縁切り巫女姫の縁結び

「どう言うこと?茜は琥太郎様を運命の人って言ってたじゃない」
「でもぉ蒼ちゃんが縁を切ったじゃない」

蒼はドキッとした。いつかは気付かれるだろうと思っていたが、まさかもう気付いているとは思わなかった。

「蒼ちゃんがそんな事するなんて何か理由があるんだろうなって思ったのぉ。それで、蒼ちゃんはあの人のこと好きなんだろうな、て気付いちゃったの」
「な!?何よそれ!」

蒼はとんだ茜の勘違いに思わず声を上げた。茜は少しむっとしたように眉間に皺を寄せた。

「何で怒ってるの?私は蒼ちゃんのために縁結びしてあげたんだよ?」
「え?」

蒼は耳を疑った。

ーー私と琥太郎様の縁結びしたって?

勝手に勘違いして縁結びまでしてしまうなんて。加護持ちとしてあるまじき行為だ。
 それに茜は蒼のためだと言うが、蒼にはそれだけが本心じゃない事に気付いていた。蒼は茜を真っ直ぐ見据えて、ゆっくりと口を開いた。

「じゃあ何で茜は時雨様と縁結びしたの?」

茜は一瞬動きを止めた。

「だって茜と同じ縁結びの加護を持ってるんだよ?こんなの運命じゃない?」

そう言って茜は時雨の腕をぎゅっと抱きしめた。時雨は茜から伸びている黒い縁の糸に絡め取られて、ますますぐったりしている。いつもなら抵抗して冷たい視線を送るが、そんな気力もない様子だ。ただ申し訳なさそうな悲しい目で蒼を見てくる。

ーー時雨様。

いつも時雨に励ましてもらった。そんな優しい時雨のそばにいたいと心の底から思っている。

ーー時雨様の隣だけは、譲れないの。

蒼はしっかりと茜と向き合った。いくら相手が茜でも、これだけは譲れない。

ーーそう言えば、こうやって向き合う事なかったかも。

これまで茜のご機嫌取りをして、何とか本田家で居場所を見つけようとしてきた。そのせいかこうやって茜と向き合って来なかった。そうしていつの間にか姉妹だと言うのにお互い距離ができてしまっていた。
 蒼はしっかりと茜を見据えた。

「そんなの理由にならないわ」
「え……?」

茜はムッとした表情になった。蒼が反論した事が気に食わないらしい。

「加護の力をそんな自分勝手に使ってはいけないって学校で学ばなかった?」
「はあ?学校に行ってない蒼ちゃんに言われたくないし」

茜は苛立った様子で蒼を睨みつけた。

「そもそもぉ、私が縁を結ばなくても時雨様と私は同じ縁結びの加護持ちの運命だもん。いつかは絶対繋がる縁なんだし、私が今結んでもよくない?」
「そんな自分勝手な理由で結んだ縁は運命なんかじゃない」
「なっ!」

