縁切り巫女姫の縁結び

「これが大和国初の観覧車です。町を一望できるほどの高さまで登るんですよ」

琥太郎は紳士的な笑顔で菖蒲を案内している。表面上は本当に視察のような会話しかしていないが、二人の雰囲気はとても和やかだった。
 菖蒲は観覧車を見上げて目を丸くしている。

「まあ。こうして下から見ると本当に高いですね」

そんな菖蒲を琥太郎が愛おしそうに見つめている。あまりにうっとりした琥太郎の表情を見ているとこちらまで恥ずかしくなってくる。誰がどう見ても琥太郎は菖蒲にメロメロだった。
 見かねた時雨がこほんと咳払いした。
 ようやく我に帰った琥太郎が慌てて菖蒲に声をかけた。

「あ、菖蒲殿。良かったら一緒に乗ってみましょうか」

菖蒲は琥太郎の誘いに目を丸くした。そして観覧車と琥太郎を交互に見た。そんな戸惑う菖蒲に、琥太郎はゆっくりと手を差し伸べた。
 菖蒲は頬をほんのりと桃色に染めて、戸惑いつつ琥太郎の手を取って頷いた。

ーー本当に微笑ましい。

蒼はほっこりした気持ちで二人を見守っていた。まだ恋人同士ではないと分かっていても微笑ましい二人の様子に思わず笑みが溢れる。
 その時、時雨が蒼の耳元でそっと囁いた。

「蒼、私たちも二人で乗ろうか」
「へあ!?」

あまりに突然のことで、蒼は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。恥ずかしくて慌てて口元を手で覆い隠し、時雨を睨んだ。
 しかし時雨は全く悪びれた様子もなく、クスクスと楽しそうに笑っている。

「私たち、一応二人の護衛だしな」

琥太郎と菖蒲は二人並んで観覧車に乗ろうとしていた。他の護衛達もゾロゾロと後に続いて乗り込んで行っている。

ーー私、意識しすぎかな……。

何だか自分だけ過剰に意識しているようで恥ずかしい。

「そ、そういう事なら」

こほんと咳払いして蒼はそう答えた。少し強がった言い方になったようで、時雨はおかしそうに笑いを堪えていた。
 蒼はムッとしたが、何も言わずに時雨と観覧車に乗り込んだ。
 他人の恋愛模様を見ているのは楽しいが、自分のこととなると、困ることの方が多い。今まで感じたことのない感情に振り回されてしまうのだ。変じゃないかな、嫌われないかな、なんて気にしているのに、時雨はそんな蒼さえ愛おしそうに見つめてくるのだから、余計に蒼はどうしていいのかわからなくなる。

ーー私、どうしたらいいのかな。

観覧車は、蒼と時雨を乗せてじわじわと登っていく。そんな観覧車を少し怖いと思いながらも、蒼の胸は高鳴っていく。
 気を紛らせようと観覧車の窓の外に視線を移した。
 そこには見た事もない景色が広がっていた。
 眼前に広がる美しく整った街並みに、蒼は目を見開いた。いつも過ごしている町のはずなのに、見る方向が違うだけでこんなにも綺麗に見えるのか、と感動してしまった。そして、次第に小さくなっていく人の姿を見て「わあ」と思わず感嘆の声が漏れた。

「すごく高いですね」
「ああ。見晴らしもいいな」

時雨が指を刺す方を見ると、だいぶ上の方まで上がっていたらしい。小さくなった町並みがミニチュアみたいでとても可愛らしく見えた。高い建物もあまりないので、遠くまで一望できる。青い空は広々と広がっていて、まるで空を飛んでいるかのような気持ちになった。

ーーこの町は、こんな光景だったのね。

そしてふと上を見上げると、琥太郎と菖蒲の乗った球体が見えた。当然二人きりではなく護衛の人も一緒にいる。

ーー琥太郎様と菖蒲様も、この景色を見たらもっといい雰囲気になるわね。

そう願って蒼はじっと上を見つめた。

ーーあの二人が結ばれるためにも……頑張らなきゃ。

そのためにここにいるのだ、と思うと体が固くなる。どうやら小刻みに震えていたらしい。時雨は心配そうに蒼に尋ねた。

「緊張してる?」
「そう、ですね……」

緊張とは少し違う気がして、歯切れが悪くなった。縁切りの加護が、本当に二人の役に立つのか、不安なのだ。これまで散々縁起が悪いと言われてきたこの能力が人の役に立つとは、まだ思えないでいた。時雨の言葉を信じていないわけではないが、どうしても自分に自信が持てないのだ。
 蒼はそのことを口にして良いのか分からず、何も言えずにいた。
 しかし時雨には分かっていたらしい。
 戸惑う蒼の頭を撫でてくれた。

「大丈夫だよ。蒼の加護に救われた人もいるんだから」
「え……」

ーーそれって……?

