チャイムが鳴って目白が入ってくると、ざわついていた教室が静まる。
目白は欠伸をしながら首をひねり、空席が目立つ室内を見渡した。
「7人欠席。ずる休みか」
麗は空席に目を向け、眉をしかめる。
「投稿フォームに名前書かれたやつらじゃん」
「そんな人、学校来なくていいでしょ」
「それな。けど、生徒会の調査受けても、学校来てるやつらはいるけど」
麗は視線に気付いていない振りをして、目白に集中した。
「来たくないやつは、来なきゃいい」
低く通る目白の声が空気を震わせる。生徒達は口をつぐんだ。
目白は黒板の端に貼ってあるクラス名簿に、赤ペンで線を引く。欠席者7人の名前が、消された。
「忘れろ」
名簿が床に落ちる。目白はそれを踏みつけ、教室を出て行った。
静寂に包まれた教室に、チャイムの音がやけに大きく響いた。
1時間目が終わると、誰もがスマホを開き始める。
「また投稿増えてる」
「やっぱ鹿島兄弟、黒なんじゃね?」
刺々しい視線が突き刺さる。
「嫌な空気だねえ」
晴が肩をすくめると、同時に3人のスマホが震えた。
『昼休み、理事長室に来なさい』
麗の背筋に冷たいものが走る。
ふと視線を感じて顔を上げると、教室の入口に牧野が立っていた。
「牧野先輩!」
「……長宮」
麗が駆け寄ると、気まずそうに片手を上げた。
「学校、来てくれたんですね」
「ああ……まあ」
牧野は照れ臭そうに頬をかいた。
「ひとりで来れたんですね」
麗の後ろから、晴が顔を出して口角を上げた。
「当たり前だろ」
牧野がそっぽを向くと、葵が鼻で笑った。
「わざわざ学校きたぞって報告にきたのか?」
「なわけないだろ!」
牧野はちらりと麗を横目で見て、もごもごと口を動かした。
「おまえら、反社疑惑とか……やばいことになってんだろ」
「おまえも信じてんのか?」
葵が眉を吊り上げる。
「違う! ……ただ、心配で」
言った瞬間、牧野は口を押さえた。
「心配して来てくれたんですか?」
麗は目を丸くする。
「……大丈夫なのか」
牧野は目を逸らし、眉ひそめた。
「大丈夫です。ちゃんと作戦あるので」
自信満々に笑う麗を、牧野は不安そうな顔で見る。
「本当に大丈夫か?」
「はい!」
麗は勢いよく頷く。葵と晴が麗を背後に押しやる。
「余計な世話だ」
「ぼくたちがついてるんで、大丈夫ですよ」
2人に気圧され、牧野はそそくさときびすを返した。
午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ってすぐ、麗は葵と晴と共に理事長室へ向かった。
「ここ、座って」
「よう」
中に入ると、向い合せのソファに理事長と目白が座って、仕出し弁当を食べていた。
「君たち、前に目立つなって言ったこと、忘れたのかい?」
理事長の静かな声が、空気をひりつかせる。
「反社疑惑に、生徒会調査。悪目立ちしている自覚はあるかな?」
「ああ、それわざとだから。次郎おじさんに話すの忘れてたよ。ごめん」
晴が軽い口調で答える。
「とっくに俺が話した。知ってて言ってんだよ。もっと上手く立ち回れるよう指導してくれって、ねちねち言われてよう。勘弁してくれや」
「なんか、すみません」
麗は縮こまって頭を下げる。
「投稿フォームは危険だ。部活動停止処分、不登校も増えている。学院の空気は最悪だ」
理事長は重い息を吐き出し、足を組んだ。
「今日の放課後、手を打つよ。麗ちゃんの作戦で」
晴が理事長に微笑んだ。
「失敗は許されねえぞ」
葵に不機嫌そうに鼻をならす。
「分かってる」
神妙な面持ちで頷く麗を、理事長がまっすぐ射抜く。
「頼んだよ」
「は、はい。頑張ります」
威圧感のある笑みに、自然と背筋が伸びる。
きっと、うまくいく。……はず。
いや、絶対に成功させて、私の高校生活を守ってみせる。
これ以上、誰にも奪わせない。
中村がリンゴマークの目立つスマホをいじりながら、隣を歩く佐藤に声をかけた。
「ぼくたちの投稿に、こんなにいいねが集まるなんてな。鹿島兄弟、ざまあ」
「絶対、反社だよな。生徒会の調査が終わったら、あいつら退学させられるかもな」
「佐藤くん、中村くん」
背後から名前を呼ばれ、2人が同時に振り向き、顔を強張らせた。
「長宮、さん!」
「か、鹿島兄弟!」
麗は穏やかな口調で話しかけた。
「2人が、私たちのこと投稿したんだよね?」
「いや、それは……」
「証拠あるのかよ」
目を泳がす2人を葵が睨みつける。
