縁切り巫女姫の縁結び

ーー何で……?

蒼は目の前の光景が理解できず、混乱した。小柄で可愛らしい顔立ちをした茜は、美しい時雨の隣にいても見劣りしていない。女性らしい身だしなみに気をつけているのだろう。
 時雨と一緒に歩く姿がとても絵になっていた。

ーー時雨様……。

蒼の気持ちはどんどん沈んでいく。
 蒼には茜のような可愛らしい格好はとても似合わない。姫騎士と呼ばれてきたように、長身の凹凸が少ないスタイルはどうしても男勝りに見えてしまうのだ。加護の力だけでなく、見た目でもこんなに差があるのかと見せつけられた気がして、やっぱり自分には、という気持ちがどんどん膨らんでいく。
 しかし時雨を見つめていると、どうもおかしい気がしてきた。

ーー大丈夫かしら?

時雨の表情が家を出た時よりも暗いのだ。それどころか顔色が悪くも見える。疲れているから、ではすまされないほどの気怠そうな様子だ。
 琥太郎もそれに気付いたらしく、渋い表情をしていた。

「ちょっと、時雨の様子おかしくないですか?」
「そう、ですよね」

楽しそうな茜と並んでいるから余計に時雨の表情が暗く見える。

ーー時雨様……体調が悪いんだわ。

時雨は、誰がどう見ても体調が悪い様子だ。だが茜は時雨の様子に気付いていないらしい。そんな茜に付き合わされている時雨が心配でたまらなかった。
 ソワソワした気持ちで見ていたところ、琥太郎がそっと声をかけてくれた。

「蒼殿。時雨の縁を確かめてみてはどうですか?」

琥太郎と無理やり縁を結ぶ茜のことだ。何か時雨との間に何かしていても不思議ではない。

「そ、そうですね」

蒼は琥太郎の意見に頷いた。
 そして不安な気持ちのまま、手のひらを目の前に突き出した。

ーー時雨様……。本当に顔色が悪いわ。早く確かめなくちゃ。

蒼は小さな声で唱えた。

「我を加護せし神よ」

そう呟くと、蒼の手のひらの上に毛糸の玉のようなものが現れた。

「本田茜の縁を示したまえ」

すると毛糸の玉はくるくると回って少しずつ解けていく。その中に焼き焦げたような糸が一本あった。引きちぎれそうなほどボロボロになっているのに、誰かが無理やり絡まらせて複雑にしたかのような糸だった。
 あまりに複雑に絡んだ糸を見て、蒼はギョッとした。

「え!?」

蒼の驚きように、琥太郎までもが驚いた。

「蒼殿、どうされました?」
「え、えっと……」

何と説明したらいいのだろうか。蒼はもう一度茜の縁を見た。普通の縁は綺麗な糸のようなもので、その人との関係によって色が異なる。たとえそれが悪縁であっても真っ黒な糸のようなものであり、このように焼け焦げたようにはならない。普通ならばそうなってしまった縁は自然と消えていくものなのだ。
 しかし茜の縁は一度切れた縁を無理やり繋いだように見えた。

ーーこの糸は、誰との縁……?

蒼な恐る恐るその糸を手繰り寄せてみた。
 顔色の悪い時雨を見て、どうか違いますようにと願っていた。ドキドキする気持ちを抑えて、ゆっくり丁寧に、糸を確認する。

「そんな……まさか」

茜と時雨の縁だった。
 こんな事をするのは一人しかいない。しかもこの雑な縁の結び方をするのも蒼は一人しか知らない。
 蒼は眩暈を覚えた。そして重い気持ちで口を開いた。

「琥太郎様。茜がまた無理やり縁を結んだようです」

しかし琥太郎は驚かなかった。

「やはりそうでしたか」

琥太郎の表情は険しい。どうやら琥太郎も薄々気付いていたようだ。
 しかし蒼にはどうしても理解できない。

ーー何で?茜は琥太郎様のことを王子様って言ってたのに……どうして今度は時雨様と縁を結んだりしたの?