まるで蒼の縁切りの加護が誰かを救った事があるかのような口ぶりだ。だが蒼には心当たりがない。縁切りの加護持ちだと分かってから、その力を使うこともほとんど許されなかったのだ。
 だから、蒼は時雨が気を使って言ってくれているのかと思った。

ーー励ましてくれてるんだわ。やっぱり優しい人。

そんな時雨の優しさが嬉しくなる。けれど時雨の社交辞令なのではないかと思うと悲しくもなる。
 蒼はどう言っていいのか分からず、少し困ったような笑顔で誤魔化した。

「本気にしてないね」

時雨の指摘に蒼はドキッとした。何か言わねばと言葉を探していると、時雨が蒼の髪のひと束掴んだ。

「本当の話だよ。だから私は蒼のことを好きになったんだ。蒼は覚えてないだろうけど。私はずっと蒼のことが好きなんだ」

時雨に見つめられると蒼は動けない。時雨が掴んだ蒼の髪をくるくると指で遊ぶ。サラリと艶のある美しい黒髪はとても手触りが良い。
 時雨は思わず唇を落とした。
 そして時雨は困ったような笑顔で蒼を見つめた。

「出来る事なら誰にも見せず隠して閉じ込めて私だけ見るようにしてしまいたい」

真剣な視線に、蒼は目が離せない。黒くキレ長い時雨の目が、蒼を捕らえて離そうとしない。
 このままでは飲み込まれてしまう。
 そう思ったが、蒼は動けなかった。
 二人だけのこの狭い空間の中で、このままだとどうなってしまうのだろう。
 期待と不安でどんどん鼓動が速くなる。
 と、思ったが、時雨はすぐに手を離して、にっこりと笑った。

「なんてね。半分冗談だよ」

悪戯が成功した少年のような笑顔に、蒼は少し胸を撫で下ろした。

ーー冗談……なんだ。

さっきの少し怖い時雨の雰囲気からは考えられないような明るい雰囲気だ。そんな時雨に安心しつつも、心の奥で残念に思う自分もいた。
 自分を気遣ってこんな冗談を言ったのだろう、と蒼は思った。そんな時雨から視線を落として、顔が赤いのを隠そうとした。

ーーでも。半分は本気なんですよね……。

時雨の言葉が頭をぐるぐる回る。
 蒼だって、時雨のことが嫌いなわけではない。
 むしろ、「好き」なんだと思う。
 けれどこれまで家族から愛されず必要ともされてこなかった蒼が、今更こんな好意を向けられても、それを信じる事なんてできない。
 蒼はこっそりため息をついた。

「琥太郎も上手くやってるみたいだな」

時雨が下を見てそう言った。
 観覧車はてっぺんを超えて、次第に降りて行っていた。あんなに高くまで上がっていたのに、蒼達の球体も徐々に地面に近付いて行って、建物が大きくなっていく。
 蒼も琥太郎達が乗る球体を見てみると、仲睦まじく笑い合う二人の姿が見えた。
 琥太郎が心配するほど菖蒲も嫌ってないように見える。

「菖蒲様も幸せそう」
「ああ。本当に」

蒼は思わず笑みをこぼした。

ーーなんだ。二人に必要なのはきっかけだけで、縁結びなんて必要なかったのかも。

これなら縁結びも必要ない。そう思うと心の奥底で蒼は安堵した。
 やはり加護の力を使うのは、どうしても抵抗がある。時雨がそばにいてくれると言っても、不安や恐怖が無くなるわけではないのだ。

「蒼、私たちも降りよう」

色々考えていると、いつの間にか降りるタイミングになっていたようだ。時雨が当たり前のように差し伸べてくれた手に、蒼は自分の手を重ねた。
 指先から伝わる時雨の温かさが、胸まで届いていくようだった。

ーー私にもきっかけが必要なのかも。

そう思って、蒼も時雨に続いて観覧車を降りた。
 蒼と時雨が降りた時には、琥太郎と菖蒲は二人の世界だった。観覧車に乗る前の視察のような雰囲気よりは二人の距離が近付いているように見える。

「蒼。二人も落ち着いてるし、私は少し電話してくる」
「はい。分かりました」

時雨は申し訳なさそうな表情をしながら離れて行った。琥太郎達も幸せそうだし、時雨も安心したのかもしれない。

 しかし、この幸せな時間はそう長く続かなかった。
 
「あーおいちゃん」

可愛らしく強請るような声が蒼の名前を呼んだ。
 名前を呼ばれた蒼は咄嗟に振り向いた。
 しかしそこには思いもしない人物がいた。

「え。あ、茜?」

蒼は目を丸くして茜を見つめた。
 何故茜がここにいるのか、さっぱりわからない。
 茜は頬を膨らませて蒼に近付いて来る。

「もう蒼ちゃんってばずるいんだからぁ。茜を置いて遊園地なんて!ちゃんと誘ってよぉ」
「どうしてここに……?」

蒼の声は思わず震えてしまった。すると茜はおかしそうにクスクスと笑った。

「やだぁ!蒼ちゃんが遊園地に来れるのに、私が来れないなんてぇ、おかしいじゃない?」
「え?」

何言ってるのか全く分からない。無邪気な茜の姿が、何かの化け物のように見えて、蒼は鳥肌がたった。

「な……何をしたの?」
「え?縁を結んだだけだよぉ?」

茜は首をこてんと傾げた。

「茜が蒼ちゃんとの縁を結べばぁ、蒼ちゃんと偶然会えるようになるんだよ。茜も遊園地に行きたかったからいっぱい結んだんだ!そしたらチケット買わなくても遊園地に入れるんだよ」
「え?どうやって入ったの?」
「やだなぁ。チケットが落ちてたんだよぉ。縁を結ぶとね、こういう偶然があるんだよ」

蒼はゾッとした。まさか縁結びを自分の欲のために使うなんて。このままでは茜に振り回される人が増えるだけではないか。
 蒼は茜を諭さねば、と口を開きかけた。

「あ。蒼ちゃんには出来ないことだったね。茜、無神経だった。ごめんねぇ」

蒼は喉がひゅっと鳴るような気持ちだった。茜を諌める言葉も飲み込んでしまって出てこない。

ーー茜って……こんな人だったっけ?

時雨の優しさに慣れてきたからだろうか。茜の一言一言が嫌味に聞こえて胸の中がモヤモヤする。
 茜が屈託なく笑っている姿に、蒼は違和感しか感じないのだった。