縁切り巫女姫の縁結び

「とにかく」

時雨はごほんと咳払いして話題を切り替えた。

「まずは二人の様子を見ないとな」
「様子を見る……か。だが俺は避けられてるしな……」

自分で言って再び琥太郎は落ち込んでしまった。そんな琥太郎のために何か案を出してあげねば、と蒼は思った。
 八菱と言えば多方面に事業を広げる財閥グループだ。工業分野から不動産、金融、そして最近は娯楽の分野にも事業展開していると聞いた気がする。
 茜が行きたいと駄々をこねていた遊園地も八菱財閥が関わっていた事を思い出した。

「あの」

蒼の声に時雨も琥太郎も振り向いた。

「八菱グループが最近、遊園地を開発したと聞いたのですが、そこの視察という名目で誘うのはどうでしょう」
「それだ!」

琥太郎はぱっと表情を明るくして叫んだ。

「その遊園地開発では信濃家も支援してくれたんだ!一緒に視察に行こうって誘えば断りにくくなるだろう!」
「そうだな。いい考えだと思う」
「蒼殿!ありがとう!」

琥太郎は目を潤ませて何度もありがとうと叫んだ。あまりの喜びように蒼は困ったように笑うしかなかった。

「おい、琥太郎。浮かれてるが、これはデートじゃないからな」
「そうだな。それぞれの護衛や付人も一緒に、て誘うことにするよ。そうすれば菖蒲殿も行きやすいだろうし。時雨と蒼殿は私の護衛と付人ってことで」

琥太郎の提案に蒼は力強く頷いた。

「護衛なら任せてください」
「え?」

琥太郎は目をぱちくりさせた。蒼の反応が意外なものだったらしい。琥太郎のきょとんとした様子に、蒼も自分が普通の令嬢らしからぬ事を言ってしまったと気がついた。

ーーそうだ。普通の令嬢は護衛なんてしないんだった……っ!

蒼は顔を赤くして小さくなった。

「すみません……私、武術の嗜みがありまして……。妹の護衛をしていた事があるので、つい……」

小さな声でボソボソとそう言い訳した。そんな蒼の姿に時雨は思わず吹き出した。

「そうだったな。巷で噂の姫騎士様だったな」
「し、時雨様!?そんな事までご存知だったんですか!?」
「まあな」

ニヤニヤと楽しそうに笑う時雨に、蒼は頬を膨らませて睨みつけた。そんな蒼の姿さえも愛おしいのか、時雨は嬉しそうに蒼の頭を撫でた。

「姫騎士……菖蒲殿から聞いた事があるなあ」
「え!?」

まさか華族令嬢まで知っていたなんて。確かに学校に通っていたら耳にすることくらいあるかもしれない。蒼はますます恥ずかしくなってしまった。

「姫騎士の事も話題に出せば菖蒲殿も興味を持ってくれるかもしれないな」

琥太郎はニヤリと笑った。

「蒼殿、ありがとう!何だかいける気がしてきたよ!」
「……お力になれて光栄です」

蒼はまだ恥ずかしい気持ちでいっぱいだったが、琥太郎が嬉しそうなので、気にしない事にした。

「琥太郎、日時が決まったらまた連絡してくれ」
「ああ!ありがとう!」

こうして琥太郎は意気揚々と帰って行った。
 財閥御曹司とは思えないほど気さくな人だったな、と思いつつ見送った。そして時雨はそんな琥太郎を見送りつつため息を付いた。

「騒がしい奴ですまない」
「いえ。とても良い方だと思いました」
「そうだな。琥太郎は昔から人懐っこくてな。誰とでも仲良く出来る奴で、学生の頃からモテるんだが、財閥御曹司という立場のせいか特定の誰かを好きになる事もなかったんだ。琥太郎の親からも何度か良い縁はないかと相談された事があるくらいだ」
「そうだったですね」
「だから琥太郎の今回の恋は出来るだけ応援してやりたいんだ」
「私も、そう思います」

財閥御曹司ともなると恋愛するのも大変なんだな、と改めて思う。それに、あんなに必死に菖蒲に振り向いてもらおうとする琥太郎を見ると、どうしても応援したくなるのだ。
 時雨はじっと蒼を見つめてきた。時雨の熱い視線に気がついた蒼は、首を傾げた。

「ありがとう、蒼」
「え?」
「いや。ちょっと強引に付き合わせてしまったと思ってな」

少し申し訳なさそうにする時雨の姿に、蒼は目を丸くした。こんなに蒼に気を遣ってくれる人なんて、今までいなかった。一番近いはずの家族が、一番蒼を無下にしてきたのだ。誰かに気遣われるのを諦めてさえいた蒼にとって、時雨の存在はとても大きいものになりかけていた。
 誰かに気遣われることに慣れていない蒼は、気恥ずかしくて、くすぐったくて、どう反応していいのか分からなくて。
 ただじっと時雨を見つめていた。

「でも、私は絶対蒼を支えるから」

その一言に蒼の心は鷲掴みにされたような気持ちだった。
 ずっと一人だと思っていた。
 加護が分かったあの日からずっと。そして、これからも一人なのだろうと。誰かに頼ることなく、必要とされることもなく、ただ迷惑をかけないよう身を潜めて生きていくのだろうと。
 蒼は思わずじんわりと目頭が熱くなっていった。けれどここでは涙を流すまいと、ぐっと力を入れた。

「ありがとう、ございます」

そう言って泣かないよう笑顔を作るので必死だった。

◆◆◆

 あれから数日後。
 琥太郎から日時を知らせる手紙が届いた。そこには菖蒲が誘いを快諾してくれた事、菖蒲が姫騎士のファンだったので楽しみにされている事が書かれていた。

ーーファン……なんていたんだ。

そんなに人気があるとは思っていなかった蒼は、菖蒲が姫騎士のファンと知って少し複雑な気持ちになっていた。
 華族令嬢にどんな態度で接したら良いのか、これからのことを考えると不安になる。

「三日後か。琥太郎が迎えに来てくれるらしい。八菱の護衛の制服まであるな」

そう言って時雨は同封されていた制服を取り出した。制服はシンプルなデザインで、白のブラウスに黒のパンツスタイルだった。伸縮性があって動きやすそうだ。

ーー三日後、か。

そう思うと、緊張してしまう。そして思わず隣の時雨に視線を送った。蒼の視線にすぐ気がついた時雨は優しく微笑んでくれた。

ーー頑張ろう。

時雨の笑顔を見るだけで、蒼は気持ちが上向いていく気がした。