あれから蒼は時雨に翻弄されていた。
琥太郎から時雨の話を聞けたのは嬉しかったが、蒼は時雨のことをどうしても意識してしまうのだ。時雨の顔を見ると顔が熱くなってどうしたらいあのか分からなくなる。
困ったものだと、蒼は深いため息をついた。
そして手元の菖蒲からの手紙に視線を落とした。
ーー菖蒲様は順調のようね。私も……頑張らなきゃ。
あれから蒼は菖蒲と時折手紙のやり取りをしていた。菖蒲からは琥太郎とな婚約話が順調に進んでいる事や、琥太郎の惚気話をよく聞く。そんなほっこりする手紙を読むたび、蒼も時雨との仲を深めたいと思うのだ。
そう。思いはするだが、どうしても照れてしまって何もできないでいる。
どうしたものか、と悩んでいたその時。
菖蒲の手紙読んでいた蒼は急に背中に重みを感じた。
「何してるの、蒼」
そう言って後ろから抱きしめられる。耳元で優しく囁くのは、時雨だ。蒼の耳は真っ赤に染まった。そして背中に時雨のぬくもりを感じて、蒼はみるみる体が熱くなっていく。
「しししし、時雨様っ!?」
こういう時、蒼はどうしても挙動不審になってしまう。時雨を前にするとどうしても平常心ではいられないのだ。
それなのに時雨は楽しそうに笑って、離そうとはしてくれない。
「ん?」
とぼけた素振りをして蒼を困らせるのだ。
「あの、その……う、動けません……」
「んー……あと少しだけ」
そしてより力強く抱きしめられた。こんな風に甘えられると蒼も強くは言えない。ただ真っ赤になって耐えるしかないのだ。
しかし耳元ですうすうという寝息が聞こえてきた。
ーー時雨様、疲れてるのね。
最近時雨は外出する事が増えた。そして毎回へとへとになって帰ってくるのだ。何をしているのか蒼は聞いていないが、さすがにここまで疲れていると心配になってしまう。
時雨の手にそっと触れた。
話して欲しい、と思う。だが時雨には時雨の考えがあるのだろう。無理に聞いていいものなのか、悩んでしまう。一応、蒼と時雨は夫婦なのだからもっと頼ってほしい、とも思う。
ーー私じゃまだまだ頼りないよね。
時雨のために蒼にできる事なんてとても少ない。頼りないのも分かっている。けれど時雨のためならば、できる事は何でもしたいのだ。
ーーそうだ。確か菖蒲様が最近流行りの甘味処があるとおっしゃってたわ。
蒼はふと、菖蒲の手紙を思い出した。甘いものを食べると疲労回復するらしいから琥太郎と二人で行ってみたのだと手紙に書いてあった。
蒼は、時雨を誘ってみよう、と勇気を振り絞って声をかけた。
「あの、時雨様」
「ん?」
蒼の声で目を覚ました時雨は、まだ眠そうな返事をした。
「最近お疲れのようですね」
「ああ……ちょっと忙しくてね」
うんざりした声だ。あまり楽しい用事ではないらしい。途端に不機嫌になった時雨に、蒼は苦笑いした。
そして蒼は拳に力を入れて、勇気を振り絞った。
「疲れた時は甘いものがいいらしいですよ。今日、甘味処にでも行きませんか?」
「え!」
さっきまでの嫌そうな声から一転して、とても明るい声が響いた。時雨の口元は見るからに緩んでいた。そこからもとても嬉しいらしいと伝わってくる。
その表情を見た蒼は胸を撫で下ろした。
しかし、時雨の表情がコロリと変わって暗くなった。
「あ……ごめん。今日は用事があるんだ」
時雨はとても残念そうな声で答えた。そしてあからさまに落ち込んで項垂れた。
「そうですか……それは仕方ないですね」
そして蒼も思っていたより落ち込んだ。
蒼も時雨と甘味処に行きたかった。
いや。甘味処に行きたかったのではなく、時雨と一緒に過ごしたかった。そして少しでも時雨の気晴らしになればと思った。
ーー甘味処は……今日じゃなくても行けるものね。