「下手くそな尾行しといて、しらばっくれんな。おまらこそ何の証拠もなしに、反社扱いしやがって」
「まあまあ。誤解しただけじゃないかな。そうだよね?」
晴が葵の背中軽く叩いて、小首を傾げた。
「誤解?」
「何がだよ」
怪訝な顔の佐藤と中村に、麗が口元に笑みを浮かべた。
「ちゃんと説明したいから、今からうちに来てくれない?」
「えっ?」
「今?」
困惑する2人を、晴と葵が見下ろす。
「本当のこと、教えてあげるからさ」
「来いよ」
2人から有無を言わせない圧力をかけられ、佐藤と中村は頷くしかなかった。
鹿島の表札がかかっている立派な門を見上げた佐藤と中村は、意を決して敷地内に踏み込んだ。
「「お、お邪魔します」」
麗を先頭に玄関に入り、広い廊下を歩いていく。壁には日本画や高そうな壺が並び、まるで美術館のようだ。
緊張の面持ちの2人を客間に案内すると、麗はコーヒーを持ってくると言って障子を開けて出て行った。葵と晴と向き合った佐藤と中村は、居心地悪そうに正座をして俯いた。
「ぼくたちの家、どう?」
晴が頬肘をついて問いかけた。
「広くて……すごいな」
顔を伏せたまま、佐藤は口を小さく動かした。
「どこが反社に見えんだよ」
葵の不機嫌な声に、肩をびくつかせた2人は、再び俯く。
「鹿島家は地主で、親は実業家。だから、家も車も見た目は立派なんだよね」
自嘲気味に笑う晴に、葵は鼻を鳴らした。
「家はともかく、車の趣味は悪いよな」
佐藤と中村は、決まりの悪い顔で目配せした。
「よかったら、飲んで」
麗が、2人の前にカップを置いた。
「私の両親、喫茶店やってたの。お父さんのいれるコーヒー、大好きだった」
カップの中で揺れる黒い液体を見つめながら、静かに口を開いた。
「将来は、一緒に喫茶店をやりたいって思ってた。けど……」
口を引き結ぶ。一拍置いて、ぽつりとこぼした。
「亡くなったの」
佐藤と中村は息を呑み、身じろいだ。
「私の親と、この2人のお父さんが友人で、私のこと引き取ってくれたんだ。……本当に、感謝してる」
言葉尻が震える。作られた嘘に、鳥肌が立つ。
……全部嘘。感謝なんてこれっぽちもしていない。閉じ込めるぐらいなら、独りにしてくれたら良かったのに。
——本当にそう思ってる?
心の奥で、声がする。
麗はスカートを握り締めた。
違う。
今は、そんなこと考えてる場合じゃない。
「じゃあ、苗字が違うのは……」
顔を引きつらせた中村が、ためらいがちに尋ねる。
「養子じゃないから。私は2人の義妹なんかじゃない。ただの同居人」
思わず声に力が入る。
これは、本当のこと。
嘘と本当が混じって、真実の境界線が曖昧になる。
自分の本心すらも——。
「……でも、あの男の人は?」
中村の問いに、晴が静かに麗を見る。
ここが、もうひとつの山場。
大きな嘘。
麗は口許に手を当て、悲劇のヒロインに見えるよう肩を震わせた。
「……生き別れの、兄なの」
間を置いて、涙をこらえているかのように、声を絞り出す。
佐藤と中村が、口をあんぐり開けて瞬きをする。
外から犬の鳴き声が聞こえた途端、庭に面した障子が勢いよく開かれた。
「麗ちゃん! お兄ちゃんが来たよ!」
満面の笑みを浮かべたフクロウが両腕を広げ、客間に入ってきた。
「お、お兄ちゃん」
大げさな演技に、麗の笑みが引きつる。
「君たちが、麗ちゃんのクラスメイトだね。我が妹と仲良くしてくれて、ありがとう」
佐藤と中村に満面の笑みを向け、麗の隣に腰を下ろした。
「は、はあ」
「別に、そんな」
芝居がかった物言いに、佐藤と中村は困惑する。
「大げさだなあ。再会したばかりだから、テンションが上がってるんだよね」
麗は慌ててフクロウの肩に手を添え、親しげな振りをした。
「そうなんだよ。やっと愛しの妹に出会えたんだ! テンション上がって当然だろ」
フクロウに頭を撫でられ、麗は苦笑いをする。晴と葵は更に肩を震わせ、笑いを堪えるのに必死になる。
「生き別れって、どうして?」
中村に問われ、フクロウは自分の膝をピシャリと叩いた。
「よくぞ聞いてくれた! 両親が死んでから、しばらくは俺が、働きながら麗ちゃんを養ってたんだ。けど、俺は事故に巻き込まれて、それでな……えっと」
尻すぼみになり、フクロウは麗に耳打ちをした。
「なんだっけ?」
「えっ、えっと、だから、お兄ちゃん、行方不明になって、生死が分からなくなって」
麗は慌てて取り繕う。佐藤と中村は同情の眼差しを向けた。
これは、いける?
