あの空の彼方にも、同じ世界が広がっている。

 タブレットの画面には、やはり、どう見ても遥香との残り時間が表示されている。まだ2人の死期が予告されていただけではあるが、自分の中では「疑いようがない本物」だと断定されている。それを決定付けたのは、祖母の余命である。これまで祖母についての話を、遥香にすらしたことがない。隠している訳ではなく、遥香に祖母が体調を崩して入院していることを話す必要がないからだ。それなのに、タブレットの画面には表示されている。

<菅原 ハル子の入院終了 ――― 339時間>

 一見、退院するかのような表現であるが、親族一同は祖母の体調がどれだけ悪く、決して退院できないことを知っている。しかも、医者の説明によると、もう1ヶ月はもたないので覚悟して欲しいとのことだった。今はどうにか会話ができる状態であるが、近い将来には意思の疎通もできなくらしい。339時間という残り時間は、症状を勘案すると妥当と思える。
 このタブレットが偽物であるなら、祖母に関する記載が説明ができない。誰にも話したことがなく、知る人も僅かしかいない、一般人の個人情報がタブレット上に表示されることなど有り得ない。だから、僕と遥香が別れるまでの残り時間も、これで間違いないということになる。

 タブレットの画面を睨み付けて眉根を寄せる。
 では、理由はいったい何だろうか。当然のことながら浮気をしたことはないし、疑われるようなことをしたこともない。どう考えても、こちら側に非があるようには思えない。そうなると、やはり遥香サイドに何かしらの理由があるとしか考えられない。しかし、思い当たることが何もない。もう、直接本人に問いただした方が良いのではなかろうか。いや、それだと残り時間がいきなりゼロになる可能性もある。それなら、どうしたら―――――ああ、もう、やめた。考えたところでどうにもならない。それが運命であるなら、未来を変えることなんてできるはずがない。

 そのとき、タブレットに表示されているメニュー画面の最下部に「変更手続き」という欄があることに気が付いた。何も考えず、その部分をタップする。すると画面が切り替わり、先ほどから表示されていたマイページ一覧の右側に極小の四角いチェック欄が現れた。
 一瞬何が起きたのか分からず、それを見詰めながら考える。最初に思い付いたのは、表示の順番を変更する、いわゆるソート機能だった。しかし、それに意味があるとは思えない。ひとまず、画面をスクロールしてページ内を閲覧する。すると、最下部に選択とキャンセル、2つのボタンが設置されていた。

 それを目にした瞬間、全身に鳥肌が立った。
 息をすることすら忘れてしまう。
 苦しくなってようやく大きく息を吸った。
 手が震える。
 その震える指でチェックを入れて「選択」ボタンをタップした。
 汗が噴き出す。
 自分が嗤っていることに気付かず、そのまま表示された画面を食い入るように見詰める。

<菅原 悠太が千堂 遥香と別れる ――― 67時間58分>
 残り時間を変更します。
 引き換える時間を選択してください。

「引き換える時間とはいったい何だ?」
 そう呟きながら表示された内容を確認すると、自分を始めとする名前が表示されていた。名前を確認すると、それが親族であるということが分かった。自分、両親、叔父、叔母、それに従姉妹・従兄弟たち。そして、今も家のどこかにいるはずの飼いネコ(スピカ)。ひとまず、最も影響が無さそうなネコにチェックを入れてOKボタンをタップする。すると、再び画面が切り替わった。

 追加する時間と表示された横には、空白の四角い記入欄があった。さらに、その右側に最大というボタンがあったため、とりあえず最大ボタンをタップ。すると、空欄だった部分に2890日という数字が表示される。どうやら、交換する時間は1日単位になっているようだ。よく分からなかったが、再びOKボタンをタップする。

<菅原 悠太が千堂 遥香と別れる ――― 67時間58分 → 461日延長>
 ※換算率は因果関係等、独自の計算方法によって決定しています。
  また、時間、分につきましては誤差がありますのでご了承ください。

 思わず目を見開いた。
 遥香との破局を免れる?
 延長期間は1年ほどであるが、それで十分だ。残り時間が変更できるということは、決った未来がある訳ではなく、確率が高い予知と大差がない。自分の行動によっては変えられる可能性がある。そういうことになる。これからの1年間で、未来を変えれば良いということだ。つまり、表示されている残り時間は破滅へのカウントダウンではなく、未来を変えるための猶予期間ということなのだ。


 記憶にある限り、初めて高笑いをした。
 もう、息ができないほど大笑いした。
 絶望が終わりではないことを初めて知ったのだ。
 こんなに愉快なことはない。