アオハルな恋とウラらかな復讐

 カーテンがきっちり閉じられた薄暗い室内。
 陽の光は一切入らない。
 明かりといえば、デスクトップのブルーライトぐらいだ。
 画面の右下から表れたDMの通知をクリックすると、Misaoからのメールが表示された。

『ウラアカウントの運営は順調ですか? 何かあれば対応しますので、いつでも連絡してくださいね』
 
 Misaoが誰かも、目的も分からない。
 ただ、不登校のまま卒業できるという条件だけが、魅力だった。
 悠々自適に引きこもりライフを送っていたのに、あいつらのせいで亀裂が生じた。

『ウラアカのせいで、誰かが傷つくかもしれないんです』

長宮麗の言葉が頭の片隅から離れない。

 誰が傷つくっていうんだよ。
 好き勝手言いたいこと言って楽しんでるだけだろ。
 俺には関係ない。

 Misaoにあいつらのことを言うべきか。
 いや、改造銃で脅したから二度と来ないだろう。
 わざわざ言う必要は……。

 ドンドン、ドンドン!

 扉が大きく揺れ、今にも壊れそうな勢いだ。
ヘッドホンを外すと、ドスの効いた声と、軽やかな声が聞こえた。

「とっとと開けろ!」
「牧野先輩、開けてくださいよ」

あいつら、また来たのか!

 浩平は溜息を漏らして、敵意を含んだ目で扉を睨みつけた。

「うまくいくのかよ」
「やってみるしかないよね」

扉の向こうでは、しかめっ面の葵と、苦笑を浮かべた晴が、真剣な表情の麗に目を向けた。

「もっと言い続けて。頃合いを見て、私が話す」

麗は白い箱の持ち手をぎゅっと握りしめた。

「めんどくせえな」

葵はそう言いながら、扉を叩いた。

「おい! 開けないと蹴破るぞ!」

階段の下から、浩平の母親がおそるおそる顔を覗かせた。

「うるさい! 何でまた来たんだよ。帰れ!」

浩平の怒鳴り声に、母親は肩を震わせて顔を引っ込めた。

「そろそろ現実みたほうがいいですよ。引きこもったまま卒業できるほど、世の中甘くないでしょ」

晴が言い終わらないうちに、浩平は扉にヘッドホンを投げつけた。

「黙れ!」

晴は口角を上げ、更に続ける。

「自分が作ったウラアカで、噂に左右されてる生徒たちを見て、優越感に浸ってるんですか? それとも、リアルでは仲間に入れないから、ウラアカで友達作りしてるとか? やばいですね」