蒼が切った茜と琥太郎の縁が関係しているのだろうか。茜の縁を見る限り琥太郎との縁はすっぱり切れているようだった。
 しかしどうも嫌な予感がする。

「琥太郎様、あの。琥太郎様の縁も確認させてください」

蒼の申し出に琥太郎は少し目を丸くした。しかし笑顔で頷いてくれた。

「ええ。いいですよ」

蒼は「ありがとうございます」と言って、素早く手のひらを目の前に突き出した。

「我を加護せし神よ」

そう呟くと、蒼の手のひらの上に毛糸の玉のようなものが現れた。

「八菱琥太郎の縁を示したまえ」

すると毛糸の玉はくるくると回って少しずつ解けていく。

ーー琥太郎様と茜の縁はしっかり切れてるわね。……あれ?

琥太郎の縁の中に、明らかにぐしゃぐしゃに結ばれた縁があった。どう見ても茜が結んだ縁だった。
 誰との縁だろうかと、慎重に縁の糸を手繰り寄せた。

ーーえ?

その縁を見た蒼は口をぽかんと開けた。何でこんな事が起こっているのか、訳がわからない。そんな蒼に、琥太郎は首を傾げて尋ねた。

「どうでしたか?蒼殿」
「えっと。あの……琥太郎様と茜の縁はしっかり切れていました。けど、その……」

蒼は少し言い淀んだ。そして申し訳なさそうに眉根を下げて話した。

「私と琥太郎様の縁結びをされた跡があります」
「ああ。だから最近偶然会う事が多いんですね」

琥太郎は納得したようにそう言った。
 確かに最近琥太郎とよく会うとは思っていた。しかしまさか勝手に縁結びされていたとは思いもしなかった。

ーー何でこんな事を?

琥太郎と蒼の縁は鮮やかな緑色だった。縁結びとは言ってもとても良い友人関係を結んだようなものだ。わざわざ蒼と琥太郎の縁を結ぶ理由が思いつかない。きっと茜が時雨との縁を結んだことに関係しているのだろうと思う。
 蒼は戸惑いを隠せず、前を歩く茜を見つめた。二人並んで歩く姿に、蒼は胸がズキズキと痛むのを感じた。

「蒼殿、縁を切ってしまっては?」
「え?」

蒼がどうしていいのか戸惑っていた時、琥太郎がそう言った。

「俺と彼女の縁を切ったように、時雨と彼女の縁も切ってしまえばいいのではないですか?」
「そ、それは……」

確かに茜が勝手に結んだのだから、切ってしまえばいい。そもそも縁結びはこんなに自分勝手にやっていい事ではないのだ。
 だがあの茜のことだ。

ーーそれで茜が諦めるとは思えないのよね。

自分の言う通りになって当然の環境で育ってきた茜。茜の本心が見えない限り、縁を切ってもまた茜が勝手に結ぶに違いない。
 そうなってしまっては、いたちごっこだ。
 蒼は深呼吸して、拳に力を入れた。

「私、まずは茜に事情を聞いてみようと思います」
「え!?」

琥太郎はぎょっとした。

「失礼ですが、彼女は話が通じる相手とは思えませんよ」

琥太郎の言う通りだ。茜に内緒で勝手に縁を切るのは簡単だ。だが茜に気付かれれば、また繰り返されてしまう。

ーーもう茜の顔色を伺うのは嫌なの。

これまで茜の言う通りの人生だった。加護が分かってから、自分の居場所を探して頑張ってきた。
 そうしてようやく時雨の隣を見つけた。

ーー特に時雨様のことは譲れないから。

これまで散々茜の我が儘を聞いてきたが、今回ばかりは譲れない。
 だからこそこそこそと縁を切るのではなく、茜としっかり話して縁を切りたいのだ。
 そう思って、蒼は一歩を踏み出した。

