アオハルな恋とウラらかな復讐

 校庭に行くと、カレー作りの準備が既に整っていた。生徒会と教師陣が10点満点で全チームのカレーの出来を判定し、1位から3位までポイントが付与されるようだ。
 カレー作りは、弘人と賢一が主導権を握った。スパイスや果物を使って、2人は妙な対抗心を燃やしている。
 その結果、手持ち無沙汰になった女子たちに、麗たちはあっさり囲まれた。

「麗さんのこと、本当に溺愛してるんですか?」

杏奈が目を輝かせる。

「何の話だよ。くだらねえ」
「麗ちゃん、人気者だね」

晴が笑い、葵は露骨に顔をしかめた。

「前髪上げた写真、もう一回!」
「私も見たい!」

佳奈と彩夏がじりじり迫ってくる。

「いや、それは……」

後退りをする麗の腕を葵が引っ張り、代わりに晴を佳奈たちの前に突き出した。

「こいつを撮れ」
「えっ」

困惑する晴を尻目に、葵は麗の腕を掴んで走り出した。

「ど、どこ行くの!」

少し汗ばんでいる葵の手から、熱が伝わる。
 校舎へ駆け込み、屋上まで連れていかれた。 
立ち入り禁止の立札をどかし、鍵を取り出して扉を開ける。

理事長から鍵もらったの? 案外、甘やかされてるじゃん。なんか、むかつく。 
でも……。少しだけ、羨ましい。

解放された扉の向こうから吹き抜けてきた風が、頬を撫でた。

フェンスに寄りかかって座った葵が、顎でこっちにこいと合図を送る。
向かいに座ると、生徒達のはしゃぐ声と、カレーの匂いが漂ってきた。

「何やってんだよ」

屋上の風の中、葵が眉をひそめる。

「顔、見られただろ」

責めるようでいて、どこか違う。

「別にいいじゃないですか。葵さまの命令には、背いていません」
「よくねえ」

顎を掴まれ、強引に目を合わせられる。睨んでいるのに、葵の眉尻は下がっている。

葵じゃないみたい。こんな表情、初めて見る……。

「“さま”やめろ。アオって呼べ」
「はい? 命令に従ってるだけなんですけど」

じとっとした目で葵を見る。

「うるせえ」

葵は舌打ちをすると、雑に手を離して腕組をした。

「もしかして、恥ずかしいとか?」
「なっ! バカ! そんなんじゃねえよ」

顔を赤くして怒鳴り、そっぽを向いてしまう。明らかに図星だ。

「敬語もいらねえ」

まさかの呼び捨て希望⁉ 意味わかんない。
 葵の顔が夕陽に染められる。
夕陽を映した瞳がやけに綺麗で、不覚にも見惚れてしまう。
 
「アオ」

呟くように、名前を呼ぶ。
——トクン。
胸が、小さく跳ねる。

「俺の命令は絶対だからな」

立ち上がり、満足そうに口角を上げて麗を見下ろす。
そのまま屋上から出て行った。
 
 いつもの葵じゃない。
 胸の奥が、ざわつく。不快感とは違う、じんわりと温かさが滲む感覚。

「こんなの、知らない……」

1人残された麗は、扉を呆然と見つめた。

 葵が扉を開けると、すぐそこに晴がいて手を振ってきた。

「何でおまえがいるんだよ」
「なんとか切り抜けてきたんだよ。ひどいじゃないか。ぼくのことだしに使って」
「別にいいだろ」

階段を下りようとする葵の肩を晴が掴み、葵は面倒くさそうな顔で振り返った。

