アオハルな恋とウラらかな復讐

 『文化祭まで残り1ヶ月』

 昇降口に大きく貼りだされた貼り紙。
 その横に掲示された校内新聞の前に、人だかりができている。
 人混みを掻き分ける麗の腕を、葵と晴が引っ張り、ようやく顔を出すことができた。
 
「今年の優勝賞品は、理事長特別権限?」

見出しを読んで首を傾げると、晴が補足した。

「理事長が願いをひとつ、何でも叶えてくれるらしいよ。よくオーケーしたなあ」
「何でもって、本当に叶える気あんのかよ」
「生徒の期待は裏切れないでしょ。理事長の体面もあるし。どんな願いでも、叶えざるを得ない」

一面の右上に載っている澪の写真を見据える。

「生徒会長、やるね」

澪のインタビュー記事が、麗の目に飛び込んできた。

『来客数と、投票数が一番多いクラスに、優勝賞品が贈られます。
 競争は努力を可視化します。皆さんの本気が見られるのを楽しみにしています』

——やっぱり、競争だ。クリーン運動みたいには、ならないよね?

 一抹の不安が、麗の胸に広がる。それを振り払うように、頭を振った。


 教室に入ると、葵と晴の周りに、クラスの大半の女子たちが集まってきた。 
 輪から弾かれた麗は、自分の席から黄色い声に耳を傾けた。

「アオさま、ハルさまがいれば、うちのクラス、優勝間違いなしだよ」
「アオさまとハルさまが、目立つものがいいよね。何がいいと思う?」

キラキラした目が、葵と晴に集中する。

「どうでもいい」

顔をしかめる葵とは裏腹に、晴はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「こういうの、どうかな?」

声を小さすぎて、麗には届かない。

「キャーッ、それ最高!」

女子たちが一斉に耳をつんざく歓声を上げた。
 葵が珍しく焦った顔で、何か反論をしている。

 晴は一体何を言ったの?
嫌な予感がする……。

 ホームルームの時間になっても目白は来なかった。その代わり、チャイムが鳴ったと同時に、壇上に委員長が立った。ざわめくクラスメイトたちを見回し、委員長は芝居がかった口調で声を張り上げた。

「僕は、目白先生から託された!」

ざわめきが落ち着く。

「文化祭の出し物を決めるようにと!」

拍手と歓声が沸き起こった。

 面倒くさいから、委員長に任せただけじゃ……。
 
 欠伸をしてぼさぼさの頭をかいている目白の顔が浮かんでくる。

「1年生が優勝したことは、かつてない。だが、今年の優勝候補はうちのクラスだ。絶対優勝して、理事長から願いを叶えてもらうぞ!」

眼鏡のがり勉のイメージしかなかった委員長が、こんなにも熱い人だったとは。

「おーっ!」

クラスメイトたちはぎらついた目で拳を突き上げた。

 一体、理事長にどんな願いを叶えてもらうつもりなのか。

 異様な熱気に包まれたクラスメイトたちから、麗は思わず一歩引いてしまう。

「早速、出し物を決めよう。どんどん案出して」

チョークを手にした委員長が言った途端、女子たちが勢いよく手を上げた。委員長に指されたひとりが席を立つ。

「男装、女装喫茶がいいです。ていうか、これ一択!」

他の女子たちが力強い拍手を送った。

「い、一択? 他の案は」

たじろぐ委員長に指を突きつけ、得意満面に言い放った。

「絶対、これしか勝たん!」

そうだ、そうだと拍手喝采の女子たちに、男子が反論の声を上げた。

「はあ? そんなの何がいいんだよ」
「喫茶店するなら、普通にやれよ」

女子たちが席を立ち、矢継ぎ早に異議を唱えた。

「普通じゃだめ!」
「優勝するためにはプラスの要素が必要なの!」
「男子、よく考えて。アオさまとハルさまのメイド姿を!」

男子たちは宙に目を向け、想像を膨らませる。

「兄は、黒髪ロングのツンデレタイプ……」
「弟は、茶髪ゆるふわツインテールで、あざとかわいい系……」

委員長も含め、男子たちはぼうっとした顔で、口元がにやける。

 想像するが、麗は背筋が凍って、鳥肌が止まらない。

「男装、女装喫茶、いい! これで決まりだ」

委員長がチョークで黒板に書き始める。
 
「待て! 何がいいんだよ」

葵が慌てて立ち上がった。

「じゃあ、多数決とろう。賛成の人」

委員長が言い終わらない内に、葵と麗以外の全員が手を上げた。

 えー……。みんな、正気?

