翌日、タブレットを鞄に潜ませた僕は、いつも通りに電車に乗り込んだ。すでに拾得物として警察に届けるとか、元の場所に戻すだとかという選択肢は頭に無かった。そもそも、ユーザー名が何もしなくても自分の名前になっている時点で、もう菅原 悠太の所有物であると、タブレット自体が自己主張しているようなものだ。誰に遠慮する必要性も感じない。
通勤と通学の利用者である程度席は埋まっているものの、まだ7時過ぎということもありシートに座るスペースは十分にあった。乗降口付近のシートを確保し、鞄から半分ほどタブレットを引き出してトップページの一覧を眺める。今のところ、自分に関係する場所で大きな事件が発生する予定はない。基本的に自分に無関係であれば、どこで何が起きようと関心はない。
安堵のため息を吐き、マイページをタップする。
ザッと目を通したところ、マイページにも気になる項目は見当たらない。ただ、昨日とは違うところが1つだけある。明後日の夕方にあったはずの、「遥香との別れ」が無くなっていた。思わず顔が綻ぶ。偶然にも10秒まえからの僕を観察していた人がいれば、薄気味が悪くて目を逸らすだろう。そんな表情をしている自覚はある。でも、それは仕方が無いの大目に見てもらいたい。年末ジャンボの1等と前後賞が当たったくらい嬉しいことなのだから。
本当に、このタブレットは愛の神様からの贈り物なのかも知れない。
などと、普段は神様など微塵も信じていない僕が思わず天を仰いだ。
「おはよう」
いつものように、学校の最寄り駅で待っている遥香に声を掛ける。上下線ともに、ほとんど同じ時刻に到着するものの、3分ほど下り電車の方が早い。そのため、どうしても遥香が待つようになってしまう。これが都会であれば前の電車も次の電車も5分ごとにあるかもしれないが、この辺りでは通勤時間といえども20分間隔が精一杯なのだ。1本遅らせると始業時間に間に合わない可能性も出てくる。
「おはよう」
前日と変わらず、遥香の声音は少し沈んでいる。
別れ話は1年延長したはずだ。しかし、今日も遥香の様子に変化はない。タブレットが偽物だとは思えない。一体どういうことなのだろうか?確かに、有り得ない代物だとは思う。ファンタジー要素がふんだんに取り入れられたアイテムではある。それでも、在るものは在る。その性能についても疑いようがない。はずだ。
脳内で自問自答を繰り返していると、遥香が小首を傾げて僕の顔を覗き込んでいた。それに気付いて作り笑いを浮かべると、遥香が学校に向かって歩き始めた。
「今日も一緒に帰れそうにないんだ。5時間目が終わったら早退しないといけなくて」
「あ、そ、そうなんだ。うん、分かった」
この早退が、「別れ話」とリンクしているのではないかと思う。
自分で言うのもアレだけど、僕は察しが悪い方ではない。さすがに、遥香に何か問題が起きていて、それが原因で別れなければならいのだと予想はしている。有り得ないとは信じているが、他の誰かに告白されて答えに迷っている可能性はある。もしかすると、家庭の事情で引っ越し、転校、などという事態も考えられなくはない。いずれにしても、その原因が今日の放課後に解消される。と、信じたい。いや、きっとそうなる。はずだ。
「どうかした?」
黙ったままの僕に、横を歩く遥香が怪訝そうな顔を向けてきた。
「いや、今日、英語の抜き打ちテストがありそうだなあ、とか、考えていただけ」
それを聞いた遥香が、クスクスと笑いながら僕の肩を軽く叩く。
「ある訳ないじゃん。来週から期末テストだよ?わざわざ、今日テストする理由がないよ」
「だよねえ」
などと無難な答えを返してはいるが、昨夜はタブレットの検証と称して英語の勉強を念入りにしてきた。遥香には申し訳ないが、おそらく英語の単語テストは満点だと思う。
2時間目に訪れた英語の授業。冒頭で悪い笑みを浮かべた先生が、単語テストのプリントを配り始めた。
「来週から期末テストだから、もうしっかりテストモードに入ってるよな?クラスの半分くらいは満点が取れることを期待しているからな」
配布されたプリントを手に取って、英語の先生と同様の悪い笑みを浮かべる僕。少し前の席に座る遥香が振り返り、目を見開いたままで僕を見詰めていた。
満点コースの回答を早々と記入した僕は、頭を抱えてカリカリとシャーペンを動かしているクラスメートを眺めながら思案する。
疑ってはいなかったものの、これで完全にタブレットは猶予期間を表示する能力があることが判明した。こうなると、もうタブレットを手放す訳にはいかない。別れ話の件が表示されているため、遥香に伝えることもできない。当面は、僕が一人で有意義に利用させて頂くしかない。
5時間目の授業が終わった後、遥香は「ごめんね」と言って両手を合わせた。そして、ある程度は予想していた言葉を紡いだ。
「明日は家の用事があって、どうしても休まないといけないの。だけど、明後日は普通に登校するから・・・それで、大事な話があるからさ、放課後は一緒に帰ろうね」
その強い意志を感じる目を受け止め、僕は敢えて満面の笑みで応える。
「了解。久し振りだから楽しみだなあ。あのお店にスイーツとか食べに行こうか?」
二人の未来を疑わない僕の言葉に、遥香は視線を逸らして鞄を手にした。
「・・・じゃあ、明後日ね」