「何で急に呼び方変えて、タメ語にしろなんて言ったの?」
「覗きか? 趣味悪いな」 
「聞こえちゃっただけだよ。……アオさ、麗ちゃんのこと、好きなんでしょ」

張り付いた笑みを浮かべる晴に、葵は舌打ちをした。晴は顔を近づけて耳元で囁いた。

「本気なら、ぼくが手伝ってあげよっか?」
「ふざけんな。おまえの魂胆丸見えなんだよ」

葵は晴を押しのけ、階段を駆け下りて行く。
その後ろ姿を見ながら、晴は苦笑した。

「バレバレか」

——手伝ってるふうを装いながら、麗ちゃんを手に入れる。その後、麗ちゃんをポイ捨て。アオの悔しがる顔も、麗ちゃんの絶望も見られる。

――麗ちゃんも壊して、アオも壊す。
もっと、壊れた顔が見たい。

「ぼくの欲望、満たしてよ」

三日月形に細められた目に、絶望で歪む麗と葵が映る。
晴が扉を開けて屋上に出ると、目の前に麗がいた。

「は、晴、くん?」

驚きの表情で晴を見つめる。

「ちょっといい?」

自他共に認める天使のスマイルを浮かべる。

「もう戻らないと」

通り過ぎようとした麗の行く手を阻み、扉をしっかり閉める。

「アオとは2人きりで話して、ぼくとは話してくれないの?」

笑みを崩さないまま、迷惑そうに顔を歪める麗を見つめた。

「そういうの、杏奈先輩達に言ったら喜びますよ」
「麗ちゃんは、もう喜んでくれないんだね。昔の純情な麗ちゃん、可愛かったなあ。でも……」

晴は一歩近づき、麗の前髪をそっと持ち上げる。
重苦しい前髪のカーテンが開かれる。
長くてふさふさのまつげに、二重瞼で薄茶色の大きな丸い瞳があらわになった。

「今は、すごくきれいになった」

麗の目をじっと見つめて、微笑む。

杏奈たちなら失神しそうな距離感とセリフ。
でも、笑顔の裏に潜む晴の本性を、私は身をもって知っている。

「やめてください」

晴の手を振り払って前髪を元に戻す。

「ねえ、ぼくもアオと同じがいいな。ハルって呼んでみて。敬語もなしね」

覗いてたの? 趣味悪い。

「……命令ですか?」
「うん。命令」

威圧感のある笑み。

「ハル」

溜息をついて、小さく口を開く。

「よくできました。おりこうさんだね」

晴はふふっと笑うと、麗の頭を撫でる。
さあーっと風が通り過ぎる。麗の重たい前髪が、ふわりと浮く。
薄茶色の瞳に、橙色の夕陽が反射して煌めく。晴は目を瞠って、麗の瞳を見据えた。

「ぼくだけのモノに……」

その呟きは、風にさらわれて麗には届かなかった。


色々なカレーの匂いが入り混じるなか、惜しくも2位になった弘人と賢一のカレーを食べた。
 さすが2位だけあっておいしかったが、麗は味をゆっくり楽しむ余裕がなかった。

「麗さん、ハルさまとアオさまと、いつから一緒に住んでるの?」
「下僕って言ってるけど、家では可愛がられてんでしょ?」
「2人のオフショットとか、撮れたりしない?」

次々飛んでくる質問に辟易し、麗はカレーをかきこんだ。

 麗が片付けをしている間に、男子たちはテントを張り、女子たちは体育館へ寝袋を運びに行った。
一足遅れた麗が校庭に戻ると、壇上の澪が最後のミッション、肝試しの説明を始めていた。

