「友達なんてできないな」
5月、入学式から1ヶ月した今。いまだに友達ができない私は、無意識につぶやいていた。クラスのみんなは友達ができている。なのに私は友達ができていない。
…いや、そんな事を考えていても無駄か。考えるよりも行動に移したほうがいいのだろう。でも、楽しそうに話すみんなに私が話しかけたら迷惑だ。毎日、毎日そんな事を考え、結局友達ができない。
「自分の席につきなさい。朝のHRを始めるぞー」
どうやら担任の先生が来たようだ。みんなが一斉に自分の席に戻っていく。
「えー、突然だが新しいクラスメイトを紹介しよう。」
新しいクラスメイト?もしかして転校生?
「まあ新しいクラスメイトといっても、この1ヶ月いなかったやつなんだが…あ、入ってきていいぞ」
教室の扉が開く。その子は黒板の前に立つと明るく自己紹介をした。
「はじめまして!朝比奈陽香です、よろしくお願いします!」
「元気な自己紹介だな!じゃあ、朝比奈の席はあそこだ」
先生の目線の先には1ヶ月、誰も座っていなかった1番前の席があった。そうか、朝比奈という名字は”あ”から始まる。”あ”から始まる名字は基本的に出席番号で最初の方に来る。このクラスは”あ”から始まる名字は朝比奈さんしかいない…当然、1番前の席だ。
「それじゃ、HR始めるぞ」
担任がクラスメイトの名前を1人ずつ呼ぶ。…私の番が来た。
「はい」
迷惑にならないように、存在を消すように小さく返事をした。
「よし、これで全員呼んだな。あとは1時間目の授業の準備をするように」
そう言って先生は教室から出ていった。その直後、新たなクラスメイトである朝比奈さんのもとにたくさんの人だかりができる。
「これからよろしく!」
「わからない事あったら聞いて!」
そんな言葉に朝比奈さんは笑顔で応えた。
「みんなありがとう!これからよろしくね!」
「授業を始めるからみんな座ってー」
いつの間にか1時間目の授業である、国語の先生が来ていた。
みんな一斉に自分の席に戻っていく。
「えーっと、出席確認…」
クラスの名簿を見た後、名前を呼び始める。
「朝比奈さんは…いないから飛ばしてっと」
「あの、います」
「え?」
いつも欠席だったから飛ばされちゃってる。
「今日から登校する事になりました」
「あら、そうなのね。ごめんなさい、飛ばしちゃって」
「いえ、大丈夫です」
「じゃああらためて、朝比奈さん」
「はい!」
朝比奈さんは元気よく返事をした。
「今日は来てくれてありがとうね」
「はい、来れるようになってよかったです」
「初めての授業、楽しんで聞いてね」
国語の先生は優しい笑みを浮かべて言った。
その後の授業でも、朝比奈さんはいつもいないからという理由で飛ばされてしまっていた。そのたびに朝比奈さんは
「います」
と言っていた。私だったらいる事を言うのが申し訳なくなって言えないだろうなぁ。そんな事を思いながら朝比奈さんを見ていた。
放課後になると、朝比奈さんの周りにはまたクラスメイトが集まった。
「朝比奈さんは部活入る予定とかある?」
「運動部が気になってるよ!」
「それだったら私の部活に…」
「待って待って!私の方も部員が少ないって、先輩が言ってて」
「私のとこのテニス部は興味ない?」
「みんな誘ってくれてありがとう!でも部活は自分で決めたいな」
そうだよね、自分で決めるべきだよねと口々に言う。
「それに自分の入りたいと思える部活に入って、青春したいし!」
”青春”という言葉を聞いた瞬間、私の心がズキリと痛んだ。私には程遠いもの。それを簡単に口に出して、実行ができるなんて。いいな、私も簡単にできたらいいのに。羨ましがっても仕方ないのに、どうしても羨ましく思ってしまう。教室にいたら青春って言葉がまた出てきて心が痛むかも。もう帰ろう。かばんに荷物を詰め込み、椅子から立ち上がる。そのまま教室をあとにした。
