アオハルな恋とウラらかな復讐

 翌日家に戻ると、玄関の前にフクロウが立っていた。

「おかえり」

片手を上げるフクロウの足元で、サクラが勢いよく麗に突進する。

「いだっ!」

倒れた麗を見下ろしながら、葵と晴がにやつく。

「大丈夫か?」

フクロウが手を貸そうとする。だが、サクラが甘えるように鼻をこすりつけ、それを阻止した。

 サクラめ。一体、私に何の恨みがあるっていうの。

麗はサクラを睨みつけ、よろよろと立ち上がる。

「そうだ、オリエンテーリングだったんだっけ?」

サクラを撫でながら、フクロウが横目で麗たちを見た。

「3位になれて、1学期分の学食チケットもらえたんです」

葵と晴は不満そうだけど、私にとっては悪くない結果だった。

「そうか、よかったな」

フクロウが麗の頭を撫でると、ワイドパンツのポケットをサクラがひっかいた。

「あ、そうだった。情報持ってきたんだよ」

ポケットからメモの切れ端を出し、麗に渡した。
 そこには、ウラアカ作成者の名前と住所があった。

——牧野浩平。

「2年の不登校だ」

メモを覗き込んだ晴が、目を丸くした。

「フクロウさん、すごいです」

麗が尊敬の眼差しを向ける。

「だろ? ちなみにそいつ、ハッキング歴もあるITオタクだ」

フクロウは鼻高々に胸を反らした。

「こいつにウラアカ削除させたら、任務は終わりだな」

サクラを撫でている葵に、晴が呆れ顔を向けた。

「まだだよ。盗撮問題があるじゃん。そうだ。フクロウさん、また手伝ってくれない?」

ゴッドイエローの瞳を針のように細め、フクロウは肩をすくめた。

「おれさ、めちゃくちゃ有能じゃん。クソ忙しいんだよ。麗ちゃんのためにタダ働きしたけど、他にも仕事山積みだから、これ以上はムリ」
「麗ちゃんからも頼んでみて」

晴に耳打ちをされ、麗が上目遣いでおずおずとフクロウを見上げた。

「ううっ、そんな目で見られても、ムリなもんはムリなんだよ。麗ちゃん、ごめん!」

フクロウはサクラのリードを握って、玄関を飛び出した。

「麗ちゃんでも駄目なんて、よっぽど忙しいんだね」

晴は残念そうに肩をすくめる。

 フクロウさんばかりに頼ってちゃだめだ。
 できることをしないと。

メモを強く握りしめ、唇を引き結んだ。

 麗が律儀に、牧野浩平のことを報告したばかりに、翌日、家に行くよう理事長命令が下された。

「せっかくの休みだってのに、おまえのせいで」
「融通が利かないっていうか、頭が固いっていうか。さすが、ザ・優等生だよねえ」

ねちねち文句を言う葵と晴がわずらわしい。
麗はマップアプリのナビを見ながら、スマホを握る手に力を込めた。
 
 あんたたちの頭を何度も塀に叩きつけて、気絶させてやろうか!
情けない姿をウラアカに晒してやりたい。

 妄想にふける麗の後ろで、晴がずっと歩きスマホをしている。

「さっきから何やってんだよ」

葵が怪訝な顔を向けた。

「……あった」

手を止め、画面を葵に見せた。

「盗撮動画の販売サイト、探してたんだ。何回か弾かれたけど、やっとサイトに入れたよ。この体操服、九南学院のだ」

更衣室を上から撮影した動画のサムネイルを凝視した葵が、眉間に皺を刻んだ。

「盗撮の噂、本当だったってこと?」

振り向いた麗が、顔を歪めた。

「そうみたい。けっこうな高値で取引きされてる」
「胸糞わりいな」

……クズすぎる。

心の奥から怒りが燃え上がる。
麗の体がわなわな震える。
晴のスマホを放り投げたい衝動を抑えて、唇を噛みしめた。

許せない。絶対、犯人捕まえてやる!

