アオハルな恋とウラらかな復讐

最悪な入学初日。
双子がいる限り、私に自由はない。

麗が肩を落として溜息をついた時、担任の町田恵が教室に入ってきた。
30代前半に見える、線の細い女性教師。目立つ美人顔ではないが、か弱く放っておけない雰囲気がある。

「部活動と委員会活動について説明しますね」

落ち着いた声がふわりと教室を包む。
 私には何の関係もない話。
 私だって、選びたかった。
 なのに……。

麗は恨めしそうな目を双子に向けた。
頬杖をついている葵は、気だるそうに机の下でスマホをいじっている。
晴は隣の席の女子と、くすくす笑いながら話をしている。
目を閉じ、怒りに震える拳を片手で抑えつけた。

 葵の首をネクタイで絞めて、スマホを奪って、晴に投げつけてやりたい。
 ひるんだところを縛り上げて、教壇の上に飾り付けてやる。
写真撮って、学校中にばらまいたらおもしろそうじゃない?

「フフフフ、フフフフ」

麗は口許に手を当て、笑いを堪えた。

 ポン。

頭に何かが当たり、机の上に丸まった紙が落ちる。

『笑うな、キモイ』

ド直球の悪口。下手くそな葵の文字だ。
葵を睨みつけると、声を出さず口を大きく3回動かした。

キ、モ、イ‥…!?

麗は怒りのあまり、机を拳で叩きつけた。
思ったよりも音が響き、教室中の視線を集めてしまった。

「長宮さん、大丈夫ですか?」

担任から、心配と困惑の入り交じった顔を向けられた。

「あ、はい。大丈夫です。すみません……」

麗は顔を真っ赤にしてうつむき、ちらっと葵を見る。

「バーカ」

鼻で笑われる。
晴は後ろの席で、声を押し殺して笑いを堪えている。

 ……永遠のクソガキ! 

