復讐。
弾んだ声音に似合わぬ語句に、聞き間違えたかと見返す。近藤は口角を上げている。
「……何だか、不穏な言い方だな」
「な、考えただろ? だってさ、俺を見下していた奴等を正当な方法で見下ろせるんだせ? 一番の復讐はさ、こちらが成功することなんだよ。向こうが必死になっても届かない高さの地位に立って、むしろ施しをする。気持ちいいもんだよ」
「結構言うようになったな、近藤」
「まぁな。単純な嫌がらせをするなんて器の小さい奴がすることだろ? 何なら、俺の復讐は人助けでもある。そうそう、うちの会社で派遣で雇っている奴もいるんだよ。向こうは知らずに応募してきたから笑ったよ! 今回の手配関連、招待状の発送とかね。……あれ、何の話だっけ?」
俺の返事を必要としなさそうに流暢に話す近藤に「いや、何だったっけな」と握っていたハガキを下ろした。
「こうして再会できて嬉しいよ。アマは変わらないね、何か、安心したよ」
俯いたまま頬高に小さく笑う。こちらの反応を伺うような上目遣い。不意に、高価なスーツ姿の上から、まるまると太った学ラン姿の近藤と重なっていき、懐かしさを覚える。
やっぱり根は変わっていないんだな。納得していると、自信ある笑みが少しだけ翳り、俺の顔を覗き込むように続けた。
「アマこそ、卒業してから同窓会や集まりになんかずっと顔出さなかっただろ? それなのに今回になって現れるなんてさ」
「いや。⋯⋯たまたま、時間が出来ただけだよ」
「ふぅん、大活躍で忙しそうだもんな。⋯⋯アマみたいな人間は、俺みたいに復讐って訳でもないだろうけど、何か目的があるんだろ?」
乾杯の後、しばらく俺は元クラスメイト達に囲まれた。
かつて同じ校舎にいたはずなのに、会場に散らばる元同級生達の制服姿と一致させるのに苦労した。
この日の為にエステに通ったのだろう、身体のラインを強調したワンピースを着ている元女子のリーダー格はカクテルを飲む瞬間に、ふと、生活の翳りを落としているのに本人は気づいていない。明らかに他の女子達から浮いていた。
中学校過去最高記録を打ち立てた元陸上部のエースはくたびれた背中を隠しもしない、ただの営業職のサラリーマンになっている。ずっと地元を離れなかった奴等は結束が固く、宴会場の中央のテーブルを占拠して、誰かが何かを発するたびに大声で笑った。意外な男女が夫婦になっており、まだベビーカーが手放せない子供を連れてきて、我が子がちやほやされるたびに満ち足りた顔をしていたが、その横で当時仲良かったのだろう女二人が苦い表情で顔を突き合わせて舌を出していた。生徒会長を務めた学年一位の秀才は見当たらず、当時はつるんでいたはずの奴等が「浪人して引きこもりになった」だの「老人の親から金をせびっている」だの立てる噂を酒の肴にして盛り上がっていた。
きっと明日になれば、一夜限りの虚飾や見栄の輝きなんて消えてしまうのだろう。
――復讐か。
近藤がそっと漏らした言葉が頭を遮る。
壁際に避難した俺は、そっと俯瞰で会場を見下ろしてみる。
確かこいつとこいつは同じグループだったはず、と線を結んでいく。頭と頭を結べば、人と人の地図が出来上がり、あの頃の矢川中学校での景色がはっきりと浮かび上がってくる。
昔と変わらない。本音ではバラバラなのに、幾つになっても人は人とつるむのだ。
その地図に透明の勢力図がレイヤーされる。旧来のカースト制度を嘲笑うように近藤に群がり、その囲いの外で運動部だった陽キャが固まって見ている。
これが近藤の復讐か、と静かに納得する。アルコールに浮かされた大人達の星座を見つめながら、その輪に入れない俺はふと気が付く。
⋯⋯まだ来てない、のか?
星座を作ることのない星。どこにも所属しない星を探し続けていたが、天星図のどの集団にも見つからない。
肩の力が抜けて窓に凭れ掛かった。
ガラス越しに、本物の恒星がチラチラと控えめにこちらを覗き込んでいる。
春の宵、空には一等星も六等星でも自分の力だけで輝きを放っている姿は羨ましくなるほどだった。ポラリスの名前の通り、最上階の宴会場は北側に面していて、こちら側からオリオン座どころか、月も見えない。
⋯⋯いつもみたいに、って、そう言うことか⋯⋯?!
