アオハルな恋とウラらかな復讐

 チャイムが鳴って目白が入ってくると、ざわついていた教室が静まる。
目白は欠伸をしながら首をひねり、空席が目立つ室内を見渡した。

「7人欠席。ずる休みか」

麗は空席に目を向け、眉をしかめる。

「投稿フォームに名前書かれたやつらじゃん」
「そんな人、学校来なくていいでしょ」
「それな。けど、生徒会の調査受けても、学校来てるやつらはいるけど」

麗は視線に気付いていない振りをして、目白に集中した。

「来たくないやつは、来なきゃいい」

低く通る目白の声が空気を震わせる。生徒達は口をつぐんだ。
目白は黒板の端に貼ってあるクラス名簿に、赤ペンで線を引く。欠席者7人の名前が、消された。

「忘れろ」

名簿が床に落ちる。目白はそれを踏みつけ、教室を出て行った。
静寂に包まれた教室に、チャイムの音がやけに大きく響いた。

 1時間目が終わると、誰もがスマホを開き始める。

「また投稿増えてる」
「やっぱ鹿島兄弟、黒なんじゃね?」

刺々しい視線が突き刺さる。

「嫌な空気だねえ」

晴が肩をすくめると、同時に3人のスマホが震えた。

『昼休み、理事長室に来なさい』

麗の背筋に冷たいものが走る。
ふと視線を感じて顔を上げると、教室の入口に牧野が立っていた。

「牧野先輩!」
「……長宮」

麗が駆け寄ると、気まずそうに片手を上げた。

「学校、来てくれたんですね」
「ああ……まあ」

牧野は照れ臭そうに頬をかいた。

「ひとりで来れたんですね」

麗の後ろから、晴が顔を出して口角を上げた。

「当たり前だろ」

牧野がそっぽを向くと、葵が鼻で笑った。

「わざわざ学校きたぞって報告にきたのか?」
「なわけないだろ!」

牧野はちらりと麗を横目で見て、もごもごと口を動かした。

「おまえら、反社疑惑とか……やばいことになってんだろ」
「おまえも信じてんのか?」

葵が眉を吊り上げる。

「違う! ……ただ、心配で」

言った瞬間、牧野は口を押さえた。

「心配して来てくれたんですか?」

麗は目を丸くする。

「……大丈夫なのか」

牧野は目を逸らし、眉ひそめた。

「大丈夫です。ちゃんと作戦あるので」

自信満々に笑う麗を、牧野は不安そうな顔で見る。 

「本当に大丈夫か?」
「はい!」

麗は勢いよく頷く。葵と晴が麗を背後に押しやる。

「余計な世話だ」
「ぼくたちがついてるんで、大丈夫ですよ」

2人に気圧され、牧野はそそくさときびすを返した。


 午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ってすぐ、麗は葵と晴と共に理事長室へ向かった。

「ここ、座って」
「よう」

中に入ると、向い合せのソファに理事長と目白が座って、仕出し弁当を食べていた。

「君たち、前に目立つなって言ったこと、忘れたのかい?」

理事長の静かな声が、空気をひりつかせる。

「反社疑惑に、生徒会調査。悪目立ちしている自覚はあるかな?」
「ああ、それわざとだから。次郎おじさんに話すの忘れてたよ。ごめん」

晴が軽い口調で答える。

「とっくに俺が話した。知ってて言ってんだよ。もっと上手く立ち回れるよう指導してくれって、ねちねち言われてよう。勘弁してくれや」
「なんか、すみません」

麗は縮こまって頭を下げる。
 
「投稿フォームは危険だ。部活動停止処分、不登校も増えている。学院の空気は最悪だ」

