縁切り巫女姫の縁結び

茜に恐怖した蒼は、茜から距離を取ろうと後ずさった。しかし茜は無遠慮に蒼に近寄ってくる。

「ねえ蒼ちゃんは何でここにいるのぉ?」
「何って……し、仕事よ」
「お仕事ぉ?」

茜は首を傾げた。そして蒼の動きやすそうな服装を見て尋ねた。

「護衛してるのぉ?」
「そうよ」
「え!そうなんだ!どんな人なのぉ?茜、あいさつしなきゃ」
「ちょ、ちょっと茜!」

このままではまずい、と蒼は思った。
 名目上、蒼は琥太郎の護衛役だ。
 その琥太郎は茜が学校でアプローチをかけていた相手だ。先生に注意されてもめげずに積極的に話しかけに行っていたと聞く。しかし琥太郎には菖蒲という想い人がいて、今二人はとてもいい雰囲気なのだ。
 茜に邪魔されるわけにはいかない。
 蒼は必死に茜を留めようと考え手を伸ばした。
 しかし、それも遅かった。

「え?」

蒼が誰かと話しているのに気がついた琥太郎と菖蒲がこちらをじっと見守ってくれていたのだ。
 そのため茜はすぐに琥太郎の存在に気がついた。そして琥太郎の周りにいる護衛と、蒼が同じ服を着ている事から、すぐに事情を察したらしい。

「蒼ちゃん、どういう事?なんで茜の王子様と一緒なの?」

茜は睨みつけるように蒼に問いかけた。

「だから言ったでしょ。仕事なの。琥太郎様の護衛をしているのよ」
「じゃあ茜も呼んでよ!!」
「そんなの無理だわ」

仕事だと言うのに何故家族を呼ばなければならないのか。茜の我が儘にもほとほと呆れる。
 しかし本田家では茜が望めば父親は仕事だろうと何処へでも茜を連れて行っていた。だから茜にとってはそれが普通なのだろう。それを思い返すと、蒼は本田家がどれだけ異常だったのかを実感する。
 茜の様子がおかしいと感じたのか、琥太郎と菖蒲の周りの護衛達は近寄らせまいと警戒している。さすがにその状況では茜も無闇やたらに近付こうとは思わなかったらしい。
 忌々しそうに蒼を睨みつけた。

「蒼ちゃんの役立たず」

その言葉に蒼は眩暈がした。一瞬、本田家にいた頃に戻ったような感覚になった。
 呆然とする蒼に、茜はふんと鼻を鳴らした。

「いいもん。茜は自分で縁を結んでやるんだから」

そう言って、茜は手のひらを目の前に突き出す。

「我を加護せし神よ」

そう呟くと、茜の手のひらの上に毛糸の玉のようなものが現れた。

「八菱琥太郎の縁を示したまえ」

すると毛糸の玉はくるくると回って少しずつ解けていく。その中から一本の糸がするりと茜の前に伸びてきた。その糸を引き寄せて、強引に自分の指に巻きつけた。茜の小指には乱雑に巻きつけられ、糸がぐしゃぐしゃになっていた。

ーーえ。色が……!?

茜の小指に巻きつけられた糸からどんどん色が黒ずんでいく。この前よりも濃い黒色の糸に、蒼は嫌な予感しかしなかった。
 だが茜は何故か勝ち誇ったような表情で蒼を見てきた。

「ふふん。これで茜と琥太郎様は結ばれるんだわ」
「え?あ、茜……?」

ーー色が、見えていないの?

どう見てもいい縁を結んでいない。なのに何故そんなに誇らしげなのか。
 蒼は茜に指摘しようと口を開きかけた。

「あの、蒼殿。どうされましたか?」

その時。混乱する蒼に、琥太郎が声をかけてくれた。琥太郎の声かけで蒼はまずいと思った。
 今、琥太郎は茜と縁を結ばれてしまっている。琥太郎を茜に近寄らせたくないが、このままでは茜と関わりを持ってしまう。
 琥太郎は茜を不審な目で見たが、茜は琥太郎と目が合ったと勘違いした。ぱっと表情を明るくして、媚びるように琥太郎の腕に抱きついた。あまりに突然の行動に、蒼も琥太郎も、他の護衛も止められなかった。

「初めましてぇ。私、蒼ちゃんの妹の茜っていいますぅ」

茜は離すまいとしっかり琥太郎の腕を掴んでいる。琥太郎は作り笑顔で茜から離れようとするが、なかなか抜け出すことも出来ない。
 しかし琥太郎もこういう女性には慣れているらしい。社交的な笑みを浮かべて、優しく茜の手を握った。