時雨の重荷になりたくない蒼は物分かりのいい振りをした。無理して笑顔を作り、時雨に微笑みかけた。
「また今度行きましょう」
「蒼……」
しかし時雨は悲しそうな表情を見せた。蒼が無理に笑っているのが伝わってしまったらしい。
「本当に……すまない」
そう言ってまた強く抱きしめられた。
その時雨の温もりから離れがたくて。
蒼は時雨の手を握り返した。
ーーできる事なら、ずっとこのままでいたい。
けれど、そうもいかない。
時雨は身支度を整えるとすぐに出て行ってしまった。蒼はそんな時雨を寂しい気持ちで見送った。 ずっと一緒にいれないことは分かっている。だが分かっていても、やはり寂しい気持ちは拭えないのだった。
ーー時雨様、本当にお忙しいのね……。
時雨も後ろ髪引かれるように、何度も蒼の方を振り返っていた。その度に悲しそうな目で見つめられると、蒼も何と言っていいのか戸惑ってしまう。
ーー仕方ない、のよね。
蒼は小さくなっていく時雨の背中を眺めながら、そう何度も自分に言い聞かせた。
そしてようやく時雨の姿が見えなくなり、蒼はため息をついた。しかし落ち込んでいても何も始まらない。沈んだ気持ちを引き上げようと首を横に振って、前を向く。
すると時雨と入れ違いに、琥太郎がやって来るのが見えた。
「ごめんください」
「琥太郎様!」
「数日ぶりですね。今日こそ時雨はいますか?」
「あ……」
あれから琥太郎は度々時雨を訪ねてやってきた。しかし時雨も最近は外出する事が多く、なかなか会えないでいた。
そしてそれは今日も同じだったようだ。
蒼はついさっき時雨が出て行った方向を見た。
そしてそれに琥太郎も気がついたようで、困ったような表情になった。
「申し訳ありません。ついさっき用事があって外出されたんです」
「そうですか。俺もタイミングが悪いですね」
「すみません」
「いえいえ。また出直しますよ。今度はちゃんと予定を聞いてきますから」
琥太郎も忙しい中、何度もこうして足を運んでくれている。今日も仕事の合間を見て来てくれたのだろう。琥太郎の後ろに控える護衛に耳打ちされ、少し疲れた表情で、足早に去って行った。
ーー琥太郎様もお忙しいはずなのに。
こうして何度も来てくれるのは、時雨に菖蒲との婚約を直接伝えたいためだ。普通なら手紙でもいいところをわざわざ出向いて来るなんて、律儀な人だと思う。
きっと、そんなまめな琥太郎の姿に、菖蒲も心惹かれたのだろう。
その時、ふと菖蒲のおすすめしてくれた甘味処を思い出した。
ーーそうだわ。甘味処でお菓子を買って家で食べればいいんだわ。
一緒に甘味処に行けないなら、家で二人の時間を大切にすればいいのだ。そう思い立った蒼は、すぐに甘味処へと向かったのだった。
◆◆◆
馬車を出してもらい、東都までやって来た蒼は、菖蒲おすすめの甘味処に来ていた。
多くの女性客で賑わい、店内は混雑していた。
ーー凄い人……。さすが人気店だわ。
色鮮やかなお菓子は女性たちの心を鷲掴みにしているようだ。常連客らしい女性達が、新作のお菓子を見つけてはきゃっきゃとはしゃいでいる。
蒼は何を買ったらいいのか分からず、とりあえず一番多くの人が買っていた大福を手に取った。
その時、女性客の中に一人、男性客がお菓子を吟味していた。
「おや?」
「え?!」
それは琥太郎だった。ついさっき会ったばかりだというのに、凄い偶然である。さすがにこの偶然には蒼も琥太郎も目を丸くした。
「まさかこんな所で会うなんて、奇遇ですね」
「本当ですね。琥太郎様もこの甘味処をご存知だったんですね」
「ええ。菖蒲殿から今人気の甘味処と聞きましてね」
「ふふ。仲がよろしいですね」
「おかげさまで。しかし本当に偶然ですね」
言われてみれば、確かに凄い偶然である。蒼もふと心の中に引っかかるものを感じた。
