縁切り巫女姫の縁結び


ーー蒼は今、何してるだろうか。

一方、時雨の頭の中は、相変わらず蒼のことでいっぱいだった。用事があって久しぶりに学校へと赴いていた時雨だったが、用事なんて放り出してすぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいだった。
 そんな時雨を見て、真琴が首を傾げた。

「時雨様、どうしたんですか?」

いつもは凛としていて頼りになる時雨。前の生徒会長である時雨の事を、真琴はとても信頼しているが、運命の人の事になると人が変わったようになるのがたまに傷だと感じていた。

「いや。蒼のことを考えていた」

そして時雨の返事を聞いて、やはり、とため息をついた。

「しっかりしてくださいよ。これから大事な会議なんですから」

真琴に指摘された時雨は口をへの字に曲げた。

「分かってる。頑張るために蒼のことを考えていたんだ」

これは嘘ではない。

「まあきちんとしてくれるなら何も言いませんよ」
「当然。手を抜くつもりはない」

今回、こうして蒼のそばを離れて学校まで来ているのだって、全て蒼のためなのだ。真琴はため息をつきつつ、手元の資料に目を落とした。

「時雨様の言う事が本当なら本田家にとっては致命的になりますね」

真琴が見ていたのは、本田グループの賄賂に関する資料だった。
 加護持ちが通うこの学校の生徒会には、経済界や政界から依頼が来る事がある。その内容の大半が、加護の力を使って不正を暴いてほしいという内容だ。大抵は在学中の生徒会で解決するのだが、内容によっては歴代の生徒会役員に手伝ってもらう事もある。特に縁結びの加護を持ち、国随一の縁結び神社の神主である時雨は、真琴とも仲が良かったので、年に数回こうした依頼が来るのだ。
 そして今回も本田グループに関して警察が捜査に入り、学校に依頼がきた。それが今回は蒼の実家に関する事だったので、真琴がわざわざ声をかけてくれた。

「胡散臭いとは思っていたが。まさか不正までしていたとはな」
「加護持ちを学校に通わせない選択ができる人達ですからね」

加護持ちを学校に通わせるのは義務である。それを破り、挙句蒼を虐げて、不遇な扱いをするなんて、捕まってもおかしくない行動なのだ。
 真琴が部屋の扉を叩いて、堂々と入っていく。
 部屋の中には質の良いスーツを着た男性が二人、立っていた。

「この度はご協力ありがとうございます」
「いえ。こちらとしても加護持ちを守るために動く必要がありましたから」

真琴が穏やかにそう言った。二人の男性は真琴の後ろにいる時雨を見て目を丸くした。

「し、時雨様まで!ご協力いただけるなんて」
「いえ。私としても見過ごせない内容でしたので」

本当は蒼の実家に関する事だったからなのだが、そこはあえて言わない。愛想の良い笑みを浮かべて、歯触りの良い言葉を並べた。

「それはとても心強いです。こちらとしてはなかなか尻尾を掴めず苦労していたんです」
「それはそれは」

時雨は初めて会った時の正勝の顔を思い出した。プライドが高く、差別意識の高い態度がありありと伝わってきていた。
 そしてその差別の対象が、大切な蒼に向いていた事を思い出すと、はらわたが煮えくりかえる思いがする。

「ぜひ協力させてください」

時雨は悪魔の様な笑みを浮かべて、心の底からそう答えた。

 それからの話し合いは順調に進み、一旦お開きとなった。蒼のためとはいえ時雨の適切な受け答えに、真琴は相変わらず凄いと感心した。男性二人も満足した様子で頭を深々と下げて帰って行った。

