君の放つアルテミスの矢が、僕の胸を貫いた

 結局、最終下校時刻の十八時半まで延長した。
 こんな時間までかかるなんて⋯⋯。
 いつもより三十分以上遅い。学ランに着替えると、河原へ急ぎ足で向かう。
 本格的に冬に入ったのか、太陽の沈む時間がどんどん早まっている。緩やかに流れる矢川は、その水面も周りの草叢ものっぺりと真っ黒で、沈むように重かった。その手前、一人きりで水際に佇むスクールコートの背中を見つける。そのまま望月が呑み込まれてしまうんじゃないか、と心配になる。
「あ、来た来た」
 声をかけるより前にショートカットの頭が振り返った。
「ごめん、遅れて⋯⋯! いつもだけど、やっぱりここは暗いな」
「そのお陰で今夜は観測日和だよ」
 駆け寄るなり僕の左腕を取った。さすがに制服にマフラーだけでは寒く、望月も僕も中学校指定のコートを羽織っていた。並んで歩くたびにコートの生地が擦れあう音を、空気が澄んで空がよく見渡せられるからだろう機嫌の良さそうな声が重なる。
「ほら、見て。シリウスが眩しいー!」
 指さす先は東の空の下、オリオン座のベテルギウスの左斜め下辺りで周りの星を蹴散らすように真っ白に発光する十字の星。
 シリウスだ。
 冬の第三角形を作る恒星のうちの一点で、惑星や太陽を除けば、地球から見て最も明るい星だという。
「シリウスがあるのはおおいぬ座、だっけ。オリオンが飼ってる犬の名前、だろ?」
「正解! すごーい、天野くん。勉強熱心! ここで初めて話した時はオリオン座も言えなかったのに、やるなぁ」
 大袈裟に感心されるあたり、僕はあまり出来のいい生徒ではなさそうだ。
「ずいぶん覚えたよね。じゃあ、オリオン座を構成する星の名前は?」
「それ、今定期テストの範囲だったっけ?」
「私からの期末テストだよ」
 いたずらに笑うと白い歯がキラリと覗いた。得意げな顔は教室での姿とは一致しない。決まった時間、決まった場所だけで見られる星座のように特別な。
「何か、まるで⋯⋯、星座みたいだな」
 ポツリと呟くと、すかさず、
「え、何?」
「いや。何でもない」
「そっか。⋯⋯ね、シリウスってね、おおいぬ座に所属するだけあって、英語でDog Starって呼ぶんだよ。それとね、肉眼では一つの恒星に見えるけど、実は列星のシリウスAと、白色矮星から成る連星シリウスBの二つで構成されているんだって! びっくりじゃない?!」
 マニアックすぎる天体講義にも慣れてきた僕の耳に望月のはしゃいだ声が心地いい。すると急に沈黙が降りた。
「⋯⋯大丈夫? 天野くん」
「ん? 講義ならちゃんと聞いてるよ。まぁ、ついていけているかは自信ないけど」
「そうじゃなくて⋯⋯、最近、何か回ってるよね? 男子の間でも、手紙」
 突然だった。好奇心ではない、神妙そうに望月が僕をそっと窺ってくる。あの、女子を品定めするような回覧版の存在を察知していたのか。
「……あー、気にしなくていいよ。くだらない内容だから」
「本当に? 天野くん、本当は無理してるんでしょ?」
 真正面から大きな瞳が問いかけてくる。ごまかそうとした僕を逃そうとしない鋭い視線に捕らわれ、体が固まる。 
 いつもなら、関心があるのかないのか分からない望月のポーカーフェイスを、今までなら窺っていた。容赦なく冷たい空気を吸い込んで僕の頭が冴えてくる。
 狭い教室で僕が巻き込まれる騒ぎにクラスメイトが好奇の目を向けている間じゅう、望月は一度も振り向かず、だけど、背中で聞いていてくれたのか。