校門を出ると、ゆっくりと深呼吸をした。教室は私にとって、重い空気が流れているように感じる。でも、外に出ると空気が軽くなるような気がするのだ。まあ、友達がいなくて教室にいるのが気まずいから空気が重いのかもしれないけど。
「帰ろう」
帰宅部の私はおしゃれなカフェやかわいい雑貨屋に寄るでもなく、家へと直帰する。友達がいたら放課後にそういう事ができるんだろうな。あれ、また友達の事考えちゃってる。考えても仕方ないのに。
「あ、バス停…」
考えながら歩いていたら、バス停に着いていた。しかもちょうどバスが来る時間だった。私はバスに乗り込み、後ろの空いている席に座る。朝は通学する生徒や仕事に向かう人達でいっぱいのバスも、この時間だとすいている。私が帰宅部のおかげで、部活終わりの生徒がいないのが理由だけど。なんだか今日は疲れたな。眠くなってきちゃったし、少し寝よう。バスに揺られながら、私は眠りについた。
「ん…」
「次は終点、です。お忘れ物の無いようお気をつけください」
もう終点?そんなに寝ちゃってたんだ私。まあ、降りる場所は終点だからいいんだけど。私はバスから降りると、家に向かって歩き出す。ここから10分ほど歩けば、私の家だ。それにしても、あの転校生…朝比奈さんすごい元気な子だったな。私とはまるで違う。私もあんなふうになれたらよかったのに。私と朝比奈さんは性格が違いすぎるし、一生関わる事はないんだろうな。
…家に着いた。かばんから鍵を取り出し、玄関の鍵を開ける。
「ただいま…」
家には誰もいないのにただいまを言ってしまった。かばんを床に置き、洗面所へ向かう。手洗いうがいをしてから、またかばんを持ち自分の部屋へ向かう。
「はあ、疲れた」
時計を見ると、5時半だった。もう夕飯食べちゃおうかな。部屋着に着替え、キッチンへと行く。そこにはラップの掛けられた冷たい夕飯が置いてあった。温めて食べてねと書かれた、毎日見るメモが置いてある。すべて電子レンジに入れ、あたためボタンを押した。ピーッと電子レンジが鳴る。蓋を開け適当に温まった夕飯を取り出し、テーブルに並べる。両親が共働きなせいで、どんなときでもご飯は1人だ。こんなところでも1人だなんて…
「…寂しい」
温まった夕飯を口に入れても、あまり味がしなかった。
「行ってきます」
もう誰もいない家に向かって言う。今日も学校。なんだか憂鬱。友達なんかできないのに。
「あれ、私と同じクラスの子?」
「え?」
あの子って…
「やっぱりそうだ!名前は教えてもらってなかったよね?」
「あ、えっと…」
「私、朝比奈陽香!…ってもう知ってるか」
どういう事?なんで朝比奈さんがここにいるの?訳がわからず、固まってしまう。どうしよう、どうしたらいい?
「で、名前は?」
「え、あ、その…夜見葵です…」
「葵ちゃん、よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします?」
「そうだ!一緒に学校行こうよ」
「一緒に?そ、それよりもなんでここにいるの?」
「私の家ここなんだ」
朝比奈さんが指差す方向を見ると、私の家の隣だった。この家って確か、3月の終わりまで売られていた中古一軒家だったような。じゃあ朝比奈さん家族が買ったって事?こんな偶然あるんだ。
「一緒に行くのやだ?」
朝比奈さんが聞いてくる。
「そんな事ないよ!一緒に行こう」
「やったー!この辺りの事よく知らないから迷いそうだったんだよね」
朝比奈さんはそう言って歩き出す。私は急いでついていった。えっと、なに話したらいいんだろう。当たり障りのない事を話したほうがいいよね。
「この辺りには最近引っ越して来たんだよね?」
「そう、4月の始めにね。でも…」
「でも?」
「あー、なんていうか、やらかしちゃったんだよね」
「やらかしたって、どういう事?」
「入学式の前日に風邪引いちゃって。熱も出てたから入学式に行けなかったんだけど」
「それで1ヶ月学校に来てなかったんだ」
…あれ、でも風邪で1ヶ月も休むかな?