「お疲れ様でした、時雨様」
「大した事はない。真琴には迷惑かけたな」
「大した苦労でもないですよ」

本田家の不正について色々と調べてくれたのは、真琴だった。学校の生徒会長として加護持ちが通学していない事実は見過ごせなかったのだ。
 そして調べていった結果、本田グループの賄賂の事実も判明した。
 真琴はその事実を時雨に伝えて、今回時雨も同席することになったのだ。
 真琴はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。柔らかい物腰に穏やかな雰囲気の真琴からは考えられないような表情だ。

「時雨様に恩を売る絶好の機会ですから」
「相変わらず腹黒いヤツめ」

時雨は呆れたように肩を落とした。そして同時に感心もした。

ーーさすが学校の生徒会長だな。

加護持ちという癖のある生徒たちの頂点に立つ人物だ。さらに政界や経済界にも影響力を持ち、自分よりも一回りも二回りも大きな大人を相手にしなければならない。そんな立場にいる人物がただの優男であるはずがない。
 真琴のその二面性には時雨も感心していた。
 その時だった。

「あ!時雨様ぁ!」

甘ったるい高い声で名前を呼ばれた時雨は、眉間に皺を寄せた。
 声のする方を向くと、時雨は信じられないと目を丸くした。

ーーは?何故ここに……。

そこには本田茜がいた。嬉しそうに笑顔を見せて、時雨達の方へと駆け寄ってくる。茜が制服を着てあるのを見て、時雨はここが学校だったことを思い出した。

ーーなんでこんな所に?

しかし時雨と真琴がいるのは生徒会役員が使用する部屋で、普段一般生徒が立ち入らない場所だ。茜が学校にいるのはおかしくないが、何故こんな場所にいるのかと目を疑った。
 しかしそんな怪訝そうな二人の態度なんて構いなしに、茜は時雨の腕に抱きつこうとしてきた。蒼以外の女性に興味のない時雨は当然、茜を避け冷たい視線を送った。
 しかし茜はめげなかった。
 甘い声を出しながら、時雨に上目遣いをしてくる。

「あのぉ時雨様ぁ」

そのあからさまな態度に真琴も嫌な顔をした。しかし茜はそんな事気にしない。少ししおらしい態度で頭を下げた。

「この前は失礼しましたぁ」

まさか謝罪の言葉が聞けると思っていなかった時雨は耳を疑った。睨みつけるような目が、思わず丸くなる。
 茜は目に涙を溜めて時雨を見つめた。

「私、ちょっと突っ走りすぎちゃって……あの後すっごく反省したんです」
「……そうか」

そんな茜の態度に、時雨は眉間に皺を寄せた。

ーー本気か?この女。

茜の態度が疑わしくて仕方ない。しかしここで咎めても茜が諦めるとは思えない。
 すると茜は涙をピタリと止めて、時雨に色目を使ってきた。そんな茜に真琴が注意しようと前に出てきたが、時雨が静止した。

「それでぇ、時雨様も私と同じ縁結びの加護をお持ちなんですよねぇ?」
「そうだ」

茜は「やっぱりぃ!」と言ってぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。一見無邪気で可愛らしく見えるが、時雨も真琴も鬱陶しそうな目で茜を見ていた。
 しかし茜はそんな二人の視線に気付くことはなかった。
 それどころか、

「縁結びの加護持ち同士、仲良くしてほしいです。義兄さまなんだし」

と時雨に言い寄ってきた。時雨はますます眉間の皺を深くした。

ーーこの女、何を考えているんだ?

時雨には茜が何を考えているのか全く分からなかった。時雨は怪訝な表情をしていたが、茜には関係なかった。

「駄目ですかぁ?」

そう言って瞳を潤ませて時雨に言い寄ってくる。
 そんな茜の態度に、真琴の方が我慢の限界だった。

「時雨様」
「何だ」
「相手する必要ないですよ」

真琴は、少し苛立った声で時雨に耳打ちした。

「いくら時雨様の奥方の妹君とは言え、相手する必要はありません」

真琴の言う事はもっともだ。蒼さえ幸せなら、茜も本田家もどうなろうと時雨には関係ない。

ーーだがこのまま放っておくのも気になる。

遊園地まで琥太郎を追いかけてくるような茜の執念を考えれば、放っておくと蒼に被害が出そうだと思ったのだ。
 わざわざ茜から近付いてきたのだから、利用してみるのもいいかもしれない。

