縁切り巫女姫の縁結び

ーー見つけた。ようやく!

大和時雨は興奮していた。ただでさえ目つきが悪いのに、興奮しているせいでその目はギラギラしていて余計に怖い。しかし、時雨はそんな事気にしていられなかった。

ーー早く、あの子の身元を調べなければ。

見つけた喜びから飛び出してしまったのは失敗だった。もっと慎重に彼女との距離を縮めていかねばならなかった。と後悔しているが、それも後の祭りだ。後悔するよりもやるべき事があるのだ。
 時雨は勢いよく扉を開けた。
 バタンッという音に中にいた男は驚き、飲もうとしていたお茶をこぼしそうになっていた。

「真琴!大変だ!」
「どうしたんですか、時雨様。貴方がそんなに慌てるなんて」
「どうしたもこうしたもない!」

時雨は男に詰め寄った。いつもは冷静で何事にも冷めた態度の時雨がこんなにも感情的になっているなんて。安達真琴は正直、動揺を隠せなかった。これは何かあるに違いない、とその衝撃的な時雨の様子に少し身構えた。

「私の花嫁が見つかったんだ!!」
「え?」

真琴は一瞬何を言われたのか分からなかった。

「花嫁?……という事は、縁切りの加護持ちが見つかったんですか?」
「ああ!この学校にいたんだ!」

真琴はピクリと眉を動かした。そして首を傾げた。

「……おかしいですね」
「何がだ?」
「学校の生徒の能力は全て把握していますが、縁切りの加護持ちはいなかったはずですよ」
「は!?そんなわけないだろ!加護持ちは全員入学する事になっているんだぞ?」

時雨も耳を疑った。彼女は確かに加護の力を使いこなしていた。加護持ちならば学校に通わせる義務がある。加護持ちの子どもがいるというだけでも名誉な事なのに、それを隠して学校に通わせない理由なんてないはずなのだ。
 しかし彼女は何故あんな草むらの茂みに隠れていた?それに「私は加護なし」と言って加護のことを必死に否定していた。
 花嫁を見つけた事に浮かれていたが、思い出せば彼女には不可解な点が多かった。

「そういえば……制服を着ていなかったな」

それどころか男のようなパンツスタイルで、髪も一つに結い上げて動きやすい格好をしていた。女子学生服であるスカート姿とは全く違った。
 真琴は時雨の言葉に、口元に手をあてて考えた。

「けど学校の敷地内にいたんですよね?」
「あ、ああ。入り口近くの校庭の片隅にいたな」
「入り口近くの校庭……」

真琴はおもむろに書類を手に取った。そしてその書類をそのまま時雨に渡した。

「今日学校に入った者達のリストです」

時雨はその書類に目を通した。大和国立特別学校に立ち入る人物は、身元や目的等を確認された上、事前に申請が必要となるのでかなり限られている。渡されたリストの人数は、当然多くない。
 その中で時雨の目にとまったのは、一人の女性の名前だった。

「本田蒼……?」

その名前を聞いて真琴は「ああ」と呟いた。

「彼女は有名ですね。縁結びの加護を持つ本田茜という子の姉上で、武術に秀でていて女子生徒から姫騎士なんて呼ばれています」
「ふうん。生徒会長の真琴も知ってるくらい有名なんだな」
「生徒会長じゃなくても彼女を知らない生徒はいないんじゃないですか」

リストの中で女性の名前は蒼しかいなかった。
 彼女も男性のような格好をしていたし、姫騎士と呼ばれていてもおかしくはない。

「彼女は毎日学校に来ますよ。妹さんの護衛をしていますから」
「は?そもそも何で女性が護衛なんだ?」

加護持ちの護衛には屈強な男や、忍者のように暗躍できる者が選ばれる事が多い。武術が得意なだけの姉を護衛に付けるなんて、普通ならばしない。

「詳しい事情は知りませんけど、妹の話だと本人の希望だそうですよ。一応本田グループのご令嬢ですから姉上以外にも護衛は付いているようですけど」

時雨はますます訳がわからないと眉間に皺を寄せた。商家の娘ならば護衛役なんてせず、女学校に通うか家の手伝いをするのが普通だ。
 知れば知るほどおかしい点が出てくる。
 しかしこの場で話していても何も解決はしない。

「よし。すぐに本田家に連絡を入れよう」
「はいはい」

真琴は時雨の答えがわかっていたようで、苦笑しながら動き始めた。そんな真琴を見守りながら、時雨は再び書類に目を落とした。

「本田家、ねえ」

時雨はポツリと呟いた。
 縁結びの加護を持つ妹と、縁切りの加護を持つ姉。どう考えても何かあるに決まっている。
 時雨は思わず重いため息をついたのだった。

◆◆◆

 蒼と茜がまだ帰ってきていない頃。
 大和国立特別学校の生徒会長・真琴から連絡を受けた本田家は大慌てだった。
 大和国立特別学校の生徒会と言えば、国の中枢に関わる家系が担う慣わしがあるのだ。しかも生徒会会長となると、加護持ちというだけでなく、その出自や将来さえも約束された国のトップに君臨する人だ。成り上がりの本田家が一生関わる事のない人からの連絡に、正勝は震えた。
 できる限りの迎える準備を整えたものの、正勝は不安で仕方なかった。もし粗相でもしようものなら、これまで築いてきた本田グループそのものが壊れてしまうかもしれない。そう考えると震えが止まらなくなる。
 しかし正勝の隣に立つ母親は嬉しそうにしていた。

