あの空の彼方にも、同じ世界が広がっている。


 この世界は誰かが作ったミニチュア・ガーデンで、全ての人生(ストーリー)と個人の能力(パラメーター)は決められているのではないか。
 なんて、ふと、思うことがある。生涯の幸運と不運はバランスが取れていて、幸運の量と不運の量はプラスマイナス(ゼロ)なのではないかと想像したりする。だから、どう足掻いたところで結果は変わらないし、鉄格子で囲まれたレールの上を歩いているのではないか。そんな悪夢に苛まれることもある。

 でも、きっと、自分だけが考えていることではない。
 だって、ネットには絶望を賞賛する曲が溢れているのだ。自分の無力を呪い、他人の成功を妬み、見えない未来を憂い、裏切り者に憎悪する。いや、だからといって、これが世界の真理だと言っている訳ではないし、そう思っている訳でもない。ただ、いつでも真っ黒な歌詞が僕たちの心を掴み、相当な再生数を稼ぐ。決して表には出ないけど、本音の部分として心を掴んで放さない。

 こんなことを、彼女の話に笑顔で相槌を打ちながら考えていたりする。

 数学の授業中に、数式と一緒にダークな世界観をノートの隅に書き込んでいたりする。
 自分自身のことは、どんなに数式を当てはめても証明できやしない。というかさ、「∴」が「ゆえに」とか誰が決めたんだ?三角関数で躓いて、ベクトルで方向を見失い、高校2年生の夏休みには理系の道が途絶えた。電動アシスト無しでは、数列の坂道を登り切ることはできなかった。
 存在が中途半端なのか、いや違うな。ルートからはみ出そうとしても、できないように設定されているんだろう。どんな事でもできそうな気がするのに、あと少しというところで、いつも見えない壁に阻まれる。

 脳裏に浮かんだ言葉を、時系列も何もかも無視して羅列していく。
 最初から答えなどない禅問答みたいなものだ。

 それで、結局のところ何が言いたいのか。
 特別なギフトがある訳ではなく、他人の何十倍も努力する根性もなく、僕はネットでボヤいている人たちと同じ塵芥だってことだ。難しい単語を並べて、ダークゾーンから世界を傍観しているだけ。

 僕なんて、本当にその程度の存在だよ。
 自分でもよく分かっている。
 ただ、彼等と違うのは、僕には可愛い彼女がいるという現実(リアル)があること。
 ごめんね、君たち。



「ごめんね」

「え、あ、うん」
 放課後、一緒に帰ろうと彼女に声を掛けたところ、カウンターで見事なボディブローを食らった。僕は平静を装い、精一杯の抵抗として爽やかスマイルを作る。そんな哀しい努力をしている僕に、彼女はもっともらしい理由を口にした。
「今日は用事があるから、早く家に帰らないといけないの」
 彼女に両手を合わせて上目遣いをされると、僕の選択肢は「頷く」以外になくなってしまう。僕が頷いたことを確認した彼女は、素早く荷物を手にして足早に教室を後にした。

 こうして彼女の背中を見送ることが最近増えた気がする。
 もしかして浮気?と余計な詮索をするところかも知れないが、その心配はない。彼女が本当に浮気をするような状態であれば、僕の気持ちなど考えず別れ話を切り出すはずだ。そういう意味では、彼女のことは信用している。そんな彼女が「用事」というのであれば本当に用事なのだろう。
「・・・帰るか」
 クラブ活動をしている訳でもないため、これ以上学校にいても仕方がない。通学用の黒いリュックを背負うと、彼女と同じように2年3組の教室から廊下に出た。


 学校から最寄駅までは徒歩で15分程度。そこから電車に乗り、30分ほど海岸線を走った辺りに自宅がある。高校がある辺りは地方都市としては都会であるが、自宅周辺は準工業地帯で、ここ10年余りですっかり寂れてしまった。サプライチェーンのグローバル化などとネットの記事に見出しが付いていたが、結局のところは工業団地としての賞味期限が切れたということなのだろう。建物も人も、すっかり年を取ってしまっている。

 駅へと続く道には、同じ制服を着た学生がチラホラと歩いている。どこかに寄り道をしない限り、どうしても同じ道を利用することになってしまう。見える範囲には、カップルと友達同士で騒いでいる姿しかない。それを自覚してしまうと、いつも彼女が歩いている左側に意識を向けてしまう。
 彼女とは去年、高校1年生の6月に付き合い始めた。ちょうど1年ほど。特に喧嘩することもなく、順調に恋人として付き合っている。最寄り駅で待ち合わせ、そこから、そこまで、登下校を一緒にしている。残念ながら同じ電車通学でも上下反対のため同じ電車に乗ることはできない。ほとんど毎日一緒にいると、こうして1人で下校すると寂しく感じる。本人には言わないけど。

 何度目かになる左側に視線を向ける動作をしてしまったとき、電柱の陰に黒い板状の物体があることに気が付いた。