 ナビを終了する音声案内が聞こえ、足を止める。
左側の一軒家の表札に「牧野」と記されている。
葵と晴に目配せをする。

「押せ」

葵が顎でインターホンを指す。

 私が? ……そうなるか。

 反発心を堪え、緊張の面持ちでインターホンを押す。

 ピンポーン。

間延びした音が響く。

『……どちらさまですか?』

くぐもった女性の声が返事をした。
 麗はごくりと唾を飲み込み、インターホンを見据えた。

「九南学院の生徒です。牧野浩平さんにお会いしたいのですが」

息を呑む音がして、すぐに玄関が開いた。

「お友達が来てくれるなんて、何年振りかしら。さあ、あがって」

白髪交じりの中年の女性が、泣きそうな顔で門を開けた。
友達ではないと言う暇もなく、背中を押されてリビングに通された。

「浩平くんの部屋、上ですか? ぼくたち、話したいことがあって」

晴が天使のスマイルを向けて、階段を指差した。

「上がってすぐ左の部屋よ。あの子、部屋から全然出てこなくて……。口下手だけど、悪い子じゃないのよ。だから、仲良くしてね」

母親は涙ぐみながら、上階を見上げる。

重たい期待が、痛い。
 引きこもりたくなる気持ちも、分かる。

 まだ見ぬ牧野浩平に、麗は同情した。

晴を先頭に、足早に階段を上っていく。
一刻も早くこの家から立ち去りたい。

「ああいう親、まじでキライ」

スマイルを一瞬にしてしかめっ面に変えた晴に、葵が頷いた。

「とっとと話して帰ろうぜ」

トントン。

 晴が部屋の扉をノックして、声をかけた。

「牧野先輩? ぼくたち、九南高校の1年なんですけど、確認したいことがあって来ました」

返事がない。
 晴が強めにドアを叩く。

 ドンドン、ドンドン。

「牧野せんぱーい!」

またしても反応がない。
 苛立った葵がドアノブを回すが、鍵がかかっていて開かない。葵は乱暴にノブを回しながら、扉を拳で激しく叩いた。

ガチャガチャッ!
ドンドンッ!
 
「開けろよ!」

扉が壊れそうな勢いに、麗は顔をひきつらせた。

……借金取りみたい。
 
 ドンッ!