「蒼殿の妹さんでしたか」

琥太郎に触れられて茜は頬を少し赤くした。その瞬間、掴む力が緩んだのか、琥太郎はするりと抜け出して、茜と距離を取った。そしてつかさず護衛達が間に入ってくる。
 茜が気がついた時にはもうすでに壁ができていて、近寄ることも出来ない。
 けれど茜はめげなかった。

「あ、あの!私も一緒に遊びたいですぅ!」
「すみません。今日は視察で遊びじゃないんです」
「でも一緒にいるくらいいいじゃないですかぁ」
「ははは。関係者以外は難しいですね」
「でもでもぉ、茜には縁結びの加護があるんですよぉ?お役に立てると思いますぅ」
「我が八菱グループに縁結びの加護は必要ありません」

キッパリと言われてしまい、茜は言葉を失っていた。今まで本田家で重宝されてきた自分の能力をこんなにもあっさり切り捨てられるなんて、茜には青天の霹靂だっただろう。何も言えず、信じられないという表情をしている。
 そしてトドメを刺すように琥太郎が言葉を続けた。

「縁結びは確かに素晴らしい加護ですが、八菱グループは縁結びの加護が必要なほど、落ちぶれたつもりはありませんよ」
「あ……えっと……そんなつもりは……」
「今日はお引き取りください」

そこまで言われてしまうと、さすがの茜も何も言えなかった。琥太郎は茜から離れて菖蒲のほうへと向かった。蒼も慌てて二人の後を追う。
 茜を横切る時「あり得ない」と呟く声が聞こえた。
 そんな茜の様子に、蒼は不安を覚えた。
 あの茜のことだ。まだ諦めてはいないのだろう。
 それよりも早く琥太郎に謝らなければ、と蒼は思った。琥太郎に対する茜の態度はかなり失礼だ。琥太郎のことを考えない自分勝手な振る舞いは、見ている蒼も不愉快なものだった。本田家では許されている行動でも、まさか外でも同じように振る舞っているなんて非常識すぎる。
 蒼は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「あの、琥太郎様」

もう結婚して離れたとは言え、茜は妹だ。琥太郎に失礼なことをしてしまった事をどうしても謝りたかった。

「蒼殿、どうしたんですか?」

琥太郎は蒼の沈んだ表情を見て、怪訝そうに顔を歪めた。その隣にいる菖蒲も真顔で見守っている。

「妹が失礼な事してすみませんでした。しかも視察の邪魔まで……」

一般市民の常識で考えても失礼な行動だったが、今回の相手は財閥グループの御曹司と華族令嬢だ。茜のした事は本田家の存続にも関わる失礼な事だった。
 けれどもっと悪いのは、茜がそこまでのことを考えていない事だろう。
 蒼の脳裏には茜が結んだ黒い縁の糸が思い浮かんだ。

ーーあの縁が悪い方に影響していかなきゃいいけど……。

茜との悪縁を結ばれてしまった琥太郎が嫌な思いをするのは何としても避けたい。
 けれど琥太郎は明るく笑ってくれた。

「気にしてませんよ。ああいった女性は周りに多いので、俺も慣れてるんです」
「そんな……でも、菖蒲様にまで迷惑を……」
「蒼様。私も蒼様が気にすることはないと思います。その……茜様は学校でも有名な方でしたから。私も気にしてません」

二人の優しい言葉に蒼はじんわりと目頭が熱くなった。

ーー茜が学校で有名……?

菖蒲の言葉に気になるところはあったが、二人が許してくれたことに安堵した。その時、時雨がいないことに気が付いた琥太郎は首を傾げた。

「それより時雨はどこへ?」

蒼が説明しようと口を開いたその時。
 蒼の肩にポン、と手が置かれた。誰かと見上げると、そこには時雨がいた。時雨だと分かった瞬間、蒼はじんわりと体温が上がっていった。優しく抱き寄せられた肩だけ、とても熱く感じる。

「すまない。用事があって電話してたんだ」
「そうだったのか。いないから心配したぞ」
「……何かあったのか?」

蒼が浮かない顔をしたのが分かったのだろう。時雨が眉間に皺を寄せた。しかし琥太郎と菖蒲は目を見合わせて、にっこりと微笑んだ。

「いや?」
「何もありませんでしたわ」

明らかに嘘をついている。しかし二人に言うつもりがない事を察した時雨も、それ以上聞こうとはしなかった。

「さ。視察の続きをしようか」

そう言って琥太郎と菖蒲が歩き出したので、護衛達も時雨も後に続いた。蒼も茜の方を振り返ることなく、時雨と共に歩き出した。
 その後、琥太郎達は遊園地の様々なアトラクションや商業施設をめぐり、和気あいあいとした時間を過ごした。視察という名目だったが、琥太郎と菖蒲の二人は側から見れば充分恋人同士のように見えた。
 だがそんな中、蒼は気掛かりな事があった。

