「……誰だよ、これ書いたの!!」
「はぁ? 何言ってんの、アマ。お前の名前書いてあんじゃん。匿名でいいのにわざわざ書くとかマウント取ってさー」
「僕じゃない! お前らの誰かが僕の名前で書いたんだ!」
「書いたぁ? 何のために? 俺達の誰がだよ?」
そんなの決まっている。嫌がらせだ。
先週、矢川の堤防で望月といたのを隠し撮りした柘植さんとの渡り廊下での遣りとりを冷やかしてきたのは佐々木だ。もしかしたら無理やり写真を見せるように強要して、噂を立てたのかも。それが先週には太谷の耳にまで入るほどサッカー部に浸透していたのを鑑みると、ボスは米倉だろう。野次馬の嘲笑には部外のクラスの男子も沢山混じり、イタズラした奴もいるかも知れない。
ぐるぐると考えが頭の中で絡んでいると、不意に視線を感じた。米倉が顎下から殴りつけてきそうな勢いで睨み上げてくる。
「何疑ってんだよ、アマこそ言いがかりだろ。それ以上言ったら訴えるぞマジで」
「お、それなら筆跡鑑定しようぜー!」と閃いたとばかりに佐々木が加勢する。「俺達の身の潔白が証明されるだけだからな。その場合、侮辱してくれたのをどう償って貰おうかなぁ」
脅しをかけているつもりなんだろう。反吐が出そうになっていると、
「おはよう、天野くん。どうしたの?」
日誌を抱えた柘植さんが教室へ入ってくる。僕は咄嗟に紙を後ろ手に隠した。
女子への投票に柘植さんの名前があったか思い出せないが、こんなもの書かれる対象にとっては誰も知りたくないだろう。
「どうしたの? すごく怖い顔して天野くんらしくないよ」
「彼女の登場じゃん! どうするアマ、謝んの?」
僕が黙っているのを良いことに野次が飛ぶと、
「ふふ、彼女って。皆の前で言われると照れちゃうね、天野くん」
上目遣いで呟く柘植さんに、
「おーー、熱いね!」
「やっぱ本命はこっちかよ」
周りの声が一層大きくなる。
騒ぎの渦の中、何で柘植さんは僕と付き合っていると平然と嘘を吐くのか、それとも本当に勘違いさせてしまったのか、理解できないことがぐるぐると絡んで解けない。
「おーい、お前ら何やってる! 早く席に着かんかぁ」
始業ベルとともに担任が入ってきた。僕を取り囲んでいた奴等が「やべっ」と慌てて、柘植さんは静かに席に戻っていく。
今のうち、こんな下劣極まりない紙屑は破いてやろう、と僕は背中に回していた腕を戻す。ところが、僅かな差をつき、紙が奪われた。
「なっ⋯⋯!」
「相変わらずトロいな」
素早い動きで米倉は僕から奪うと、折り畳んだ紙をズボンのポケットにしまった。ガタガタと周りのクラスメイトが着席する音に紛れて、
「アマ。この件は一旦保留にしてやる。でも、てめぇは絶対に許さねぇ。⋯⋯それと、お前等もこれは男子だけの秘密だ、女子にはバラすなよ。全員連帯責任だからな」
静かに凄んできた。
その勝ち誇ったような面を殴りたい衝動に駈られる。頭の中が爆発しそうになる。冤罪もいいところだ。
「こら、天野。何ぼーっとしてるんだ? 早く座れよー」
棒立ちのままの僕を担任が間延びした声で叱った。四組の異変など気付いていない。その鈍感さと正反対に、教室内にクラスメイト達の無言での会話が流れていくのを察知する。全方位からの視線には威嚇と好奇心と不審さでちくちくと僕を突き刺し、その圧で椅子に座らせた。吐きそうだ。
「望月は風邪で休みだそうだ」
「先生。私がプリントを届けに行ってきます」
「柘植、頼むなぁ。いつも助かるよ」
「いえ、学級委員なので当然です」と、教壇前の席の柘植さんと担任のやりとりが随分遠くに聞こえる。
窓際にぽっかりと空いた座席。振り返り、小さく頷いてくれるのを僕は妄想する。爪が刺さるほど怒りを握りしめていた拳を開き、そっと心に誓う。
――絶対に、望月にだけは知らせたくない。