カギの開く音と共に、扉が勢いよく開いた。
 
「これ以上しゃべったら、まじで撃つぞ」

ひきつった顔の浩平が、銃口を晴に向ける。

「撃てるもんなら撃ってみろよ」

晴を押し退けた葵が銃口を握り、自分の心臓に押し当てた。

「なっ……!」

浩平の手が震え、呼吸が荒くなる。
 葵は一切動じず、浩平を見下ろす。額から汗が流れ、顎を伝って足元に滴り落ちる。

「覚悟もねえやつが、こんなん作ってんじゃねえぞ」

静かな低い声が、浩平の鼓膜を震わせる。
浩平の手からわずかに力が抜ける。
葵は勢いよく銃を床に叩きつけた。

「くそっ」

右手を押さえて顔をしかめた浩平の前に、葵と晴が立ち塞がり、距離を詰めていく。
浩平は後退りをして、机の前まで追い詰められた。

「ウラアカ削除しろ。削除するまで殴ってやろうか?」

拳を握る葵の横で、銃を手のひらの上に乗せた晴が、不敵な笑みを浮かべた。

「この改造、違法ですよね。通報したらどうなるか。……やってみます?」

浩平はひゅっと息を呑んで、一瞬怯えた顔をするが、すぐに葵と晴を睨みつける。

 北風じゃ脱がせられない。
 ここからは、太陽(私)。

葵と晴が麗に目配せをする。頷き、2人の腕を思いっきり引っ張る。

「2人ともやめて! ひどいよ。ほら、牧野先輩、こんなに怯えてかわいそう!」

浩平を庇うように腕を広げ、声を張り上げた。

「……怯えてないし」

浩平は目を逸らし、鳥肌が立っている腕をさすった。

「くくっ。麗ちゃん、棒読みっ……」

笑いをこらえて肩を震わす晴を、呆れ顔の葵が小突いた。

「乱暴なことをして、すみませんでした。シュークリーム、よかったらどうぞ」

麗は頭を下げ、白い箱を差し出した。

「……わざわざ?」

浩平は怪訝な顔で箱を見つめる。

「この間のお詫びです」 

殊勝な態度で目を伏せる麗の背後で、葵が険しい目つきで受け取れと圧をかける。
浩平はしぶしぶ箱を手に取り、シュークリームをひとつ頬張る。

「牧野先輩。どうしても、ウラアカの削除をお願いしたいんです!」

麗は真剣な表情で浩平を見つめる。

「ムリ。できない」

指についたクリームを舐め、突っぱねる。

「何か、事情があるんですか?」
「……」

麗が問いかけるが、浩平は口を閉ざす。

「……出席日数の改ざん」

ぽそりと呟く麗を、浩平は驚愕の表情で見つめる。

「おまえ、どこまで知ってる?」
「裏取引、したんですよね?」

確証はない。けど、そうとしか考えられない。

「なんで、おまえがそれを……」

青白い顔で唇を震わす。動揺で泳ぐ目を、麗の瞳が捉える。

やっぱり。牧野先輩の背後に、誰かいる。その人を突き止めないと、終わらない。

「ウラアカの作成、誰に頼まれたんですか?」

浩平の目を離さず、一歩近づく。たじろいだ浩平の手が、パソコンに当たる。
 麗は、DMのメール画面の文字をさっと追う。
 差出人は、Misao。

「この人ですね」

浩平は観念したように、肩を落として頷いた。

「誰だよ、そいつ」
「会ったことあるんですか?」

画面を覗いた葵と晴が、浩平に目を向ける。

「DMでしか連絡取ってないから、誰か分からない。学校行かなくなってから、突然こいつからDMがきて、ウラアカのこと頼まれたんだよ。不登校のまま進級できるようにするって条件で」

浩平が顔をしかめ、パソコンの画面を消した。

「そんなことできるの、教師ぐらいじゃない?」

薄ら笑いを浮かべた晴が、銃をくるくる回す。

「返せ」

浩平が銃を奪い返して棚にしまった。

「教師が何のために?」

ウラアカ作って生徒たちを噂で翻弄して、楽しんでる? 
でも、学院の評判が落ちる噂もあるし、そんなことして教師に何のメリットが?