理事長は重い息を吐き出し、足を組んだ。

「今日の放課後、手を打つよ。麗ちゃんの作戦で」

晴が理事長に微笑んだ。

「失敗は許されねえぞ」

葵に不機嫌そうに鼻をならす。

「分かってる」

神妙な面持ちで頷く麗を、理事長がまっすぐ射抜く。

「頼んだよ」
「は、はい。頑張ります」

威圧感のある笑みに、自然と背筋が伸びる。

きっと、うまくいく。……はず。
いや、絶対に成功させて、私の高校生活を守ってみせる。
これ以上、誰にも奪わせない。


 中村がリンゴマークの目立つスマホをいじりながら、隣を歩く佐藤に声をかけた。

「ぼくたちの投稿に、こんなにいいねが集まるなんてな。鹿島兄弟、ざまあ」
「絶対、反社だよな。生徒会の調査が終わったら、あいつら退学させられるかもな」
「佐藤くん、中村くん」

背後から名前を呼ばれ、2人が同時に振り向き、顔を強張らせた。

「長宮、さん!」
「か、鹿島兄弟!」

麗は穏やかな口調で話しかけた。

「2人が、私たちのこと投稿したんだよね?」
「いや、それは……」
「証拠あるのかよ」

目を泳がす2人を葵が睨みつける。

「下手くそな尾行しといて、しらばっくれんな。おまらこそ何の証拠もなしに、反社扱いしやがって」
「まあまあ。誤解しただけじゃないかな。そうだよね?」

晴が葵の背中軽く叩いて、小首を傾げた。

「誤解?」
「何がだよ」

怪訝な顔の佐藤と中村に、麗が口元に笑みを浮かべた。

「ちゃんと説明したいから、今からうちに来てくれない?」
「えっ?」
「今?」

困惑する2人を、晴と葵が見下ろす。

「本当のこと、教えてあげるからさ」
「来いよ」

2人から有無を言わせない圧力をかけられ、佐藤と中村は頷くしかなかった。

 鹿島の表札がかかっている立派な門を見上げた佐藤と中村は、意を決して敷地内に踏み込んだ。

「「お、お邪魔します」」

麗を先頭に玄関に入り、広い廊下を歩いていく。壁には日本画や高そうな壺が並び、まるで美術館のようだ。
 緊張の面持ちの2人を客間に案内すると、麗はコーヒーを持ってくると言って障子を開けて出て行った。葵と晴と向き合った佐藤と中村は、居心地悪そうに正座をして俯いた。

「ぼくたちの家、どう?」

晴が頬肘をついて問いかけた。

「広くて……すごいな」

顔を伏せたまま、佐藤は口を小さく動かした。

「どこが反社に見えんだよ」

葵の不機嫌な声に、肩をびくつかせた2人は、再び俯く。

「鹿島家は地主で、親は実業家。だから、家も車も見た目は立派なんだよね」

自嘲気味に笑う晴に、葵は鼻を鳴らした。

「家はともかく、車の趣味は悪いよな」

佐藤と中村は、決まりの悪い顔で目配せした。

「よかったら、飲んで」

麗が、2人の前にカップを置いた。

「私の両親、喫茶店やってたの。お父さんのいれるコーヒー、大好きだった」

カップの中で揺れる黒い液体を見つめながら、静かに口を開いた。

「将来は、一緒に喫茶店をやりたいって思ってた。けど……」

口を引き結ぶ。一拍置いて、ぽつりとこぼした。

「亡くなったの」

佐藤と中村は息を呑み、身じろいだ。

「私の親と、この2人のお父さんが友人で、私のこと引き取ってくれたんだ。……本当に、感謝してる」

言葉尻が震える。作られた嘘に、鳥肌が立つ。

 ……全部嘘。感謝なんてこれっぽちもしていない。閉じ込めるぐらいなら、独りにしてくれたら良かったのに。

——本当にそう思ってる?