なんとしてでも、信じこませなきゃ。
ひとりで兄の帰りを待つ妹をイメージして……。
ふと甦るのは、むせ返るような暑さと、水の流れる音。ささくれだった畳の上で絶句するあの日の自分。
独りになった絶望、恐怖がじわじわとのし掛かり、圧し潰れそうになる。
どうして、ひとりにするの。
置いていかないで。
お母さんと一緒に、私も連れていってほしかった。
例え、あの世だとしても……。
「……私は、独りになった」
独りは、いや。恐い。誰か、助けて——。
頑丈に蓋をしたはずなのに、あの日の自分の悲痛な叫びが、鼓膜の裏で響く。胸の中が黒い影に覆われていく。
違う。今は、独りじゃない。
葵、晴、フクロウの顔を見て、息を吐き出す。胸に巣くう影が薄くなる。
演技に集中しないと。
ここが見せ場なんだから。
「お兄ちゃんは絶対に生きてる、私のこと探しに来てくれるって信じてた。だから、苗字は残しておきたかったの」
声が引きつる。麗は口元を覆って、嗚咽を漏らす。——真似をした。
前髪の隙間からちらっと佐藤と中村を見ると、瞳が潤んでいる。
横から嗚咽が聞こえる。フクロウが涙をボロボロ流して男泣きをしていて、麗はぎょっとした。
「ごめんよ。寂しい思いをさせて悪かった。こうしてまた会えて、本当によかったっ!」
大きな腕を広げ、フクロウにぎゅっと抱きしめられる。
フクロウさん、演技にのめりこみすぎ!
圧が強くて苦しい。
でも……。
麗は目を白黒させて戸惑う。
フクロウの涙が、麗の頬にぽたりと落ちる。
あったかい。
これ、演技だよね?
嘘でも、抱き締められて、自分のために泣いてもらえるのって、照れ臭いけど嬉しい。
作り話の、偽りの家族なのに。
もう少しだけ、このままでいたい。
そう願ってしまう……。
フクロウの背中に手を回す。
嘘のはずなのに、温もりだけは本物だった。
胸が熱くなる。
嘘でも本当でもどうでもよくなってくる。
ずぶずぶと溺れていく自分を、黒い影が遠くから見ている。
「疑ったりして、本当にごめん」
「再会できて、よかったな」
佐藤と中村はもらい泣きをして、目尻の涙を拭った。
「フク兄、やりすぎ」
不機嫌な顔の葵がフクロウを小突く。フクロウはぴたっと泣き止んだ。
「昨日見た動物のドキュメンタリー映像思い出しちゃって、つい」
フクロウの腕が麗から離れる。一瞬、寂しげな表情を浮かべる。遠ざかる温もりが惜しくて、麗はついフクロウの腕を掴む。
フクロウさん、たまにこんな表情で見てくるけど、どうして?
「お兄ちゃんと離れがたい?」
ぱっと表情が明るくなる。麗は途端に気恥ずかしくなり、腕を引っ込めた。
サクラの鳴き声が聞こえる。
その途端、フクロウはさっと立ち上がった。
「おっと、サクラが呼んでる。麗ちゃん、また来るからね。君たち、これからも麗ちゃんと仲よくしてくれよ。じゃあな」
満面の笑みで手を振りながら、フクロウは庭に出て行った。
「長宮さん、鹿島くんたち、ごめん!」
「本当に、ごめん!」
佐藤と中村は、深く頭を下げた。
「分かってくれたらいいの。投稿が間違ってたって、生徒会に報告してもらってもいいかな?」
信じてもらえたことに安心して、自然と笑みがこぼれた。
「もちろん。投稿フォームにも、ぼくたちが間違ってたって投稿するよ」
佐藤が大きく頷く。
「今聞いた話、生徒会に伝えてもいい?」
中村の顔は使命感に満ちている。
「うん。皆の誤解が解けると、いいな」
佐藤と中村はもう一度頭を下げ、足早に帰っていった。
これで、噂は書き換えられる。
嘘で覆われて、真実は誰の目にも入らない。
正しいだけじゃ、居場所は守れない。
私は、奪われたくなかっただけ。
黒い影は、小さな塊になって胸の奥の方に居座っている。そんな気がしたーー。
翌日。校門の前で待ち伏せしていた杏奈が、開口一番謝罪をしてきた。
「2人と同居してる理由、詮索してごめんなさい。あんな過去があったなんて。さぞ辛かったでしょ」
「知ってるんですか?」
麗が驚いた風を装う。まだ昨日の演技が抜けない。
「投稿フォームで、すごい数のいいねがついてたよ」
「そう、ですか」
思った通りの展開ににやけそうになる。
「どうでもいい」
「分かってもらえて良かったね」
真逆の反応をする葵と晴が校門を潜った途端、大勢の女子に囲まれてしまう。彩夏と佳奈、見覚えのあるギャルもいる。
