特別な事件もなく無事に帰宅する。何かのファンタジー映画のような現象に襲われることもない。自分は神様に選ばれた特別な人間で、世界を変える力を秘めていて、それが運命の出会いによって解放されて、など愚の骨頂・・・と、鼻で笑おうとして、背負っていたリュックを下ろすと同時に嘲笑が自嘲に変わった。
「そうか、これがあったか」
駅からの道中ではないが、事件がなかった訳ではないことを思い出して嘆息する。明日駅前の派出所に持って行くつもりではいるが、利用者として自分の名前が登録されている物を、果たして拾得物として受け取ってもらえるのだろうか。
「おかえりなさい」
その時、リビングの方から母親が顔を出した。その表情を目にして、少し高揚していた気分が一気に萎える。無言で母親を無視して洗面台に向かった。それでも、背中から母親の声が追い掛けてくる。
「体調は大丈夫?どこも悪いところはない?少しでも違和感があったら、すぐに言ってね」
ああ、鬱陶しい。
洗面台の手前でリュックを床に置き、手を洗ってザバザバと顔を洗う。前髪がビショ濡れになった自分を見て、去年の同じ時期を思い出す。
生まれつき身体が弱かった僕は、1年前まで2年に1度の割合で入院生活を送っていた。詳しく検査しても原因は分からないままだが、微熱が続いて寝込むことが多かった。原因不明の体調不良。こういう事態は、現代社会では珍しいことではないらしい。本当に?
朝目を覚ますと起き上がれないことも多々あり、登校しても突然の体調不良で早退することも多かった。だからなのだろうが、母親も父親も過保護になってしまった。過度に心配をし、必要以上に報告を求めてくる。気持ちは分からないでもないが、正直なところ鬱陶しい。だから、どうしても素っ気無い態度を取ってしまうが、仕方ないことだと諦めてもらいたい。
未だに様子を窺っている母親の前を通り過ぎ、階段を上がって自室へと向かう。
ひとまず楽な服に着替えて、床に大の字に寝転がりたい。
フローリングの床で大の字になったまま、いつの間にか眠っていた。カーテンを開け放ったままの窓からは、すっかり濃い紫色になった空に瞬く星が見える。もう帰宅して2時間くらいは経ったかも知れない。
「ご飯だから降りてきて」
階下から母親の声が聞こえた。晩ご飯の時間のようだ。一眠りして空腹を感じていたところなので、ベストなタイミングと言える。特に返事をすることもなく、すぐに起き上がって階段を下りた。
ダイニングに到着すると、すでに両親が座って待っていた。その向かいの席に腰を下ろし、「いただきます」。
別に両親と、母親と仲が悪い訳ではない。ただ、いつまでも幼稚園児に対するように、過保護にされるのが嫌なだけだ。仕事が忙しいにも関わらず、必ず家族が揃って晩ご飯、という環境を作られていることが我慢できないのだ。だから、どうしても食卓では言葉が少なくなるし、数百キロのバーベルでも背負っているかのように、空気が重くなってしまう。
しかし、今日はそうならなかった。テレビを見ていた母親の箸が止めて呟いたからだ。
「あら、佐藤 圭吾さん、亡くなったのね」
佐藤 圭吾?
いつもなら聞き流す名前を耳にして、反射的にテレビ画面を見た。テレビの上部に<佐藤 圭吾(85) 都内の病院で心不全のため死去>というテロップが流れている。今日、その名前を目にするのは2度目だった。その光景をどうにか思い出そうと、場面を切り取って映像で思い出そうと努力する。
ああ、名前の横に時間が書いてあったんだ。確か、2時間―――――
あの時からは、今はちょうど2時間ほどが経過している。
マジで?
「悠太、どこ行くの!?まだ夕食の途中でしょ!!」
「すぐ戻るよ」
席を立つと階段を駆け上がり、自室のドアを開け放ったままリュックの中に手を突っ込んだ。こんなことは有り得ないと思いながらも、確認しなければ気持ちが治まらない。逸る気持ちを抑え、あのタブレットを覗き込む。真っ黒だったディスプレイに文字が浮かび上がった。
目を細くして文字を凝視する。しかし、そこに佐藤 圭吾の名前は見当たらなかった。よく考えると、過去の出来事だから掲示されていない可能性がある。そう思って再度が画面に視線を走らせると、北島 桜子の名前に目が止まった。その横には、35分という時間が表示されている。
現在自分の中にある推論は、あくまでも個人的な妄想に過ぎない。
他人に話して聞かせれば、一笑に付されてしまうだろう。
そうだ。
そういうレベルの話なのだ。
偶然に過ぎない。
そういうこともある。
手の平にじっとりと汗を滲ませ、両親が待つダイニングに向かう。
佐藤 圭吾は85歳だった。平均寿命を通過しているのだから、亡くなっても不思議ではない。まあまあ、大往生だ。しかし、北島 桜子は違う。まだ60歳半ばくらいのはずだ。毎年のように最後宣言をして紅白歌合戦に出場しているため、いろいろな意味でよく知っている。可能性に屁理屈で対抗し、どうにか現実的な方向に思考を着地させた。
ダイニングに戻り、自分の席に座ってテレビに視線を向ける。テレビ局はまるで下準備をしていたかのように、佐藤 圭吾の追悼番組を始めた。
テレビを見ながら佐藤 圭吾の話題で盛り上がっている両親に嘆息し、僕は食べかけだったコロッケに箸を伸ばした。
「そうか、これがあったか」
駅からの道中ではないが、事件がなかった訳ではないことを思い出して嘆息する。明日駅前の派出所に持って行くつもりではいるが、利用者として自分の名前が登録されている物を、果たして拾得物として受け取ってもらえるのだろうか。
「おかえりなさい」
その時、リビングの方から母親が顔を出した。その表情を目にして、少し高揚していた気分が一気に萎える。無言で母親を無視して洗面台に向かった。それでも、背中から母親の声が追い掛けてくる。
「体調は大丈夫?どこも悪いところはない?少しでも違和感があったら、すぐに言ってね」
ああ、鬱陶しい。
洗面台の手前でリュックを床に置き、手を洗ってザバザバと顔を洗う。前髪がビショ濡れになった自分を見て、去年の同じ時期を思い出す。
生まれつき身体が弱かった僕は、1年前まで2年に1度の割合で入院生活を送っていた。詳しく検査しても原因は分からないままだが、微熱が続いて寝込むことが多かった。原因不明の体調不良。こういう事態は、現代社会では珍しいことではないらしい。本当に?