 麗は肩を縮こまらせた。

「鹿島くん、これはしょうがないよ。他にみんなが納得できる案があるなら聞かせて」

委員長の瞳が、きらりと光る。

「そんなのねえよ。俺は絶対、女装なんてしないからな!」

肩を怒らせる葵に、晴が微笑みかけた。

「しょうがないなあ。じゃあさ、アオは女装しないで、ウェイターで接客頑張るのでいい?」
「女装よりはましだけど、めんどくせえ」

葵の目線が麗に移る。強張った顔の麗と目が合う。葵はそっぽを向いてぼやいた。

「あいつの前で、腑抜けた格好できるかよ」


葵と晴への期待が高まり、2人の周りには一日中クラスの女子がいた。
 放課後になると、葵は疲れ切った顔で深い溜め息をついた。

「おまえのせいだからな。しょうもない提案しやがって」

葵が鬼の形相で晴を睨む。

「半分冗談だったんだけどね。でも、麗ちゃんの男装楽しみだな」

全く、何も、楽しみじゃない。裏方希望だったのに、晴のせいで強引に接客に回された。
 男装して接客とか、恥ずかしすぎる。
 せっかくの文化祭が憂うつだ。

 麗のポケットで、スマホが震える。
 開くと、フクロウからメールが届いていた。

『カメラのデータ、復旧できたよ』

短い文面に、ダウンロード先のURLが添付されている。

「さすがフクロウさん。仕事が早い」

晴がスマホを覗き込む。

「転送して。ぼくのパソコンで見てみよう」

晴の部屋に集まり、データを順番に確認していく。
 授業風景。
カメラを隠す葉山。
回収したカメラを町田に渡す葉山。
 誰もいない薄暗い教室で抱き合う町田と葉山。
 荒い画像だが、なんとなく顔が分かる。

「胸糞悪いな。とっとと飛ばせよ」

葵が晴からマウスを奪う。動画の最後の方まで再生ボタンを動かす。
 誰も映っていない暗闇が続く。
 小さな光が見え、葵は手を止めた。

「誰か来た」

麗と晴も目を凝らして画面を見つめる。
 スマホのライトを頼りに、長髪の人影がカメラに手を伸ばす。
 ライトの影になって、顔が見えない。紫紺色のリボンが光に照らされた。