ハガキに走り書きのような急いで書いた文字の主の意図が、急に閃いた。
再会を祝う賑やかな群れをそっと抜け、俺は一人、誰にも告げずに会場を飛び出した。
☆
弾んだ声音に似合わぬ語句に、聞き間違えたかと見返す。近藤は口角を上げている。
「……何だか、不穏な言い方だな」
「な、考えただろ? だってさ、俺を見下していた奴等を正当な方法で見下ろせるんだせ? 一番の復讐はさ、こちらが成功することなんだよ。向こうが必死になっても届かない高さの地位に立って、むしろ施しをする。気持ちいいもんだよ」
「結構言うようになったな、近藤」
「まぁな。単純な嫌がらせをするなんて器の小さい奴がすることだろ? 何なら、俺の復讐は人助けでもある。そうそう、うちの会社で派遣で雇っている奴もいるんだよ。向こうは知らずに応募してきたから笑ったよ! 今回の手配関連、招待状の発送とかね。……あれ、何の話だっけ?」
俺の返事を必要としなさそうに流暢に話す近藤に「いや、何だったっけな」と握っていたハガキを下ろした。
「こうして再会できて嬉しいよ。アマは変わらないね、何か、安心したよ」
俯いたまま頬高に小さく笑う。こちらの反応を伺うような上目遣い。不意に、高価なスーツ姿の上から、まるまると太った学ラン姿の近藤と重なっていき、懐かしさを覚える。
やっぱり根は変わっていないんだな。納得していると、自信ある笑みが少しだけ翳り、俺の顔を覗き込むように続けた。
「アマこそ、卒業してから同窓会や集まりになんかずっと顔出さなかっただろ? それなのに今回になって現れるなんてさ」
「いや。⋯⋯たまたま、時間が出来ただけだよ」
「ふぅん、大活躍で忙しそうだもんな。⋯⋯アマみたいな人間は、俺みたいに復讐って訳でもないだろうけど、何か目的があるんだろ?」
乾杯の後、しばらく俺は元クラスメイト達に囲まれた。
かつて同じ校舎にいたはずなのに、会場に散らばる元同級生達の制服姿と一致させるのに苦労した。
この日の為にエステに通ったのだろう、身体のラインを強調したワンピースを着ている元女子のリーダー格はカクテルを飲む瞬間に、ふと、生活の翳りを落としているのに本人は気づいていない。明らかに他の女子達から浮いていた。
中学校過去最高記録を打ち立てた元陸上部のエースはくたびれた背中を隠しもしない、ただの営業職のサラリーマンになっている。ずっと地元を離れなかった奴等は結束が固く、宴会場の中央のテーブルを占拠して、誰かが何かを発するたびに大声で笑った。意外な男女が夫婦になっており、まだベビーカーが手放せない子供を連れてきて、我が子がちやほやされるたびに満ち足りた顔をしていたが、その横で当時仲良かったのだろう女二人が苦い表情で顔を突き合わせて舌を出していた。生徒会長を務めた学年一位の秀才は見当たらず、当時はつるんでいたはずの奴等が「浪人して引きこもりになった」だの「老人の親から金をせびっている」だの立てる噂を酒の肴にして盛り上がっていた。
きっと明日になれば、一夜限りの虚飾や見栄の輝きなんて消えてしまうのだろう。
――復讐か。
近藤がそっと漏らした言葉が頭を遮る。
壁際に避難した俺は、そっと俯瞰で会場を見下ろしてみる。
確かこいつとこいつは同じグループだったはず、と線を結んでいく。頭と頭を結べば、人と人の地図が出来上がり、あの頃の矢川中学校での景色がはっきりと浮かび上がってくる。
昔と変わらない。本音ではバラバラなのに、幾つになっても人は人とつるむのだ。
その地図に透明の勢力図がレイヤーされる。旧来のカースト制度を嘲笑うように近藤に群がり、その囲いの外で運動部だった陽キャが固まって見ている。
これが近藤の復讐か、と静かに納得する。アルコールに浮かされた大人達の星座を見つめながら、その輪に入れない俺はふと気が付く。
⋯⋯まだ来てない、のか?
星座を作ることのない星。どこにも所属しない星を探し続けていたが、天星図のどの集団にも見つからない。
肩の力が抜けて窓に凭れ掛かった。
ガラス越しに、本物の恒星がチラチラと控えめにこちらを覗き込んでいる。
春の宵、空には一等星も六等星でも自分の力だけで輝きを放っている姿は羨ましくなるほどだった。ポラリスの名前の通り、最上階の宴会場は北側に面していて、こちら側からオリオン座どころか、月も見えない。
⋯⋯いつもみたいに、って、そう言うことか⋯⋯?!
ハガキに走り書きのような急いで書いた文字の主の意図が、急に閃いた。
再会を祝う賑やかな群れをそっと抜け、俺は一人、誰にも告げずに会場を飛び出した。
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