「アオさま、ハルさま、投稿見たよ!」
「デマ流すの、ひどいです!」
「あたし、嘘だって信じたよ!」
「あたしも!」
ファンの輪から抜け出せない2人を置いて、麗はひとりで教室に向かった。
教室に入った瞬間、クラスメイトたちが駆け寄ってきた。
「長宮さんのこと、誤解しててごめん」
「あんな辛い過去があったなんて知らなかったよ」
思った以上の反応をされて、心苦しくなる。同情の眼差しが痛い。
ひとつだけ、違う視線がぶつかる。
恵だった。
瞳が揺れ動く。何か言いたげに、唇が動いた。
一瞬、胸が小さく踊る。
だが、恵は小さく目を伏せ、そのまま視線を逸らした。
胸の中に冷たい風が吹き抜ける。
自分が正しいことしたわけじゃないのに、謝ってくれるかもなんて期待して……。馬鹿みたい。
恵との間には、分厚い氷の壁ができている。このまま、氷が溶けることはないのかもしれない。
もう、いい。忘れよう。
二度と期待なんてしない。
気持ちを切り替えて、投稿フォームを見てみる。佐藤と中村の謝罪投稿と、麗の過去を完結にまとめた投稿に、200を超えるいいねがついている。
更にスクロールする。
『間違った情報で人を傷つけるなんてひどいと思う』
『生徒会、ちゃんと調査してほしい』
『投稿フォームの使い方合ってる? クリーン運動になってない気がする』
投稿フォームへの疑問がじわじわと増えていく。
画面の向こうで、空気が変わり始めていた。
正義とは言えない。けど、結果的に作戦は成功。思わず笑みが漏れる。
「ひとりで笑ってんなよ。きもいな」
いつの間にか教室に来ていた葵が、麗の頭を叩いた。
せっかく乗ってきた気分が台無し。
「へえ。作戦成功なんじゃない?」
スマホを覗き込んだ晴に言われ、麗は胸を張った。
「ふふん。私のシナリオのおかげだね」
「フク兄の下手な芝居のおかげだろ」
葵が鼻を鳴らすと、晴はくっくっと喉の奥で笑った。
「あれは最高だったね。麗ちゃんも良かったよ」
誉められてる気がしない。
——でも。
「ふふっ」
胸の奥の張り詰めていたものが少しだけ緩み、自然と笑みがこぼれた。窓から入る風が、ふわりと前髪を浮かせる。
ぽかんと見つめる葵の頬が、微かに赤い。
晴はつられて微笑むと、ゆっくり瞬きをした。
昼休み、生徒会室は騒然としていた。
「澪ちゃん、投稿フォーム、やばくない?」
紬がパソコンの画面を澪に見せる。その周りに、不安な表情の生徒会役員が集まった。
『ランキングのために、嘘投稿する人、増えてない?』
『いいね欲しさで、話盛ってる気がする』
『改善じゃなくて、排除になってない?』
『投稿フォーム、いらなくない?』
「こんなのばっかり、いいねされてるよ。投稿フォーム、考え直した方が良くない?」
眉を下げる紬の肩に、澪は手を置いた。
「そうですね。こんなことになるなんて……」
気落ちした声。
室内に、通夜のようなどんよりとした空気が流れた。
ホームルームが終わる頃、校内放送が鳴った。
『生徒会よりお知らせです』
澪の声が流れる。麗はスピーカーを見上げた。
『投稿フォームについて、多くの意見を頂きました』
柔らかく、穏やかな声は、いつも通りだ。
『現在の運用について、見直しを行うことにしました』
麗の指がピクリと動く。
『本日をもって、投稿フォームは一時停止とします。なお、文化祭の優先権につきましては、例年通りくじ引きで行います』
教室が騒然とする。
「マジで終わるんだ」
「でも、くじの方がまし」
「文化祭、楽しみ。そろそろ準備始まるよね」
「ていうか、うちのクラス、ツイプリがいるんだよ。優勝候補でしょ」
初めての文化祭。クラスの出し物やステージ、憧れのイベント。
また、奪われるかもしれない。不安がこみ上げる。
でも、もう奪わせない。
文化祭は普通に楽しみたい。
アオハルを取り戻したい。
鞄の持ち手を握りしめ、決意を固めた。
生徒会室の窓際に、澪はひとり佇んで夕焼けを眺めている。
「失敗、ね。おもしろくなりそうだったのに」
そこに落胆の色は一切見えない。
「文化祭……」
その唇が、緩やかに弧を描く。
スマホを取り出し、麗、晴、葵が映っている画像を、指でなぞる。
「次も、楽しみね」
夕陽に照らされた横顔から、すっと笑みが消えた。
目白は欠伸をしながら首をひねり、空席が目立つ室内を見渡した。
「7人欠席。ずる休みか」