「男女ペアで校舎内を回り、ポイントを集めてもらいます」

澪の微笑みに、ライトの影が落ちる。

「最後におみくじを引いてください。運試しです」

整った笑顔が、やけに不気味だった。
澪が壇上から降りると、生徒たちはざわつき始めた。

「佳奈さん、彩夏さん、ここは私たち3人でジャンケンしない?」

杏奈の問いかけに、佳奈と彩夏は頷くと、麗に目を向けた。

「あんたは、2年男子とペアになってよ」
「アオさまとハルさまは、私たちに譲って」
「どうぞ、どうぞ」

麗が手のひらを上に向けると、杏奈、佳奈、彩夏は、睨みあって拳を握りしめる。
 仁義なきジャンケンが始まる寸前、晴が声をかけてきた。

「くじ作りましたよ」

晴の両手のひらの上に、折り畳まれた紙が4つある。

「男子はもう引きました。同じ番号同士ペアになるんで、女子の皆さんも引いてください」

有無を言わせない晴の笑顔。杏奈たちは表情を緩め、手作りのくじをひとつずつ手に取った。残ったひとつを麗が取る前に、晴が開いた。

「4番かあ。ぼく、2番だったよ。残念」

眉を下げる晴に、彩夏が2と書かれた紙を誇らしげに開いて見せ、頬を紅潮させた。

「えー、ハルさまとられたー。サイアクなんだけど。3番って、誰?」

佳奈が唇を尖らせて紙を掲げると、葵は賢一の持つ紙を奪って、自分の紙を強引に握らせた。

「何するんだよ、それ僕の」
「いや、俺のだ」
「はあ? 何言って……」
「うるせえ。俺のだ」

組長譲りの鋭い眼光と、ドスの効いた声に怯んだ賢一は、口を閉じた。
賢一が3と書かれた紙を佳奈に見せる。

「うへえ。ガリ勉かよー」

しかめ面をして、べーっと舌を出した。

「失礼なやつだな。あいつのせいなのに」

賢一は、麗にからんでいる葵を睨みつける。

「1番はおまえか」

弘人が杏奈の持つ紙を見下ろす。

「おまえって言わないで。……ハズレすぎる」

紙をくしゃくしゃに握りつぶす杏奈に、弘人はたじろいだ。

「お、おう。悪かったよ」

杏奈は、はあーと大きな溜息をついて、目を伏せた。

 全ペアの最後に、麗は葵と出発した。
スマホのライトを片手に、真っ暗な校舎を進む。校舎の暗闇は、異世界のようだ。

不気味すぎる。……怖い。

びくつきながら、葵の背中を追う。音楽室の前で足を止めた。中からは、物音ひとつ聞こえない。

「ちょっと待って!」

躊躇することなく扉に手をかける葵を、慌てて止めた。

「何だよ」

振り向いた顔にライトが当たる。いつも以上に迫力のある不機嫌顔に、麗の心臓は震える。

「開けたらすぐ人がいるかもしれないから、慎重に……」
「別にいいだろ。どうせ誰かいるっつの」

ガタガタッ。

 立て付けの悪い扉を開ける音が響く。麗は身構えて体を強ばらせるが、何も出てこない。ほっと胸をなでおろし、スマホのライトで室内を照らす。怯えながら辺りを見回し、くじの入っている箱を探す。

 ポロン。
 
単音が、静寂を裂く。
麗の肩がビクッと跳ねる。

「今の、ピアノ……?」

声が震える。
葵がピアノにライトを当てる。
———誰もいない。
怪訝な顔で葵がライトを動かすと、教卓の上に置いてある赤い箱が照らされた。

「これか」

葵が箱に手を伸ばしたその時。

 「エリーゼのために」が、どこからか聞こえてきた。

「ひっ!」

麗が飛び上がってピアノを照らすが、誰もいない。

「おい! 誰かいるんだろ」

葵が臆せず声を張り上げた。

 すると——。

「がああぁぁぁっ!」

教卓の下から、ゾンビが現れ、麗の足首を掴んだ。

「いやあぁぁぁぁっ!!!」

麗は咄嗟に葵にしがみつき、スマホを取り落とした。ゾンビの腕に直撃し、さっと引っ込んだ。

「お、落ち着けって!」
「ムリムリムリムリ!」

麗は半べそで葵の腕にしがみつき、顔を横に振った。
心臓の音がすぐそばで聞こえる。
自分のなのか、葵のなのか、分からない。
葵は急いで麗のスマホを拾い、箱からくじを取り出して音楽室を出ていった。

「いつまで掴んでんだ」

廊下に出ても腕を離さない麗に、葵は呆れた顔を向ける。だが、声に刺々しさはない。麗はぱっと手を離して、目尻の涙を拭いた。

「そんなに怖いかよ」

葵からスマホを受け取りながら、麗は頷く。

「今だけ、だからな」

葵は背を向けて、ぶっきらぼうに手を伸ばしてきた。

「え?」
「手、貸してやるよ」

差し出された手が、暗闇の中でやけに大きく見える。
麗は戸惑い、手を握るのをためらう。
その時、上階から悲鳴が響いた。反射的に、麗は葵の袖をきゅっと掴む。葵の腕が一瞬、ぴくりと反応した。