時雨がいない時に限って琥太郎に会う。しかもこんな広い東都でも、偶然琥太郎に会うなんて。
二人は偶然だと笑い合ったが、ふと首を傾げた。
「……少しおかしくないですか?」
「そう、ですよね」
こんなに偶然が続くことなんて、そうそう無い。誰かに仕組まれていると言われた方がしっくり来る。
琥太郎は少し難しい表情を見せた。
「気のせいだと思うんですけど……。その、最近、これに似た体験をしたような気がするんです」
「え?」
「あの遊園地での事です」
そう言われて蒼ははっとした。確かに遊園地で茜が無理やり琥太郎との縁を結んだ時と同じような事が起きている。あの時も茜自身も意図しないうちに、二人は偶然何度も出会ってしまっていた。
蒼はまさか、と顔色を悪くした。
「まさか……そんな……」
そうは言うものの、茜への疑惑は晴れない。蒼が不安な表情をしていると、琥太郎が「とりあえず外に出ましょう」と声をかけてくれた。
蒼と琥太郎は会計を済ませて、店舗の外に出た。
その間もずっと茜のことを考えていた。
ーーそんなはずないわ。だって茜は琥太郎様のことを運命の人って言ってたのよ?なのに私と琥太郎様の縁を結ぶ理由がないじゃない。
そう何度も自分に言い聞かせた。
その時だった。
「時雨様ぁ、さすがですぅ」
聞き覚えのある声が聞こえて、蒼と琥太郎は視線を向けた。そこにいた人物を見て、琥太郎は眉間に皺を寄せ、蒼は目を丸くした。
茜である。
「私、時雨様のおかげでかなり上手になったと思いませんかぁ?」
「……そうだな」
それに、素っ気ない態度の時雨も一緒だった。しかも茜が腕に抱きついていても咎めたりはせず、なすがままになっている。
蒼は眩暈がした。
ーーえ……時雨様?
いつも女性を近寄らせず蒼にだけ優しい時雨。
そんな時雨が茜と腕を組んでいる姿に、蒼は目の前が真っ黒になってしまったのだった。
琥太郎から時雨の話を聞けたのは嬉しかったが、蒼は時雨のことをどうしても意識してしまうのだ。時雨の顔を見ると顔が熱くなってどうしたらいあのか分からなくなる。
困ったものだと、蒼は深いため息をついた。
そして手元の菖蒲からの手紙に視線を落とした。
ーー菖蒲様は順調のようね。私も……頑張らなきゃ。
あれから蒼は菖蒲と時折手紙のやり取りをしていた。菖蒲からは琥太郎とな婚約話が順調に進んでいる事や、琥太郎の惚気話をよく聞く。そんなほっこりする手紙を読むたび、蒼も時雨との仲を深めたいと思うのだ。
そう。思いはするだが、どうしても照れてしまって何もできないでいる。
どうしたものか、と悩んでいたその時。
菖蒲の手紙読んでいた蒼は急に背中に重みを感じた。
「何してるの、蒼」
そう言って後ろから抱きしめられる。耳元で優しく囁くのは、時雨だ。蒼の耳は真っ赤に染まった。そして背中に時雨のぬくもりを感じて、蒼はみるみる体が熱くなっていく。
「しししし、時雨様っ!?」
こういう時、蒼はどうしても挙動不審になってしまう。時雨を前にするとどうしても平常心ではいられないのだ。
それなのに時雨は楽しそうに笑って、離そうとはしてくれない。
「ん?」
とぼけた素振りをして蒼を困らせるのだ。
「あの、その……う、動けません……」
「んー……あと少しだけ」
そしてより力強く抱きしめられた。こんな風に甘えられると蒼も強くは言えない。ただ真っ赤になって耐えるしかないのだ。
しかし耳元ですうすうという寝息が聞こえてきた。
ーー時雨様、疲れてるのね。
最近時雨は外出する事が増えた。そして毎回へとへとになって帰ってくるのだ。何をしているのか蒼は聞いていないが、さすがにここまで疲れていると心配になってしまう。
時雨の手にそっと触れた。