☆
「はぁ? 何言ってんの、アマ。お前の名前書いてあんじゃん。匿名でいいのにわざわざ書くとかマウント取ってさー」
「僕じゃない! お前らの誰かが僕の名前で書いたんだ!」
「書いたぁ? 何のために? 俺達の誰がだよ?」
そんなの決まっている。嫌がらせだ。
先週、矢川の堤防で望月といたのを隠し撮りした柘植さんとの渡り廊下での遣りとりを冷やかしてきたのは佐々木だ。もしかしたら無理やり写真を見せるように強要して、噂を立てたのかも。それが先週には太谷の耳にまで入るほどサッカー部に浸透していたのを鑑みると、ボスは米倉だろう。野次馬の嘲笑には部外のクラスの男子も沢山混じり、イタズラした奴もいるかも知れない。
ぐるぐると考えが頭の中で絡んでいると、不意に視線を感じた。米倉が顎下から殴りつけてきそうな勢いで睨み上げてくる。
「何疑ってんだよ、アマこそ言いがかりだろ。それ以上言ったら訴えるぞマジで」
「お、それなら筆跡鑑定しようぜー!」と閃いたとばかりに佐々木が加勢する。「俺達の身の潔白が証明されるだけだからな。その場合、侮辱してくれたのをどう償って貰おうかなぁ」
脅しをかけているつもりなんだろう。反吐が出そうになっていると、
「おはよう、天野くん。どうしたの?」
日誌を抱えた柘植さんが教室へ入ってくる。僕は咄嗟に紙を後ろ手に隠した。
女子への投票に柘植さんの名前があったか思い出せないが、こんなもの書かれる対象にとっては誰も知りたくないだろう。
「どうしたの? すごく怖い顔して天野くんらしくないよ」
「彼女の登場じゃん! どうするアマ、謝んの?」
僕が黙っているのを良いことに野次が飛ぶと、
「ふふ、彼女って。皆の前で言われると照れちゃうね、天野くん」
上目遣いで呟く柘植さんに、
「おーー、熱いね!」
「やっぱ本命はこっちかよ」
周りの声が一層大きくなる。
騒ぎの渦の中、何で柘植さんは僕と付き合っていると平然と嘘を吐くのか、それとも本当に勘違いさせてしまったのか、理解できないことがぐるぐると絡んで解けない。
「おーい、お前ら何やってる! 早く席に着かんかぁ」
始業ベルとともに担任が入ってきた。僕を取り囲んでいた奴等が「やべっ」と慌てて、柘植さんは静かに席に戻っていく。
今のうち、こんな下劣極まりない紙屑は破いてやろう、と僕は背中に回していた腕を戻す。ところが、僅かな差をつき、紙が奪われた。
「なっ⋯⋯!」
「相変わらずトロいな」
素早い動きで米倉は僕から奪うと、折り畳んだ紙をズボンのポケットにしまった。ガタガタと周りのクラスメイトが着席する音に紛れて、
「アマ。この件は一旦保留にしてやる。でも、てめぇは絶対に許さねぇ。⋯⋯それと、お前等もこれは男子だけの秘密だ、女子にはバラすなよ。全員連帯責任だからな」
静かに凄んできた。
その勝ち誇ったような面を殴りたい衝動に駈られる。頭の中が爆発しそうになる。冤罪もいいところだ。
「こら、天野。何ぼーっとしてるんだ? 早く座れよー」
棒立ちのままの僕を担任が間延びした声で叱った。四組の異変など気付いていない。その鈍感さと正反対に、教室内にクラスメイト達の無言での会話が流れていくのを察知する。全方位からの視線には威嚇と好奇心と不審さでちくちくと僕を突き刺し、その圧で椅子に座らせた。吐きそうだ。
「望月は風邪で休みだそうだ」
「先生。私がプリントを届けに行ってきます」
「柘植、頼むなぁ。いつも助かるよ」
「いえ、学級委員なので当然です」と、教壇前の席の柘植さんと担任のやりとりが随分遠くに聞こえる。
窓際にぽっかりと空いた座席。振り返り、小さく頷いてくれるのを僕は妄想する。爪が刺さるほど怒りを握りしめていた拳を開き、そっと心に誓う。
――絶対に、望月にだけは知らせたくない。
☆