 心の奥で、声がする。
麗はスカートを握り締めた。

 違う。
 今は、そんなこと考えてる場合じゃない。

「じゃあ、苗字が違うのは……」
 
顔を引きつらせた中村が、ためらいがちに尋ねる。

「養子じゃないから。私は2人の義妹なんかじゃない。ただの同居人」

思わず声に力が入る。

これは、本当のこと。
 嘘と本当が混じって、真実の境界線が曖昧になる。
 自分の本心すらも——。

「……でも、あの男の人は?」

中村の問いに、晴が静かに麗を見る。

 ここが、もうひとつの山場。
 大きな嘘。
麗は口許に手を当て、悲劇のヒロインに見えるよう肩を震わせた。

「……生き別れの、兄なの」

間を置いて、涙をこらえているかのように、声を絞り出す。
 佐藤と中村が、口をあんぐり開けて瞬きをする。
 外から犬の鳴き声が聞こえた途端、庭に面した障子が勢いよく開かれた。

「麗ちゃん! お兄ちゃんが来たよ!」

満面の笑みを浮かべたフクロウが両腕を広げ、客間に入ってきた。

「お、お兄ちゃん」

大げさな演技に、麗の笑みが引きつる。

「君たちが、麗ちゃんのクラスメイトだね。我が妹と仲良くしてくれて、ありがとう」

佐藤と中村に満面の笑みを向け、麗の隣に腰を下ろした。

「は、はあ」
「別に、そんな」

芝居がかった物言いに、佐藤と中村は困惑する。

「大げさだなあ。再会したばかりだから、テンションが上がってるんだよね」

麗は慌ててフクロウの肩に手を添え、親しげな振りをした。

「そうなんだよ。やっと愛しの妹に出会えたんだ! テンション上がって当然だろ」

フクロウに頭を撫でられ、麗は苦笑いをする。晴と葵は更に肩を震わせ、笑いを堪えるのに必死になる。

「生き別れって、どうして?」

中村に問われ、フクロウは自分の膝をピシャリと叩いた。

「よくぞ聞いてくれた! 両親が死んでから、しばらくは俺が、働きながら麗ちゃんを養ってたんだ。けど、俺は事故に巻き込まれて、それでな……えっと」

尻すぼみになり、フクロウは麗に耳打ちをした。

「なんだっけ?」
「えっ、えっと、だから、お兄ちゃん、行方不明になって、生死が分からなくなって」

麗は慌てて取り繕う。佐藤と中村は同情の眼差しを向けた。

 これは、いける? 
 なんとしてでも、信じこませなきゃ。
 ひとりで兄の帰りを待つ妹をイメージして……。
 
 ふと甦るのは、むせ返るような暑さと、水の流れる音。ささくれだった畳の上で絶句するあの日の自分。
 独りになった絶望、恐怖がじわじわとのし掛かり、圧し潰れそうになる。

 どうして、ひとりにするの。
 置いていかないで。
 お母さんと一緒に、私も連れていってほしかった。
 例え、あの世だとしても……。

「……私は、独りになった」

独りは、いや。恐い。誰か、助けて——。 
 頑丈に蓋をしたはずなのに、あの日の自分の悲痛な叫びが、鼓膜の裏で響く。胸の中が黒い影に覆われていく。
 
 違う。今は、独りじゃない。

 葵、晴、フクロウの顔を見て、息を吐き出す。胸に巣くう影が薄くなる。

 演技に集中しないと。
 ここが見せ場なんだから。

「お兄ちゃんは絶対に生きてる、私のこと探しに来てくれるって信じてた。だから、苗字は残しておきたかったの」

声が引きつる。麗は口元を覆って、嗚咽を漏らす。——真似をした。
 前髪の隙間からちらっと佐藤と中村を見ると、瞳が潤んでいる。
 横から嗚咽が聞こえる。フクロウが涙をボロボロ流して男泣きをしていて、麗はぎょっとした。

「ごめんよ。寂しい思いをさせて悪かった。こうしてまた会えて、本当によかったっ!」

大きな腕を広げ、フクロウにぎゅっと抱きしめられる。

 フクロウさん、演技にのめりこみすぎ! 
 圧が強くて苦しい。
 でも……。

 麗は目を白黒させて戸惑う。
 フクロウの涙が、麗の頬にぽたりと落ちる。

 あったかい。
 これ、演技だよね? 
 嘘でも、抱き締められて、自分のために泣いてもらえるのって、照れ臭いけど嬉しい。
 作り話の、偽りの家族なのに。
 もう少しだけ、このままでいたい。
 そう願ってしまう……。

