コトリカゴ

「あぁ。ごめんねぇ。懐かしくてつい。もしかして、お父さんに会いに来てくれたんかな?」

「はい。危ないと聞きまして……」

「そぉかぁ、ありがとうなぁ。お父さん、柊雨君のこと気に入っとったから、喜ぶわ」

 どうぞと言ってもらえたので、お邪魔しますと言って玄関を上がる。
 自分の家と同じ木造立ては俺の家より古く、廊下を歩けば酷く音が鳴る。しかし艶のあるピカピカな黒い板の廊下は、気品さがあった。

 居間を通り過ぎ奥に進むと、襖が空いた部屋があった。6畳程の和室の中央に、敷かれた布団の上にじいちゃんが横たわっていた。その傍に横井のばあちゃんが座っていて、じっと動かず、一点を見つめている。

「ずっと寝たまんまでなぁ。話し掛けても喋らんのよ。でも声は聞こえとると思うから」

「分かりました」

 答えてから和室に入り、ばあちゃんの隣に座る。

「ばあちゃん、こんばんは。じいちゃんの顔を見に来させてもらいました」

「あぁ、柊雨君か。ありがとうなぁ」

 小さな背中を丸めて、皺だらけの顔が少しだけ微笑む。でもそれは一瞬だけで、また心配そうな顔でじいちゃんの方を向いた。

 それから、顔の近くに座り直す。教えられた通りじいちゃんは、ずっと荒い呼吸を繰り返していた。時折苦しそうな声だけが漏れて、痛みに耐えているのか。額に汗が浮かび上がっている。
 またまともに食事も取れていないのだろう、元気だった頃と違って顔色は白く、頬は影が出来る程に痩けていた。

「じいちゃん、聞こえる? 柊雨だよ」

 じいちゃんの目はずっと硬く瞑られていて、開く様子はない。布団の上でうぅと唸っては、苦しそうに体勢が変わるだけ。

「小さい頃色んな遊びを教えてくれて、ありがとう。とっても楽しかったよ。また元気になったら、教えて欲しいな」

 語り掛けても返ってくる言葉はない。聞こえているとは言われたけど、あまりの反応のなさに聞こえてないんじゃないか? とさえ思ってしまう。

 少しだけ様子を見つめて、大変な時にあまり長居するものじゃないなと考える。もう一言話し掛けて帰ろうとすると、布団を握り締めていたじいちゃんの手が、何かを求めるように天井に向かって伸ばされた。
 その反動ですとんと、パジャマの袖が肘まで落ちる。

 皮と骨になった細い腕が露になり――

 その腕にはびっしりと。


 ――見たことのない黒い模様が広がっていた。