あなたは、この人と恋をしたことがありますか

 パソコンの前で唸る。朽和水城。朽名和神社。昔の水城という青年の英雄的行動。繋がりそうで繋がらない。まるで出来上がっていないのに、パズルのピースばかりが増えていくようだ。いや、それでいてピースが足りない気もする。
「こういうとき、紗奈だったらちゃんと推理できるんだろうけどな……」
 そう呟きながらスマホを持つが、いやいやだめだろうと首を振った。今は、平日の昼間。申し訳程度のレースカーテンをかけた仕事部屋の窓からは、さんさんと陽の光が差し込んでいる。お昼時だからもしかしたら昼休みかもしれないが、カレンダー通りに出勤をする紗奈は、きっちり勤務中だ。仕事の邪魔をするわけにはいかない。
「じゃあ……」
 どうしようか。
 そう続けようとしたとき、ふと目に入った。
 地図。地図アプリを何度も何度も立ち上げるのは面倒だから、と印刷をしていた。そこの紙の端っこに印字されているのは旅館だ。旅館くじら。まるで山の中なのに変わった名前だと思いながら、さっき持ち上げたばかりのスマホをとった。
 宿泊先があるなら、そこに行ってしまえば良い。
 フィールドワークだ。Googleの検索エンジンに旅館の名前を打ち込むと、簡素ではあるがホームページが出てくる。残念ながら、ネット予約はできないらしい。その代わり、電話で受け付けをしていると書いてある。私は迷わずにコールをした。

「はい、お待たせいたしました。旅館くじらでございます」
 電話に出てくれたのは、優しそうな女性の声だった。女将さんだろうか。
「すみません、宿泊の予約をしたいんですけど」
「あらあら宿泊のご予約ですか。嬉しいですね。いつがよろしいですか?」
「できたら、早い方がよくて……明日とか明後日とか、空いていないですか?」
「うちはいつでもだいたい空いてますよ。ええ、ええ。確認しましたが、明日も明後日もどちらでもお泊りいただけます。……でも、そんなに慌てて、何か急ぎの用でもあるんですか?」
 観光地とか都内とかのホテルや旅館だったら、こんな話に発展することはないだろう。だいたいが事務的に対応をされるだけだ。どことなく懐かしい。なんとなく、地元を思い出す。もちろん、帰省するときには実家に泊まるから、どこかに宿泊予約をすることはない。でも駅前にあったビジネスホテルも、少し温泉が湧き出てくるような旅館も、どこも支配人やら女将さんやらはおしゃべりが大好きだった。おまけに、お客さんの数は少なくて業務がそこそこ暇ときている。きっとこんな風に、お客さんと電話をしたことだろう。
 そう考えていると、気が付けば私の口は本当のことを言っていた。
「実は、そちらの近くの神社に行きたいんです。ちょっと調べていることがありまして」
「神社? 神社ってもしかして、朽名和さんのことをおっしゃってる?」
 先ほどとは打って変わって、焦った様子の声に驚く。私は電話口の女将さんに気圧されながら、「ええ……」と答える。

「調べてることがあるって言ってたけど、調査するのは貴女でしょう? まだ若い娘さんよね? なら、悪いことは言わないわ。来ない方が良い」
「え……」

「いい? ここには来ちゃだめよ」

 小さい子どもに言い含めるように、優しく諭すように。
 そんな声が私の鼓膜を揺らした。