縁切り巫女姫の縁結び

 あっという間に三日後がやってきた。
 この短い間、時雨の指導の下、加護の使い方を学び、修行してきた蒼だが、本番となるとやはり緊張する。そんな蒼の気持ちとは裏腹に琥太郎は意気揚々とやって来た。
 八菱財閥らしい豪奢な馬車の中から、満面の笑顔で出て来て、軽い足取りで蒼と時雨に近付いてきた。

「今日はよろしく頼むよ!」

前回会った時からは考えられないような明るく陽気な琥太郎に、蒼は呆気にとられた。時雨も、琥太郎のうるさいくらいの笑顔を、呆れ顔で見ていた。

「……元気がありあまってるな」
「まあな!仕方ないだろう」

琥太郎はとにかくものすごく嬉しいらしい。幸せそうな雰囲気が溢れ出ている。
 そのせいだろうか。
 今日は雲一つない晴天だった。

「二人っきりじゃないけど菖蒲殿と出かけられるんだぞ!?まさに夢のようだ。いつもなら手紙の返事なんて五回に一回くらいしか返ってこないのに。今回はすぐに返事をもらえたんだ」

うっとりした表情で琥太郎はそう語った。とても嬉しそうなのだが、五回に一回しか手紙の返事が返って来ないのは聞いているだけで少し虚しくなる。蒼は、健気で一途に手紙を送り続ける琥太郎の事を考えると、心の底から良かったね、と言いたくなった。
 しかしそんな事言えるはずもなく、無邪気に嬉しそうに話す琥太郎をただただ優しく見守るしかできなかった。一方時雨は、そんな琥太郎を一喝した。

「おい。はしゃぎすぎて引かれるなよ」
「ふっ。心配ないさ。菖蒲殿の前では緊張して何もできないからな」
「それはそれで不安なんだが……」

時雨はいつも以上にテンションが高い琥太郎に不安を覚えた。そつなく愛嬌のある普段の琥太郎なら、何の心配もいらないのだが。今の琥太郎は蒼から見ても不安になってしまう。
 始終意気揚々としている琥太郎は一刻も早く出発したいらしく、「さあ行こう」としきりに言っていた。蒼と時雨もはしゃぐ琥太郎に「焦るな」とは言えず、言われるがまま馬車に乗った。
 だが馬車に乗ってからも琥太郎はずっとソワソワしていた。頻繁に窓の外を見てはため息をつき、視線を泳がせる。そんな琥太郎に「落ち着け」という事も諦めた時雨は、優しい笑顔で蒼に問いかけた。

「蒼は遊園地に行ったことあるか?」
「いえ。初めてです」
「私もだ。今回は二人の様子を探るだけだから。そう気負わずに楽しもうな」
「はい」

そう思うとちょっと楽しみになってくる。
 八菱の遊園地は本田家でも話題になっていた。人気が高くてチケットが取れず行けなかっが、あの時から蒼も遊園地には興味があった。蒼もいつか行ければとは思っていたが、まさかこんな形で行くことになるなんて、あの頃は思ってもいなかった。
 そう思って隣で微笑む時雨をチラリと見た。

ーー私の、旦那様と一緒に……。

あの頃の蒼は結婚できると思っていなかった。ましてこんな美青年と結婚できるなんて想像した事もなかった。優しい笑顔の時雨が自分の旦那様なのだと思うと、蒼は恥ずかしくなっていく。
 恋する事さえ諦めていた蒼にとって時雨は刺激の強すぎる存在だった。熱くなっていく顔を見られたくなくて、思わず時雨から顔を逸らしてしまった。

ーーあ……。あからさまだったかも……。

顔を逸らした後で、時雨に変に思われてしまっただろうか、と不安になる。
 時雨を見ていたいのに、恥ずかしくて見ていられない。時雨に見てほしいのに、見られると恥ずかしくて顔が熱くなる。そばにいたいのに、ずっと一緒だと鼓動が速くなる。そんな普通じゃない自分を見られたくなくて、つい素っ気ない態度になってしまう。そうして自己嫌悪する。
 なんとも恋とはままならないものである。