茜は眉根を釣り上げた。今まで蒼が見た事がないような怒りに満ちた表情だ。
 しかし茜はすぐに勝ち誇ったような表情を見せて、蒼のことを鼻で笑った。

「ふふっ。それなら蒼ちゃんが切ったらいいじゃない」
「分かったわ」

蒼は手のひらを目の前に突き出した。

「我を加護せし神よ」

そう唱えると、蒼の手のひらの上に毛糸の玉のようなものが現れた。

「本田茜の縁を示したまえ」

すると毛糸の玉はくるくると回って少しずつ解けていく。その中から焼け焦げた黒い縁の糸を引っ張り出した。

「茜、私は時雨様の隣だけは譲れないの」

そう言って蒼は糸を思いっきり引っ張った。
 すると、プチン、という音を立てて茜と時雨の縁の糸が切れた。

「え?」

その縁を見て、茜は目を丸くした。そしてみるみるうちに顔を赤くしていった。

「どうしてこんな酷いことするのおぉっ!」

茜はキンキン声で叫んだ。そして鋭く蒼を睨みつけた。

「時雨様は私の運命なのっ!!」

そう言って手のひらを目の前に突き出した。

「我を加護せし神よ」

そう呟くと、茜の手のひらの上に毛糸の玉のようなものが現れた。
 しかし毛糸の玉は何故か絡まっていて、いつものような綺麗な毛糸の玉ではなかった。ぐしゃぐしゃに丸められたような状態になっている。さらに時雨に絡みついていた何本もの黒い糸が飛び出たままになってうようよと蠢いている。
 だが茜はそんな毛糸の玉の状況なんてお構いなしに無理矢理縁結びをしようと唱えた。

「我が縁を示したまえ!」

すると毛糸の玉はぐるぐると回り始めた。いつもなら縁の糸が伸びてくるのだが、絡まっているので、糸がなかなか伸びてこない。

「え……?」

茜はいつもと違う様子に戸惑った。そしてもう一度唱えた。

「我が縁を示したまえ!」

しかしいくら唱えても縁の糸は伸びてこない。

「な、なんでぇ?」

茜はかなり慌てた。

ーー当然よね。

焦る茜を、蒼は冷静に見つめていた。けれど茜は諦めずに叫ぶように唱えた。

「我が縁を示したまえぇ!!」

すると毛糸の玉からいくつもの縁の糸が勢いよく伸びてきた。その糸は行き場を見失っていて、色んなところに伸びていっている。

ーーえ……。暴走してる?このままじゃマズい!

蒼が止めようと茜に手を伸ばした。しかし茜はその手を払いのけた。

「触らないで!」
「でも!このままじゃ茜、危ないんじゃ」
「うるさいっ!」

茜は怒り狂って興奮していた。そして闇雲に縁結びしようとした。

「時雨様は茜の運命の人なの!そうじゃなきゃダメなの!」

茜は力いっぱいそう叫んだ。
 その次の瞬間。
 行き場を見失っていた縁の糸が一斉に茜を縛り上げた。

「え?な、なに?」

何が起こっているのか、茜自身にも分からなかった。どうしたらいいのか戸惑っているうちにどんどん糸が絡みつき、茜を縛り上げていく。茜がもがけばもがくほど、糸は茜をきつく縛り上げていく。
 そうして自分に絡みついた縁のせいで茜は自分では力を制御できない状況になっていた。
 それどころか自らの糸のせいで茜はひゅうひゅうと苦しそうな息遣いになっていた。

「茜!」

蒼は茜にもう一度手を伸ばした。

「蒼ちゃん……苦しいよ」

茜は蒼の手を取る力さえ残っておらず、か細い声でそう呟いたのだった。

「蒼」

どうすればいいのか分からずにいた蒼に、時雨が声をかけた。
 まだ顔色が悪い時雨を見た蒼は慌てて駆け寄った。

「時雨様!大丈夫ですか?」
「ああ……ありがとう」

蒼と琥太郎はぐったりした時雨の体を両方から支えた。
 琥太郎もこんな状況は初めてらしく、少し混乱した様子で尋ねた。

「時雨、これはどういう状況だ?」
「あれは加護の力が暴走しているんだ。そのせいで自分では制御できなくなっている」
「暴走?」
「自分勝手な縁結びをした代償だ」

自らの加護に締め付けられ苦しむ茜の姿は、自業自得だった。

「蒼、前に渡した懐刀は持っているか?」
「え?ええ」

時雨に尋ねられて、蒼は懐から刀を取り出した。琴坂神社の神主の妻が持つと言われて渡された懐刀だ。一応渡されたあの日からずっと持ち歩いていた。
 その刀を見た時雨は「よし」と言って頷いた。