明後日の「大事な用事」が無くなることを確信しながら、教室を出て行く背中を見送った。
その日―――――
帰宅した僕は、飼っている猫の姿が見えないことに気が付かなかった。
通勤と通学の利用者である程度席は埋まっているものの、まだ7時過ぎということもありシートに座るスペースは十分にあった。乗降口付近のシートを確保し、鞄から半分ほどタブレットを引き出してトップページの一覧を眺める。今のところ、自分に関係する場所で大きな事件が発生する予定はない。基本的に自分に無関係であれば、どこで何が起きようと関心はない。
安堵のため息を吐き、マイページをタップする。
ザッと目を通したところ、マイページにも気になる項目は見当たらない。ただ、昨日とは違うところが1つだけある。明後日の夕方にあったはずの、「遥香との別れ」が無くなっていた。思わず顔が綻ぶ。偶然にも10秒まえからの僕を観察していた人がいれば、薄気味が悪くて目を逸らすだろう。そんな表情をしている自覚はある。でも、それは仕方が無いの大目に見てもらいたい。年末ジャンボの1等と前後賞が当たったくらい嬉しいことなのだから。
本当に、このタブレットは愛の神様からの贈り物なのかも知れない。
などと、普段は神様など微塵も信じていない僕が思わず天を仰いだ。
「おはよう」
いつものように、学校の最寄り駅で待っている遥香に声を掛ける。上下線ともに、ほとんど同じ時刻に到着するものの、3分ほど下り電車の方が早い。そのため、どうしても遥香が待つようになってしまう。これが都会であれば前の電車も次の電車も5分ごとにあるかもしれないが、この辺りでは通勤時間といえども20分間隔が精一杯なのだ。1本遅らせると始業時間に間に合わない可能性も出てくる。
「おはよう」
前日と変わらず、遥香の声音は少し沈んでいる。
別れ話は1年延長したはずだ。しかし、今日も遥香の様子に変化はない。タブレットが偽物だとは思えない。一体どういうことなのだろうか?確かに、有り得ない代物だとは思う。ファンタジー要素がふんだんに取り入れられたアイテムではある。それでも、在るものは在る。その性能についても疑いようがない。はずだ。
脳内で自問自答を繰り返していると、遥香が小首を傾げて僕の顔を覗き込んでいた。それに気付いて作り笑いを浮かべると、遥香が学校に向かって歩き始めた。
「今日も一緒に帰れそうにないんだ。5時間目が終わったら早退しないといけなくて」
「あ、そ、そうなんだ。うん、分かった」
この早退が、「別れ話」とリンクしているのではないかと思う。
自分で言うのもアレだけど、僕は察しが悪い方ではない。さすがに、遥香に何か問題が起きていて、それが原因で別れなければならいのだと予想はしている。有り得ないとは信じているが、他の誰かに告白されて答えに迷っている可能性はある。もしかすると、家庭の事情で引っ越し、転校、などという事態も考えられなくはない。いずれにしても、その原因が今日の放課後に解消される。と、信じたい。いや、きっとそうなる。はずだ。
「どうかした?」
黙ったままの僕に、横を歩く遥香が怪訝そうな顔を向けてきた。
「いや、今日、英語の抜き打ちテストがありそうだなあ、とか、考えていただけ」
それを聞いた遥香が、クスクスと笑いながら僕の肩を軽く叩く。
「ある訳ないじゃん。来週から期末テストだよ?わざわざ、今日テストする理由がないよ」
「だよねえ」
などと無難な答えを返してはいるが、昨夜はタブレットの検証と称して英語の勉強を念入りにしてきた。遥香には申し訳ないが、おそらく英語の単語テストは満点だと思う。
2時間目に訪れた英語の授業。冒頭で悪い笑みを浮かべた先生が、単語テストのプリントを配り始めた。
「来週から期末テストだから、もうしっかりテストモードに入ってるよな?クラスの半分くらいは満点が取れることを期待しているからな」
配布されたプリントを手に取って、英語の先生と同様の悪い笑みを浮かべる僕。少し前の席に座る遥香が振り返り、目を見開いたままで僕を見詰めていた。
満点コースの回答を早々と記入した僕は、頭を抱えてカリカリとシャーペンを動かしているクラスメートを眺めながら思案する。
疑ってはいなかったものの、これで完全にタブレットは猶予期間を表示する能力があることが判明した。こうなると、もうタブレットを手放す訳にはいかない。別れ話の件が表示されているため、遥香に伝えることもできない。当面は、僕が一人で有意義に利用させて頂くしかない。
5時間目の授業が終わった後、遥香は「ごめんね」と言って両手を合わせた。そして、ある程度は予想していた言葉を紡いだ。
「明日は家の用事があって、どうしても休まないといけないの。だけど、明後日は普通に登校するから・・・それで、大事な話があるからさ、放課後は一緒に帰ろうね」
その強い意志を感じる目を受け止め、僕は敢えて満面の笑みで応える。
「了解。久し振りだから楽しみだなあ。あのお店にスイーツとか食べに行こうか?」
二人の未来を疑わない僕の言葉に、遥香は視線を逸らして鞄を手にした。
「・・・じゃあ、明後日ね」
明後日の「大事な用事」が無くなることを確信しながら、教室を出て行く背中を見送った。
その日―――――
帰宅した僕は、飼っている猫の姿が見えないことに気が付かなかった。