 中から、扉を叩く力強い音がした。

「うるさい!」

くぐもった怒鳴り声。

「いるじゃねえか」
「先輩、開けてくださいよ」

葵と晴がまたドアを叩こうとすると、刺々しい声が返ってきた。

「誰だよ、おまえら。こっちは話すことなんて何もねえよ。帰れ!」

葵の顔が歪む。

「いい度胸してんじゃねえか」

ボキボキッと関節を鳴らし、正拳突きの構えをとった。

「ま、待って! さすがにそれは駄目!」

麗は扉を守るように慌てて両腕を広げ、扉に向かって話しかけた。

「乱暴なことをしてすみません。学校のウラアカのことで、来たんです」

ガタッと物音がする。

「……牧野先輩が、ウラアカを作ったんですよね?」

問いかけると、しんと静まった。
物音ひとつ聞こえない。
 麗が扉に耳を近づける。

その途端。

わずかに扉が開いた。
 扉の隙間から、黒ぶち眼鏡をかけた面長の顔が半分だけ見えた。

「……何でおまえらが」

浩平が目を見開き、警戒と不審の眼差しを向けた。

「ぼくたちのこと、知ってるみたいですね。ウラアカ運営してるんだから、当然か」

晴が口角を上げる。
 
「今すぐウラアカ削除しろ」

葵が扉を掴んで強引にこじ開け、薄暗い室内に足を踏み入れた。

「な、何言ってんだ」

顔をひきつらせた浩平の視線が、一瞬だけ背後のデスクトップパソコンに向く。
葵の後ろから入ってきた晴が、パソコンの画面を覗き込む。

「初対面のくせに、ウラアカ作っただの、削除しろだの、意味わかんねえよ!」

浩平は慌てて画面を隠し、目をつり上げた。

「説明する必要ねえだろ」
「とっとと削除してくださいよ。いらないでしょ、あんなもの」

葵と晴が冷たい眼差しで浩平を見下ろす。

「嘘か本当か分からない噂話だらけだし、隠し撮りされて憶測で嫌なこと投稿されるし、本当に困ってるんです」

2人の後ろから顔を出した麗が訴えた。

「そんなん知るか!」

浩平はパソコンの電源を落として声を荒げた。

「ウラアカのせいで、傷つく人がいるんです」

声が震える。
 それでも、目を逸らさず、一歩近づく。

「お願いします。削除してください」

振り向いた浩平の眉がわずかに動く。奥歯を食いしばると、机の横に飾ってあるモデルガンを手に取った。

「おまえら、出てけ!」

葵が鼻で笑うと、浩平は安全装置を外して銃口を葵に向けた。

「改造銃だからな! 馬鹿にしてると痛い目みるぞ」

葵が眉を寄せ、麗は息を呑んだ。

「脅しじゃなさそうだね。帰る前にひとつ聞きたいんですけど、牧野先輩、自分が噂されてるって知ってました?」

晴は両手を上げて肩をすくめた。

「それがどうした」

晴に銃口を向ける。

「先生に、書類を改ざんさせたんじゃないですか?」

銃口が一瞬下がる。すぐに両手で持ち直し、晴に照準を合わせた。

「……おまえら、さっさと出てけ! まじで撃つぞ!」

銃を構えたままじりじりと近づいてくる。

「てめえ、調子乗ってんじゃねえぞ!」

銃を奪おうとする葵を、晴と麗が止め、部屋の外に出た。

 バタン!

 扉は勢いよく閉められ、すぐさま鍵がかけられた。
 葵は怒り任せに、扉を拳で殴ると、舌打ちをして階段を駆け下りる。
浩平の母の横を葵は無言で通りすぎ、リビングを出ていった。

「あの子、怒らせるようなこと言っちゃったかしら? よかったらこれだけでも食べていって。あの子の大好物でね、とってもおいしいのよ」

2階から下りてきた晴と麗に、浩平の母が眉を八の字にして話しかけた。

「ありがとうございます。持って帰りますね」

シュークリームをひとつ取ると、晴はさっさと玄関に行った。

「頂きます。お邪魔しました」

麗は頭を下げながら、葵の分のシュークリームも持って、急いで靴を履いた。
 外に出ると、門の前でふてくされた顔で立っている葵が、麗の手からシュークリームを奪って大口で頬張った。
 既に食べ終わっていた晴が、口の回りを舐めて満足気な笑みを浮かべた。

「さすが、行列ができる人気店。うまいね」

葵が手に付いたカスタードを舐めて呟いた。

「まあまあだな」   

呆れ顔の麗は、カーテンが閉まっている2階の窓を見上げた。

「麗ちゃん、行くよ」

数歩先を行く晴が手招きをしている。麗は早足で追いかけた。

 カーテンがわずかに揺れ、人影が通りすぎた——。


 空一面が茜色に染まる頃。
葵が濡れた髪をタオルで拭きながら、リビングの椅子に腰かけた。
唐揚げを揚げている麗の後ろ姿をぼうっと眺める。

「あっ!」

ソファに寝転んでいた晴が、大声を出して飛び起き、スマホの画面を凝視した。

「何だよ、うるせえな」

顔をしかめて耳をふさぐ。

「これ、麗ちゃんじゃない?」

盗撮動画の販売サイトに表示されている、動画のサムネイルを指差した。
更衣室で、体操服に着替えている数人の生徒の中に、麗の姿が小さく映っている。
 葵の眉間に深い皺が刻まれる。

「クソがっ!」

肩にかけていたタオルを床に叩きつけ、怒りを露わにした。

「な、何っ?!」

山盛りの唐揚げを運んできた麗が、驚いた拍子に危うく皿をひっくり返しそうになる。

「麗ちゃん、大丈夫?」

晴が慌てて支えた。

「あ、うん。急に怒り出して、どうしたの?」

葵はいぶかしげな表情の麗から目を逸らし、晴のスマホを睨みつけた。
晴が動画のサムネイルを麗に見せ、眉を寄せた。

「どこで撮影されてるのか調べようと思って、サイト見てたんだけど。そしたら、さ」

画面に映る自分を見つけた麗は、背筋がぞっとした。

「う、映ってる……」

 私も、被害者だった……?
 足元が崩れ落ちて、底の見えない穴に落とされたような絶望感。
遅れて込み上げてくる恐怖と怒り。呼吸が乱れ、指先が震える。

 
「ふざけやがって」

髪をぐしゃっとかきあげる葵に、麗はちらりと視線を向けた。

 ……何で、葵が怒ってるの?
 
