あの空の彼方にも、同じ世界が広がっている。

「はああああああっ!?」

 ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、待って。
 僕と遥香が別れる?
 いやいやいやいやいやいやいやいや、それは有り得ないだろ!!
 別れるとか、さすがに、それはない。
 ないないないないないないない。
 まず、理由がない。
 どこにも、僕に別れるという意思がない。
 そうだ、その通りだ。
 未来永劫別れるつもりはない。高校を卒業して、大学に進学して、そこそこの企業に就職して、結婚して、子どもは3人、10年に1度くらいは夫婦喧嘩もして、子ども達が独立して、また2人になって、年月を重ねてもずっと一緒で、できれば同じ日の同じ時刻に手を繋いで眠りたい。
 そう、本気で思っている。
 だから、自分から別れを切り出すなんて、天地がひっくり返っても、西から朝日が昇っても、僕の眉毛が3センチになっても、絶対にない。

 ―――――――――――え?
 もしかして、遥香の方からなのか?
 いやいや、それもない。
 ないわ。
 ないない。
 ・・・・・そういえば、最近1人で下校することもあるし、時々学校を休むこともある。家の事情とかって聞かされているけど、遥香に家の事情?
 もしかして、遥香から別れ話をされるのか?
 残りが68時間ということは、2日と20時間。つまり、明々後日の夕方ということになる。夕方というところが妙にリアルで気持ち悪い。


 遥香と出会ったのは、高校1年生の4月だ。あれからもう1年以上が過ぎたのだと思うと、この短い間にもいろいろあったなと感慨深い。
 1学年8クラスという中で、同じクラスになる確率は思った以上に低い気がする。実際に計算していないので、何となくではあるけれど。それで、隣の席になるなどという確率は、それはもう、かなり低いのではないかと予想する。だから、それはもう「運命だよね!!」と叫んでも許されると思う。僕と遥香は、そんな運命的な出会いをした。

 運命で結ばれているのだから、当然のように短期間で新密度がアップする。
 当時の僕はまだ体調不良の日が多かったものの、遥香が保健室に付き添ってくれたり、休んだ日にはSNSを駆使して授業の内容を教えてくれたりもした。遥香の声や話し方、それにちょっとした優しさや思い遣りにどっぷり浸かってしまった。
 僕は常に体調不良だから運動ができる方ではないし、だからといって勉強が得意という訳でもない。それもあって、ずっと日陰者で被害妄想的な思考の中で生活を送ってきた。だから、自覚しているレベルで性格も歪んでいる。だけど、遥香に対してだけは真っ直ぐに、絶対に嘘を吐かないように、誰よりも、何よりも大切にすると、自分自身と、どこかにいて欲しい神様に誓った。

 出会って2ヶ月と少し。まだ早いと思いながらも、梅雨入りした日に決意した。突然雨を降らせ始めた空を見上げる遥香に、傘を差し出しながら告げた。
「これから先、ずっと1つの傘で帰って欲しいんだ」
 その時のことを思い出すと、ほとんどプロポーズの言葉だ。
 結果は言うまでもなく、1つの傘で結構な豪雨の中を互いの肩を濡らしながら帰った。駅で反対方向になってしまうため、結局はコンビニでビニール傘を購入することになった。締まらない話だけど、次の雨の日は普通に各々の傘を差して下校した。わざわざ濡れる必要はない、と話し合いの結果決定した。

 そして、忘れもしない7月の中旬、梅雨明けした日に遥香の父親が亡くなった。急性心不全だったらしい。病院にかかることもなく健康だったらしいが、人間いつ何が起きるのか分からない。特に僕のような者にとっては、とても他人事には思えなかった。
 夏休みまで1週間ほどだったため、遥香はそのまま登校することはなかった。突然の別れに精神的に弱ってしまっていたのか、メールを送っても返信がなかった。電話も憚られたため、落ち着いて本人から連絡があるまで待つことに決めた。

 それから1週間後、唐突に遥香が僕の家を訪れた。
 1週間で気持ちの整理を着けたのか、もういつもの遥香に戻っていた。我慢していただけなのかも知れないが、ふとした時に涙ぐむようなこともなく、本当にいつも通りだった。ただ、これまでとは違ったことが1つだけあった。僕の「体力作り計画」とかいう、意味不明なプロジェクトを立ち上げたのだ。困惑する僕を完全にスルーし、ランニングを始め、基本的な筋力アップのトレーニングの一覧表を壁に貼り、夏休みの課題として結果を提出することを義務付けられた。目が真剣だったため、断るという選択肢は無かった。僕の運動能力の低さを無視した、結構なスパルタだった。
 しかし、そのトレーニングの効果なのか、運動を始めると同時に体調を崩すことがなくなった。最初から運動ができる訳ではないため速く走ることはできないものの、倒れることなく3キロを完走し、腕立て、腹筋、背筋運動を各30回以上できるようになった。

 その後も、一緒に学園祭を頑張り、各試験を駆け抜け、クリスマス、年末とイベントを踏破し、バレンタインデーで母以外から始めてチョコレートをもらい、ホワイトデーでプレゼントをした。そして、2年生になってクラス分けが行われても、当然のように同じクラスになった。さすがに隣の席になれるほど運命は贔屓してくれなかったけれど、それはさすがに望み過ぎだと思う。


 とにかく、いつも一緒にいて心が通じ合っている遥香が、明々後日の夕方に別れ話をするとは思えない。若干、不穏な空気が漂っている感は否めないが、それでも、「ない」と断言する。遥香の思いを、僕は信じている。