「この刀は加護の力を断ち切る力があるんだ。縁切りの加護持ちにしか使えない神器だ」
「そ、そんな大切なものだったんですか!」

蒼は目を丸くした。高価な物だとは思っていたが、まさか神器だったとは思わなかった。
 しかし時雨は蒼を真っ直ぐ見た。

「でも蒼にしか使えない物だ」

縁切りの加護の力があるからこそ、加護の暴走を切る事ができるのだ。縁起が悪いと散々言われてきた加護だったが、自分にしかできないと言われ、胸が高鳴った。
 時雨のおかげで、居場所を見つけられた蒼。縁切りの加護で琥太郎や菖蒲の力になれた事で少しずつ前向きになれてきた。
 時雨はいつだって蒼に勇気や居場所をくれる。
 時雨は笑って蒼に伝えた。

「蒼。この刀で妹君の加護の力を断ち切るんだ。蒼にしかできないことだ」

時雨の言葉に、蒼は力強く頷いた。

「分かりました」

そして蒼は茜の方を向いた。どんどんと黒い糸に縛られていく茜に、蒼は大きな声で呼びかけた。

「茜!」
「あ、蒼ちゃん……」

力無い茜の返事を聞いて、蒼は手のひらを目の前に突き出した。

「我を加護せし神よ!」

蒼はそう叫ぶと、懐刀を力強く握りしめた。すると懐刀は白く光り始めた。
 蒼は刀の変化に目を丸くした。しかし驚いている暇なんてない。もう一度刀を強く握りしめ、茜に絡みつく糸を切り裂いた。
 刀を一振りするだけで、いくつもの糸が切られていく。何度か蒼が刀を振うと、茜はようやく息ができるようになっていった。
 茜はケホケホと咳き込み、顔色の悪いまま、蒼を見つめた。

「蒼ちゃん……」

どうやら上手くいったらしい。茜の声を聞き、蒼はほっと胸を撫で下ろした。

「ありがとう、蒼ちゃん」

茜からのお礼の言葉なんて初めて聞いた。蒼は思わず目を丸くした。
 もっと早くこの言葉を聞きたかった。そうしたら家族として歩み寄れていたのではないか、とも思う。
 けれど茜は勝手に縁を結んで時雨を苦しめた。
 自分勝手な理由で蒼の居場所を奪おうとした。
 それは、蒼にはどうしても許せない事だった。
 そして蒼は唇をぎゅっと噛み締めた。

「私は茜の姫騎士だったから。でもこれが最後」
「え?」

茜は蒼が何を言っているのか分からない様子だった。もう考える余裕もないのだろう。
 そんな茜に、蒼は力無く微笑んだ。
 そして手のひらを目の前に突き出した。

「我を加護せし神よ」

そう呟くと、蒼の手のひらの上に毛糸の玉のようなものが現れた。

「本田蒼と本田茜の縁を示したまえ」

そう呟くと、目の前に毛糸の玉のような物が現れた。その中から一本の糸が伸びてくる。
 糸の色は、血のような赤色だった。

「嘘だよね?蒼ちゃん……?」

茜はすがるように蒼に手を伸ばした。
 しかし蒼はその手を取らなかった。

「さようなら、茜」

そう言って蒼は茜と自分の縁を、プチンと、切った。
 その瞬間、茜はその場に倒れ込んだ。茜に絡みついていた黒い糸は全て蒼の懐刀で断ち切られていた。黒い糸の残骸がハラハラと茜の周りに落ちている。
 これで茜を縛るものはもう何もない。
 そして、蒼との縁も。

ーーようやく、終わったんだ……。

茜との縁切りは、蒼のこれまでの呪縛との縁切りでもあった。縁起の悪い加護という思い込みで、もう何年も苦しんできた。茜が縁結びの加護をもらってから余計に惨めな思いをしてきた。茜の我が儘や両親の差別に振り回されてきたが、それももう終わったのだ。
 そう思うと、蒼も体から力が抜けた。
 そんな蒼を時雨は弱った体で抱きしめた。

「頑張ったな、蒼」

蒼は時雨の顔を見て、ようやく安心して笑った。

「私の加護、役に立ったかな」
「当然だ。蒼は縁を切って俺も茜も守ってくれたんだよ」

そう言われ、蒼は静かに涙を流して時雨に抱きついたのだった。