ーーあ……。また居る。

蒼達が行く先々に茜の姿があるのだ。茜があとをつけてきたのかと思っていたが、それだけではない様子だった。キョロキョロと見渡して何かを探す茜の姿を見かけることもあった。おそらく茜の縁結びの力なのだろう。偶然の出会いを増やして縁を結ぶ、その力が働いて茜と琥太郎が出会いやすくなっているのだ。
 それに、茜は琥太郎を見つけても、遠くからじっと見つめているだけで、近寄ろうとはしなかった。
 そうは言っても嫌でも視線を感じる。視線を感じるだけでも不穏な気持ちになっていった。
 さすがに時雨も茜の存在に気がついて、煩わしそうに眉間に皺を寄せた。

「蒼。君の妹君がいるな」
「……はい」

琥太郎達も気にしないように楽しく振る舞っているが、さすがに気がついているだろう。

「……蒼、縁を確認したか?」
「え……」
「妹君の縁だ」

さっきの茜の一件を、時雨は知らない。話せばきっと身勝手な茜の縁結びに激怒するだろう。そんな事容易に想像つくが、嘘をつくわけにもいかず、蒼は口を開いた。

「あの……さっき茜が琥太郎様と自分は結ばれる運命だと言って無理やり縁を結んだんです」
「無理やりだと?」

時雨の眉間にますます深い皺が寄る。そして忌々しそうに茜を睨みつけた。

「縁結びを何だと思っているんだ。加護持ちとしての自覚が足りなさすぎるだろ。それに……」

時雨は深いため息をついた。

「縁結びが雑にも程がある。これで縁結びの加護持ちだと?絶対真面目に勉強してこなかったな」

それには蒼も反論できなかった。
 確かに茜の成績は良くなかったような気がする。しかし両親も蒼も気にした事はなかった。それは茜には縁結びの加護があるからだった。縁結びの加護さえあれば、何とでもなると、思い込んでいた。
 しかし、茜の縁結びを見ているととてもそうは思えない。先程の茜の小指にぐしゃぐしゃな巻き付いた糸を思い出すと、嫌な予感が大きくなっていく。

ーー茜……。

遠くからじっと見つめる茜の視線が蒼に絡みつく。そんなに遠くから睨んでも、何も変わらないというのに。まだ自分の力を信じているのだろうか。そうして虎視眈々と琥太郎と仲を深める機会を伺っているのだろうか。

「蒼、妹君と蒼の縁は見たか?」
「いえ……見てません」
「見てみると良い」

時雨は心配そうに蒼を見つめていた。蒼は時雨に言われ「我を加護せし神よ、本田茜と我の縁を示したまえ」と唱えた。
 縁の糸は一本一本が絡まる事なく相手と結ばれているのが普通だ。しかし、茜の縁はそれはもうぐしゃぐしゃだった。特に二本の糸はかなり雑な結び方をしていた。
 一本は琥太郎の小指に巻き付いていた。絡まった糸は黒ずんでいて、まるで焼け焦げた糸のようになっている。
 そしてもう一本は蒼の腕に巻き付いている。あまりに雑に結んだのか、ほつれて絡まってとてもすぐに解けそうにはない。

ーーひどい……。

こんなに拗れた縁を見るのは初めてだ。

「蒼、見えただろう」
「はい……。この縁は……切った方がいい気がします……」
「私も同じ意見だ」

時雨は大きなため息をついた。
 まさか自分と茜の縁までもこんなに酷いとは思いもしなかった。しかも結び直したような痕跡も残っている。もしかしたら琥太郎と同じように蒼にも、茜は無理やり縁を結んだのではなかろうか、と一気に疑心暗鬼になる。もしそうだとしたら、蒼が本田家に囚われていたのは茜の影響かもしれないのだ。

ーーもしこの縁を切ってしまったら……。

茜との縁を切れば、本当の意味で本田家との縁が切れるかもしれない。嫁入りした時から、もう本田家に戻る事はないと思ってはいた。
 蒼は静かに目を閉じた。
 覚悟なんて、もう嫁入りが決まった時から出来ている。
 それでもまだ勇気が出ない。

「蒼」

頭の中ぎぐるぐる回って考えがまとまらない。その時、時雨が優しく声をかけてくれた。

「焦らなくていい。まずは琥太郎達の縁結びに集中しよう」
「そう、ですね」

蒼は前を歩く二人を見た。
 心の底で安心している自分がいた。それが何より複雑な気持ちになるのだった。