麗は空席に目を向け、眉をしかめる。
「投稿フォームに名前書かれたやつらじゃん」
「そんな人、学校来なくていいでしょ」
「それな。けど、生徒会の調査受けても、学校来てるやつらはいるけど」
麗は視線に気付いていない振りをして、目白に集中した。
「来たくないやつは、来なきゃいい」
低く通る目白の声が空気を震わせる。生徒達は口をつぐんだ。
目白は黒板の端に貼ってあるクラス名簿に、赤ペンで線を引く。欠席者7人の名前が、消された。
「忘れろ」
名簿が床に落ちる。目白はそれを踏みつけ、教室を出て行った。
静寂に包まれた教室に、チャイムの音がやけに大きく響いた。
1時間目が終わると、誰もがスマホを開き始める。
「また投稿増えてる」
「やっぱ鹿島兄弟、黒なんじゃね?」
刺々しい視線が突き刺さる。
「嫌な空気だねえ」
晴が肩をすくめると、同時に3人のスマホが震えた。
『昼休み、理事長室に来なさい』
麗の背筋に冷たいものが走る。
ふと視線を感じて顔を上げると、教室の入口に牧野が立っていた。
「牧野先輩!」
「……長宮」
麗が駆け寄ると、気まずそうに片手を上げた。
「学校、来てくれたんですね」
「ああ……まあ」
牧野は照れ臭そうに頬をかいた。
「ひとりで来れたんですね」
麗の後ろから、晴が顔を出して口角を上げた。
「当たり前だろ」
牧野がそっぽを向くと、葵が鼻で笑った。
「わざわざ学校きたぞって報告にきたのか?」
「なわけないだろ!」
牧野はちらりと麗を横目で見て、もごもごと口を動かした。
「おまえら、反社疑惑とか……やばいことになってんだろ」
「おまえも信じてんのか?」
葵が眉を吊り上げる。
「違う! ……ただ、心配で」
言った瞬間、牧野は口を押さえた。
「心配して来てくれたんですか?」
麗は目を丸くする。
「……大丈夫なのか」
牧野は目を逸らし、眉ひそめた。
「大丈夫です。ちゃんと作戦あるので」
自信満々に笑う麗を、牧野は不安そうな顔で見る。
「本当に大丈夫か?」
「はい!」
麗は勢いよく頷く。葵と晴が麗を背後に押しやる。
「余計な世話だ」
「ぼくたちがついてるんで、大丈夫ですよ」
2人に気圧され、牧野はそそくさときびすを返した。
午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ってすぐ、麗は葵と晴と共に理事長室へ向かった。
「ここ、座って」
「よう」
中に入ると、向い合せのソファに理事長と目白が座って、仕出し弁当を食べていた。
「君たち、前に目立つなって言ったこと、忘れたのかい?」
理事長の静かな声が、空気をひりつかせる。
「反社疑惑に、生徒会調査。悪目立ちしている自覚はあるかな?」
「ああ、それわざとだから。次郎おじさんに話すの忘れてたよ。ごめん」
晴が軽い口調で答える。
「とっくに俺が話した。知ってて言ってんだよ。もっと上手く立ち回れるよう指導してくれって、ねちねち言われてよう。勘弁してくれや」
「なんか、すみません」
麗は縮こまって頭を下げる。
「投稿フォームは危険だ。部活動停止処分、不登校も増えている。学院の空気は最悪だ」
理事長は重い息を吐き出し、足を組んだ。
「今日の放課後、手を打つよ。麗ちゃんの作戦で」
晴が理事長に微笑んだ。
「失敗は許されねえぞ」
葵に不機嫌そうに鼻をならす。
「分かってる」
神妙な面持ちで頷く麗を、理事長がまっすぐ射抜く。
「頼んだよ」
「は、はい。頑張ります」
威圧感のある笑みに、自然と背筋が伸びる。
きっと、うまくいく。……はず。
いや、絶対に成功させて、私の高校生活を守ってみせる。
これ以上、誰にも奪わせない。
中村がリンゴマークの目立つスマホをいじりながら、隣を歩く佐藤に声をかけた。
「ぼくたちの投稿に、こんなにいいねが集まるなんてな。鹿島兄弟、ざまあ」
「絶対、反社だよな。生徒会の調査が終わったら、あいつら退学させられるかもな」
「佐藤くん、中村くん」
背後から名前を呼ばれ、2人が同時に振り向き、顔を強張らせた。
「長宮、さん!」
「か、鹿島兄弟!」
麗は穏やかな口調で話しかけた。
「2人が、私たちのこと投稿したんだよね?」
「いや、それは……」
「証拠あるのかよ」
目を泳がす2人を葵が睨みつける。
「下手くそな尾行しといて、しらばっくれんな。おまらこそ何の証拠もなしに、反社扱いしやがって」