「知らねえよ。とにかく、俺はウラアカ削除しないから」
「おまえの事情なんてどうでもいい。学校行きたくないならやめちまえ。中途半端なことしてんじゃねえよ」

眉間に皺を寄せた葵が浩平に詰め寄り、机を叩いた。

「……うるさい。バカなやつらとは関わりたくない」
「てめえ!」

葵が拳を振り上げる。浩平は顔を背けて、ぎゅっと目を閉じる。

「待って!」

麗の叫び声が響く。
浩平の顔すれすれのところで、葵の拳が止まった。

「牧野先輩。学校、嫌いですか?」

静かに問いかける。

「……嫌いだ。くだらないカーストに当てはめて、底辺だって見下してくる。どいつもこいつもバカばっかりだ」

浩平の顔が苦しそうに歪む。

「学校って、色々な人がいますよね。この2人のファンがあんなにいるなんて信じられない。どうかしてますよ」

麗が肩をすくめると、葵が晴を顎で指した。

「こいつのファンはいかれてる」
「それはこっちのセリフだよ」

睨み合う2人の間に麗が割って入り、咳ばらいをした。

「ファンにも、2人にも困らされてるけど、私は、学校に通えて嬉しいです」

振り返った浩平が眉をひそめた。

「悪い意味で注目されてるって分かってんの? 妬まれて悪口言われて、何が嬉しいんだ」

眼鏡の奥の瞳が、暗く翳る。

「……私、小4から学校通えていなかったんです。でも、やっと高校に通えた。だから嬉しくて」

麗は、胸の前で握り合わせた両手に目を落とす。
 
「現実は学校でも2人の下僕で、常に傍にいるし、自由なんてこれっぽちもないですけど」

浩平は同情の眼差しを麗に向ける。

「それはご愁傷様」

麗は浩平の顔をじっと見つめた。

「先輩には私と違って、自由があります。でも、自由には責任が伴うんです」
「……」

浩平は押し黙る。

「ウラアカで、傷つく人だっている。学院の評判を落とす噂が公になったら、困る人がいるんです。それに、盗撮の噂、先輩も知ってますよね」

浩平は小さく頷き、目を伏せた。

「販売サイト、見つけたんです」

浩平の顔が引きつる。

「大勢の生徒が、被害にあっていました。……私もです」

屈辱。悔しさ。怒り。恐怖。それらがぐちゃぐちゃに混ざり合あって、高波のように押し寄せてくる。足元からすくわれ、飲み込まれてしまいそうだ。
 ふと。
 両肩に、重みと熱を感じる。
葵と晴の手が、麗の肩を掴んでいる。
感情の波にさらわれそうな麗を、引き留めるように。

浩平の顔から血の気が引いていく。

「今の内にウラアカウントを削除して、販売サイトも削除すれば、公にならずにすみます」

麗の目に強い光が宿る。

「牧野先輩にしかできないんです。お願いします!」

深く頭を下げる麗の頭上から、重たく長い溜息が降ってきた。

「……わかったよ。ウラアカの削除はする」
「ありがとうございます!」

麗は顔を上げて、笑みを浮かべる。

「けど、販売サイトは削除したところで、いたちごっこだぞ。ネットの世界だって甘くない」

浩平が椅子に座り、パソコンの画面をつける。

「サイトをどうにかするより、犯人を捕まえた方が手っ取り早い」

高速でキーボードを打つ。

「サイトの問い合わせで、販売者に連絡をとって、カメラを仕掛けざるを得ない状況を作り出せばいい。このサイトだろ?」

話している間に浩平はサイトを開いた。

「わお。さすがハッカー歴のあるITオタク」

晴はパチパチと拍手を送った。

「その言い方むかつくな」

苦々しい顔をする浩平に、麗が慌てて尋ねた。

「どうやって犯人を捕まえるんですか?」
「『明日までに、新作の教室の動画が欲しい。言い値の倍払う』。……今夜動きだすだろ」

問い合わせに書き込み、エンターキーを押す。

「おまえたちは学校で見張っておけばいい。カメラを仕掛けたところを捕まえれば、言い逃れできない」

足を組んで、麗たちに目を向ける。

「なるほど。賢いですね」

麗が褒めると、浩平はわざとらしい咳ばらいをした。耳が、微かに赤い。
 
「牧野先輩」

麗は、まっすぐ浩平を見た。

「裏取引じゃなくて、正式に学校へ戻りませんか? 理事長なら、出席日数も別棟登校も何とかできるかもしれません」
「……そんな都合よく?」

浩平が怪訝な顔をする。

「その代わり」

晴が笑顔で割り込む。

「登校中は、ぼくたちが同行するけどね」
「……は?」

浩平の顔が歪む。

「逃げたら終わりだ」

葵が指を鳴らしながら、鼻で笑う。

「脅しかよ……」

浩平は顔を引きつらせる。

「保護だよ」

晴の笑顔に、浩平はさらに青ざめた。

「でも、今よりずっと前に進めます」

麗はカーテンを開け、窓を開け放った。

「せっかく自由なんですから、明るい表の世界で生きた方が幸せですよ」

眩しい陽光が差し込み、爽やかな初夏の風が吹き込む。
麗の前髪が持ち上がる。
光が反射して、薄茶色の瞳が輝く。
浩平は呆気にとられた顔で、麗の瞳をぼうっと見つめる。
 麗の桜色の唇が笑みの形になり、浩平の頬は紅潮した。