「その、風邪をこじらせちゃって、肺炎になって入院してたんだ」
「そうだったんだ…」
「でも退院して元気になったし、もう大丈夫!」
「それならよかった」
そっか、入院してたから学校に来なかったんだ。
「あ、バス停に着いたよ」
顔を上げると目の前にバス停があった。なんだか今日はバス停に着くのが早い。人と話してるからだろうか。私達は先に並んでいた人の後ろに並び、バスを待つ。
「そういえば葵ちゃんって、1人でいるのが好きだったりする?」
突然言われてびっくりした。なんで1人でいる事を知っているんだろう。
「な、なんで?」
「昨日見てたら、ずっと1人でいるなーって思って」
朝比奈さん、私の事見てたんだ。私なんて目立たない人間だから、見てるとは思わなかった。
「1人でいるのが好きって訳じゃなくて、友達がいないというか」
あぁ、こんな事言ったら引かれるだろうな。友達がいないなんて。暗くて目立たない子とは友達なれないよって言われるかも。
「じゃあさ、私と友達になろうよ!」
「え?」
友達になる?朝比奈さんと?私なんかが朝比奈さんと友達になってもいいの?
朝比奈さんはキラキラした瞳で私を見つめている。
「でも、私なんかが朝比奈さんと友達になっていいのかな」
「そんな事言わないでよ!誰だって友達になる権利はあるんだから。それに…」
朝比奈さんは私の目を見ると、笑顔で言った。
「友達がいるって素敵な事だと思うんだ。…だから私と友達になってよ!」
「ほんとにいいの?私、人見知りで上手く話せないし、一緒にいても楽しくないかもしれないよ」
「そんな事ないよ!友達ならどんな人でも一緒にいて楽しいから!」
友達ならどんな人でも一緒にいて楽しい。朝比奈さんがそう言ってくれた事が嬉しかった。
「…わかった。私、朝比奈さんと友達になるよ」
友達になりたい、朝比奈さんと。
「ありがとう、友達になれて嬉しい!」
「えっと、これからよろしくね。朝比奈さん」
「朝比奈さんじゃなくて、陽香って呼んでよ」
「えっ」
「さん付けじゃ友達っぽくないじゃん」
「は、陽香ちゃん…でいいかな?」
「うんうん、それでよし」
朝比奈さん…いや、陽香ちゃんは嬉しそうな笑顔を見せた。
「あ、バス来たよ」
「ほんとだ」
私達は前に並んでいた人に続き、バスに乗車する。
「うわ、結構混んでるね」
「朝はいつも混んでるの」
「そうなんだ。昨日は車で送ってもらったから知らなかったなあ…葵ちゃんはいつもこんなぎゅうぎゅうのバスに乗ってるって事だよね」
「うん、いつも押しつぶされて大変」
「そりゃ大変だね。でも友達といれば楽しい話ができて、少しは楽なんじゃない?」
「確かに。いつもより楽かも」
あぁ、友達がいるってこんなに楽しいんだ。憂鬱な登校中も、なんだか楽しく思えてくる。
私達は混んでいるバスの中で話をしながら、学校に向かっていった。
「次は〇〇高校前」
「あ、降りるのってこのバス停だよね」
「そうだよ」
バスが停車し、同じ高校に通う生徒達が降りていく。私達もそれに続いて降りた。
「いやあ、混んでて大変だったけど、友達と話しながらだったから楽しかったな」
「私も楽しかった。ありがとう」
「そんなそんな、お礼を言われるほどじゃないよ」
いや、私にとってはお礼を言いたいほどの事だ。友達になってくれた事に、感謝してもしきれない。昇降口に着き、上履きに履き替える。陽香ちゃんも履き替え、一緒に教室へ向かう。…一緒に?私、陽香ちゃんと一緒に教室に入ってもいいのだろうか。クラスメイトになにか言われない?目立たないあの子が朝比奈さんと友達?とか全然似合ってないとか言われちゃうんじゃ。どうしようと思っている間に教室についてしまった。
「みんなおはよう!」
「朝比奈さん、おはよう!」
「来るの待ってたよ!」
陽香ちゃんが挨拶をすると、みんな揃って挨拶をした。
「あれ、隣にいるのって…夜見さん?」
ドキッとした。やっぱなんか言われる!
