縁切り巫女姫の縁結び

 遊園地の視察から数日経った。
 遊園地で茜が去った後、蒼達もすぐに解散した。菖蒲の堂々とした態度に琥太郎は釘付けになってしまい、そこから急に挙動不審な行動が増えたのだ。せっかく取り繕っていたのに、このままではいけないと早めに解散する事にしたのだ。
 少し不安にもなったが、菖蒲が琥太郎を笑顔で見送っていたので、心配する必要はないだろう。
 それから蒼は穏やかな日々を送っていた。神社を参拝しに来る人達の相手をしたり、加護の使い方の練習をしたり、本田家にいた頃からは考えられないほど平和な日々だった。

ーーあれから琥太郎様達はどうなったのかしら。

遊園地の件から琥太郎や菖蒲からの連絡はない。あの二人がどうなったのか、気になるところであった。だがあの二人の縁を見れば、悪い方にすすむとはとても思えない。
 部屋の窓に差し込む日の光を見ると、晴れの加護を持つ琥太郎のことを思い出して、ソワソワした気持ちになる。

ーー私が焦っても仕方ないわ。

いつかいい知らせが聞けるだろうと思い、蒼はふと笑みをこぼした。そうして蒼はお茶の一口飲んだ。
 その時。襖の外から声をかけられた。

「蒼様、お客様がいらっしゃっいました」
「お客様?」

今日は特に予定がなかったはずだ。時雨も用事があると言って外出しているというのに、と蒼は首を傾げた。
 蒼は誰だろうと思いながら応接室へ向かった。
 もし縁結びの依頼だったら、時雨がいないのにどうしよう、と少し不安になる。
 しかしそれは杞憂だった。

「こんにちは」
「琥太郎様!」

応接室には明るい笑顔の琥太郎が待っていた。

「遊園地の時以来ですね、蒼殿」

穏やかな笑顔の琥太郎を見て、蒼は胸を撫で下ろした。

「何の連絡もなく来てしまってすみません」
「いえ。気にしないでください」
「時雨は今いますか?」
「すみません。時雨様は用事があって今はいないんです」
「そうでしたか。間の悪い時に来てしまいましたね」

琥太郎は申し訳なさそうな笑顔を見せた。
 琥太郎の用事が何なのか気になる。
 菖蒲との関係が上手く進まないので相談に来たのだろうか。
 それとも良い知らせだろうか。
 そう思い、チラチラと琥太郎の様子を伺いながら、蒼は口を開いた。

「あの……菖蒲様とはその後どうでしょうか」

言った後に失礼な事を聞いてしまっただろうか、と蒼は心配になった。しかし琥太郎はとても明るい笑顔で答えてくれた。

「時雨と蒼殿のおかげで、順調ですよ」

琥太郎の様子に蒼は胸を撫で下ろした。気のせいだろうか、窓から見える空は雲一つない晴天だった。

「実は今日、その報告をしようと思って来たんです」

琥太郎の話によると、あれから二人は急接近したらしい。
 別れ際に不審な動きをしてしまった琥太郎は大変落ち込んだそうだ。しかしそんな琥太郎の姿が菖蒲の心に響いたらしい。菖蒲は財閥御曹司に相応しい行動をとる琥太郎に気後れした。完璧な琥太郎の隣に立つ自信はない。せめて加護の力だけでも釣り合いが取れればいいものの菖蒲は雨の加護。真逆の晴れの加護を持つ琥太郎の隣に立つ資格なんて、自分にはないと思っていたのだと言う。けれど琥太郎の少し駄目な姿を見て、琥太郎も努力しているのだと分かったらしい。
 琥太郎が謝罪の手紙を送ったら「琥太郎様のそんか姿も素敵です」と返事をもらえた。そこから琥太郎は勇気を振り絞ってデートに誘い、何度か逢瀬を重ねていった。

「それでこの度菖蒲殿と婚約する事になったんです」
「え!おめでとうございます!」
「ありがとうございます」

琥太郎は照れながらも、とても嬉しそうにしていた。そんな琥太郎も微笑ましくて、蒼まで温かい気持ちになる。

ーー良かった。

蒼は心の底からそう思った。茜との縁は切ったが、また茜がどう暴走するか分からなかった。
 琥太郎と菖蒲なら上手くいくと思っていたが、蒼にとっては茜だけが気掛かりだったのだ。しかしそれも心配無用だったのだと分かり、ほっと胸を撫で下ろした。

