君の放つアルテミスの矢が、僕の胸を貫いた

 
 三学期は、坂道を転がり落ちていくボールのように加速度をつけて過ぎ去った。
 僕の怪我は大したことなく入院一日で済んだ。だけど、心にぽっかりと大きな穴が空いたみたいに動けなくなった。
「アマ、めっちゃ必死だったよなー。マジ白けたわ」
 登校初日、僕が四組の教室に入る直前、米倉達はかったるそうにだべっていた。救急車を呼ぶ騒ぎになった結果、流星群観測は中止になったらしい。
 柘植さんは人が変わったように僕に話しかけなくなった。
 あのクリスマスの夜、矢川の堤防に柘植さんだけは来なかった。米倉達サッカー部メンバー、それとつるんでいる女子グループとの間に何があったのか陰口を叩かれていたけど、それもすぐに止んだ。別の誰かを標的にした噂で夢中らしい。
 望月は今まで通り、窓際の席で静かに外を眺め、放課後にはすぐに教室を出ていく。
 男子内で回覧したあの手紙はもう回ってくることはなかった。
 多分、ただ、飽きたんだ。飽きて、皆、きっとすぐに忘れるんだろう。

 大会は散々だった。
 僕はゴールを決めるどころか、チームメイトのパスを回すことも、受け止めることもできず、出場して数分ですぐにベンチに下げられた。そして、試合は負けた。
 役立たずな僕をサッカー部全員が呆れた。顧問からの叱責はおろか、米倉達のいじりの標的にされることすらなく、一年生達は遠巻きに視線を送るだけだった。
 試合後に退部届を提出した。太谷から三度目に引き留められることはなかった。

 望月とは三年でクラスが別れた。近藤とも別だったし、米倉や佐々木、そして太谷とも別の組だった。サッカー部の奴等のうち何人かは同じ組だったが、お互いに話しかけることもない。たまに村瀬さんと廊下ですれ違うけど、お互いに視線を合わさなかった。
 誰とも繋がれなかった僕は、塾に通いはじめ、志望校に合格した。

 三月、卒業式を迎えた。
 僕はサッカーゴール前で元サッカー部員達が集合写真を撮っているのを横目に校門を出て、明日からはもう使わない通学路から薄紺に染まりかけた空を見上げる。桜の蕾が震えていそうなほど寒くて春を感じられないのに、空の低い位置にオリオン座が移動していると気付く。
『季節によって星座の位置が違うんだよ。地球が公転してる証拠だよね』
 教えてくれた通りだった。
 冬の勢いを失くしたオリオン座は何も言わずに西の空に沈んでいく。四月になれば空の地図も変わるだろう。
 家に着くと、母さんが簡単な祝宴を開いてくれた。たかが中学校を卒業しただけなのに、と水を差すのも子供過ぎる、幼い頃みたいにご馳走をはしゃいで平らげた。
「良い高校生活になるといいわね」と母さんの祝福に「ありがとう」と礼を告げ、自分の部屋に戻る。
 ベッドの上には脱ぎ散らかした学ランと蛍光ブルーのサブバックが放り投げたままで、バッグからは卒業証書と学年文集が覗いていた。教室で受け取ってしまいこんだままだった。
 僕はベッドに座り、紺地の表紙を開く。
 卒業文集には同級生の作文とクラスごとに構成された手書きのページが掲載され、『担任の先生の好きな所』『今だから言いたいこと』等とお題に合わせて他愛無い寄せ書きが散っている。米倉の文字はページからはみ出しそうに大きく、佐々木は意外にも丸文字、柘植さんは習字のお手本のような整った文字だった。
 ページを捲っていくと、太谷と望月のクラスに手が止まった。『将来の夢』のタイトルを飾るページの中央に『サッカー選手』の手書き文字が目立つ。右斜めに走るような堂々とした文字は自信に満ち溢れるキャプテンそのもののだ。
 僕は望月のを探すことなく、ベッドに倒れこむなり卒業文集と同時に目を閉じた。
 瞼の裏、一面に広がるバノラマは真夜中だ。地平線が続く何もない世界、全天には星と月が嬉しそうに囁き合い、その下界、草原でアルテミスとオリオンが仲良く寄り添っている。
 いつかの日の、望月と僕みたいだった。

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