「そう!家が隣同士で友達になったんだ」
陽香ちゃん、家が隣同士ってこと言っちゃったよ!クラスメイトがざわつき始める。ちょっとヤバい、いや、かなりヤバいかも。
「いいなー、朝比奈さんと家が隣同士って」
「私も夜見さんになりたかった」
羨ましがる声が聞こえる。これじゃ矛先が全部私に。
「羨ましがっても事実は変えられないでしょ。ね、葵ちゃん」
「えっ、あっ、確かに。陽香ちゃんの言う通り、事実は変えられないかも」
そうだよね、羨ましがっても仕方ないよねという声が、教室中から聞こえてくる。
「そういえば夜見さん、朝比奈さんのこと下の名前で呼んでるんだね」
「え」
もしかして、みんな名字で呼んでるの?名前で呼んでるの、私だけってことないよね。何人か名前で呼んでるはず。
「名前で呼んでくれてるの、今のところ葵ちゃんだけ」
「…そうなの?」
私は陽香ちゃんの方を見て言った。
「そうだよ!」
笑顔で答える陽香ちゃん。陽香ちゃんのこと名前で呼んでるの、本当に私だけなんだ。
「これを機に、私たちも朝比奈さんのこと陽香ちゃんって呼んでもいいかな?」
「そりゃもちろん、いいに決まってるでしょ!」
「じゃあこれからは陽香ちゃんって呼ぶね」
みんな下の名前で呼べることが嬉しいみたい。
「そうだ、私、夜見さんとも話してみたかったの」
クラスメイトの1人が突然言った。
「私と?」
「可愛い子だな〜って思ってたんだけど、いつも1人でいたからなかなか話しかけられなくって」
「そうだったんだ…」
「あ、私も夜見さんと話してみたい!」
私もといろんなところから聞こえてくる。
「葵ちゃんと友達になりたい子たくさんいるじゃん」
隣にいた陽香ちゃんが言った。私と友達になりたいと思ってくれる子がこんなにもいる。そのことがすごく嬉しかった。そう思うと涙が出てきそうになって、必死に堪える。
「え、泣いてる!?」
近くにいたクラスメイトが驚いて言った。
「いや、泣いてないよ」
「そんな顔で言われても説得力ないよ」
私そんな泣いてる?恥ずかしくなって顔を隠す。
「ハンカチあるよ。いる?」
私の目の前にハンカチが差し出される。
「ありがとう」
5月、入学式から1ヶ月した今。いまだに友達ができない私は、無意識につぶやいていた。クラスのみんなは友達ができている。なのに私は友達ができていない。
…いや、そんな事を考えていても無駄か。考えるよりも行動に移したほうがいいのだろう。でも、楽しそうに話すみんなに私が話しかけたら迷惑だ。毎日、毎日そんな事を考え、結局友達ができない。
「自分の席につきなさい。朝のHRを始めるぞー」
どうやら担任の先生が来たようだ。みんなが一斉に自分の席に戻っていく。
「えー、突然だが新しいクラスメイトを紹介しよう。」
新しいクラスメイト?もしかして転校生?