「蒼殿には本当にお世話になりました。蒼殿がいなければ、この縁談は上手くいかなかったでしょう」
「そんな事ないですよ!」

縁切りの加護を褒められて、蒼は顔が熱くなった。嬉しさと恥ずかしさと色々な感情が混じって、心の中が混乱している。
 琥太郎は胸ポケットから一通の手紙を取り出し、蒼に差し出した。

「これは菖蒲殿からです。菖蒲殿も蒼殿には感謝していました。そしてまたぜひ会いたいと」

琥太郎と菖蒲の縁はすでに結ばれていた。二人に必要だったのはきっかけだけだった。蒼はそのきっかけを作ったにすぎない。それなのにこんなに感謝されるなんて、と蒼は戸惑いを隠せなかった。
 手紙と琥太郎を交互に見つつ、恐る恐る手紙を受け取った。

「ありがとうございます」

自分の加護が、本当に人の役に立つなんて。
 気付かせてくれた時雨にも、感謝してくれた琥太郎や菖蒲にも、蒼は感謝しても足りないくらいの恩を感じた。
 そんな蒼を琥太郎は微笑ましそうに見ていた。

「蒼殿は、時雨のことをどう思っていますか?」
「え?」

急に問いかけられて、蒼は目を丸くした。

ーーそんな……答えなんて……。

そしてじわじわと顔を赤くする。
 遊園地でのことを思い出して、蒼は言葉に詰まった。
 時雨のそばにいたい。
 時雨の隣を誰にも譲りたくない。
 時雨のことを好きなのに、それを言葉にするとなると、何とも恥ずかしくて口をもごもごさせてしまう。そして、視線を彷徨わせながら、辿々しく答えた。

「その……素敵な方だと、思います」

時雨を好きな気持ちには変わりない。けれど、自分が時雨に釣り合うとも思えない。だから蒼のこの気持ちは分不相応なのではないか、と不安になるのだ。
 蒼は、素直に「好き」と言葉にはできなかった。

「私は自分の加護に自信がなかったんです。けど時雨様の隣にいたら、自分の加護もいいものかも、て思える時があるんです。そう思わせてくれた時雨様のことは、本当に素敵な方だと思っています」
「そうですか」

琥太郎は嬉しそうに笑った。

「ただ」

その言葉に琥太郎は表情を固くした。蒼も少し沈んだ様子だ。

「時雨様が私のことをどうして選んでくださったのか不思議です」

蒼はずっと気になっていた。
 蒼の縁切りの加護を受け入れてくれて、蒼の欲しい言葉をくれる時雨。何故、こんなにも蒼に優しくしてくれるのだろう、と。時雨は縁切りの加護をずっと探していたと言っていたが、さすがに会ったばかりの蒼に優しくしすぎではなかろうか。
 しかし琥太郎はきょとんとしていた。

「そうでしょうか?」
「え?」

琥太郎は何も知らない様子の蒼を見て、少し面白そうに笑った。
 蒼はますます訳が分からず、おどおどしていた。

「俺が話した事は時雨には秘密にしていてくださいね」

そう言って琥太郎は口を開いた。

「実は時雨は昔、病弱だったんです」

 それは、時雨が十二歳頃。
 その頃の時雨は大変病弱で、よく寝込んでいた。幼い頃から仲が良かった琥太郎は、時雨のお見舞いによく来ていた。

「時雨、今日の調子はどうだ?」
「どうもこうも無いな。いつも通りだ」

そう言ってこほこほと咳き込んだ。当時の時雨は暗く陰鬱な印象だった。肌も白く、少し痩せていて、今の時雨からは想像もつかない様子だった。
 せっかくととのせの祝いで縁結びの加護を得たというのに、学校も休みがちで友人も少なかった。

「琥太郎が来る日はいつも晴れてるな」
「俺の加護のせいかな」

琥太郎はなるべく明るく接するよう努めた。時雨は気を遣ってか笑って話をしていたが、琥太郎が帰った後に羨ましそうに窓の外を眺めているのを知っていた。

ーー早く元気になれよ。

しかし琥太郎は心の中で応援するしかできなかった。
 そんな時雨が、ある日を境に突然変わった。
 琥太郎がいつもの通り時雨のお見舞いに行った時だった。琥太郎が着いた途端、時雨が玄関まで勢いよく駆けつけたのだ。頬を紅潮させて息切れしながらも、その表情は見たことがないくらいの満面の笑みだった。

