君の放つアルテミスの矢が、僕の胸を貫いた

 

 卒業した中学校の校舎脇を流れる矢川の水際に立つ。草原を振り返っても、そこにセーラー服姿はいなかった。
 俺は、望月に会いたかったんだろうか。
 もしも同窓会に参加していたとしても、決してあの夜の望月には二度と会えない。
 モデル事務所にスカウトされた時、万が一、再会できるチャンスかも知れないと、俺は馬鹿みたいな夢を見た。
 真冬の夜、地上での出来事を強く踏み締めるようにこの河川敷に立つ姿は靭やかで美しく、ただ、望月に見惚れた。
 空いている左隣に話しかける。
『モデル?! あたしが?』
 照れながらも嬉々とした声が対岸からこだまする。
 同窓会会場の隅に置かれた卒業文集。『将来の夢』のページに書かれていた控えめな文字を、今夜初めて俺は目にした。
『将来の夢 モデル 望月美誠』
 あの夜の返事を十五年遅れて受け止める。
 宵闇の草原の向こう側、真っ直ぐに俺を睨みつけてきた大きな瞳は光っていた。あれは涙だったんだろうか。
 まっすぐに伸ばした二本の足で地上を踏みしめるシルエットが、誰もいない矢川の堤防に浮かび上がる。
 俺達の住むこの地球上、弓矢を手にして、月の光で編んだ天使の輪を被って降り立ったのは、きっと女神だった。
 傾いたオリオン座の近くで月が輝いている。その仄かな光が俺の左隣を突き刺す。
 きっと今頃、望月の頭上にも冬の終わりの星座が広がっているはずだ。
 ――今、どこで、同じ夜空を見てる?

 まだ肌寒い春の夜、天頂で囁き合うオリオンとアルテミスに見守られたまま、夜の芝生に立ち尽くす。冴えた頭の中に陳腐で、普遍的で、神話の時代から語り継がれている感傷を見つけた。
 本当は当時から気付いていたのに、見えないふりをしていたのかも知れない。
 僕の、そして俺の胸の奥がちくりと痛む。
 それはアルテミスが放った矢の跡だった。
 自分の初恋をくしゃくしゃに丸めると、俺は矢川の向こう岸に届くように踵に力を込め、滲んだ濃紺の空へと蹴り飛ばした。

 ☆ミ
                                          
  終



 ☆参考文献★
『月の本』林完治・著(KADOKAWA)