「まあ新しいクラスメイトといっても、この1ヶ月いなかったやつなんだが…あ、入ってきていいぞ」
教室の扉が開く。その子は黒板の前に立つと明るく自己紹介をした。
「はじめまして!朝比奈陽香です、よろしくお願いします!」
「元気な自己紹介だな!じゃあ、朝比奈の席はあそこだ」
先生の目線の先には1ヶ月、誰も座っていなかった1番前の席があった。そうか、朝比奈という名字は”あ”から始まる。”あ”から始まる名字は基本的に出席番号で最初の方に来る。このクラスは”あ”から始まる名字は朝比奈さんしかいない…当然、1番前の席だ。
「それじゃ、HR始めるぞ」
担任がクラスメイトの名前を1人ずつ呼ぶ。…私の番が来た。
「はい」
迷惑にならないように、存在を消すように小さく返事をした。
「よし、これで全員呼んだな。あとは1時間目の授業の準備をするように」
そう言って先生は教室から出ていった。その直後、新たなクラスメイトである朝比奈さんのもとにたくさんの人だかりができる。
「これからよろしく!」
「わからない事あったら聞いて!」
そんな言葉に朝比奈さんは笑顔で応えた。
「みんなありがとう!これからよろしくね!」
「授業を始めるからみんな座ってー」
いつの間にか1時間目の授業である、国語の先生が来ていた。
みんな一斉に自分の席に戻っていく。
「えーっと、出席確認…」
クラスの名簿を見た後、名前を呼び始める。
「朝比奈さんは…いないから飛ばしてっと」
「あの、います」
「え?」
いつも欠席だったから飛ばされちゃってる。
「今日から登校する事になりました」
「あら、そうなのね。ごめんなさい、飛ばしちゃって」
「いえ、大丈夫です」
「じゃああらためて、朝比奈さん」
「はい!」
朝比奈さんは元気よく返事をした。
「今日は来てくれてありがとうね」
「はい、来れるようになってよかったです」
「初めての授業、楽しんで聞いてね」
国語の先生は優しい笑みを浮かべて言った。
その後の授業でも、朝比奈さんはいつもいないからという理由で飛ばされてしまっていた。そのたびに朝比奈さんは
「います」
と言っていた。私だったらいる事を言うのが申し訳なくなって言えないだろうなぁ。そんな事を思いながら朝比奈さんを見ていた。
放課後になると、朝比奈さんの周りにはまたクラスメイトが集まった。
「朝比奈さんは部活入る予定とかある?」
「運動部が気になってるよ!」
「それだったら私の部活に…」
「待って待って!私の方も部員が少ないって、先輩が言ってて」
「私のとこのテニス部は興味ない?」
「みんな誘ってくれてありがとう!でも部活は自分で決めたいな」
そうだよね、自分で決めるべきだよねと口々に言う。
「それに自分の入りたいと思える部活に入って、青春したいし!」
”青春”という言葉を聞いた瞬間、私の心がズキリと痛んだ。私には程遠いもの。それを簡単に口に出して、実行ができるなんて。いいな、私も簡単にできたらいいのに。羨ましがっても仕方ないのに、どうしても羨ましく思ってしまう。教室にいたら青春って言葉がまた出てきて心が痛むかも。もう帰ろう。かばんに荷物を詰め込み、椅子から立ち上がる。そのまま教室をあとにした。
校門を出ると、ゆっくりと深呼吸をした。教室は私にとって、重い空気が流れているように感じる。でも、外に出ると空気が軽くなるような気がするのだ。まあ、友達がいなくて教室にいるのが気まずいから空気が重いのかもしれないけど。
「帰ろう」
帰宅部の私はおしゃれなカフェやかわいい雑貨屋に寄るでもなく、家へと直帰する。友達がいたら放課後にそういう事ができるんだろうな。あれ、また友達の事考えちゃってる。考えても仕方ないのに。