「手じゃねえのかよ」

ぽつりとこぼした葵の声は、どこか残念そうだった。


 全ての教室を回り、準備室でおみくじを引いて、ようやく校舎から出られた。
燃え盛るキャンプファイヤーと、生徒たちの笑い声が響く校庭は、別世界に見える。
恐怖で固まっていた心と体が、炎に溶かされていくようだ。
 安堵の息を吐き出し、麗はおみくじを開いた。

『中吉。求めよさらば、真実の扉は開かれん』

「中吉か」

葵に覗き込まれ、おみくじを隠そうとした。だが、今度は晴に見られてしまった。

「良くも悪くもないね。忠告っていうか、お告げみたい」
「おまえの見せろよ」

晴は胸をそらして、葵と麗の前におみくじを広げた。

『大吉。解き放たれよ。新たな縁が結ばれる』

「大吉!」

麗が驚くと、葵は舌打ちをして自分のおみくじをポケットに押し込んだ。

「アオのも、見せてよ。……あっ」

晴が葵からおみくじを奪い取り、開いた途端、固まった。

『大凶。前途多難。本心に素直に従うべし』

「かわいそうに」

ふっと口角を上げ、嘲笑する。

「うるせえ」

おみくじを引ったくると、ぐしゃっと丸めてキャンプファイヤーに投げ飛ばす。炎に呑み込まれ、あっという間に消え去った。
 麗は盛大に燃え上がる炎を背に、おみくじに目を落とす。
 
 真実の扉……。
ウラアカの作成者、盗撮の噂。
父の行方、母の死。
隠された真実、必ず私が暴く。

「先輩からくじを奪ったバチが、当たったんじゃない?」

晴が葵に耳打ちをする。

「関係ねえだろ。……他のやつとペアにさせられるかよ」
「麗ちゃんとちょっとは、進展した?」

囁く晴に一瞥をくれると、葵は背を向けた。
キャンプファイヤーに照らされる麗の横顔が目に入る。
頬が、熱くなる。
炎のせいにして、葵はジャージの袖を握りしめた。

 軽快な音楽が流れ出し、キャンプファイヤーをバックに、ダンス部や、軽音部がオリエンテーリングの締めを盛り上げた。

 生徒達の喧騒から離れた、明かりの届かない校舎裏。
スマホのライトがうろうろと不安定な動きを見せている。

「こっちよ」

ライトが動きを止め、声の方に向けられた。
 壁際に立つ細長い足が照らされる。
ライトが上向きになると、明かりの中に微笑む澪の顔が浮かんだ。
 
「呼び出してごめんなさいね、杏奈さん。いえ、アンアンさん」

杏奈が目を丸くして、口元に手を当てた。

「澪さん! DMの、Misaoってあなただったの?」
「ええ。直接会ってくれて嬉しいわ」

澪が上品に微笑む。

「私、澪さんのファンでもあるの! その美しさは国宝級だよ。お話しできるなんて夢みたい」

胸を打たれた杏奈は、とろけた表情をした。

「光栄だわ。あなたの情報力には助かっているの」
「私ね、MisaoからのDMに、励まされてたの。おかげで、ファンも増えたし、ファンサイトも充実したし。本当に、ありがとう!」

杏奈は首を横に振って、瞳を潤ませた。

「こちらこそ。……それで、長宮麗さんについての情報、あれは事実なのかしら?」

澪は頬に手を添え、ふふっと笑みを浮かべた。

「悔しいけど、アオさまとハルさまが、麗さんを守ってるのは確かだね。でも、きっと、異母妹としてだよ!」

慌てて付け足す杏奈は、うんうん頷いた。

「異母妹……本当に?」

澪の瞳が、静かに細められる。

「そうあってほしいっていうか……。そうじゃなかったら、一緒に住んでるのおかしいでしょ」

杏奈は不安げに目を伏せた。

「そうよね。おかしいわよね」

澪は微笑む。
その瞳の奥には、冷たい光が宿っていた。
——次に壊すものを決めたみたいに。