情報を整理して、核心に迫ったようなことがわかったようなつもりになったものの、蛍のことはいっこうにわからなかった。よく考えてみれば、彼女がどのキャラクターにハマっていたのかもわからない。どうしたらわかるんだろう。天井を見上げる。調査はここまでだろうか。いつの間にかできていたしみが、夕焼けに照らされてあやしく微笑んでいる。
いつの間にか、時刻はそろそろ夜に突入するらしい。窓の外は、オレンジ色に紺色、それから薄紅色を混ぜたようになっている。あれは確か、薄暮色というんだっけ。朧げな知識が、頭の中を占拠する。
そんな頭の中に塗りたくられた色を払拭するように、インターホンが鳴った。なんだろうと思って出ると、届いたのは同人誌――あなぐまさんたちが発行していた合同誌だった。
調査するうちに気になってきて、買ったもの。同人誌は個人で発行しているということもあり、普通の書籍のように重版はほとんどない。よっぽど売れっ子の人であれば別だけど。だから気になったときには、買うしかない。そう思って、買った。
とはいっても、ゆめであ本編はまったく読めていないから、全然知らない。これでも内容は判るだろうかと思ってページを捲ると、中扉の次のページに注意書きがあった。
※本書におけるヒロインの名前は、全編、ゲームのデフォルトネームの縁野結で統一しています。
「……え」
それは紛れもなく、私の本名と同じだった。
そんなことってあるんだろうか。珍しいこともあるものだな、と次のページを捲ろうと思ったとき、視界の端にピンクが映る。そんなところにピンクのものなんて置いていたっけと見ると、そこにあったのはテーブルに置きっぱなしにしていた蛍のスマホだった。iPhone 7。
今、私が使っているiPhone 12よりもやっぱり少し画面が小さいな、でも本体が薄くて軽くて良いなと特に意味のないことを考えていると、目がホームボタンに吸い寄せられた。
ホームボタン。
それはアプリを閉じるような動作をする以外に、指紋認証という役割を持っていた。
指紋。
だいたいの場合、特に右利きの人であれば、右手の親指を指紋として登録する。私も自分がiPhone 7を使っているとき、そうしていた。それが便利だからだ。拇印と同じだ。旅館の女将さんが教えてくれた情報と同じ、だ。
それに気づくと、署名も同じようなものがあった。あなぐまさんが言っていた。失踪した入相なむるさんは、ヒロインの名前を自分の本名にしていた、と。
ただ没入感を求めてゲームをプレイしているだけで、例の儀式への参加を表明することになってしまう。
そうだ。ゆめであは乙女ゲームだ。不具合の一覧を見てみれば、ジューンブライドイベントがある。それに朽和水城のキャラクター紹介ページには婚約指輪というワードも出てきている。こういった特定のストーリーで「僕と結婚してくれる?」と言われて、「はい」と選ぶ項目があったらどうだろう。それは確実に、儀式への参加を自らの意思で示すことになってしまう。
そういえば、iPhone Xになってから、挙動がおかしくなったとTwitterで呟いている人がいた。ああ、そうだ。iPhone Xからは指紋じゃなくて、顔認証になった。あれが発売されたのはいつだ? 2017年11月3日……。それから半年足らずで、株式会社エアザッツはゆめであの配信をやめた。その理由のひとつには確か、「昨今の著しいハードの発達に対して技術的に適切な処理を行うことが困難になった」とあった。指紋が集めることが難しくなった、ということなんじゃないだろうか。
「くそ、そういうことか……!」
そうとわかれば、蛍がどういう名前でやっていたのかを調べないと。紗奈なら知っているだろうか。電話、電話、電話をして……。
いや、もしかしたら、もう一度開いたら、蛍のスマホでゆめであのアプリが開けるかもしれない。開かなかったとしたら、ほかのアプリの設定を見てみよう。確かダウンロードしていた中に、名前変更ができるゲームがあった。
