「茜が前に言っていた御曹司がまさか八菱様だったなんて……」
馬車に揺られながら、正勝は重いため息をついた。まさか茜が懸想した相手が日本を代表する企業・八菱財閥の御曹司だとは思いもしなかった。しかも相手がどんなに身分の高い存在なのか茜が理解していないとは。正勝は頭が痛い思いだった。
ーー仮にも商家の娘が、八菱財閥を知らないなんて思いもしなかった。
正勝も茜から財閥の御曹司とは聞いていたが、大和国のトップに君臨する財閥となれば話は全く違ってくる。
茜が八菱財閥御曹司に付きまといに近い行為をしていたと電話を受けた時、全身の血の気が引いた。
このままでは本田グループが危うい。いくら波に乗った商家と言っても、大和国随一の八菱財閥にとっては歯牙にも掛けない存在だ。八菱財閥がその気になれば、明日には本田グループが無くなっていてもおかしくない。
ーーしかもそれが縁結びの加護を持つ愛娘が原因なんて事になったら……とても笑えない。
茜の様子を伺うと、窓の外をぼんやりと見つめていて、心ここにあらずといった様子だった。
普段甘やかしている娘に注意するのは心苦しいが、このままでは本田家が危うい。
正勝は諭すように茜に話しかけた。
「茜。あの方は日本トップの大企業の御曹司なんだ。さすがに本田家では釣り合いが取れないよ」
「……」
しかし茜に反応はない。
茜はぼんやり外を眺めながら、頭の中は色んな感情が渦巻いていた。
蒼が自分に内緒で茜が気になっていた人と会っていたのは気に食わない。そしていつも味方してくれる正勝が今回は茜に意見するのも気に食わない。縁結びの加護持ちの茜を不必要と言った御曹司も気に食わない。
だけどそれ以上に蒼のそばにいた男性が気になってしまった。
切れ長の目で茜を見つめる美青年のこと思い出すと、思わず頬が赤くなる。何を考えていてもどうしても彼のことが頭から離れない。
「……茜?」
全く反応がない茜に正勝は首を傾げた。普段注意しない正勝に対して茜は泣き叫んで駄々をこねると思っていた。しかし茜は正勝の話を聞いているのかいないのか、心ここにあらずといった様子だった。
「茜、どうした?」
さすがに心配になった正勝は、茜の肩を掴んで揺さぶった。すると茜はゆっくりと顔を正勝の方へと向けた。
茜の頭の中はもう時雨のことでいっぱいだった。どうしたらお近づきになれるのか、そもそもあの男性は誰なのか。知りたいことはたくさんあるのに、きっかけが何もない。
しかし正勝の顔見て、茜ははっとした。
時雨は父親に話しかけていた。ということは父親と知り合いということではないか。
ーーやっぱり縁結びの神様は私に味方してくれるんだわ!
そう思わずにはおられなかった。
「お父様、あの男性と知り合いなのぉ?」
「あの男性……ああ。知っているが」
父親の返事に茜は運命を感じた。見目麗しい彼こそ自分の相手に相応しいと、目を輝かせた。
さっきまで財閥の御曹司を自分の王子様だと豪語していたというのに、今ではすっかり時雨に心奪われていた。
そして小さいながらも時雨と近付けるきっかけを見つけた茜は期待のこもった目で正勝を見つめた。
「あの方は蒼の旦那だ」
「……え?」
茜は耳を疑った。
ーー蒼ちゃんには勿体なくない?