朝目を覚ますと起き上がれないことも多々あり、登校しても突然の体調不良で早退することも多かった。だからなのだろうが、母親も父親も過保護になってしまった。過度に心配をし、必要以上に報告を求めてくる。気持ちは分からないでもないが、正直なところ鬱陶しい。だから、どうしても素っ気無い態度を取ってしまうが、仕方ないことだと諦めてもらいたい。
未だに様子を窺っている母親の前を通り過ぎ、階段を上がって自室へと向かう。
ひとまず楽な服に着替えて、床に大の字に寝転がりたい。
フローリングの床で大の字になったまま、いつの間にか眠っていた。カーテンを開け放ったままの窓からは、すっかり濃い紫色になった空に瞬く星が見える。もう帰宅して2時間くらいは経ったかも知れない。
「ご飯だから降りてきて」
階下から母親の声が聞こえた。晩ご飯の時間のようだ。一眠りして空腹を感じていたところなので、ベストなタイミングと言える。特に返事をすることもなく、すぐに起き上がって階段を下りた。
ダイニングに到着すると、すでに両親が座って待っていた。その向かいの席に腰を下ろし、「いただきます」。
別に両親と、母親と仲が悪い訳ではない。ただ、いつまでも幼稚園児に対するように、過保護にされるのが嫌なだけだ。仕事が忙しいにも関わらず、必ず家族が揃って晩ご飯、という環境を作られていることが我慢できないのだ。だから、どうしても食卓では言葉が少なくなるし、数百キロのバーベルでも背負っているかのように、空気が重くなってしまう。
しかし、今日はそうならなかった。テレビを見ていた母親の箸が止めて呟いたからだ。
「あら、佐藤 圭吾さん、亡くなったのね」
佐藤 圭吾?
いつもなら聞き流す名前を耳にして、反射的にテレビ画面を見た。テレビの上部に<佐藤 圭吾(85) 都内の病院で心不全のため死去>というテロップが流れている。今日、その名前を目にするのは2度目だった。その光景をどうにか思い出そうと、場面を切り取って映像で思い出そうと努力する。
ああ、名前の横に時間が書いてあったんだ。確か、2時間―――――
あの時からは、今はちょうど2時間ほどが経過している。
マジで?
「悠太、どこ行くの!?まだ夕食の途中でしょ!!」
「すぐ戻るよ」
席を立つと階段を駆け上がり、自室のドアを開け放ったままリュックの中に手を突っ込んだ。こんなことは有り得ないと思いながらも、確認しなければ気持ちが治まらない。逸る気持ちを抑え、あのタブレットを覗き込む。真っ黒だったディスプレイに文字が浮かび上がった。
目を細くして文字を凝視する。しかし、そこに佐藤 圭吾の名前は見当たらなかった。よく考えると、過去の出来事だから掲示されていない可能性がある。そう思って再度が画面に視線を走らせると、北島 桜子の名前に目が止まった。その横には、35分という時間が表示されている。
現在自分の中にある推論は、あくまでも個人的な妄想に過ぎない。
他人に話して聞かせれば、一笑に付されてしまうだろう。
そうだ。
そういうレベルの話なのだ。
偶然に過ぎない。
そういうこともある。
手の平にじっとりと汗を滲ませ、両親が待つダイニングに向かう。
佐藤 圭吾は85歳だった。平均寿命を通過しているのだから、亡くなっても不思議ではない。まあまあ、大往生だ。しかし、北島 桜子は違う。まだ60歳半ばくらいのはずだ。毎年のように最後宣言をして紅白歌合戦に出場しているため、いろいろな意味でよく知っている。可能性に屁理屈で対抗し、どうにか現実的な方向に思考を着地させた。
ダイニングに戻り、自分の席に座ってテレビに視線を向ける。テレビ局はまるで下準備をしていたかのように、佐藤 圭吾の追悼番組を始めた。
テレビを見ながら佐藤 圭吾の話題で盛り上がっている両親に嘆息し、僕は食べかけだったコロッケに箸を伸ばした。