話して欲しい、と思う。だが時雨には時雨の考えがあるのだろう。無理に聞いていいものなのか、悩んでしまう。一応、蒼と時雨は夫婦なのだからもっと頼ってほしい、とも思う。
ーー私じゃまだまだ頼りないよね。
時雨のために蒼にできる事なんてとても少ない。頼りないのも分かっている。けれど時雨のためならば、できる事は何でもしたいのだ。
ーーそうだ。確か菖蒲様が最近流行りの甘味処があるとおっしゃってたわ。
蒼はふと、菖蒲の手紙を思い出した。甘いものを食べると疲労回復するらしいから琥太郎と二人で行ってみたのだと手紙に書いてあった。
蒼は、時雨を誘ってみよう、と勇気を振り絞って声をかけた。
「あの、時雨様」
「ん?」
蒼の声で目を覚ました時雨は、まだ眠そうな返事をした。
「最近お疲れのようですね」
「ああ……ちょっと忙しくてね」
うんざりした声だ。あまり楽しい用事ではないらしい。途端に不機嫌になった時雨に、蒼は苦笑いした。
そして蒼は拳に力を入れて、勇気を振り絞った。
「疲れた時は甘いものがいいらしいですよ。今日、甘味処にでも行きませんか?」
「え!」
さっきまでの嫌そうな声から一転して、とても明るい声が響いた。時雨の口元は見るからに緩んでいた。そこからもとても嬉しいらしいと伝わってくる。
その表情を見た蒼は胸を撫で下ろした。
しかし、時雨の表情がコロリと変わって暗くなった。
「あ……ごめん。今日は用事があるんだ」
時雨はとても残念そうな声で答えた。そしてあからさまに落ち込んで項垂れた。
「そうですか……それは仕方ないですね」
そして蒼も思っていたより落ち込んだ。
蒼も時雨と甘味処に行きたかった。
いや。甘味処に行きたかったのではなく、時雨と一緒に過ごしたかった。そして少しでも時雨の気晴らしになればと思った。
ーー甘味処は……今日じゃなくても行けるものね。
時雨の重荷になりたくない蒼は物分かりのいい振りをした。無理して笑顔を作り、時雨に微笑みかけた。
「また今度行きましょう」
「蒼……」
しかし時雨は悲しそうな表情を見せた。蒼が無理に笑っているのが伝わってしまったらしい。
「本当に……すまない」
そう言ってまた強く抱きしめられた。
その時雨の温もりから離れがたくて。
蒼は時雨の手を握り返した。
ーーできる事なら、ずっとこのままでいたい。
けれど、そうもいかない。
時雨は身支度を整えるとすぐに出て行ってしまった。蒼はそんな時雨を寂しい気持ちで見送った。 ずっと一緒にいれないことは分かっている。だが分かっていても、やはり寂しい気持ちは拭えないのだった。
ーー時雨様、本当にお忙しいのね……。
時雨も後ろ髪引かれるように、何度も蒼の方を振り返っていた。その度に悲しそうな目で見つめられると、蒼も何と言っていいのか戸惑ってしまう。
ーー仕方ない、のよね。
蒼は小さくなっていく時雨の背中を眺めながら、そう何度も自分に言い聞かせた。
そしてようやく時雨の姿が見えなくなり、蒼はため息をついた。しかし落ち込んでいても何も始まらない。沈んだ気持ちを引き上げようと首を横に振って、前を向く。
すると時雨と入れ違いに、琥太郎がやって来るのが見えた。
「ごめんください」
「琥太郎様!」
「数日ぶりですね。今日こそ時雨はいますか?」
「あ……」
あれから琥太郎は度々時雨を訪ねてやってきた。しかし時雨も最近は外出する事が多く、なかなか会えないでいた。
そしてそれは今日も同じだったようだ。
蒼はついさっき時雨が出て行った方向を見た。
そしてそれに琥太郎も気がついたようで、困ったような表情になった。
「申し訳ありません。ついさっき用事があって外出されたんです」
「そうですか。俺もタイミングが悪いですね」
「すみません」
「いえいえ。また出直しますよ。今度はちゃんと予定を聞いてきますから」
