一人きり、俺はエレベーターの片隅で考える。
居心地が良かったとは言えない中学時代だった。今夜、サッカー部の連中やクラスメイトに再会する気になったのは気紛れじゃなかった。成人式ですら拒んで地元に帰らなかったのに、試したくなったのかも知れない。
――今の自分は、あの苦い過去から逃げずに立ち向かえるかを。
最上階に到着してエレベーターの扉が開くと、俺はスーツの上からポケットに触れた。ハガキに手書きで添えられたメッセージの送り主に会いに。
パーティー会場「ポラリス」に足を踏み入れ、主催者の近藤に声をかけられるのをきっかけに同級生の群れに囲まれた。半数以上は女子の元同級生だ。高校以降は自分の見た目が嫌じゃなくなっていたし、持て囃されるのに慣れた結果、異性に困ることは無かった。結婚をちらつかせる打算を見抜きながら、自然と適度な言葉を選んで口が動く。
何も感じない。代わりに、居心地の悪さも感じなかった。
「市立矢川中学校二〇〇☆年同窓会に乾杯!」
「乾杯!!」
意気揚々と近藤が音頭すると、グラスのぶつかる甲高い音がフロアに響く。
機嫌よく酔っぱらう元同級生達からの質問がせわしない。俺は言葉少なに頷き、微笑むとビールを飲んでいると、不意に背中に視線を感じた。
慌てて振り返る。視線は、騒がしいフロアの中心から外れから射してきた。窓辺近くの柱の向こう、歓談の輪をわざと離れるように控えめなスーツ姿の女性がポツンと立っていた。静かな佇まいとうらはらな鋭い目元に、面影が重なる。
――柘植さん。
胸の奥が、ぎゅっと小さく締め付けられる。
体育祭の委員で一緒に過ごした日々や、かつて彼女から注がれた想い、そしてあの河川敷での出来事が一瞬で頭を駆け巡っていく。
――もう、俺は逃げないんだ。
ぐっと踵に力を込め、一歩踏み出す。騒がしい人の波間を抜け、引き寄せられるように彼女の方へ向かう。
「久し振り。柘植さん」
声を掛けると、視線を逸らしていた柘植さんは恐る恐る顔を上げる。それを合図に周りにいた元合唱部の仲間達だろう、ちらちらと好奇心混じりの視線をよこしながら去っていく。
あの頃の俺は正直、甘えていたと思う。期待をかけてしまうほど彼女の親切心に頼ってしまった。それも無自覚で。何を言えば正解なのだろう。
「……元気そうね」
ぽつりと柘植さんは呟いた。弱虫なあの頃の俺を、甲斐甲斐しくお世話してくれた覇気のある声とは程遠い。とても弱々しい声だった。
次の言葉が見つからず僕が固まっていると、柘植さんは小さく頭を下げるなり、会場出入り口へと去っていった。
もう、俺と話すことなどないのだろう。
先程覚悟したばかりなのに、胸の奥を引っ掻かれたように痛みが走る。
「マジか? やべぇーじゃん、それ!」
その時、フロアの中央から一際はしゃいだ声が響いてきた。嫌でも声の主が分かる、耳馴染みのある声を自然と耳が拾う。
会場の右隅で十人くらいの男だけの群れが騒いでいる。米倉だ。佐々木もいる。サッカー部の連中はそれぞれの顔に疲れが見え隠れして、毎日の鬱憤をアルコールで晴らしているように見える。
⋯⋯いない?
だけど、その集団の中央に相応しい一等星が見当たらない。。
予想が外れ、俺は力無く片手を降ろす。その拍子に手がスーツのポケットに触れ、案内ハガキがクシャリと静かに音を立てた。
『ハガキなんて今時珍しちだろ』
乾杯の前、今夜の主催者の近藤は愉快そうに俺が手にした招待状を見遣った。
「俺達の頃ってまだSNSも携帯電話もなくてさ、めちゃくちゃ不便だったのに噂だけはすぐに広まったよな。ノートの切れ端とかさ」
すぐに、二年四組の教室で男子の間だけで回覧された、あの紙のことだと分かった。
「それでさ、自分の会社に元同級生も何人か雇っているんだけど、中学時代に戻った気分になって貰おう、って言い出したんだよ、うちの派遣の誰かが。えっーと。誰だったかな」
雇用主となった近藤が自分の従業員になった元同級生達の名前を思い出そうとするので、
「そうか⋯⋯。近藤、ありがとう」
と、俺は静かに礼を言い、その場を離れた。
ハガキに走り書きされた手書きメッセージは発送時に隙を見て書かれたのだろう。
ビールグラスに再び口をつける。喉の渇きを炭酸がおさめると、意を決した。
「皆、久しぶり」
「うわ、マジか。アマじゃん!」
騒いでいたサッカー部員達の輪が、一層賑やかになる。
「何でこんな所にいんだよー!」
「東京で洗練されて、その上モデルだっけ? 人生イージーモードでますます余裕って顔になったな」
口元を引きつらせて米倉が笑うのを、
「矢川中のサッカー部から有名人が出るって凄くねぇ!? アマは俺達の誇りだな」と佐々木が遮ると一斉にボルテージが上げて騒いだ。部室で、教室で、何度浴びただろう不愉快な笑い声にも俺は何も感じなかった。
『復讐かな、俺なりの。――アマも何か目的があるんだろ?』
ステージ前方、昔は相手にもされなかった元クラスメイトに囲まれている近藤を視界の片隅に認め、冷めた頭で返事する。
⋯⋯ちがう。
俺はそんなことがしたくて、今夜ここに来たんじゃない。