「それでも、まずは話してみたいんです」

そんな蒼を、琥太郎は黙って見守った。
 しかし蒼の胸の中はドキドキと心臓の音が耳元で聞こえるほど大きくなっていた。もし本当に二人が恋仲だったら、という不安がどうしても頭をよぎるのだ。
 けど、だからと言ってここで引く訳にはいかない。
 蒼は勇気を振り絞って口を開いた。

「し、時雨様。茜」

声をかけられた二人はゆっくりと後ろを振り向いた。
 正面からしっかり見た時雨は、想像以上に顔色が悪かった。だが、声をかけたのが蒼だと分かると、焦ったように茜を引き剥がした。そして蒼に茜と二人だけでいた事を弁解しようと口を開いた。
 が、茜の方が先に口を開いた。

「蒼ちゃん。どうしたのぉ?」
「二人を見かけたから、声をかけたの」
「そうなんだぁ」

茜は悪びれる様子もなく、普段通り話しかけてきた。
 その態度に、蒼はゾッとした。これが加護持ちなのかと思うと末恐ろしい。
 茜は蒼の後ろに琥太郎の姿を見つけて、楽しそうに笑った。

「あは。蒼ちゃんってば、よく御曹司様と一緒にいるよね。もしかしてとっても仲良しなのぉ?」

妙に棘がある言い方だ。茜は我が儘だがこんな嫌味な言い方はしないはずだった。
 蒼は茜の様子に警戒しながら、言葉を選びながら答えた。

「たまたまよ」

蒼は時雨の方を見た。顔色の悪い時雨は、悲しそうな表情ですがるように蒼を見つめてくる。しかし茜に腕を掴まれていて身動きが取れないでいた。
 蒼はなるべく冷静な態度で尋ねた。

「二人は何しているの?」
「うんとねぇ」

そう言って茜はぎゅっと時雨の腕を掴んでいた手に力を込める。
 その瞬間、見たこともないような無数の黒い糸が茜から飛び出した。

ーーえ?

そして、黒く焦げたような縁の糸はうねりながら伸びていき、時雨に絡まっていく。まるで時雨を束縛するようなその様子に、蒼は全身の毛が逆立つような気持ちがした。

ーー何?これ……。

今まで見た事もない異様な様子に、蒼は動悸が止まらない。このままではまずい、とは思うものの体が動かない。
 茜は微笑んだまま、時雨の腕にこてんと頭を預けた。

「茜と時雨様はぁ、縁結びの加護持ち同士、修行しているんだよぉ」

蒼は喉をひゅっと鳴らした。
 確かに茜も時雨と同じ縁結びの加護持ちだ。二人が一緒に修行している、というのは変な話ではない。
 けれど何故、時雨なのだろうか。
 茜の時雨への馴れ馴れしい態度を見ていると、蒼は何とも言えない気持ちになる。蒼の心の中にもやもやとした気持ちが渦巻いていた。今までに感じたことがない感情に、蒼は翻弄されていた。
 そんな蒼の様子を見て、茜は楽しそうに言葉を続けた。

「もしかして蒼ちゃん、嫉妬してる?」

蒼は目を丸くした。

ーーこの感情は、嫉妬?

そう言われると、その通りなのかもしれない。
 それには時雨も驚いていた。何となく嬉しそうに目を輝かせていたが、かなり衰弱していて、顔色は悪いままだ。こんなにも顔色が悪いというのに、そんなのお構いなしで茜は時雨にベタベタくっついている。
 そして勝ち誇ったように笑った。

「蒼ちゃん。嫉妬しちゃダメだよ」

蒼は顔を真っ赤にした。嫉妬なんてしてしまう自分が恥ずかしい、と感じてしまう。
 そんな蒼に、茜は追い討ちをかけるように言った。

「時雨さんは茜の運命の王子様だったんだよ。蒼ちゃんの運命の人じゃないの」