませんか?」

「え……?」

「俺は心臓マッサージを続けますから、あなたは人工呼吸をして下さい」

「人工呼吸……? でも私、したことない……」

「今そんなこと言うとる場合ちゃうでしょ!? 一刻を争う状況を、躊躇っとったら助かるもんも助からん。出来る出来ないとちゃう。やるんです!」

 その一言に、娘さんはハッとなって駆け出す。

「お母さん、頑張ってぇやぁ……!」

 心臓マッサージに加え、人工呼吸も行われる。その様子を見守ることしか出来なかったが、右手をぐっと握り、助かってくれ! と強く願った。


 やがてばあちゃんの口から、小さくごほっと咳が漏れる。奇跡的に息を吹き返し、この場にいた全員が深い安堵に包まれた。

「お母さん……!」

 喜びに、娘さんがわっと泣き出す。小さなばあちゃんの体に顔を埋めて、わんわんと泣いていた。

 緊張の糸が切れて、強張っていた力が全身から抜けていく。ほっとしていると、ようやくここに俺がいたことに気付かれた。

「あれ? 柊雨君、おったんか」

「実はいました……」

「じいさんの顔を見に来てたんか?」

「はい。もう危ないと聞いたので」

「せやったんか。せやけど、何ともバッドなタイミングに来たもんやな」

 ついてないなぁと、阿切さんが苦笑する。

 確かにさっきまでのことは、バッドな出来事と言っても間違いないだろう。トラウマ級で、忘れたくても忘れられない、衝撃的なものだった。

 ただ顔を見て、すぐに帰るはずだった……。

 じいちゃんの体にあった模様のことも。じいちゃんが変になってしまったことも。
 祓うと言って、始まった阿切さんのお祓いも。

 ――全てが。漫画やアニメでしか見たことのない世界だった。

 恐怖と言うよりも、理解を追い付かせることに必死で。混乱を極めた顔をする俺の肩に、ぽんと手が乗った。

「まぁ今日は帰って、ゆっくり休み」