「まあまあ。誤解しただけじゃないかな。そうだよね?」
晴が葵の背中軽く叩いて、小首を傾げた。
「誤解?」
「何がだよ」
怪訝な顔の佐藤と中村に、麗が口元に笑みを浮かべた。
「ちゃんと説明したいから、今からうちに来てくれない?」
「えっ?」
「今?」
困惑する2人を、晴と葵が見下ろす。
「本当のこと、教えてあげるからさ」
「来いよ」
2人から有無を言わせない圧力をかけられ、佐藤と中村は頷くしかなかった。
鹿島の表札がかかっている立派な門を見上げた佐藤と中村は、意を決して敷地内に踏み込んだ。
「「お、お邪魔します」」
麗を先頭に玄関に入り、広い廊下を歩いていく。壁には日本画や高そうな壺が並び、まるで美術館のようだ。
緊張の面持ちの2人を客間に案内すると、麗はコーヒーを持ってくると言って障子を開けて出て行った。葵と晴と向き合った佐藤と中村は、居心地悪そうに正座をして俯いた。
「ぼくたちの家、どう?」
晴が頬肘をついて問いかけた。
「広くて……すごいな」
顔を伏せたまま、佐藤は口を小さく動かした。
「どこが反社に見えんだよ」
葵の不機嫌な声に、肩をびくつかせた2人は、再び俯く。
「鹿島家は地主で、親は実業家。だから、家も車も見た目は立派なんだよね」
自嘲気味に笑う晴に、葵は鼻を鳴らした。
「家はともかく、車の趣味は悪いよな」
佐藤と中村は、決まりの悪い顔で目配せした。
「よかったら、飲んで」
麗が、2人の前にカップを置いた。
「私の両親、喫茶店やってたの。お父さんのいれるコーヒー、大好きだった」
カップの中で揺れる黒い液体を見つめながら、静かに口を開いた。
「将来は、一緒に喫茶店をやりたいって思ってた。けど……」
口を引き結ぶ。一拍置いて、ぽつりとこぼした。
「亡くなったの」
佐藤と中村は息を呑み、身じろいだ。
「私の親と、この2人のお父さんが友人で、私のこと引き取ってくれたんだ。……本当に、感謝してる」
言葉尻が震える。作られた嘘に、鳥肌が立つ。
……全部嘘。感謝なんてこれっぽちもしていない。閉じ込めるぐらいなら、独りにしてくれたら良かったのに。
——本当にそう思ってる?
心の奥で、声がする。
麗はスカートを握り締めた。
違う。
今は、そんなこと考えてる場合じゃない。
「じゃあ、苗字が違うのは……」
顔を引きつらせた中村が、ためらいがちに尋ねる。
「養子じゃないから。私は2人の義妹なんかじゃない。ただの同居人」
思わず声に力が入る。
これは、本当のこと。
嘘と本当が混じって、真実の境界線が曖昧になる。
自分の本心すらも——。
「……でも、あの男の人は?」
中村の問いに、晴が静かに麗を見る。
ここが、もうひとつの山場。
大きな嘘。
麗は口許に手を当て、悲劇のヒロインに見えるよう肩を震わせた。
「……生き別れの、兄なの」
間を置いて、涙をこらえているかのように、声を絞り出す。
佐藤と中村が、口をあんぐり開けて瞬きをする。
外から犬の鳴き声が聞こえた途端、庭に面した障子が勢いよく開かれた。
「麗ちゃん! お兄ちゃんが来たよ!」
満面の笑みを浮かべたフクロウが両腕を広げ、客間に入ってきた。
「お、お兄ちゃん」
大げさな演技に、麗の笑みが引きつる。
「君たちが、麗ちゃんのクラスメイトだね。我が妹と仲良くしてくれて、ありがとう」
佐藤と中村に満面の笑みを向け、麗の隣に腰を下ろした。
「は、はあ」
「別に、そんな」
芝居がかった物言いに、佐藤と中村は困惑する。
「大げさだなあ。再会したばかりだから、テンションが上がってるんだよね」
麗は慌ててフクロウの肩に手を添え、親しげな振りをした。
「そうなんだよ。やっと愛しの妹に出会えたんだ! テンション上がって当然だろ」
フクロウに頭を撫でられ、麗は苦笑いをする。晴と葵は更に肩を震わせ、笑いを堪えるのに必死になる。
「生き別れって、どうして?」
中村に問われ、フクロウは自分の膝をピシャリと叩いた。
「よくぞ聞いてくれた! 両親が死んでから、しばらくは俺が、働きながら麗ちゃんを養ってたんだ。けど、俺は事故に巻き込まれて、それでな……えっと」
尻すぼみになり、フクロウは麗に耳打ちをした。
「なんだっけ?」
「えっ、えっと、だから、お兄ちゃん、行方不明になって、生死が分からなくなって」
麗は慌てて取り繕う。佐藤と中村は同情の眼差しを向けた。
これは、いける?