「あ。見えてきた。あそこが八菱グループの遊園地だよ」

その一言で時雨が蒼から視線を逸らして窓の外を見た。自分の感情を持て余していた蒼は、気が紛れた事で胸を撫で下ろした。そして時雨の後ろから窓の外を覗き込んだ。
 馬車の窓から見える遊園地は少し古い街並みをモチーフにしているようだった。観覧車やジェットコースター等のアトラクションもあるが、隣接する店舗の建物は町屋を彷彿とさせる造りをしていた。その雰囲気が、とてもワクワクさせてくれる。

「信濃家のご令嬢は来ているのか」
「いや。まだみたいだな」

馬車の窓から琥太郎はじっと探している。その真剣な姿は何とも微笑ましい。

「入場券売り場の前が集合場所なんだが……」

琥太郎は少し残念そうな声でポツリと呟いた。菖蒲がいない事が残念だったのだろう。

「女性より早く待ち合わせ場所に来ている殿方は素敵だと思いますよ。そんなに楽しみにしててくれたんだな、て嬉しくなりますし」

蒼が琥太郎を慰めるようにそう言った。すると琥太郎はパッと表情を明るくした。

「それは良かった!やはり女性の意見は貴重だな」

そう言っていそいそと馬車を降りて行った。元気になった琥太郎を微笑ましく思いながら、蒼と時雨も琥太郎の後に続いた。
 待っている間も琥太郎はずっとソワソワしていた。そんな琥太郎をやれやれと時雨はため息をついた。

「琥太郎、落ち着け。明らかに不審者だぞ」
「分かってても落ち着かないんだよ」

琥太郎も自覚があるらしいが、楽しみすぎて止められないようだった。時雨はそんな琥太郎に呆れてもう何も言うまいと首を横に振った。
 そしてこっそり蒼に耳打ちした。

「蒼、菖蒲殿が来たら、二人の縁を見てみよう。縁を見ることはできたよね?」
「は、はい」
「大丈夫。今は見るだけだし、私も見るよ」

そうは言うものの、やはり緊張する。

ーーもし二人の縁が悪い縁だったら……。

そう思うとどうすれば良いのだろうか、と考えてしまう。あんなに琥太郎が惚れ込んでいるというのに、悲しい思いをさせてしまうかと思うと胸がギュッと苦しくなる。
 その時、琥太郎の声が響いた。

「菖蒲殿!」

蒼と時雨は琥太郎が大きく手を振る方向を見た。そこには、長い黒髪に白い肌の綺麗な和風美人の女性がいた。赤い唇が弧を描き、慎ましく微笑んで琥太郎に会釈をする姿は、とても上品で、遠くからも良家の令嬢だとすぐに分かる。
 琥太郎が惚れてしまうのもわかる美しさだ。

「こんにちは琥太郎様。今日の視察はどうぞよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!その……急なお誘いですみませんでした」
「いえ。私もいつかは、と思っていましたから」

菖蒲は笑顔で話していた。その雰囲気からはとても琥太郎を袖にしているような印象は受けない。

ーー琥太郎様、頑張れ。

蒼は心の中でエールを送った。そしてそんな二人を見て、さっきまでの不安は何処かへ行ってしまったのだった。

「あ。紹介します。今日だけ護衛をしてくれる事になった蒼殿です」

琥太郎から紹介を受けて、蒼は軽く会釈した。
 すると菖蒲は瞳を輝かせて満面の笑みを見せた。

「蒼様……っ!」

美人の笑顔に圧倒され、思わず目を窄めた。しかし何とか蒼も笑顔を取り繕って、あいさつする。

「はじめまして。蒼と申します」
「はじめまして。信濃菖蒲と言います。あの、本田茜様の護衛をしている時なんですけど、その、何度かお見かけしたんですけど……えっと、本当に素晴らしい身のこなしで……私……私……」