 フクロウの背中に手を回す。
 嘘のはずなのに、温もりだけは本物だった。
 胸が熱くなる。
 嘘でも本当でもどうでもよくなってくる。
 ずぶずぶと溺れていく自分を、黒い影が遠くから見ている。

「疑ったりして、本当にごめん」
「再会できて、よかったな」

佐藤と中村はもらい泣きをして、目尻の涙を拭った。

「フク兄、やりすぎ」

不機嫌な顔の葵がフクロウを小突く。フクロウはぴたっと泣き止んだ。

「昨日見た動物のドキュメンタリー映像思い出しちゃって、つい」

フクロウの腕が麗から離れる。一瞬、寂しげな表情を浮かべる。遠ざかる温もりが惜しくて、麗はついフクロウの腕を掴む。

フクロウさん、たまにこんな表情で見てくるけど、どうして? 

「お兄ちゃんと離れがたい?」

ぱっと表情が明るくなる。麗は途端に気恥ずかしくなり、腕を引っ込めた。
 サクラの鳴き声が聞こえる。
 その途端、フクロウはさっと立ち上がった。

「おっと、サクラが呼んでる。麗ちゃん、また来るからね。君たち、これからも麗ちゃんと仲よくしてくれよ。じゃあな」

満面の笑みで手を振りながら、フクロウは庭に出て行った。
 
「長宮さん、鹿島くんたち、ごめん!」
「本当に、ごめん!」

佐藤と中村は、深く頭を下げた。

「分かってくれたらいいの。投稿が間違ってたって、生徒会に報告してもらってもいいかな?」

信じてもらえたことに安心して、自然と笑みがこぼれた。

「もちろん。投稿フォームにも、ぼくたちが間違ってたって投稿するよ」

佐藤が大きく頷く。

「今聞いた話、生徒会に伝えてもいい?」

中村の顔は使命感に満ちている。

「うん。皆の誤解が解けると、いいな」

佐藤と中村はもう一度頭を下げ、足早に帰っていった。

これで、噂は書き換えられる。
嘘で覆われて、真実は誰の目にも入らない。
 正しいだけじゃ、居場所は守れない。
 私は、奪われたくなかっただけ。
 
 黒い影は、小さな塊になって胸の奥の方に居座っている。そんな気がしたーー。


 翌日。校門の前で待ち伏せしていた杏奈が、開口一番謝罪をしてきた。

「2人と同居してる理由、詮索してごめんなさい。あんな過去があったなんて。さぞ辛かったでしょ」
「知ってるんですか?」

麗が驚いた風を装う。まだ昨日の演技が抜けない。

「投稿フォームで、すごい数のいいねがついてたよ」
「そう、ですか」

思った通りの展開ににやけそうになる。

「どうでもいい」
「分かってもらえて良かったね」

真逆の反応をする葵と晴が校門を潜った途端、大勢の女子に囲まれてしまう。彩夏と佳奈、見覚えのあるギャルもいる。

「アオさま、ハルさま、投稿見たよ!」
「デマ流すの、ひどいです!」
「あたし、嘘だって信じたよ!」
「あたしも!」

ファンの輪から抜け出せない2人を置いて、麗はひとりで教室に向かった。

 教室に入った瞬間、クラスメイトたちが駆け寄ってきた。

「長宮さんのこと、誤解しててごめん」
「あんな辛い過去があったなんて知らなかったよ」

思った以上の反応をされて、心苦しくなる。同情の眼差しが痛い。
 ひとつだけ、違う視線がぶつかる。
 恵だった。
 瞳が揺れ動く。何か言いたげに、唇が動いた。
 一瞬、胸が小さく踊る。
だが、恵は小さく目を伏せ、そのまま視線を逸らした。
 胸の中に冷たい風が吹き抜ける。
 自分が正しいことしたわけじゃないのに、謝ってくれるかもなんて期待して……。馬鹿みたい。
 恵との間には、分厚い氷の壁ができている。このまま、氷が溶けることはないのかもしれない。
 もう、いい。忘れよう。 
 二度と期待なんてしない。
 
