矢川の水面を吹く風が、ひやりと僕の頬を撫でた。
寒いな⋯⋯。
風邪引きそうだ。
すっかり陽が落ちた河川敷は、堤防の街灯が届かない暗闇に包まれていた。枯れ草を踏みしめながら川面へ近付くと、カサリと小さく乾いた音が静寂に響く。
望月の背中を見つけた。その華奢な肩がかすかに震え、黒髪が月明かりを受けて揺れている。
「望月」
「おー、天野くん。今日はまた冷えるね」
「あのさ」
僕はポケットから、さっき最寄りのコンビニで買ってきた肉まんを取り出した。まだ温かい紙の包みを二つに割り、ほかほかと白い湯気が立ち上る半分を望月に向けて差し出す。
「食うか? 冷めないうちに」
望月は驚いたように丸い目を瞬かせる。
「え、いいの?」
「肉まんでも食べれば多分、少しは温まるだろ。それに」
「それに?」
「天体講義の、お礼。望月のおかげで、星座とか詳しくなって面白いよ」
「本当に!? やったー! 初めての月謝だ! えへへ、ありがと!」
すぐに子供のように顔をほころばせると、ぱくりと肉まんに齧りつく。
「熱っ!!」
「急いで口にするからだよ。意外と、食い意地張ってるな」
「え? 何だって?」
「いえ、先生。何も」
ハフハフと白い息を零した。その横顔にほんのりと朱が差す。その頭上には、やっぱり黒髪を輝かせるように天使の輪がかかっている。今夜は月が明るい。
「何? ジロジロ見てきてー?」
急に望月が顔を上げた。
「いや、うまそうに食うなって。天使も肉まん食べるんだな」
「ふっふー、育ち盛りだし、天使だって美味しいものには目がないからね。それに夜の矢川で食べる温かいものって格別かも。普段より美味しく感じる」
「そうか?」
「うん、すごく温まるよ。いつもは一人だからかな、知らなかった」
「たまにはここで買い食いするか?」
「いいね、乗った! そうだなー、肉まんだけじゃなく、たまにはピザまんやあんまんもいいなー。授業料前払い制ね」
まるでお菓子をもらった子供のように満面の笑顔になった。
天使顔負けの無邪気さだ。ちゃっかりしてるな。僕は苦笑いしながら、ふと気付く。
⋯⋯返事の仕方に悩んでないのか、望月には。
柘植さんはすごく親切なのに、何を考えているのか分からないし、近藤とは時々テンポがかみ合わない。村瀬さんに至っては帰り道、一言二言喋るだけで殆ど黙ったままだ。
それに、どんなに一生懸命説明しても不機嫌に話を濁してくる米倉や、ニヤニヤ笑いでからかわれる佐々木達とは話にならない。太谷はと言えば、
『アマが本気を出せばミスなんてすぐ修正できるはず。体のことだってコントロールするのは自分次第だよ』
僕がシュートミスした直後、宥めるように微笑んで言った。正論なのに、どこか責められている気がしてならなかった。
でも、今は違う。
望月は僕の怪我のことも、部活でのことも、何一つ尋ねてこない。ただ隣で夜空を見上げ、古代の神々が紡いだ物語を嬉しそうに語ってくれるだけだ。
その声を聞いているだけで、あんなに冷え切っていた胸の奥が、ゆっくりと温度を取り戻していくみたいだった。
☆ ☆