それも全部確認しよう。そう思って、私は背面がピンクのスマホを取り上げて、そのホームボタンに自分の右手親指をあてる。
「結、迎えに来たよ。ずっと、一緒にいようね」
いつの間にか、時刻はそろそろ夜に突入するらしい。窓の外は、オレンジ色に紺色、それから薄紅色を混ぜたようになっている。あれは確か、薄暮色というんだっけ。朧げな知識が、頭の中を占拠する。
そんな頭の中に塗りたくられた色を払拭するように、インターホンが鳴った。なんだろうと思って出ると、届いたのは同人誌――あなぐまさんたちが発行していた合同誌だった。
調査するうちに気になってきて、買ったもの。同人誌は個人で発行しているということもあり、普通の書籍のように重版はほとんどない。よっぽど売れっ子の人であれば別だけど。だから気になったときには、買うしかない。そう思って、買った。
とはいっても、ゆめであ本編はまったく読めていないから、全然知らない。これでも内容は判るだろうかと思ってページを捲ると、中扉の次のページに注意書きがあった。
※本書におけるヒロインの名前は、全編、ゲームのデフォルトネームの縁野結で統一しています。
「……え」
それは紛れもなく、私の本名と同じだった。
そんなことってあるんだろうか。珍しいこともあるものだな、と次のページを捲ろうと思ったとき、視界の端にピンクが映る。そんなところにピンクのものなんて置いていたっけと見ると、そこにあったのはテーブルに置きっぱなしにしていた蛍のスマホだった。iPhone 7。
今、私が使っているiPhone 12よりもやっぱり少し画面が小さいな、でも本体が薄くて軽くて良いなと特に意味のないことを考えていると、目がホームボタンに吸い寄せられた。
ホームボタン。
それはアプリを閉じるような動作をする以外に、指紋認証という役割を持っていた。
指紋。
だいたいの場合、特に右利きの人であれば、右手の親指を指紋として登録する。私も自分がiPhone 7を使っているとき、そうしていた。それが便利だからだ。拇印と同じだ。旅館の女将さんが教えてくれた情報と同じ、だ。
それに気づくと、署名も同じようなものがあった。あなぐまさんが言っていた。失踪した入相なむるさんは、ヒロインの名前を自分の本名にしていた、と。
ただ没入感を求めてゲームをプレイしているだけで、例の儀式への参加を表明することになってしまう。
そうだ。ゆめであは乙女ゲームだ。不具合の一覧を見てみれば、ジューンブライドイベントがある。それに朽和水城のキャラクター紹介ページには婚約指輪というワードも出てきている。こういった特定のストーリーで「僕と結婚してくれる?」と言われて、「はい」と選ぶ項目があったらどうだろう。それは確実に、儀式への参加を自らの意思で示すことになってしまう。
そういえば、iPhone Xになってから、挙動がおかしくなったとTwitterで呟いている人がいた。ああ、そうだ。iPhone Xからは指紋じゃなくて、顔認証になった。あれが発売されたのはいつだ? 2017年11月3日……。それから半年足らずで、株式会社エアザッツはゆめであの配信をやめた。その理由のひとつには確か、「昨今の著しいハードの発達に対して技術的に適切な処理を行うことが困難になった」とあった。指紋が集めることが難しくなった、ということなんじゃないだろうか。
「くそ、そういうことか……!」
そうとわかれば、蛍がどういう名前でやっていたのかを調べないと。紗奈なら知っているだろうか。電話、電話、電話をして……。
いや、もしかしたら、もう一度開いたら、蛍のスマホでゆめであのアプリが開けるかもしれない。開かなかったとしたら、ほかのアプリの設定を見てみよう。確かダウンロードしていた中に、名前変更ができるゲームがあった。
それも全部確認しよう。そう思って、私は背面がピンクのスマホを取り上げて、そのホームボタンに自分の右手親指をあてる。
「結、迎えに来たよ。ずっと、一緒にいようね」