「皆、少し俺の話を聞いてもらえないかな」
居心地が良かったとは言えない中学時代だった。今夜、サッカー部の連中やクラスメイトに再会する気になったのは気紛れじゃなかった。成人式ですら拒んで地元に帰らなかったのに、試したくなったのかも知れない。
――今の自分は、あの苦い過去から逃げずに立ち向かえるかを。
最上階に到着してエレベーターの扉が開くと、俺はスーツの上からポケットに触れた。ハガキに手書きで添えられたメッセージの送り主に会いに。
パーティー会場「ポラリス」に足を踏み入れ、主催者の近藤に声をかけられるのをきっかけに同級生の群れに囲まれた。半数以上は女子の元同級生だ。高校以降は自分の見た目が嫌じゃなくなっていたし、持て囃されるのに慣れた結果、異性に困ることは無かった。結婚をちらつかせる打算を見抜きながら、自然と適度な言葉を選んで口が動く。
何も感じない。代わりに、居心地の悪さも感じなかった。
「市立矢川中学校二〇〇☆年同窓会に乾杯!」
「乾杯!!」
意気揚々と近藤が音頭すると、グラスのぶつかる甲高い音がフロアに響く。
機嫌よく酔っぱらう元同級生達からの質問がせわしない。俺は言葉少なに頷き、微笑むとビールを飲んでいると、不意に背中に視線を感じた。
慌てて振り返る。視線は、騒がしいフロアの中心から外れから射してきた。窓辺近くの柱の向こう、歓談の輪をわざと離れるように控えめなスーツ姿の女性がポツンと立っていた。静かな佇まいとうらはらな鋭い目元に、面影が重なる。
――柘植さん。
胸の奥が、ぎゅっと小さく締め付けられる。
体育祭の委員で一緒に過ごした日々や、かつて彼女から注がれた想い、そしてあの河川敷での出来事が一瞬で頭を駆け巡っていく。
――もう、俺は逃げないんだ。
ぐっと踵に力を込め、一歩踏み出す。騒がしい人の波間を抜け、引き寄せられるように彼女の方へ向かう。
「久し振り。柘植さん」
声を掛けると、視線を逸らしていた柘植さんは恐る恐る顔を上げる。それを合図に周りにいた元合唱部の仲間達だろう、ちらちらと好奇心混じりの視線をよこしながら去っていく。
あの頃の俺は正直、甘えていたと思う。期待をかけてしまうほど彼女の親切心に頼ってしまった。それも無自覚で。何を言えば正解なのだろう。
「……元気そうね」
ぽつりと柘植さんは呟いた。弱虫なあの頃の俺を、甲斐甲斐しくお世話してくれた覇気のある声とは程遠い。とても弱々しい声だった。
次の言葉が見つからず僕が固まっていると、柘植さんは小さく頭を下げるなり、会場出入り口へと去っていった。
もう、俺と話すことなどないのだろう。
先程覚悟したばかりなのに、胸の奥を引っ掻かれたように痛みが走る。
「マジか? やべぇーじゃん、それ!」
その時、フロアの中央から一際はしゃいだ声が響いてきた。嫌でも声の主が分かる、耳馴染みのある声を自然と耳が拾う。
会場の右隅で十人くらいの男だけの群れが騒いでいる。米倉だ。佐々木もいる。サッカー部の連中はそれぞれの顔に疲れが見え隠れして、毎日の鬱憤をアルコールで晴らしているように見える。
⋯⋯いない?
だけど、その集団の中央に相応しい一等星が見当たらない。。
予想が外れ、俺は力無く片手を降ろす。その拍子に手がスーツのポケットに触れ、案内ハガキがクシャリと静かに音を立てた。
『ハガキなんて今時珍しちだろ』
乾杯の前、今夜の主催者の近藤は愉快そうに俺が手にした招待状を見遣った。
「俺達の頃ってまだSNSも携帯電話もなくてさ、めちゃくちゃ不便だったのに噂だけはすぐに広まったよな。ノートの切れ端とかさ」
すぐに、二年四組の教室で男子の間だけで回覧された、あの紙のことだと分かった。
「それでさ、自分の会社に元同級生も何人か雇っているんだけど、中学時代に戻った気分になって貰おう、って言い出したんだよ、うちの派遣の誰かが。えっーと。誰だったかな」
雇用主となった近藤が自分の従業員になった元同級生達の名前を思い出そうとするので、
「そうか⋯⋯。近藤、ありがとう」
と、俺は静かに礼を言い、その場を離れた。
ハガキに走り書きされた手書きメッセージは発送時に隙を見て書かれたのだろう。
ビールグラスに再び口をつける。喉の渇きを炭酸がおさめると、意を決した。
「皆、久しぶり」
「うわ、マジか。アマじゃん!」
騒いでいたサッカー部員達の輪が、一層賑やかになる。
「何でこんな所にいんだよー!」
「東京で洗練されて、その上モデルだっけ? 人生イージーモードでますます余裕って顔になったな」
口元を引きつらせて米倉が笑うのを、
「矢川中のサッカー部から有名人が出るって凄くねぇ!? アマは俺達の誇りだな」と佐々木が遮ると一斉にボルテージが上げて騒いだ。部室で、教室で、何度浴びただろう不愉快な笑い声にも俺は何も感じなかった。
『復讐かな、俺なりの。――アマも何か目的があるんだろ?』
ステージ前方、昔は相手にもされなかった元クラスメイトに囲まれている近藤を視界の片隅に認め、冷めた頭で返事する。
⋯⋯ちがう。
俺はそんなことがしたくて、今夜ここに来たんじゃない。
「皆、少し俺の話を聞いてもらえないかな」