なんとしてでも、信じこませなきゃ。
ひとりで兄の帰りを待つ妹をイメージして……。
ふと甦るのは、むせ返るような暑さと、水の流れる音。ささくれだった畳の上で絶句するあの日の自分。
独りになった絶望、恐怖がじわじわとのし掛かり、圧し潰れそうになる。
どうして、ひとりにするの。
置いていかないで。
お母さんと一緒に、私も連れていってほしかった。
例え、あの世だとしても……。
「……私は、独りになった」
独りは、いや。恐い。誰か、助けて——。
頑丈に蓋をしたはずなのに、あの日の自分の悲痛な叫びが、鼓膜の裏で響く。胸の中が黒い影に覆われていく。
違う。今は、独りじゃない。
葵、晴、フクロウの顔を見て、息を吐き出す。胸に巣くう影が薄くなる。
演技に集中しないと。
ここが見せ場なんだから。
「お兄ちゃんは絶対に生きてる、私のこと探しに来てくれるって信じてた。だから、苗字は残しておきたかったの」
声が引きつる。麗は口元を覆って、嗚咽を漏らす。——真似をした。
前髪の隙間からちらっと佐藤と中村を見ると、瞳が潤んでいる。
横から嗚咽が聞こえる。フクロウが涙をボロボロ流して男泣きをしていて、麗はぎょっとした。
「ごめんよ。寂しい思いをさせて悪かった。こうしてまた会えて、本当によかったっ!」
大きな腕を広げ、フクロウにぎゅっと抱きしめられる。
フクロウさん、演技にのめりこみすぎ!
圧が強くて苦しい。
でも……。
麗は目を白黒させて戸惑う。
フクロウの涙が、麗の頬にぽたりと落ちる。
あったかい。
これ、演技だよね?
嘘でも、抱き締められて、自分のために泣いてもらえるのって、照れ臭いけど嬉しい。
作り話の、偽りの家族なのに。
もう少しだけ、このままでいたい。
そう願ってしまう……。
フクロウの背中に手を回す。
嘘のはずなのに、温もりだけは本物だった。
胸が熱くなる。
嘘でも本当でもどうでもよくなってくる。
ずぶずぶと溺れていく自分を、黒い影が遠くから見ている。
「疑ったりして、本当にごめん」
「再会できて、よかったな」
佐藤と中村はもらい泣きをして、目尻の涙を拭った。
「フク兄、やりすぎ」
不機嫌な顔の葵がフクロウを小突く。フクロウはぴたっと泣き止んだ。
「昨日見た動物のドキュメンタリー映像思い出しちゃって、つい」
フクロウの腕が麗から離れる。一瞬、寂しげな表情を浮かべる。遠ざかる温もりが惜しくて、麗はついフクロウの腕を掴む。
フクロウさん、たまにこんな表情で見てくるけど、どうして?
「お兄ちゃんと離れがたい?」
ぱっと表情が明るくなる。麗は途端に気恥ずかしくなり、腕を引っ込めた。
サクラの鳴き声が聞こえる。
その途端、フクロウはさっと立ち上がった。
「おっと、サクラが呼んでる。麗ちゃん、また来るからね。君たち、これからも麗ちゃんと仲よくしてくれよ。じゃあな」
満面の笑みで手を振りながら、フクロウは庭に出て行った。
「長宮さん、鹿島くんたち、ごめん!」
「本当に、ごめん!」
佐藤と中村は、深く頭を下げた。
「分かってくれたらいいの。投稿が間違ってたって、生徒会に報告してもらってもいいかな?」
信じてもらえたことに安心して、自然と笑みがこぼれた。
「もちろん。投稿フォームにも、ぼくたちが間違ってたって投稿するよ」
佐藤が大きく頷く。
「今聞いた話、生徒会に伝えてもいい?」
中村の顔は使命感に満ちている。
「うん。皆の誤解が解けると、いいな」
佐藤と中村はもう一度頭を下げ、足早に帰っていった。
これで、噂は書き換えられる。
嘘で覆われて、真実は誰の目にも入らない。
正しいだけじゃ、居場所は守れない。
私は、奪われたくなかっただけ。
黒い影は、小さな塊になって胸の奥の方に居座っている。そんな気がしたーー。
翌日。校門の前で待ち伏せしていた杏奈が、開口一番謝罪をしてきた。
「2人と同居してる理由、詮索してごめんなさい。あんな過去があったなんて。さぞ辛かったでしょ」
「知ってるんですか?」
麗が驚いた風を装う。まだ昨日の演技が抜けない。
「投稿フォームで、すごい数のいいねがついてたよ」
「そう、ですか」
思った通りの展開ににやけそうになる。
「どうでもいい」
「分かってもらえて良かったね」
真逆の反応をする葵と晴が校門を潜った途端、大勢の女子に囲まれてしまう。彩夏と佳奈、見覚えのあるギャルもいる。
