君の放つアルテミスの矢が、僕の胸を貫いた


 
 同窓会のハガキなんて、すぐに捨てるつもりだった。
 十五年振りに、この筆跡を見つける前までは。
「……うわ、寒っ!」
  三月も終わりに近づいているのに、夜はまだ寒い。
 俺は薄手のセーターで身を縮ませながらベランダで空を仰ぐ。ぼんやりと滲む視界で、紺碧の広がりに横並びの三つ星へと焦点が合っていく。
 オリオン座だ。
 天上側の橙色に滲んでいるのが赤色超巨星のベテルギウス、オリオンの右足に鋭く輝く白い一等星がリゲルだと、自分でも驚くほどすぐに思い出せる。
 ――中学校卒業してもう何年も経つのに。冬の星座だけは、嫌でも詳しいんだよな⋯⋯。
 西から顔を覗かせる狩人と、東京の夜で再会する。視界の下半分を都心のビル群が埋め尽くし、遠くでスカイツリーの人工的な青い光が槍のように天頂へと突き刺しているせいで、空が少し窮屈そうだ。
 寒さを紛らわすためにズボンのポケットに両手を突っ込んだ。
 カサリ、と右側の指に乾いた感触が当たる。
 指の腹を刺すようなささやかな抵抗を感じながら、それを取り出して、二つ折りにした厚紙を開く。

『天野(あまの) 貴志(たかし)様
 **市立矢川(やがわ)中学校 二〇〇☆年卒業生 同窓会のご案内』

 この時代にハガキとは、なんとも古風な知らせだ。
 まぁ、当時はスマートフォンどころか、携帯電話持ってる奴も少なかったけど。
 これまでも何度か同窓会は催されてはいたらしいが、今年は創立年周目を記念して大々的に企画されるとかで、会場には駅前の最高グレードのホテルが指定されていた。くしゃくしゃになった紙面は指先で必死に伸ばしたものの皺だらけで波打っている。
 俺は溜息を吐き、部屋の中に目を遣る。
 狭いワンルームを占拠したベッドの上、仕事の疲れが沁み込んだコートを放った横にピンク色の封筒が嫌でも目立っている。つい数分前、マンションの郵便受けから受け取ったものだ。俺宛てじゃなくてもいいチラシが溢れかえる中、その封筒は開封されるのを待ちわびてるようだった。
 差出人は母さんから。
「ちゃんと栄養あるもの食べなさいよ」の一文を添え、この招待状の往復ハガキが封入されていたのだ。
 大学進学とともに上京して以来、ろくに帰省しておらず、働き出してからは拍車がかかってマメに連絡もしない不誠実な息子を心配してくれるのは有難い。でも、相変わらずお節介だな、と溜息を吐く。
 昔を懐かしむことが出来るのは、あの頃に傷を負わなかった奴だけなのに。
 ゴミ箱行き決定。
 ハガキを二つ折りに握り潰し、ゴミ箱へとシュートを決めようとした直前、紙面の隅が目に入った。

『いつもみたいに、また、会いたい』

 小さく手書き記されたメッセージが、流れ星のように俺の目に飛び込んできた。急いで書き足したような右斜めにハネた文字だ。
 慌ててハガキを裏返す。
 差出人には、同窓会幹事の何人かの名前とSNSの連絡先が載っていたが、ピンとこない。そもそも、仲が良かったクラスメイトなんて殆どいなかったけど。
 皺だらけのハガキの片隅で、小さく添えられたメッセージはいじらしそうに俺を見上げている。
 ――誰が送ってきたんだ?
 いつもみたいに、という時点で限られてくる。どこかで見覚えある筆跡を眺めていると、忘れてやってきたように胸の奥がざわめき出した。
 本当は、今日までずっと、片時だって忘れたことなんてなかった。
 中学時代になんて、もう二度と戻りたくないと思っていた。まるでずっと疼いている傷のように俺から離れてくれないのだから。

 ☆