菖蒲はほんのりと頬を桃色に染めて、もじもじと話してくれた。その初々しい反応が可愛らしくて、同じ女性の蒼でもドキドキしてしまった。
 菖蒲は意を決したかのように拳に力を入れて、叫んだ。

「蒼様に憧れていたんです!お会いできて、本当に光栄です!」

言い切った後、菖蒲は顔を真っ赤にした。両手で頬を覆い、恥ずかしそうに俯いている。菖蒲の勢いに驚いた蒼だったが、優しく微笑んでお礼を述べた。

「ありがとうございます。まさか知っていただいていたなんて……私も嬉しいです」

面と向かって言われたのは初めてなので、蒼も何だか気恥ずかしい。
 蒼の言葉がよほど嬉しかったのか、菖蒲は目を潤ませている。
 その姿はまるで、恋する乙女だ。

ーーあれ?私、琥太郎様と菖蒲様の縁結びのお手伝いに来たんだよね?

思わずそんな疑問が頭をよぎり、後ろを振り返った。すると何とも複雑そうな表情で取り残されている男性二人の姿が目に入った。特に琥太郎は嫉妬も混じっていて大変視線が痛い。

「あの、蒼様。最近学校でお見かけしませんでしたので、お体が悪いのかと心配していたんですが……茜様の護衛役を代わられたのですか?」

菖蒲が不思議そうに尋ねてきた。確かに学校に通う人たちからしたら突然いなくなったのだから、疑問に思うだろう。
 蒼は何と言おうかと迷って言い淀んだ。

「ええ。その……」

そしてちらりと後ろを振り返る。時雨に問いかけるような視線を送ると、時雨は優しく微笑んで頷いた。蒼は少し恥ずかしかったが、おずおずと口を開いた。

「私、結婚、しましたので……」
「まあ!」

菖蒲はキラキラした目で蒼を見つめた。他の女子と同じように菖蒲もやはり恋話が好きなようだ。しかも憧れの相手の結婚話だ。色々と聞きたくて仕方ないという雰囲気がひしひしと伝わってくる。
 そんな時、琥太郎がようやく声をかけてきた。

「菖蒲殿、そろそろ視察に行きましょうか」
「あ。そうですね。すみません。盛り上がってしまって」

琥太郎に指摘されて、菖蒲は蒼にも「すみません」と頭を下げた。
 そうして二人は入園の手続きを済ませた使用人に従って入園の門へと歩き始めた。
 解放された蒼はようやくほっと一息ついた。すると後ろからぽん、と肩を叩かれた。

「蒼、今のうちに縁を見てみよう」

時雨にそう言われて、また気を引き締めた。

「は、はいっ」

蒼は手のひらを目の前に突き出す。

「我を加護せし神よ」

そう呟くと、蒼の手のひらの上に金色に輝く毛糸の玉のようなものが現れた。

「信濃菖蒲と八菱琥太郎との縁を示したまえ」

毛糸の玉はくるくると回って少しずつ解けていく。その中から一本の糸がするりと蒼の前に伸びてきた。
 その糸の色はほんのり桃色をしていた。

ーーやっぱり……。

二人の良い雰囲気は見間違いではなかったようだ。蒼はほっと胸を撫で下ろした。

「縁は悪くないみたいだな」
「ええ」

桃色は琥太郎にとってはむしろ良い方だろう。なんせ赤い色は恋人の縁を示している。まだ赤色とまではいかないが、可愛らしい桃色は、二人の初々しい恋心を示しているかのようだった。

ーーきっと今日が良いきっかけになってくれる。

そんな気がしていた。
 そうして蒼と時雨は、二人の後に続いたのだった。

 しかし、そんな蒼を、少し離れた所でじっと見ていた人物がいた。

「あれ?蒼ちゃん……?」

怪訝そうな表情で立ち尽くし、茜が遊園地に入っていくのをじっと見ていた。その目には羨望と嫉妬と疑問が入り混じってゆらゆら揺れている。

「何で遊園地なんかに……?」

そうして茜も後を追うように一歩踏み出したのだった。