「これ、3年生のリボン!」

麗は目を丸くする。
 画面の端に、長い黒髪が映り、映像は途切れた。

「顔映ってないのかよ。誰だよ、こいつ」

葵が苛立つ。
 晴は同じ場面を何度も見返す。マウスから手を離すと、椅子の背もたれに首を預けた。

「ふーん。……やっぱりね。突っついてみるか」

瞳の奥に、獲物を捕らえる愉悦の色が浮かんだ。

 
襖で仕切られた料亭の一室。
理事長の次郎は、上座の義兄、鹿島恒一に酌をした。
次郎の横に座る目白は、空いたお猪口を向いの体格の良い男に突き出した。

「メジロさん、いい飲みっぷりですね」

男は酒を注ぎながら、口角を上げる。

「クロサギよう、ガキのお守りやったことあっか? 飲まなきゃやってらんねえよ」

ぐいっとお猪口をあおる目白の顔が、少し赤い。

「悪いな、メジロ。報酬はたんまりはずんでやるからよ」

口角を上げた恒一の顔が、晴にそっくりで、目白は口をへの字に曲げた。
恒一がお猪口を置いた。

「大熊組が、動き出している」

次郎とクロサギは背筋を伸ばす。目白は刺身をひと切れ口に入れた。

「現組長の大熊龍之介、卑劣なやつですよ。警戒しておかないと」

クロサギの三白眼が、鋭く光る。
 恒一は鼻で笑い飛ばす。

「あいつは小物だ。俺らの敵じゃねえ。けどな、次郎」

次郎はごくりと唾を呑み込む。

「学院は狙われてる。大熊の娘から目を離すな」
「はい。……文化祭に大熊も来るかもしれません」
「なら、俺も保護者として出向くか」

次郎とクロサギは目をみはり、目白はむせこんだ。
 恒一は腕組をして、不敵な笑みを浮かべた。

「葵と晴を表に出して、大熊を牽制する」
「義兄さん、アオくんとハルくんには、ウラで動いてもらった方がいいんじゃないですか?」
「学院は鹿島の庭だって、見せつけてやらねえと」

お猪口を傾ける恒一。次郎の顔に不安の二文字が浮かぶ。

「そんなことしたら、アオくんとハルくんが危険なんじゃ……」
「心配すんな。当日は俺もいる。メジロもいるしな」

目白は仰々しい溜め息をついて、メニューを手に取った。

「ガソリンがないと無理だ。一番高い酒、頼んでやる」
「おう。気が済むまで飲め」

恨めしそうな目白の視線を、恒一は払いのけた。


 翌日、登校して早々、麗は葵と晴と理事長室に来ていた。

「おじさん! どういうことだよ」

憤る葵の背後から、麗は困ったような表情の理事長に目を向けた。

「君たちのお父さんからの指示でね。悪いけど、ぼくには拒否権ない」

肩をすくめる。

「ステージ、おもしろそうじゃん」

晴がなだめるように葵の肩を叩く。

「目立ちたがり屋め。おまえだけ出ろよ」
「そういうわけにはいかないよ。父さんからの指示なんだし」

2人とも、ご愁傷様。ステージ頑張って。

 内心ほくそ笑んでいると、葵に肩を掴まれ、理事長の前に押し出された。

「え、ちょっと、何?」
「3人だ。こいつもいいだろ?」
「いやいや、私は、無理! 2人で十分でしょ」
「おまえが出ないなら、俺も出ない」
「わがまま!」

理事長は唸り声をあげ、しばらく考え込む。

 お願いします! 駄目だって言って!

「……まあ、いいか。なんとかなるだろう」

麗の願いは届かず。頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「何で、こんなことに……」
「麗ちゃん、3人で頑張ろうね」
「逃げんなよ」