「琥太郎!」
「え……時雨?」

琥太郎は一瞬、誰か分からなかった。幼い頃から知っているはずなのに、ここまで元気な時雨は見た事がなかったのだ。
 そして時雨の次の言葉にもっと驚いた。

「俺は恋したみたいだ!」
「は?」

まだ十二歳の琥太郎は、鼻で笑った。琥太郎にとって恋愛は、女子が好む物という認識だった。男性同士ではあまりこういった話はしないので、まさか時雨から「恋」なんて言葉が出てこようとは思っていなかった。
 時雨はうっとりした表情をしていた。

「心を掴まれるって本当なんだな」
「ちょ、ちょっと落ち着け、時雨。何があったんだ?」

琥太郎は時雨を落ち着かせるように問いかけた。
 しかし時雨は止まるどころか、その言葉を待ってましたとばかりに興奮し始めた。

「出会ったんだよ!俺の運命の人に!」
「はあ?」

ますます訳が分からない。

「たまたま外に出たら、参拝に来ていた女の子がいたんだ。その子が本当に可愛くて。特に笑顔が可愛いんだ。コロコロ笑って元気に走り回るんだ。私の手を引っ張ってくれてな……その手が温かくて、心地よいんだ」
「ちょっと待て。話が逸れてるぞ。その子が可愛いのは分かったから」

時雨は少し不満そうに顔をしかめて、話を続けた。

「その女の子が縁切りの加護を貰ったと話していたんだ。とても嬉しそうに、な」
「縁切りの加護か。珍しい加護だな」
「ああ。しかもな。その子は加護の力を使ってくれたんだ」
「縁切りの加護の力を?何に使ったんだ?」

時雨は自分の手のひらを見つめ、優しく笑った。

「『私が病気との縁を切ってあげる』て言ってな。私と病気の縁を切ったんだ」
「は?!そんなことまでできるのか?」

縁切りの加護にそこまでの力があるとは琥太郎も思いもしなかった。確かに今の時雨はとても健康そうに見える。肌色も良く、動きも元気そのものだ。
 戸惑う琥太郎に、時雨はにっこり笑って頷いた。

「だから私は元気だろう?」
「まあ……確かに」

信じられないが、確かに時雨は元気そのものだ。

「それでその女の子は一体誰なんだ?そんなにすごい加護なら他の人に知られる前に行動した方がいいと思うが」

時雨は一気に落ち込んだ。

「……分からないんだ」
「え?」
「縁を切った後、その子はすぐに帰ってしまってな。どこの誰か分からないままなんだ」
「そ、そうか……」

時雨の落ち込み様に、琥太郎も狼狽えた。

「ほら。元気出せよ。その子は加護持ちなんだろう?だったら学校で会えるはずだ。もし会えなかったとしても、琴坂神社の神主になれば、それこそ人脈も広がる。そうなったら縁切りの加護持ちだってすぐ見つかるさ」
「そう……だな。言う通りだ!」

琥太郎の励ましに、時雨は大きく頷いた。

「ありがとう!琥太郎!私、頑張るよ!」

それから時雨はその女の子を見つけるため、学校で首席をとり生徒会長もつとめた。それと同時に女の子に見合う男性になれるよう、体力をつけたり見た目に気をつけるようにもなった。
 病弱だった時雨からは考えられないほど、健康的で美しくなった時雨は、かなり多くの女性から好意を寄せられたが、時雨の心が傾くことはなかった。
 ただひたすらに、縁切りの加護を持つ女の子を探し続けた。

「なんて事があったんですよ」

と、琥太郎は話してくれた。蒼はその話に呆然としていた。

ーーえ?私、昔時雨様と会っていたの……?

きっと縁切りの加護を隠す前の話だ。ととのせの祝いで加護が判明したばかりの頃の話だろう。

「それからずっと時雨は縁切りの加護を持つ少女を探していましたが、見つけられたようで何よりです。友人としても喜ばしい限りです」

琥太郎は微笑ましそうに蒼を見つめた。
 もう、これ以上言われなくても、さすがの蒼にも分かる。時雨はずっと蒼に恋して、探して、見合う男性になるよう努力してきたのだ。だからようやく会えた蒼に、これほどまでに優しく甘く接してくれるのだ。

ーー時雨様……。

時雨のことを想い、蒼は顔を真っ赤にした。まさかそんなに想われているとは。蒼は時雨の愛情が、予想以上に深く一途なのだと感じた。

ーー私……これからどんな顔して時雨様に会えばいいの?

今でさえ蒼の顔は真っ赤なのに、時雨本人を前にしたら、きっと沸騰しそうほど赤くなるだろう。
 そしてそんな蒼を見て、時雨は嬉しそうに笑ってますます近寄って来るに違いない。
 蒼はどうしたらいいのか分からず、ただただ顔を真っ赤にしてら俯いていた。