半月後には冬休みを迎えることもあり、学校中が慌ただしい。
「移動前に、少し聞いてもいい?」
二学期最後の委員会の為に部活動休止日になった日の放課後、柘植さんに引き留められた。
何だろう。わざわざ、人目のつかない渡り廊下の隅によび寄せるなんて、と黙って待っている。
「天野くんって⋯⋯望月さんと、二人きりで会ってるの?」
開口一番、そう訊いてきた。
恐る恐るとした声音と裏腹に、柘植さんは僕を真正面から見上げてきた。
「昨晩、矢川の堤防から二人で上がってくるのを見たの。夜八時前とか遅い時間に」
「⋯⋯見間違いじゃない、かな」
上手く返事できた自信はない。咄嗟に僕は嘘を吐いていた。
すると、柘植さんは無言でスカートのポケットから何かを取り出す。差し出してきた掌には四角いプラスチックが握られ、膝下丈のスカートに指定の白いソックス、髪は二つ結びと校則通りの身なりにそぐわない。
「柘植さん、学校に携帯電話なんて持ってきたら没収されるよ」
「⋯⋯そんなの、今はどうでもいいじゃない⋯⋯」
セーラー襟の肩が震えている。
矢川中の生徒のうち携帯電話を持っているのはまだほんの一部で、僕は見慣れない二つ折りの器械を差し出され、小窓に映る画素の粗い映像に目を凝らす。暗い画面にうっすらと人影が二つ。
「これでも会ってない、って言うの⋯⋯?」
今度は首を横に振れなかった。
「河原なんて暗い所、危なくないの? それに望月さんって弟のお迎えとか家事とかで忙しいんじゃないの? だから合唱部だって辞めちゃったし、ああ、それに体育祭の準備だって早退させてあげたのに何で⋯⋯?」
口を開いた途端、僕の目の心配なのか、望月の家の事情なのか、それともクラス行事に対する非協力的な態度への追及か、柘植さんは止まらない。矢継ぎ早な質問攻めに、頭があっという間にいっぱいになる。
「サッカー部の大会も近いし、自主練しようと思って⋯⋯。河原なら他の部員達に見つからないだろうし。そしたら、たまたま望月と会って」
「じゃあ、偶然なんだね?」
全部が嘘じゃない。心の中で言い聞かせる。でも、何で僕は必死に弁解してるんだろう。
「それなら、私を誘ってくれれぱいいのに⋯⋯」
上目遣いで見返される。
「天野くん、体育祭終わってから、全然話しかけてくれなくなったよね。仲良くなれたと思ってたのに」
柘植さんはどこかトゲトゲしく呟いた。渡り廊下を同級生達が騒がしく通り過ぎていく。ちらりと校舎の時計を見れば、あと数分で委員会が始まる。
「もう行かないと」
「やっぱり、目が悪いのにあんな暗い所で練習するなんて危ないよ? これからは私が付き合うよ?」
「⋯⋯いや、いいよ」
「遠慮しないでよ、私なら大丈夫だよ」
「本当にいいって――」
「何だよ、アマ、痴話喧嘩かよ?」
突然肩を抱かれて振り返ると、佐々木が笑っていた。米倉はいなかった。こちらを見比べてはニヤニヤしている。僕は急いで腕を振り払い、この場を去ろうとすると、
「やだ、そんなんじゃないよ」
と否定する柘植さんの声は弾んでいた。
遠くで予鈴のチャイムが鳴る。「やべ」と慌てる佐々木に続いて「じゃ、また明日ね」と手を振りながら柘植さんも踵を返して去っていく。
廊下に駆けていく軽ろやかな足音の余韻の中、僕は焦るどころか、霧が晴れるように頭の中が澄んでいくのを感じた。
⋯⋯誤解される、ってこう言うことか。
今になって太谷に釘を差された助言がじわじわと染みていく。