2人に両肩を掴まれ、顔面蒼白になる。
 足元が崩れ落ちる感覚に、血の気が引いていった。


「2人とも、先に行ってて」

理事長室を出ると、晴はそう言って軽い足取りで階段を駆け上がっていった。

「鹿島晴! 何でここに?」

2年1組の前で、牧野とばったり出くわした。

「ちょうどよかった。生徒会長、同じクラスですよね?」
「……そうだけど」

不審がる牧野の後に続いて教室に入った途端、ざわめきが広がった。

「佐沖先輩、いますか?」

晴に名前を呼ばれ、澪は卒倒しそうになる。平常心を保ち、柔らかい笑みを浮かべた。

「何か、用かしら?」

「カメラの落とし物、誰のか分かりました」

晴の目の奥が笑っていない。

「……そう。よかったわね」

澪の細い眉がわずかに動く。

「何のことか、聞かないんですね」
「言い間違えたかと思って、あえて聞かなかっただけよ」

花が開くように、ふわりと上品に微笑む。

「てっきり、気付いてるんだと思ってました。あれが、隠しカメラだって」

被せるように、晴はめいっぱいのプリンススマイルを浮かべた。

「隠しカメラ?」

牧野の眉がピクリと動く。

「何のことかしら」

澪の鉄壁の笑顔は崩れない。晴はスマイルを保ったまま、澪にだけ聞こえるように、声を落とした。

「あんたのでしょ」

肉食獣のようにぎらついた眼差しで、澪を射抜く。

「いいえ。その確信はどこからくるのかしら」 

澪はえくぼを作って、顎に手を添えた。

「認めたら教えますよ」

飾らない低い声が、澪の鼓膜を震わせる。

「……もうすぐチャイムが鳴るわよ。教室に戻ってね」

口元に力を込め、清楚な笑顔を維持した。

「簡単にはいかないか。またお話しましょうね」

ウィンクをして、手を振る。女子たちの歓声を背に、晴は階段を下りて行った。
 澪は飛び跳ねる心臓を押さえながら、髪を撫でつけた。

——気づかれた。さすがハルさまね。それでこそ……。

 ふっと吐息を漏らしたのと同時に、チャイムの音が校舎を包み込んだ。
 

 昼休み、食堂に行くと、異様な静けさに包まれていた。スピーカーから聞こえてくる放送部の声に、誰もが耳を傾けている。

『今日は特別ゲストとして、生徒会長の佐沖澪さんをお呼びしています。佐沖さん、よろしくお願いします』

パーソナリティの明るい声が食堂に響き渡る。

『よろしくお願いします』

凛としたよく通る澪の声。男子生徒達が顔を上げて、スピーカーを凝視した。

『今日は文化祭の詳細について、お話してくださるんですよね』
『ええ。今年は創立60周年の特別な文化祭です。例年は10月ですが、創立記念日に合わせて、6月に開催されます』
『例年と違うのは、開催月だけではないんですよね?』

生徒たちの食べる手がぴたりと止まる。

『はい。特別ステージが設けられることになりました』

疑問の声があちこちから上がり、さわがしくなる。

『ステージに上がれるのは、オーディションに勝ち抜いた6組。ちなみに、1組は理事長特別枠で既に決まっているので、残りは5組です』
『ステージに上がった人には、何か特典があるんですか?』

ざわめきが静まる。

『1組につき30ポイント差し上げます』

雄叫びと歓喜の声が、食堂だけでなく、学院のあちこちで上がる。
 異常な熱気に、箸を持つ麗の手が震える。

 文化祭って、こういうものなの? 
 もっとわきあいあいとしたものだと思っていたのに。
 これが、“普通”? 
 “普通”とは無縁すぎて、ついていけないのかな……。
 でも、普通に文化祭楽しみたい。
 ノリについていかなきゃ。 
 せっかく青春が手の届く位置にあるんだから。

 放課後、浮足立ったクラスメイトたちにより、早速衣装合わせが行われた。
 メイド服に着替え、ウィッグをつけた晴が顔を出すと、教室の時が止まった。
 誰もが微動だにせず、呆けた顔をしている。

「どうかな?」

ツインテールの髪を指にまきつけ、はにかむ。

「か、かわいいー‼」

女子たち歓声をあげながら写真を撮り、晴はモデルのように次々とポーズを決めていく。

「やばい。かわいい……」
「この胸のときめきは、なんだ……」
「おまえら、しっかりしろ! あいつは男だ!」

はっと我に返る男子たちだが、その頬はうっすらと桃色に染まっている。
 
「麗ちゃん、ぼく似合ってる?」

小首を傾げる晴のツインテールが揺れる。

「あ、うん。気持ち悪いぐらい違和感ない」
「えー、何その言い方。全然うれしくなーい」

話し方まで女子みたい。ここまでなりきってるといっそ清々しい。
そこへ、執事の衣装に着替えた葵が現れた。

「ちょっときついんだけど」

窮屈そうにジャケットの肩を触る。女子たちが色めき立ち、葵を取り囲んだ。

 いつもと服装が違うだけなのに、心臓がうるさい。
 麗は胸を抑え、鳴り響く心臓の音を抑え込もうとするが、うまくいかない。
 葵から、目が離せない。

「他の人も衣装合わせしまーす。男子は隣の空教で、女子はここで」

委員長が取り仕切り、男女で分かれる。

「アオさま、かっこよかった!」
「ハルさまも超かわいい!」
「絶対うちら優勝じゃんね」
「ステージポイントも捨てがたいけど、店の来客数稼いだ方が早いかもよ」

着替えながら聞こえてくる女子たちの会話に、うまく入れない。

 3人でステージ出るって言っておかないといけないのに。
 けど、私が言っても、変な顔されそう。あの2人に伝えてもらった方がスムーズな気がする。

 ひとりで頷いていると、衣装担当がじーっと麗の前髪を見てきた。

「あのさ、長宮さん」
「な、何?」
「一応飲食店だし、接客担当だし、その前髪、どうにかならないかな?」
「えっと、どうにか、とは?」
「結ぶとか、上げるとか。ちょっとごめんね」