見目麗しい時雨の隣に、男性のような格好をした蒼がいる。どう考えても夫婦には見えない。むしろ女の子らしい茜の方が時雨の隣によく似合っている。想像するだけで茜はうっとりしてしまった。
「あの人は神社の神主らしい。茜には相応しくない人だ」
父親は忌々しそうに顔を歪めた。本田家の今後を考えれば、神社の神主と結婚するより、立派な商家の次男あたりと結婚してほしい。そう考えていたが、茜には関係ないことだった。
「神社?何の神社なのぉ?」
「知らん」
父親は全く興味がなかったので、素っ気なくそう答えた。
「茜、蒼ちゃんの嫁ぎ先見てみたい!」
「どうしたんだ、茜?急にそんなこと言い出すなんて……八菱財閥の御曹司様はどうしたんだ?」
「えぇ?御曹司様とかもうどうでもいいもん」
「は?」
さっき遊園地で見せた執着はどうしたと言いたくなるほどの変わりようだった。
正勝は急変した茜に戸惑いを隠せなかった。
茜も戸惑う正勝から有益な情報は得られないと思ったのだろう。他に何か手段はないかと思案した。その時、茜の前に立ちはだかった女性のことを思い出した。
ーーそういえばあの女性……同じ学校だって言ってた。
菖蒲のことを思い出した茜は、にやりと不敵な笑みを浮かべたのだった。
◆◆◆
遊園地の視察から数日後。
茜は琴坂神社に来ていた。あれから茜は加護の力を駆使して美しい男性が時雨という名前であること、蒼が嫁いだのは琴坂神社であることを突き止めていた。しかし琴坂神社は想像よりもずっと立派な神社だった。圧倒されつつ境内の中に入った茜は、すぐに時雨と蒼の姿を見つけた。
「みぃつけた」
仲睦まじく寄り添い合う二人を見て、茜は内心苛立ちを感じていた。蒼なんて男勝りな格好をして姫騎士なんて呼ばれていたくせに。今となっては綺麗な着物を着て、あんなに美しい男性の隣に立っている。その事が茜には許せなかった。
「蒼、大丈夫。やってみよう」
「はい」
どうやら蒼は時雨から加護の使い方を教えてもらっているらしい。
加護持ちなのに学校にも通わせてもらえなかった可哀想な蒼。なのに彼に手取り足取り指導してもらえるなんて羨ましい事この上ない。
しかも蒼は難なく加護を使いこなしている。毛糸の玉のような物を出し糸を操る姿は、縁結びの加護ととても似ていた。
「さすが蒼だな」
「そんな……時雨様の教え方が上手だからですよ」
そう言って見つめ合う二人を見て、茜は舌打ちした。
「じゃあ後は私がしよう」
そう言って時雨は毛糸の玉のような物を蒼から受け取った。その様子を見ていた茜は目を丸くした。
ーーえ?時雨様、もしかして……私と同じ縁結びの加護持ち?
時雨はその毛糸の玉の中から一本の糸を取り出して、手際よく結んでいく。
それはまさに縁結びの瞬間だった。
ーーうそ嘘!もうこんなの運命じゃない!私と同じ加護を持ってるなんてぇ。
茜は口元を押さえて、目を輝かせた。一目惚れした相手が自分と同じ加護を持っているなんて、まさに運命のようだと歓喜した。これで茜と時雨が結ばれないなんてあり得ない、と思った。茜はいそいそと縁結びの加護を発動させて、確認しようとした。
「我を加護せし神よ」
そう呟くと、茜の手のひらの上に毛糸の玉のようなものが現れた。
「我、本田茜の縁を示したまえ」
すると毛糸の玉が現れた。
ーーあれ?私、御曹司様との縁が切れてる?
自分の縁を見た茜は、すぐに自分が結んだはずの琥太郎との縁が切れていることに気が付いた。
ーーそっかぁ。だからもうこんなに興味ないんだぁ。
縁が切れると、会うことがなくなるだけでなく、その人達の興味や意識からも外れていく。茜の琥太郎への執着がプッツリと途切れたのは縁が切れたせいだった。
しかしよくよく見ると、その縁は引きちぎられたような跡があった。
ーーこれ、蒼ちゃんの仕業?
こんな事ができるのは縁切りの加護を持つ蒼しか思いつかない。加護の力の使い方なんてほとんど知らないはずだが、と茜は首を傾げた。
しかし蒼の隣にいた時雨のことを思い出した。
ーーああ。時雨様のおかげなのね。蒼ちゃん一人じゃ何も出来ないもんね。
そう納得した。
しかし自分の加護を使おうとしなかった蒼が何故、茜と琥太郎の縁を切ったのか、茜には不思議だった。
いつもなら茜のために動いてくれる蒼が、琥太郎の護衛をする事を教えてくれなかったのも不思議だ。何が蒼をそこまでさせるのだろうかと、考えていくと、茜は一つの答えに辿り着いた。
ーー蒼ちゃん、もしかして琥太郎様のことが好きなんじゃ?