 葵が投げつけてきた紙を、ビリビリに破いて手の中に握り込む。
 町田が教室を出て行ってすぐ、ゴミ箱に投げ捨てた。

「長宮さん、聞きたいことあるんだけど」

帰り支度をしていると、いつの間にか席の周りに、クラス中の女子たちが集まり出した。

「な、何ですか?」

鞄をぎゅっと抱き寄せた麗に、女子たちは真剣な眼差しで矢継ぎ早に問いかけてきた。

「下僕って何?」
「同棲してるの?」
「兄妹って本当?」

矢継ぎ早に質問され、頭が追い付かない。

「……兄妹?」

ぽかんとしていると、ひとりの女子がスマホの画面を見せてきた。
写真共有型のSNSのアプリだ。

「九南学院のウラアカ知ってる? ほら、ここ」

双子と麗が校庭を歩いている画像を指さす。
校庭の茂みから撮られたようで、明らかな盗撮だ。
画像の下には、短い文章が綴られている。

『カースト底辺、根暗のキモ女。ツイプリの下僕で、一緒に住んでる。苗字が違うから、腹違いの兄妹か? 格差ありすぎて乙』

麗の胸の中が、ぞわっと沸き立つ。
双子への怒りとは違う。憎しみとも違う。
見えない悪意が、全身を這いずり回る。
不快感と、恐怖がこみ上げる。
……気持ち悪い。

 爪先が冷えていく。
 顔を上げると、好奇心と高圧的な無数の目線に射抜かれる。
 注射針を向けられているような嫌悪感に、胸が疼く。
 
「何してんだよ」
「麗ちゃん、帰ろう」

突然、葵と晴が女子の輪の中に入り込んできた。

「行くぞ」

俯いている麗の腕を葵が掴み、無理矢理立たせた。
 ふっと息が軽くなる。
 掴まれた腕からじんわりと熱が伝わる。

「じゃあね」

晴が爽やかな笑顔で手を振ると、大きな歓声が上がった。

「うるせえ」

葵は片耳を塞ぎ、麗を廊下に引っ張っていく。

「離してください。……痛いです」

葵の手を振り払い、腕をさする。
 助けてなんて、言ってないのに。
 
「そうかよ」

むすっとした表情で、ポケットに手を突っ込んだ。

「麗ちゃん、こんなの気にしなくていいよ」

晴が、ウラアカの投稿画面を見せてくる。

「これ、知ってたんですか?」
「うん。女の子たちから教えてもらったんだ。葵もアカウントフォローしたら?」
「くだらねえ」

葵は眉間に皺を寄せ、麗を見下ろした。

「何であいつらの前で黙ってた? 嘘だって言えよ」
「それは……」

嘘だって言ったら、説明しないといけなくなる。
鹿島家に住んでいる本当の理由を。
それだけは、絶対に嫌。

「ちっ。陰気くせえ顔しやがって」

舌打ちをして歩き出そうとする葵の前に、体格の良い3人の男子生徒が立ちふさがった。

「お前が、鹿島葵だな」

それぞれ柔道着、剣道着、空手着を着ており、胸元には主将の文字。

「だったらなんだよ」

葵は面倒くさそうに、3人を睨みつけた。

「スポーツ特待生なら、部活に入る決まりだろ」

葵よりも頭一つ分高い柔道部主将が、葵を睨み返す。

「弱いやつと群れる趣味ねえよ」

空気が凍り付く。
 人を苛つかせる天才だ。主将たちが怒りに震える。
 ……まずい。

「なめた態度とってんじゃねえぞ」

柔道着主将が葵の襟を鷲掴みにした。

「あっ、ダメです!」

麗が止め間もなく、葵は体勢を低くして相手の懐に潜った。

ビターン!

巨体が綺麗に宙を舞い、床に叩きつけられた。

だから言ったのに。
麗は同情の眼差しを向け、溜息をついた。

「先輩、手加減してもらってよかったですね。アオが本気出してたら、背骨折れてましたよ」

晴は薄ら笑いを浮かべ、痛みに顔をしかめている柔道部主将を見下ろした。
他の2人の主将は、青ざめた顔で葵を見つめた。

「俺に勝てたら入ってやるよ」

馬鹿にした顔で鼻を鳴らす。
 いつの間にか集まっていた1年生の集団から、歓声と拍手が起こった。

「おまえら、何見てんだ!」
「散れ!」

剣道部と空手部の主将が怒鳴ると、1年生たちは委縮して散っていった。

「……くそっ」

柔道部主将は葵をひと睨みすると、悔しそうに表情を歪めた。

「早く帰りましょう」

これ以上面倒ごとを起こすのはまずい。

 麗は葵の背中を押して、そそくさと階段を下りて行った。
 晴がちらりと振り返る。
 一瞬、廊下の柱の影に隠れる人影が見えた。

「……退屈しなさそう」

 晴の口角がにやりと上がる。

柱の影では、新聞部の部員が興奮した目でシャッターを切った。

「これは良い資料になりそうだ。早くあの方に報告しないと」

ニヤリと笑みを浮かべ、深緑色のネクタイを興奮気味に揺らしながら、階段の方へ消えて行った。


 翌朝。
校舎に入ると、昇降口付近に大勢の生徒の人だかりができていた。生徒達が葵と晴に気づくと、まるで海を割るように道ができた。開かれた道の先には、掲示板があり、校内新聞が貼られている。

『1年が3年を背負い投げ⁉ 柔道部主将面目丸つぶれ!』

目立つタイトルの下に、葵が柔道部の3年生を背負い投げしている瞬間の画像がある。

いつの間に、こんなの撮られてたの? 校内新聞に載るなんて……。

いい気味なのに、胸がざわつく。

「アオ、おめでとう。校内新聞デビューだね」

皮肉交じりの拍手を送る晴。葵は新聞をはがしてぐしゃぐしゃに丸めた。非難の声を上げる生徒達を睨みつけた葵は、階段横のゴミ箱に放り投げた。

 ブブッ。

麗、葵、晴のスマホが同時に震えた。

『3人、今すぐ理事長室に来なさい』

グループチャットに届いた理事長からのメッセージ。ただの文字なのに、怒りが滲んでいる気がする。麗の顔から血の気が引いていった。

叱れるのを覚悟していたが、理事長は穏やかな笑みで出迎えてくれた。
麗は胸を撫で下ろす。だが、葵と晴はソファに座ろうとせず、気まずそうな顔で立ったままだ。理事長は校内新聞を弾いて床に落とし、葵に笑顔を向けた。

