あの空の彼方にも、同じ世界が広がっている。

 ダイニングに戻ってから30分余りが経過した。いつもであれば食べ終えるとすぐに自室に戻るのであるが、今日はそのまま居座ってスマホを弄っている。あのタブレットに表示されていた時間を考えれば、そろそろタイムアップだ。テレビ画面の上部に。北島 桜子関連の速報テロップが流れてもおかしくはない。
 しかし、一向に流れる気配がない。父親はすでにリビングに移動してソファーで寝そべっている。母親はいつまでも席を立たない僕をチラチラと意識しながら、晩ご飯の後片付けを始めた。

 スマホに表示されている時刻は予定から30分以上過ぎている。
 「ふうう」と、大きく息を吐いた。
 やはり、ファンタジーアニメのようなアイテムが、現実に存在するはずはないのだ。落胆7割、安堵3割という少し複雑な感情を抱きながら席を立つと同時に、寝転んでいた父親がガバッと勢い良く起き上がった。そして、テレビ画面を食い入るように見詰めた後、ため息混じりに吐き出した。
「マジかあ」
 その声につられるようにテレビ画面を見ると、<歌手の北島 桜子さん(65)死去>というテロップが流れていた。それを目にした僕が父親と同じセリフを、違う意味で呟いた。
「マジかあ」

 テレビの前に並んで座る両親の背中を眺めながら考える。
 よく考えてみれば、すぐに分かることだった。亡くなったと同時に速報が入る訳ではない。家族からの連絡があり、今後のことを考えながら所属事務所が公表するのだ。当然、死亡時刻(イコール)速報ではない。どうしてもタイムラグは生じてしまう。だから、タブレットに表示されていた時間は合っている可能性が高い。あの時間は多分、タイムリミットだ。

 ひとまず、タブレットに表示されていた内容を確認するために自室に戻る。
 無造作に床に放り投げたタブレットの前に座り、拾い上げて両手で持った。その瞬間、電源スイッチも入れていないのにディスプレイが明るくなる。そにはもう北島 桜子の名前は見当たらない。それはそうだ。もう過ぎ去った過去でしかないのだから。

 一覧をザッと確認し、表示されている内容はタイムリミットだと確信を深める。
 基本的に、個人的な内容は掲示されていない。個人のことも載ってはいるものの、誰もが知っている芸能人やスポーツ選手の重大事件だけだ。あとは世界的に影響がある出来事や自然災害、某国大統領の暗殺はこちら側だ。

 ―――――ただ、これを知ったからといいて、どうだと言うのか?

 南海トラフ地震の発生日が分かったところで、何ができるというのか?
 国会議員に直訴するのか?
 それとも、県庁に行って知事に面会を求めるのか?
 会ってどうするんだ?
 タイムリミットが分かるタブレットに、地震が発生する日時が分かるから準備をして欲しいと話しをするのか?
 そんな荒唐無稽な、いかにも眉唾な話を政治家が聞いてくれるのか?
 もちろん、誰が考えても「否」だ。
 某国の大統領が暗殺されることを、領事館に行って訴えたところで捕まるのがオチだ。
 高速道路のトンネルで大規模な玉突き事故が起きることが分かったところで、それを止める手立てはない。
 ただ知るだけ。
 自分だけが知り得て、傍観するだけ。

 ただ、救いなのは、それを知ったところで心が痛まないことだ。
 自分の知らない他人がどうなろうと知ったことではない。
 悲しいとも感じない。
 これは、いわゆる運命というものだ。
 それを、何人たりとも歪めることはできない。

「あーあ、何か、どうでもいいわ」
 そう呟いて、タブレットを持ったまま床に寝転んだ。

 タブレットを両手で持って目の前に掲げる。
 結局のところ、自分に関係がないところで何が起きようと関係がない。そう、どうでもいいことだ。気にせず、これまで通り―――――何だ、この「マイページ」というのは。ディスプレイの右上、自分の名前が掲示されているすぐ下に「マイページ」というタブがあることに気が付いた。まったく躊躇することなく、その部分をタップする。すると、表示されていたページが切り替わった。

「英語の抜き打ちテスト ――― 12時間17分
 マラソン大会 ――― 35時間10分」

 完全に自分の身の回りで起きるであろう、事件とも言えない些事が並んでいる。世界に影響を与えるメインページを目にした後では、本当に、どうでもいいことばかりだ。これはつまり、本当の意味での「マイページ」ということなのだろう。とはいえ、僕にとっては、この些事の一覧の方が、世界の危機や芸能人の生死よりも重要だ。
 流し読みをしていたの僕の視線が、短い文字列に至った瞬間に動かなくなった。それは、ミサイルが誤って日本に落下する事件よりも重大な事柄だったからだ。


菅原(スガワラ) 悠太(ユウタ)千堂(センドウ) 遥香(ハルカ)の交際 ――― 68時間27分>