少しだけ、心が軽くなる。
 
「サムネイルだけでも、撮影場所は分かったよ。更衣室、部室、教室、それに、トイレ。カメラしかけてるの、女だろうね」
「見せて」

晴からスマホを受け取った麗は、指を動かしながら縦に並んでいるサムネイルを凝視した。

「こんなにたくさん? ……あれ?」

麗は目を凝らした。

「教室の動画、ほとんど私たちのクラスだ」

一気に血の気が引く。

「足しか映ってないのに、分かるの?」

晴が首をかしげる。

「上履き、靴下、鞄、どれも見たことあるのばっかり」

頭の中に、クラスメイトたちの顔が浮かんでは消える。

「他のやつの上履きとか鞄とか覚えてんのかよ。キモイな」 

葵がスマホを奪い取り、晴に放り投げた。

唐揚げ投げつけてやろうか!

 麗は拳を握りしめて、葵を睨みつける。

「……1年3組に、犯人がいる?」

顎に手を当てて考え込んでいた晴が、ぼそっと呟く。

「いや、でも他の教室の動画もあったし、断言はできないでしょ。教師が犯人の可能性もあるし……」

麗は自分で言いながら、恐ろしくなった。

同じクラスに犯人がいるなんて、思いたくない。
教師が犯人っていうのも、信じられない。
 けど、内部犯は濃厚。

 足元から一気に体が冷える。
 嫌な汗が背中を伝う。

——このままじゃ、被害者が増える。
 私にできること……。

「そうだ。私が囮になる!」

麗は箸を握りしめ、頷いた。

「何言ってんだよ」
「どうやって囮になるのさ」

葵と晴が呆れ顔を向けてくる。

「販売サイトで、『1年3組の長宮麗の動画が欲しい』って連絡を取るの。そしたら私の席の近くにカメラを隠すはず」

腰に手を当て、自信ありげに胸を反らした。

「駄目だ」
「駄目だよ」

葵と晴の声が揃った。

「何で? 良いアイディアなのに」

口をとがらせてあきれ顔の2人を見る。

「個人名出すとかアホか」
「怪しまれて、余計に警戒されるよ」
「じゃあ、どうするの? 早く見つけないと、被害者が増えてくし、公になったらまずいよ」

イライラしながら、箸で机を叩く。

「犯人を捕まえるよりも、サイトを削除した方が早いよ。牧野浩平に、ウラアカと一緒に販売サイトも削除させればいい。ハッキング歴あるなら、それぐらいできるでしょ」

晴は人差し指を立てて、自分のスマホを指差した。

「そんな簡単にやってくれるとは思えないけど」

銃を向けてきた浩平を思い浮かべた麗は、首を捻った。

「脅せばやるだろ」

不敵に笑った葵が、指の関節を鳴らす。

「それは駄目! 暴力反対!」

麗は首を横に振って、顔の前でバツ印を作った。

「アオはすぐ暴力に走るんだから。ぼくみたいな優しさも必要だよ」
「腹黒のくせに何言ってんだよ。おまえのせいで殴り合いになった女どもを、嘲笑ってただろうが」
「そんなことあったっけ?」

人畜無害な柔らかい笑顔に、誰もが騙される。

 かくいう麗も、6年前、鹿島家に来てすぐ騙された。

「麗ちゃんの味方はぼくだけだからね。アオにひどいこと言われたら、ぼくに言ってね」

晴の前では、強張っていた表情が緩んだ。あの笑顔に救われていた。
……本性を知るまでは。

 鹿島家に来て間もない頃。
葵の部屋を掃除中、ロボットのプラモデルを落として、腕が取れてしまった。
 咄嗟に晴の顔が浮かび、壊れたロボットを見せた。

「大丈夫だよ。ぼくがやったことにしてあげる」

あの笑顔を信じた。
——なのに。

晴は葵に、粉々になったプラモデルを渡して、麗がやったと言ったのだ。
葵は顔を真っ赤にして怒鳴りながら、プラモデルの破片を麗に投げつけてきた。
そして、扉の外。
晴は三日月型に目を細めて、愉快そうに笑っていた。
 
 その瞬間、理解した。
……騙された。

暴力的で威圧的な葵と、腹黒ドSの晴は、まさしく最恐最悪の双子だ。
 北風と太陽だと思っていたのに、まさか太陽が暴風雨になるなんて誰も思わない。

 そうだ。北風じゃ駄目なら……。

「私が太陽になる!」
「「はあ?」」

目を瞬かせる葵と晴に、麗はにんまりほくそ笑んだ。