そう考えると全て辻褄が合ってしまう。琥太郎の護衛の事を茜に教えなかったのも、茜に琥太郎をとられたくなかったからだ。加護の力を使いたがらない蒼が、わざわざ力を使って縁を切ったのも茜に琥太郎をとられたくなかったからなのだ。
茜はやれやれ、とため息をついた。
ーー仕方ないなぁ。蒼ちゃんのために一肌脱いであげちゃおうっと。
そう思い、自分の縁の毛糸の玉を消した。
「我を加護せし神よ」
そう呟いて、ニヤリと笑ったのだった。
馬車に揺られながら、正勝は重いため息をついた。まさか茜が懸想した相手が日本を代表する企業・八菱財閥の御曹司だとは思いもしなかった。しかも相手がどんなに身分の高い存在なのか茜が理解していないとは。正勝は頭が痛い思いだった。
ーー仮にも商家の娘が、八菱財閥を知らないなんて思いもしなかった。
正勝も茜から財閥の御曹司とは聞いていたが、大和国のトップに君臨する財閥となれば話は全く違ってくる。
茜が八菱財閥御曹司に付きまといに近い行為をしていたと電話を受けた時、全身の血の気が引いた。
このままでは本田グループが危うい。いくら波に乗った商家と言っても、大和国随一の八菱財閥にとっては歯牙にも掛けない存在だ。八菱財閥がその気になれば、明日には本田グループが無くなっていてもおかしくない。
ーーしかもそれが縁結びの加護を持つ愛娘が原因なんて事になったら……とても笑えない。
茜の様子を伺うと、窓の外をぼんやりと見つめていて、心ここにあらずといった様子だった。
普段甘やかしている娘に注意するのは心苦しいが、このままでは本田家が危うい。
正勝は諭すように茜に話しかけた。
「茜。あの方は日本トップの大企業の御曹司なんだ。さすがに本田家では釣り合いが取れないよ」
「……」
しかし茜に反応はない。
茜はぼんやり外を眺めながら、頭の中は色んな感情が渦巻いていた。
蒼が自分に内緒で茜が気になっていた人と会っていたのは気に食わない。そしていつも味方してくれる正勝が今回は茜に意見するのも気に食わない。縁結びの加護持ちの茜を不必要と言った御曹司も気に食わない。
だけどそれ以上に蒼のそばにいた男性が気になってしまった。
切れ長の目で茜を見つめる美青年のこと思い出すと、思わず頬が赤くなる。何を考えていてもどうしても彼のことが頭から離れない。
「……茜?」
全く反応がない茜に正勝は首を傾げた。普段注意しない正勝に対して茜は泣き叫んで駄々をこねると思っていた。しかし茜は正勝の話を聞いているのかいないのか、心ここにあらずといった様子だった。
「茜、どうした?」
さすがに心配になった正勝は、茜の肩を掴んで揺さぶった。すると茜はゆっくりと顔を正勝の方へと向けた。
茜の頭の中はもう時雨のことでいっぱいだった。どうしたらお近づきになれるのか、そもそもあの男性は誰なのか。知りたいことはたくさんあるのに、きっかけが何もない。
しかし正勝の顔見て、茜ははっとした。
時雨は父親に話しかけていた。ということは父親と知り合いということではないか。
ーーやっぱり縁結びの神様は私に味方してくれるんだわ!
そう思わずにはおられなかった。
「お父様、あの男性と知り合いなのぉ?」
「あの男性……ああ。知っているが」
父親の返事に茜は運命を感じた。見目麗しい彼こそ自分の相手に相応しいと、目を輝かせた。
さっきまで財閥の御曹司を自分の王子様だと豪語していたというのに、今ではすっかり時雨に心奪われていた。
そして小さいながらも時雨と近付けるきっかけを見つけた茜は期待のこもった目で正勝を見つめた。
「あの方は蒼の旦那だ」
「……え?」
茜は耳を疑った。
ーー蒼ちゃんには勿体なくない?