ーー蒼の害になるかどうか見極める必要があるな。

茜が琥太郎と結ばれなかった腹いせに蒼に危害を加えようと、時雨に近寄ってきているのなら、事前に防ぐこともできる。
 確かに茜の相手をするのは煩わしいが、このまま放っておく方が後々面倒になりそうだと時雨は思った。
 そして重い気持ちで答えた。

「たまに、なら」
「本当ですかぁ!」

茜は満面の笑みを浮かべた。うっとりとした目はまるで恋する乙女のようだった。

「私もぉ縁結びの加護を持ってるんですぅ。よかったら加護の使い方教えて欲しいですぅ」

ーーそれは学校で学ぶべきものだろう。

時雨はそう突き放してしまいたかった。しかし、その言葉をぐっと飲み込んだ。隣にいる真琴も呆れて言葉が出ない様子だ。
 時雨は無理やり笑顔を作ってゆっくりと頷いた。

「……分かった」
「やったぁ!絶対ですよ?約束ですからね!」

きゃっきゃっとはしゃぐ茜は幼い子どものようだった。きっと何も知らない人から見れば、可愛らしい女子なのだろう。けれど時雨と真琴にはただの我が儘で幼稚な女子生徒にしか見えなかった。
 これからこんな女を相手にしなければならないのかと思うと、とても憂鬱な気持ちになるのだった。

◆◆◆

 帰路の途中、馬車に揺られながら時雨は腕を組んで悩んでいた。本田家の不正に、茜の接近。どちらもどう蒼に伝えたらいいものか悩んでしまう。
 その答えが出ないまま、琴坂神社に到着した。
 蒼に早く会いたいのに、何故か少し躊躇ってしまう。少し複雑な気持ちで扉を開けると、蒼が笑顔で出迎えてくれた。

「おかえりなさい、時雨様」

蒼の穏やかな笑顔を見ると、時雨の胸の中は蒼のことでいっぱいになった。そしてとろけるような笑顔で吸い込まれるように蒼に抱きついた。

「ただいま」

時雨も優しい笑顔が自然と溢れた。
 離れがたかったが、時雨はゆっくりと蒼から離れた。そして愛する蒼の顔を覗き込んだ。きっといつものように困ったような戸惑ったような表情をしているのだろう。
 だが時雨にとってはそんな蒼の表情も愛おしかった。

ーーえ?

時雨はきょとんとしてしまった。
 そこにあったのはいつもの蒼の表情ではなかった。顔を真っ赤にして、少し体をこわばらせ緊張した様子だ。そしてチラチラと時雨の様子を伺っては恥ずかしそうに視線を逸らしている。
 完全に時雨を意識した態度に、時雨までもが顔を真っ赤にした。

ーーう、うわ……。

これまでどこか余所余所しく一線を引いていた蒼が自分を意識してくれている。

ーーヤバい。

時雨はつい喜んでしまった。こんな事これまで無かった。

ーーめっちゃくちゃ嬉しい。

蒼はどうすればいいのか時雨の腕の中で戸惑っている。けれど嫌がっているわけではない。体は少しこわばっているが、時雨を受け入れてくれている。
 それが何より嬉しくて、理性が飛びそうになった。

ーー駄目だ。愛おしくてたまらない。

時雨は優しく蒼を抱きしめた。

 離したくない。
 蒼が悲しむもの全てから守ってあげたい。
 ずっと自分の腕の中で笑っていてほしい。

 そう思わずにはおれなかった。
 ただただ、この時間が何よりも愛おしい。

 そうして時雨は茜や本田家のことをすっかり忘れてしまうのだった。