「アオさま、ハルさま、投稿見たよ!」
「デマ流すの、ひどいです!」
「あたし、嘘だって信じたよ!」
「あたしも!」
ファンの輪から抜け出せない2人を置いて、麗はひとりで教室に向かった。
教室に入った瞬間、クラスメイトたちが駆け寄ってきた。
「長宮さんのこと、誤解しててごめん」
「あんな辛い過去があったなんて知らなかったよ」
思った以上の反応をされて、心苦しくなる。同情の眼差しが痛い。
ひとつだけ、違う視線がぶつかる。
恵だった。
瞳が揺れ動く。何か言いたげに、唇が動いた。
一瞬、胸が小さく踊る。
だが、恵は小さく目を伏せ、そのまま視線を逸らした。
胸の中に冷たい風が吹き抜ける。
自分が正しいことしたわけじゃないのに、謝ってくれるかもなんて期待して……。馬鹿みたい。
恵との間には、分厚い氷の壁ができている。このまま、氷が溶けることはないのかもしれない。
もう、いい。忘れよう。
二度と期待なんてしない。
気持ちを切り替えて、投稿フォームを見てみる。佐藤と中村の謝罪投稿と、麗の過去を完結にまとめた投稿に、200を超えるいいねがついている。
更にスクロールする。
『間違った情報で人を傷つけるなんてひどいと思う』
『生徒会、ちゃんと調査してほしい』
『投稿フォームの使い方合ってる? クリーン運動になってない気がする』
投稿フォームへの疑問がじわじわと増えていく。
画面の向こうで、空気が変わり始めていた。
正義とは言えない。けど、結果的に作戦は成功。思わず笑みが漏れる。
「ひとりで笑ってんなよ。きもいな」
いつの間にか教室に来ていた葵が、麗の頭を叩いた。
せっかく乗ってきた気分が台無し。
「へえ。作戦成功なんじゃない?」
スマホを覗き込んだ晴に言われ、麗は胸を張った。
「ふふん。私のシナリオのおかげだね」
「フク兄の下手な芝居のおかげだろ」
葵が鼻を鳴らすと、晴はくっくっと喉の奥で笑った。
「あれは最高だったね。麗ちゃんも良かったよ」
誉められてる気がしない。
——でも。
「ふふっ」
胸の奥の張り詰めていたものが少しだけ緩み、自然と笑みがこぼれた。窓から入る風が、ふわりと前髪を浮かせる。
ぽかんと見つめる葵の頬が、微かに赤い。
晴はつられて微笑むと、ゆっくり瞬きをした。
昼休み、生徒会室は騒然としていた。
「澪ちゃん、投稿フォーム、やばくない?」
紬がパソコンの画面を澪に見せる。その周りに、不安な表情の生徒会役員が集まった。
『ランキングのために、嘘投稿する人、増えてない?』
『いいね欲しさで、話盛ってる気がする』
『改善じゃなくて、排除になってない?』
『投稿フォーム、いらなくない?』
「こんなのばっかり、いいねされてるよ。投稿フォーム、考え直した方が良くない?」
眉を下げる紬の肩に、澪は手を置いた。
「そうですね。こんなことになるなんて……」
気落ちした声。
室内に、通夜のようなどんよりとした空気が流れた。
ホームルームが終わる頃、校内放送が鳴った。
『生徒会よりお知らせです』
澪の声が流れる。麗はスピーカーを見上げた。
『投稿フォームについて、多くの意見を頂きました』
柔らかく、穏やかな声は、いつも通りだ。
『現在の運用について、見直しを行うことにしました』
麗の指がピクリと動く。
『本日をもって、投稿フォームは一時停止とします。なお、文化祭の優先権につきましては、例年通りくじ引きで行います』
教室が騒然とする。
「マジで終わるんだ」
「でも、くじの方がまし」
「文化祭、楽しみ。そろそろ準備始まるよね」
「ていうか、うちのクラス、ツイプリがいるんだよ。優勝候補でしょ」
初めての文化祭。クラスの出し物やステージ、憧れのイベント。
また、奪われるかもしれない。不安がこみ上げる。
でも、もう奪わせない。
文化祭は普通に楽しみたい。
アオハルを取り戻したい。
鞄の持ち手を握りしめ、決意を固めた。
生徒会室の窓際に、澪はひとり佇んで夕焼けを眺めている。
「失敗、ね。おもしろくなりそうだったのに」
そこに落胆の色は一切見えない。
「文化祭……」
その唇が、緩やかに弧を描く。
スマホを取り出し、麗、晴、葵が映っている画像を、指でなぞる。
「次も、楽しみね」
夕陽に照らされた横顔から、すっと笑みが消えた。
