あなたは、この人と恋をしたことがありますか

 ここには来ない方が良い。だから気になっていることがあるなら、私が教えてあげるわ。
 ああ、そうね。まず朽名和さん――じゃなかった、朽名和神社さんのことよね。ええ、貴女の言う通りよ。ここには昔、村があったようなの。そこの長をしていた方の息子さんが、あの神社にはいらっしゃるのよ。ここらに住んでいる人はみんな、水城さんって呼んでいるんだけどね。ええ、それも貴女のおっしゃる通り。ここらの村ではずっと、毒蛇の被害に悩まされていたの。それである日、水城さんは村の人から頼まれて、毒蛇を大量に殺した。だけど、水城さんはそれから何年かして亡くなってしまったというのも本当だと言われているわ。
 でも、それはこのあたりに伝わる話の全てではないの。
 そうね。神社の札に書かれている御由緒は、意図的に端折っているの。……きっと、私たちには罪悪感があるからよ。
 そう、水城さんの話だったわね。水城さんにはそれはそれは美しい、それこそ辺りでいちばんの美女と言われた奥さんがいらっしゃったと言われているの。この世の美辞麗句すべてを使っても、表現できないほどの美しさ。そんな風に言われていたみたい。その奥さんは彼が毒蛇を退治したとき、妊娠していたのよ。ふたりは生まれて来る子どもをそれはそれは楽しみにしていたらしいわ。まあ、子どもが楽しみっていうこともあったし、きっと後継者問題もあったんでしょうね。水城さんは村の長の家系の男児。時や場所が変われば、お殿様みたいなものですから。後継者っていうのは大切だったはずよ。
 水城さんはひどく働き者だったの。だから村の人から頼まれれば、どんな仕事もした。だから毒蛇の退治も請け負ったのね。それで、ここからが問題なんだけどね。……彼が殺した毒蛇の中にはね、妊娠していたものがあったの。ええ、その妊娠よ。子どもがいたのね。
 それに気づいてしばらくして、奥さんが流産したそうなの。子どもが流れてしまって、さらに、多分、自分の子宮も傷ついてしまったんでしょうね。もしかしたら、恐ろしいことをされたのかもしれないけど、そのあたりは何もわからないわ。とりあえず、奥さんは妊娠もできなくなってしまって……。それで失意のうちに精神を病んでしまったんですって。呪い、だったのかもしれないわね。
 水城さんは献身的に奥さんを支えていたんだけど、きっと彼も限界だったんでしょうね。なぜか子どもをつくれれば、奥さんが元気になると考えたんですって。普通に考えれば、そんなことないのにね。でももう正常な判断なんてできなかったんでしょう。彼は、つぎつぎに、たくさんの若い女性に手をつけたの。まだ救いだったのは、未婚の女性だったことだったらしいわ。でも奥さんからしたら、未婚も既婚も関係ないでしょう? そんな光景を見た奥さんは、自分で自分を殺めてしまった……。それでも、奥さんが亡くなっても、水城さんは女性に手を出したの。本当に手あたり次第にね。
 でもそんなことが赦されるわけない。水城さんは、村の人間に殺されたらしいわ。
 ……そうね。それで終わったら良かったんだけど。
 ええ、終わらないのよ。
 結局、村は水城さんの親族が継いで、村はみんな悲劇が終わったって思ったのね。でも終わってなかった。むしろ始まりみたいなものだったの。
 その後、村やその付近で誰かが妊娠したり、出産したり、あるいは婚姻したりすると、不幸が起こったの。年によって不幸の内容も度合いも違ったようなんだけどね、きまって男女の関係にまつわることだったと言われているわ。あまりに続くから、そのうち呪いと言われるようになったの。
 それでどこか遠くから来た霊能力者に聞いたらね、こう言われたんですって。まずはその男性を祀りなさい。そしてその男性に、子どもが産めるような女性を当てがいなさいって。……そう。婚姻や妊娠や出産の度に、よ。
 最初は亡くなった若い娘の骨を入れていたらしいの。昔は土葬だったから、調達も簡単だったの。でもそのうち数も足りなくなって、さらに火葬が主流になってからはどうにもならなくなってね。そのうち旅人を襲ったり、あとは終戦くらいまでは口減らしとして子どもを捨てることはよくあったから、その子たちを入れたりね。してたらしいわ。でもそれ以降は大変だって。今は、そうね。どうしてるのかしらね。……私も、遥か昔、子ども時代にそれを聞いたきりなんだけどね。でも証拠っていうか、そういうものをよく見かけたの。え? どういうものかって? ……そうね。水城さんのもとに嫁ぎます、異論はありませんっていう、署名と、拇印だったかしら。ええ、自分の名前を書いたものと、右手親指指紋ね。たくさんあったわ。神社の境内にね。たくさん保管されているのよ。ええ、本当にたくさん。

 なんでそんなことにって? ああ、なんで水城さんに対して、そこまで義理を果たすのかってことね。……多分ね、水城さんが殺したのは、毒蛇じゃなかったのよ。きっと……人間だったの。
 近くの村に住んでいた人か、あるいは放浪して生きていた人か、そういう人だったんでしょうね。彼は村人に頼まれて、村人のために、人を殺した。その結果、奥さんは子どもが産めなくなって、精神が崩壊して、彼自身も精神が崩壊してしまった。……だから、罪悪感があるのよ。彼に対して。