「アオくん。記事の内容は、事実かな?」

葵は目を泳がせて、頷く。理事長は席を立ち、新聞を踏みつけた。ぐしゃっと新聞にしわが寄る。

「気を付けてもらわないと困るな」

葵の肩に手を置くと、理事長の顔からすっと笑顔が消えた。葵は顔を強張らせ、頭一つ分高い理事長を見上げた。

「君のわがままを通すのに、私がどれほど神経を使ったか」

氷のように冷たい視線に、恐怖を促す重低音ボイス。

やっぱり、理事長は裏社会の人間だ。

葵だけでなく晴も怯えているのか、いつもの笑みが引きつっている。

「問題を影ながら解決するべき君たちが、問題を起こす側になってどうする」

理事長は腕組をすると、表情をやわらげ、教育者らしい顔つきに戻った。

「麗さん、君は2人の世話係だろう? 今後、このようなことがないよう気を付けてくれ」

下僕扱いされている私にどうしろと? 
 抗議したかったが、理事長の恐ろしさを知ってしまった今、素直に頷くしかなかった。

「問題の種を持ち込んでしまった君には、ペナルティを与えないといけない」

すっと目を細め、葵に指を突き付ける。

「ペナルティって、何だよ」

葵が顔をしかめ、たじろぐ。

「柔道部、剣道部、空手部の大会で、助っ人として出てもらうよ」

理事長は人当たりの良い笑みを浮かべた。

「はあ⁉ 何だよ、それ。めんど……」

理事長が一瞬、鋭利な目線を向ける。葵は、目を逸らして口をつぐんだ。

「非公式の学院アカウント、知っているかい?」

スマホ画面を3人に向けた。

「学院にとって害でしかない」

投稿には、噂、盗撮、虚偽情報——。
 放置すれば、学院全体が不安に飲まれる。理事長の立場も危うくなる。

「ウラ風紀委員、初任務だ」

理事長の鋭い視線が突き刺さる。

「作成者を突き止め、削除させなさい」

なに、そのミッション。初任務にしてはレベル高くない? アカウントなんて、顔も見えないのに。

「……面倒すぎる。外部の人だったらどうすればいいのさ」
「その時はこちらで処理する。内部ではない証明をしてくれたらいい」
「それ、一番ムズイやつじゃん」

晴が、半目で唇を尖らせる。
 
学生の域を超えてる。裏社会の手駒だって勘違いしてるんじゃないの?

 眉をひそめると、葵が嘲笑を浮かべて斜に構えた。

「フク兄がいるだろ」
「そうだった。フクロウくんに頼もう」

晴が笑顔で指を鳴らす。
情報屋——フクロウ。浮世離れしたウラの人間。
裏社会の人巻き込んで大丈夫なの?

「方法は問わない。だが、“ウラ”で粛々と頼むよ」

理事長は新聞を拾って、握りつぶす。

「例え、相手が素直に応じなかったとしても」

にっこり微笑む理事長と目が合う。麗の背筋が凍り、ぶるっと震えた。

カメラを持った小柄で眼鏡をかけた男子生徒が、辺りを窺いながら生徒会室の扉をノックした。

「失礼いたします」

扉を開けると、窓際の席に座る女子生徒が柔らかく微笑む。
机の上には、「生徒会室 佐沖澪」と記されたプレートが置いてある。澪の紫紺色のリボンには、クラウン型の金色のバッジが目立っている。

「あら、新聞部の部長さん。記事、読ませてもらいました。素晴らしいスクープでしたね」
「あ、ありがとうございます! 佐沖会長にお褒め頂き、光栄です!」

頬を染めて、勢いよく頭を下げた。

「私の方が後輩ですよ。そんなにかしこまらないでください」

新聞部部長が頭を上げると、澪の顔が窓からの日差しで逆光になり、眩しさに目を細めた。

「い、いや、学校のトップにそんな、滅相もない」
「……本当のトップは、理事長です。私は部長さんのように、協力してくださる生徒たちに支えられているんです」

澪は立ち上がると、新聞部部長と目線を合わせた。

「規律を乱す生徒のことを、公にしてくれありがとうございます」
「あのっ、そのっ……!」

顔を真っ赤にしてのけ反る新聞部部長に、澪は囁いた。

「新聞部の予算、調整しておきますね」
「あ、ありがとうございます!」

新聞部部長はへこへこ頭を下げながら、生徒会室を出て行った。
 扉が閉まると、澪の顔から笑みが消える。
 後ろを振り向き、壁にかけられている生徒会スローガンを口にした。

「公平は、規律によって守られる」

澪はスマホに目を落とし、口元をわずかに緩めた。

「情報も人も使い方次第。……独立不羈。私の正義は揺らがない」

窓を開けて、澪は手のひらを出した。
 風に乗った桜の花びらが一枚、手の中に入り込む。
 それをきゅっと握りしめる。
 手を開くと、花びらはまるで、次の標的を探すように舞い上がった。