「貴方、これも茜が運んでくださった縁なのね!さすが私達の茜だわ」

と、瞳を輝かせているのだ。呑気なものだ、と正勝は思ったが、その一言で確かに、と思い直した。これが上手くいけば本田グループはさらに力をつける事になる。
 正勝は拳に力を入れた。ここが踏ん張りどころだ、と自分に言い聞かせて。
 その時、使用人が声をかけてきた。

「旦那様、お客様が到着いたしました」
「ああ……分かった」

いよいよか、と思うと正勝は緊張で体が強張った。恐る恐る窓から外の様子を確認すると、豪奢な馬車から時雨と真琴の二人が出てきていた。

ーー二人?生徒会長だけかと思っていたが……。

正勝は眉間に皺を寄せた。仲良さそうな二人の様子から、生徒会長の真琴と同じくらい高貴な人が同行したのだろう。
 そう思うとより緊張する。
 どちらが生徒会長で、どちらが同行者なのか。
 どちらにせよ気を引き締めていかねばならない。正勝は深呼吸してもう一度窓の外を見て、そう思ったのだった。

 それからすぐに時雨と真琴は応接室へと案内された。まだ学生だというのに落ち着いた雰囲気の二人に正勝は圧倒されていた。商家としてそれなりの場数を踏んできたと自負していたが、思い上がりだったらしい。
 生唾を飲み込んで、二人が話し始めるのを待った。

「急な訪問で申し訳ありませんでした。実は今日どうしても話したい事があったのです」

真琴が人の良さそうな笑顔で話し始めた。その真琴の穏やかな雰囲気に正勝は一瞬ほっと息をついた。

「私は本田蒼殿と結婚したいと考えています」

しかしそれも束の間。目つきの悪い時雨が、さっさと本題に入ってしまった。真琴はやれやれと肩を落としていたが、咎める様子もない。むしろ予想していたかのような様子だ。
 それに付いていけないのは、正勝だけだった。

「はい?今、何と……?」
「ですから、本田蒼殿との結婚を認めてもらいたいと申したのです」

時雨は真剣な表情で正勝を見た。しかし時雨の真剣な表情は正勝を萎縮させてしまった。

「な、ななな……何故蒼と……?その、親の私が言うのも何ですか、その、あの、非常に……不出来な娘でして……」

どもりながら話す正勝の姿を、真琴は可哀想に、と眺めていた。
 しかも時雨の前で蒼を「不出来」と評してしまった。これは穏便には終わらないな、と真琴は心の中で覚悟した。

「不出来?それは、蒼殿の縁切りの加護の事をおっしゃっているのですか?」
「っ!!」

真琴の予想通り、時雨は眉間に皺を寄せて正勝を睨みつけた。加護持ちである蒼を学校に通わせていない事を指摘された正勝は真っ青になった。
 どうしてバレてしまったのか、と震える拳に視線を落として考え込んだ。
 思いつく原因は蒼しかいない。正勝は拳を強く握りしめて奥歯を噛み締めた。その怒りの矛先は当然蒼へと向いていた。

「彼女は何も喋っていませんよ」

しかし、そんな正勝の心を読んだのか、時雨が否定した。全てを見透かされていたのかと、正勝ははっと顔を上げた。不敵な笑みを浮かべる時雨と目が合うと、再び顔が青くなっていった。

「蒼殿を責めるよりも加護持ちの子どもを学園に入学させていない親の方が問題ではありませんか?」
「……っ!そ、それは……」

正勝は何も言い返せなかった。頭の中は、ただただどうやってこの場を切り抜けるかどうかでいっぱいになっていた。
 時雨はそんな正勝を見てため息をついた。

「今回はその事を咎めに来たわけではありませんよ。先程も申し上げた通り蒼殿との結婚を認めてほしいのです」

正勝にはもう訳がわからなかった。
 何故蒼の加護持ちがバレてしまったのか。
 何故お咎めがないのか。
 何故蒼と結婚したがっているのか。
 そして蒼は何処でこんな大物と知り合ったのか。
 どんなに考えても答えは出なかった。けれど、よくよく考えると結婚を認めない理由なんて何もなかった。加護持ちとバレても蒼との結婚を認めればこの場は凌げるし、国の中枢の関係者と顔つなぎができる。
 そして縁切りなんて縁起の悪い娘を追い出す事もできる。
 正勝は思わずニヤリと笑った。

「それは勿論!まだまだ未熟な娘ですが、こちらとしては願ってもない申し出です」

こうして蒼の知らないところで、蒼の結婚が決まったのであった。