「帰るぞ」
「麗ちゃん、行こう」
「あっ、ちょっと! 牧野先輩、次は学校で会いましょう」

葵と晴が麗を引きずり、扉の外に放り出した。
2人は浩平を睨みつけると、バタンと力任せに扉を閉めた。

「あの噂、本当だったのか。……長宮麗。変なやつ」

煌々と差し込む日差しに目をすがめた浩平の口元が、ほんの少し緩んだ。


 誰もいない暗闇に包まれた校舎に、足音が静かに響く。
 足元を照らすスマホのライトが上に向けられ、「1年3組」のプレートが照らされる。
 扉をゆっくり開け、ライトの明かりを頼りに、教壇へ足を運ぶ。
 明かりが教壇の下に消える。
 その途端。
 電気がパッとつき、教室が明るくなった。

「あなただったんですね」

顔を強張らせた麗が、教壇の下に潜っている人影に声をかけた。

「出てこいよ」
「動画撮ってるんで、言い逃れはできませんよ。——町田先生」

スマホを構えた晴に名前を呼ばれた町田が、教壇の下からおずおずと出てきた。その手には小型カメラ。葵はカメラをひったくり、教壇を覗く。そこには、カメラを隠すための小さな穴があった。

「ゲスだな」

葵は蔑視の眼差しで町田を見て、カメラを麗に放り投げた。

「……どうして、あなたたちが」

町田の顔が青ざめる。

「明日までに新しい動画が欲しいって連絡したの、私たちなんです」
「そんな……」

町田は唖然として口を覆った。

「何で、こんなことを?」

麗が問いかける。

「……あの人に、愛されたかったの」

町田は、震える声で呟いた。

「あの人って、葉山先生ですよね」

晴が棘げしい声で問いかける。

「……知ってるのね。盗撮動画を販売したら高く売れるって。女の私しかできないからって」

麗は息を呑む。
 葵は舌打ちをし、晴は冷ややかに町田を睨んだ。

「あの人の望むことを叶えれば、必要としてもらえる気がして……」
「そんな理由で、生徒を傷つけたんですか?」

あまりにも、身勝手だ。
怒りがふつふつと沸いてくる。
殴りたい。蹴り飛ばしたい。
衝動が抑えられない。
気づいたら、町田の頬を力いっぱい鷲掴みにしていた。

「い、いたいっ。ごめんなさいっ! 許して!」

町田の情けない耳障りな声が、神経を逆なでする。

「許せない! 生徒がどれだけ傷つくか、考えなかったの⁉」

ドクドクと脈打つ音が耳に響く。
麗の全身を流れる血が、マグマのように煮えたぎっているようだ。
拳を握り、涙を流す町田の顔めがけて振り下ろす。

パシン!

「やめろ」

麗の拳は、葵の手のひらに包まれた。

「こんなやつ、殴る価値もない」

虫けらを見るような目で、町田を見下ろす。
 麗の体から力が抜ける。葵の手のひらから、じんわりと温かい体温が伝わる。不思議と気持ちが落ち着いていき、平常心を取り戻した。

「私だって、最初は、悩んだのよっ。けど、背中を押されて……。ごめんなさいっ!」

町田は顔を覆い、背中を丸めてしゃくりあげる。

 哀れだ。
殴らなくてよかった。
後悔、していたかもしれない。

 葵が手を離す。しばらく、右手は熱いままだった。

晴は動画を停止し、顔を上げて息を吐き出す。
ふと、黒板の上にあるコンセントに差し込んである、黒いアダプタに目が留まる。
アダプタを引き抜き、指で表面を撫なぞる。

「……ん?」

指先に違和感を覚えて、じっと見つめる。
小型カメラのレンズがきらりと光った。

「これも先生の?」

麗に支えられて立ち上がった町田に晴が問いかける。
町田は小さく首を左右に振った。

「それ、カメラなの?」
「他にも盗撮犯がいるのか? この学校やべえな」

麗と葵がアダプタを見て首を傾げた。 

「黒幕だろうね」

晴は鼻先で笑った。

「……黒幕?」

麗の背中を、嫌な汗が伝っていく。

アダプタのカメラが、鈍く光った。
 ——まるで、まだ誰かが見ているように。