 気持ちを切り替えて、投稿フォームを見てみる。佐藤と中村の謝罪投稿と、麗の過去を完結にまとめた投稿に、200を超えるいいねがついている。
 
更にスクロールする。

『間違った情報で人を傷つけるなんてひどいと思う』
『生徒会、ちゃんと調査してほしい』
『投稿フォームの使い方合ってる? クリーン運動になってない気がする』

 投稿フォームへの疑問がじわじわと増えていく。
 画面の向こうで、空気が変わり始めていた。
 正義とは言えない。けど、結果的に作戦は成功。思わず笑みが漏れる。

「ひとりで笑ってんなよ。きもいな」

いつの間にか教室に来ていた葵が、麗の頭を叩いた。

せっかく乗ってきた気分が台無し。

「へえ。作戦成功なんじゃない?」

スマホを覗き込んだ晴に言われ、麗は胸を張った。

「ふふん。私のシナリオのおかげだね」
「フク兄の下手な芝居のおかげだろ」

葵が鼻を鳴らすと、晴はくっくっと喉の奥で笑った。

「あれは最高だったね。麗ちゃんも良かったよ」


誉められてる気がしない。
 ——でも。

「ふふっ」

胸の奥の張り詰めていたものが少しだけ緩み、自然と笑みがこぼれた。窓から入る風が、ふわりと前髪を浮かせる。
 ぽかんと見つめる葵の頬が、微かに赤い。
 晴はつられて微笑むと、ゆっくり瞬きをした。

 昼休み、生徒会室は騒然としていた。

「澪ちゃん、投稿フォーム、やばくない?」

紬がパソコンの画面を澪に見せる。その周りに、不安な表情の生徒会役員が集まった。

『ランキングのために、嘘投稿する人、増えてない?』
『いいね欲しさで、話盛ってる気がする』
『改善じゃなくて、排除になってない?』
『投稿フォーム、いらなくない?』

「こんなのばっかり、いいねされてるよ。投稿フォーム、考え直した方が良くない?」

眉を下げる紬の肩に、澪は手を置いた。

「そうですね。こんなことになるなんて……」

気落ちした声。
室内に、通夜のようなどんよりとした空気が流れた。

 ホームルームが終わる頃、校内放送が鳴った。

『生徒会よりお知らせです』

澪の声が流れる。麗はスピーカーを見上げた。

『投稿フォームについて、多くの意見を頂きました』

柔らかく、穏やかな声は、いつも通りだ。

『現在の運用について、見直しを行うことにしました』

麗の指がピクリと動く。

『本日をもって、投稿フォームは一時停止とします。なお、文化祭の優先権につきましては、例年通りくじ引きで行います』

教室が騒然とする。 

「マジで終わるんだ」
「でも、くじの方がまし」
「文化祭、楽しみ。そろそろ準備始まるよね」
「ていうか、うちのクラス、ツイプリがいるんだよ。優勝候補でしょ」

初めての文化祭。クラスの出し物やステージ、憧れのイベント。
また、奪われるかもしれない。不安がこみ上げる。
でも、もう奪わせない。
文化祭は普通に楽しみたい。
アオハルを取り戻したい。

鞄の持ち手を握りしめ、決意を固めた。


生徒会室の窓際に、澪はひとり佇んで夕焼けを眺めている。

「失敗、ね。おもしろくなりそうだったのに」

そこに落胆の色は一切見えない。

「文化祭……」

その唇が、緩やかに弧を描く。
 スマホを取り出し、麗、晴、葵が映っている画像を、指でなぞる。

「次も、楽しみね」

夕陽に照らされた横顔から、すっと笑みが消えた。