前髪を撫でつける麗の手をどかし、前髪を束ねてヘアクリップで止めた。
 久々の明るい視界が眩しい。
 守られていたものがなくなったようで、妙に心もとない。
 瞬きをすると、衣装担当もあんぐり口を開けて瞬きをした。

「や、やばい! ちょっとみんな、みてみて!」

声につられて集まってきた女子たちは、息を呑んだ。
 
 なんか、デジャヴ……。

「えー! 長宮さん、マジ?」
「ポテンシャル高っ!」
「うちのクラス最強じゃん。ねえねえ、着替えたらウィッグもかぶってみて!」

言われた通りにやると、まるで葵と晴に向けるようなとろけた目で見つめられた。

「アオさまとハルさまに引けを取らない!」
「推せる!」
「いけるよ、これ! 長宮さん、本番もこれでいいかな?」

期待の眼差しを向けられ、断れるはずもなく、頷くしかなかった。
 少し離れたところから、驚いた表情の恵がじっと麗を見つめている。
 明るくなった視界で見る恵の顔が、以前より幼く見える。
 麗は視線をずらし、女子たちに背中を押されるようにして教室に戻った。
 
「おまえ、何で前髪っ」

葵は、怒っているというより焦っている顔だ。

「麗ちゃん、イケメンじゃん。誰か分からなかったよ」

女装を脱いだ晴が、顔をほころばせた。

「アオ、もうみんなに麗ちゃんの素顔ばれちゃったし、隠さなくてもいいんじゃない?」

葵の肩に手を乗せて耳打ちをする。

「……他のやつに見せてんじゃねえよ」

晴の手を払う。ジャケットを脱ぎ捨て、制服をもって教室を出て行った。

 命令違反したから怒った? 
 もう、いいや。葵の命令より、文化祭の方が大事。
 みんなの期待に応えたい。
 私だって普通に文化祭楽しみたい。

「これでぼくたちのクラスは優勝間違いなし! みんな、頑張ろう!」

委員長が拳を突き上げる。

「おおー!」

闘志を燃やす声が反響する。麗も真似をして、声を上げた。
 同じ目的のために、一致団結して頑張る。夢見てた青春そのもの。
 熱気の輪の中に混じって、青春を謳歌したい。
 
 文化祭への期待が高まる一方で、前髪に覆われないクリアな視界が不安になる。
 扉の向こうへ消えた葵の背中が、頭から離れなかった。

 胸の奥に潜む黒い影を追い払うように、重い溜め息をもらした。

「あの」

消え入りそうな小さな声に振り向くと、目を伏せた恵が立っていた。

「メグ……」

麗の表情が強張る。

「この前は、本当にごめんなさい」

恵が深々と頭を下げる。
 
 何で、今更謝るの? 
 二度も期待を裏切ったくせに。

「すぐ謝りたかったんだけど、勇気が出なくて。でも、レイが前髪を上げて堂々としてるの見たら、自分が嫌になって。それで……」

顔を上げた恵の目が潤んでいる。

 もういいよ。謝らないで。
 
 きっとこう言う方が普通で、正しいんだろうな。
 わかってるけど、意地悪な自分が囁く。

 罪悪感を軽くしたいだけでしょ。

 口に出したら、恵を傷つける。そしたら自分が悪者になる。
 この言葉は心の中にしまっておく。

「ごめん、何のことだっけ? 忘れちゃった」
「えっ……」

呆然とする恵に笑いかける。白々しい笑顔の仮面を被った自分の顔が、壁掛けの鏡に映っている。

“ともだち”リストの削除ボタンを押す。
 その指に、迷いはなかった——。