君の放つアルテミスの矢が、僕の胸を貫いた


 校門を出て、日の沈んだ空を仰ぐ。まだ雲がまばらに散っていて、星の光が僅かにしか届かない。のっぺりとした闇の中、オリオンの足のリゲルやシリウスと冬の大三角形を象る一等星だけは辛うじて見付けられた。
 冴える空気に首元が撫でられ、マフラーを巻いた首をそっと身を縮こませる。
 望月が休んで、もう三日目になる。
 僕も望月も携帯電話を持っていないし、家にパソコンはあるけど使い方が分からないし、第一望月のメアドも知らない。連絡網もなくして家の場所も分からないから、見舞いにも行けない。
 ⋯⋯柘植さんは今頃、プリントを届けに望月の家に行っているのかな。
 あの、揉めた日の放課後。六限目のチャイムが鳴るなり、わざわざ僕の机に寄った柘植さんは、
「天野くん、また明日ね」
 ゆっくりと微笑んでから教室を出ていった。また、別の日には、
「クリスマス会楽しみだね。天野くんの応援させてね。思いきって手作り、しちゃおうかな⋯⋯。ねぇ、何が好き?」
とまで訊いてきた。僕が必死に断っても、
「遠慮しないでいいってぱ。私がしてあげたいの」とやめてくれない。冷やかしてくる奴等の代わりに、こちらを盗み見るクラスメイトの気配を背中に感じるばかりだった。
 一方、米倉達はあれ以降は何も言ってこなくなった。部室でもまるで僕がいないかのようにグループで固り、テレビ番組の話でバカ騒ぎするばかり。
 シュート特訓で連日太谷にマンツーマンの指名されたが、望月のことは訊かれなかった。僕はボールを蹴り続け、ほとんどのシュートを太谷に捕らえられた。こちらの攻撃など何でもないというように軽々とキーパーグローブの手に納まる。先週末と同じゴールネット前で外したのが嘘みたいに、フェイントをかけてみたら、とか的確なアドバイスする姿は普段通りだった。
「皆、いい感じで仕上がってきてるな! 他の事に気をとらわれるなよ、しっかり集中して勝ち取ろう。このままなら県大会出場も夢じゃないぞ!!」
と、終礼で部員を一丸にした。その上、
「壮行会だけど、クリスマス会兼ねて企画してある。顧問の先生が特別に教室貸してくれることになったから、終業式の後、部室に集合な! 部外だけど応援も駆けつけてくれるって」
 楽しげな話題を披露し、同学年からは「さすが俺達のキャプテン!」と歓声を、鼓舞された一年生からは羨望を注がれていた。矢川中サッカー部の頼れるキャプテン。
 太谷に訊けば、望月の家の場所はすぐに分かる。でも訊きたくなかった。
 校舎裏の道をぶらついているうち、自然と僕の足が矢川へと向かっているのに気付く。いつの間に体が覚えてしまったんだろう、と踵を返す。その直後、忘れていたように両足が成長痛を叫んだ。溜息を吐き、仕方なく立ち止まる。膝を擦ると、屈んだ角度からちょうど校舎の昇降口が見えた。暗がりの中、セーラー服の女子が数名固まって出てくる姿がぼんやりと浮かぶとともに、ハミングが聴こえる。合唱曲だ。口ずさんでいる何人かに柘植さんを見つける。部活動が終わるのが遅かったのか、と横を見れば一歩後ろを歩く小柄なシルエット――村瀬さんだ。
 二学期最後の美化委員会で別れた後、顔を合わせていなかった。
『そういう所直したほうがいい』と、僕に投げられた詰問が不意に頭を掠めた。プレイを指摘するのと同じ温度で、地球は自転していると言うみたいに正論を下す声がもやもやと曇っていく。
「じゃあまた明日ねー」
 柘植さん達がこちらに近付いてくると分かり、急いで民家の陰に隠れる。
 じくじくと痛むのは膝なのか、胸なのか分からない。僕が一体何をしたって言うのか誰も教えてくれない。
 会いたい。
 来た道を引き返す。いないと分かっているのに駆け足で向かっていた。