速足で土手を登りきる。見下ろすと、視界を横切って流れる矢川の水面にポツポツと光が反射して、枯草だらけの河原が闇のようだ。真っ暗で焦点が合わない中、いる訳がない、と言い聞かせ続けたせいだろうか。白い人影、草叢の大地を踏みしめて立つシルエットが目に飛び込んでくる。
見間違いじゃない。
望月だ。
『どうせなら私は、天使じゃなく神様のほうがいいな』
まっすぐ佇む姿は雲間から漏れる月明かりで神々しく輝いている。対岸からの風に吹かれ、ショートカットの髪に天使の輪が艶めく姿に、前に交わした冗談を反芻する。とても昔の想い出みたいだ。
「⋯⋯望月! 何でいるんだよ⋯⋯、それに風邪は大丈夫なのか?」
「え? 天野くん? どうしたの?」
息が切れ、冷たい空気に声が真っ白に変わっていく。河川敷へと降りて望月に駆け寄った。
学校指定の紺地のコートと赤いマフラーの下はパジャマのようだ。
「どうしたのはこっちだよ、熱だしてるんだろ、そんな格好で寒くないのか?!」
「大丈夫。こう見えて中に着込んでるんだ。それに昼間ぐらいに平熱に戻ってたから来ちゃった。えへへ、家のベランダからも眺めてたけど狭くって!」
無邪気に笑う天使は僕の心配をものともしない。
「⋯⋯心配だったよ」
「え? ただの風邪だってー、インフルエンザじゃないし感染らないから安心して」
「心配してたよ! 連絡とる方法ないし⋯⋯」
「天野くん、大袈裟だな。――もしかして、何かあったの?」
左肩越しに見上げてくる。表情は真剣なものに代わっていた。
静かに僕を窺ってくる。ショートカットの黒髪には今夜も天使の輪のように艶を輝かせ、僕は思わず目を細める。暗闇の野原でぼやけた視界に眩さが広がり、それは銀河のかたちに似ている。
――駄目だ。望月に心配かけちゃいけない。