琥太郎も忙しい中、何度もこうして足を運んでくれている。今日も仕事の合間を見て来てくれたのだろう。琥太郎の後ろに控える護衛に耳打ちされ、少し疲れた表情で、足早に去って行った。
ーー琥太郎様もお忙しいはずなのに。
こうして何度も来てくれるのは、時雨に菖蒲との婚約を直接伝えたいためだ。普通なら手紙でもいいところをわざわざ出向いて来るなんて、律儀な人だと思う。
きっと、そんなまめな琥太郎の姿に、菖蒲も心惹かれたのだろう。
その時、ふと菖蒲のおすすめしてくれた甘味処を思い出した。
ーーそうだわ。甘味処でお菓子を買って家で食べればいいんだわ。
一緒に甘味処に行けないなら、家で二人の時間を大切にすればいいのだ。そう思い立った蒼は、すぐに甘味処へと向かったのだった。
◆◆◆
馬車を出してもらい、東都までやって来た蒼は、菖蒲おすすめの甘味処に来ていた。
多くの女性客で賑わい、店内は混雑していた。
ーー凄い人……。さすが人気店だわ。
色鮮やかなお菓子は女性たちの心を鷲掴みにしているようだ。常連客らしい女性達が、新作のお菓子を見つけてはきゃっきゃとはしゃいでいる。
蒼は何を買ったらいいのか分からず、とりあえず一番多くの人が買っていた大福を手に取った。
その時、女性客の中に一人、男性客がお菓子を吟味していた。
「おや?」
「え?!」
それは琥太郎だった。ついさっき会ったばかりだというのに、凄い偶然である。さすがにこの偶然には蒼も琥太郎も目を丸くした。
「まさかこんな所で会うなんて、奇遇ですね」
「本当ですね。琥太郎様もこの甘味処をご存知だったんですね」
「ええ。菖蒲殿から今人気の甘味処と聞きましてね」
「ふふ。仲がよろしいですね」
「おかげさまで。しかし本当に偶然ですね」
言われてみれば、確かに凄い偶然である。蒼もふと心の中に引っかかるものを感じた。
時雨がいない時に限って琥太郎に会う。しかもこんな広い東都でも、偶然琥太郎に会うなんて。
二人は偶然だと笑い合ったが、ふと首を傾げた。
「……少しおかしくないですか?」
「そう、ですよね」
こんなに偶然が続くことなんて、そうそう無い。誰かに仕組まれていると言われた方がしっくり来る。
琥太郎は少し難しい表情を見せた。
「気のせいだと思うんですけど……。その、最近、これに似た体験をしたような気がするんです」
「え?」
「あの遊園地での事です」
そう言われて蒼ははっとした。確かに遊園地で茜が無理やり琥太郎との縁を結んだ時と同じような事が起きている。あの時も茜自身も意図しないうちに、二人は偶然何度も出会ってしまっていた。
蒼はまさか、と顔色を悪くした。
「まさか……そんな……」
そうは言うものの、茜への疑惑は晴れない。蒼が不安な表情をしていると、琥太郎が「とりあえず外に出ましょう」と声をかけてくれた。
蒼と琥太郎は会計を済ませて、店舗の外に出た。
その間もずっと茜のことを考えていた。
ーーそんなはずないわ。だって茜は琥太郎様のことを運命の人って言ってたのよ?なのに私と琥太郎様の縁を結ぶ理由がないじゃない。
そう何度も自分に言い聞かせた。
その時だった。
「時雨様ぁ、さすがですぅ」
聞き覚えのある声が聞こえて、蒼と琥太郎は視線を向けた。そこにいた人物を見て、琥太郎は眉間に皺を寄せ、蒼は目を丸くした。
茜である。
「私、時雨様のおかげでかなり上手になったと思いませんかぁ?」
「……そうだな」
それに、素っ気ない態度の時雨も一緒だった。しかも茜が腕に抱きついていても咎めたりはせず、なすがままになっている。
蒼は眩暈がした。
ーーえ……時雨様?
いつも女性を近寄らせず蒼にだけ優しい時雨。
そんな時雨が茜と腕を組んでいる姿に、蒼は目の前が真っ黒になってしまったのだった。