見目麗しい時雨の隣に、男性のような格好をした蒼がいる。どう考えても夫婦には見えない。むしろ女の子らしい茜の方が時雨の隣によく似合っている。想像するだけで茜はうっとりしてしまった。
「あの人は神社の神主らしい。茜には相応しくない人だ」
父親は忌々しそうに顔を歪めた。本田家の今後を考えれば、神社の神主と結婚するより、立派な商家の次男あたりと結婚してほしい。そう考えていたが、茜には関係ないことだった。
「神社?何の神社なのぉ?」
「知らん」
父親は全く興味がなかったので、素っ気なくそう答えた。
「茜、蒼ちゃんの嫁ぎ先見てみたい!」
「どうしたんだ、茜?急にそんなこと言い出すなんて……八菱財閥の御曹司様はどうしたんだ?」
「えぇ?御曹司様とかもうどうでもいいもん」
「は?」
さっき遊園地で見せた執着はどうしたと言いたくなるほどの変わりようだった。
正勝は急変した茜に戸惑いを隠せなかった。
茜も戸惑う正勝から有益な情報は得られないと思ったのだろう。他に何か手段はないかと思案した。その時、茜の前に立ちはだかった女性のことを思い出した。
ーーそういえばあの女性……同じ学校だって言ってた。
菖蒲のことを思い出した茜は、にやりと不敵な笑みを浮かべたのだった。
◆◆◆
遊園地の視察から数日後。
茜は琴坂神社に来ていた。あれから茜は加護の力を駆使して美しい男性が時雨という名前であること、蒼が嫁いだのは琴坂神社であることを突き止めていた。しかし琴坂神社は想像よりもずっと立派な神社だった。圧倒されつつ境内の中に入った茜は、すぐに時雨と蒼の姿を見つけた。
「みぃつけた」
仲睦まじく寄り添い合う二人を見て、茜は内心苛立ちを感じていた。蒼なんて男勝りな格好をして姫騎士なんて呼ばれていたくせに。今となっては綺麗な着物を着て、あんなに美しい男性の隣に立っている。その事が茜には許せなかった。
「蒼、大丈夫。やってみよう」
「はい」
どうやら蒼は時雨から加護の使い方を教えてもらっているらしい。
加護持ちなのに学校にも通わせてもらえなかった可哀想な蒼。なのに彼に手取り足取り指導してもらえるなんて羨ましい事この上ない。
しかも蒼は難なく加護を使いこなしている。毛糸の玉のような物を出し糸を操る姿は、縁結びの加護ととても似ていた。
「さすが蒼だな」
「そんな……時雨様の教え方が上手だからですよ」
そう言って見つめ合う二人を見て、茜は舌打ちした。
「じゃあ後は私がしよう」
そう言って時雨は毛糸の玉のような物を蒼から受け取った。その様子を見ていた茜は目を丸くした。
ーーえ?時雨様、もしかして……私と同じ縁結びの加護持ち?
時雨はその毛糸の玉の中から一本の糸を取り出して、手際よく結んでいく。
それはまさに縁結びの瞬間だった。
ーーうそ嘘!もうこんなの運命じゃない!私と同じ加護を持ってるなんてぇ。
茜は口元を押さえて、目を輝かせた。一目惚れした相手が自分と同じ加護を持っているなんて、まさに運命のようだと歓喜した。これで茜と時雨が結ばれないなんてあり得ない、と思った。茜はいそいそと縁結びの加護を発動させて、確認しようとした。
「我を加護せし神よ」
そう呟くと、茜の手のひらの上に毛糸の玉のようなものが現れた。
「我、本田茜の縁を示したまえ」
すると毛糸の玉が現れた。
ーーあれ?私、御曹司様との縁が切れてる?
自分の縁を見た茜は、すぐに自分が結んだはずの琥太郎との縁が切れていることに気が付いた。
ーーそっかぁ。だからもうこんなに興味ないんだぁ。
縁が切れると、会うことがなくなるだけでなく、その人達の興味や意識からも外れていく。茜の琥太郎への執着がプッツリと途切れたのは縁が切れたせいだった。
しかしよくよく見ると、その縁は引きちぎられたような跡があった。
ーーこれ、蒼ちゃんの仕業?
こんな事ができるのは縁切りの加護を持つ蒼しか思いつかない。加護の力の使い方なんてほとんど知らないはずだが、と茜は首を傾げた。
しかし蒼の隣にいた時雨のことを思い出した。
ーーああ。時雨様のおかげなのね。蒼ちゃん一人じゃ何も出来ないもんね。
そう納得した。
しかし自分の加護を使おうとしなかった蒼が何故、茜と琥太郎の縁を切ったのか、茜には不思議だった。
いつもなら茜のために動いてくれる蒼が、琥太郎の護衛をする事を教えてくれなかったのも不思議だ。何が蒼をそこまでさせるのだろうかと、考えていくと、茜は一つの答えに辿り着いた。
ーー蒼ちゃん、もしかして琥太郎様のことが好きなんじゃ?
そう考えると全て辻褄が合ってしまう。琥太郎の護衛の事を茜に教えなかったのも、茜に琥太郎をとられたくなかったからだ。加護の力を使いたがらない蒼が、わざわざ力を使って縁を切ったのも茜に琥太郎をとられたくなかったからなのだ。
茜はやれやれ、とため息をついた。
ーー仕方ないなぁ。蒼ちゃんのために一肌脱いであげちゃおうっと。
そう思い、自分の縁の毛糸の玉を消した。
「我を加護せし神よ」
そう呟いて、ニヤリと笑ったのだった。