「あ、バス停…」
考えながら歩いていたら、バス停に着いていた。しかもちょうどバスが来る時間だった。私はバスに乗り込み、後ろの空いている席に座る。朝は通学する生徒や仕事に向かう人達でいっぱいのバスも、この時間だとすいている。私が帰宅部のおかげで、部活終わりの生徒がいないのが理由だけど。なんだか今日は疲れたな。眠くなってきちゃったし、少し寝よう。バスに揺られながら、私は眠りについた。
「ん…」
「次は終点、です。お忘れ物の無いようお気をつけください」
もう終点?そんなに寝ちゃってたんだ私。まあ、降りる場所は終点だからいいんだけど。私はバスから降りると、家に向かって歩き出す。ここから10分ほど歩けば、私の家だ。それにしても、あの転校生…朝比奈さんすごい元気な子だったな。私とはまるで違う。私もあんなふうになれたらよかったのに。私と朝比奈さんは性格が違いすぎるし、一生関わる事はないんだろうな。
…家に着いた。かばんから鍵を取り出し、玄関の鍵を開ける。
「ただいま…」
家には誰もいないのにただいまを言ってしまった。かばんを床に置き、洗面所へ向かう。手洗いうがいをしてから、またかばんを持ち自分の部屋へ向かう。
「はあ、疲れた」
時計を見ると、5時半だった。もう夕飯食べちゃおうかな。部屋着に着替え、キッチンへと行く。そこにはラップの掛けられた冷たい夕飯が置いてあった。温めて食べてねと書かれた、毎日見るメモが置いてある。すべて電子レンジに入れ、あたためボタンを押した。ピーッと電子レンジが鳴る。蓋を開け適当に温まった夕飯を取り出し、テーブルに並べる。両親が共働きなせいで、どんなときでもご飯は1人だ。こんなところでも1人だなんて…
「…寂しい」
温まった夕飯を口に入れても、あまり味がしなかった。
「行ってきます」
もう誰もいない家に向かって言う。今日も学校。なんだか憂鬱。友達なんかできないのに。
「あれ、私と同じクラスの子?」
「え?」
あの子って…
「やっぱりそうだ!名前は教えてもらってなかったよね?」
「あ、えっと…」
「私、朝比奈陽香!…ってもう知ってるか」
どういう事?なんで朝比奈さんがここにいるの?訳がわからず、固まってしまう。どうしよう、どうしたらいい?
「で、名前は?」
「え、あ、その…夜見葵です…」
「葵ちゃん、よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします?」
「そうだ!一緒に学校行こうよ」
「一緒に?そ、それよりもなんでここにいるの?」
「私の家ここなんだ」
朝比奈さんが指差す方向を見ると、私の家の隣だった。この家って確か、3月の終わりまで売られていた中古一軒家だったような。じゃあ朝比奈さん家族が買ったって事?こんな偶然あるんだ。
「一緒に行くのやだ?」
朝比奈さんが聞いてくる。
「そんな事ないよ!一緒に行こう」
「やったー!この辺りの事よく知らないから迷いそうだったんだよね」
朝比奈さんはそう言って歩き出す。私は急いでついていった。えっと、なに話したらいいんだろう。当たり障りのない事を話したほうがいいよね。
「この辺りには最近引っ越して来たんだよね?」
「そう、4月の始めにね。でも…」
「でも?」
「あー、なんていうか、やらかしちゃったんだよね」
「やらかしたって、どういう事?」
「入学式の前日に風邪引いちゃって。熱も出てたから入学式に行けなかったんだけど」
「それで1ヶ月学校に来てなかったんだ」
…あれ、でも風邪で1ヶ月も休むかな?
「その、風邪をこじらせちゃって、肺炎になって入院してたんだ」
「そうだったんだ…」
「でも退院して元気になったし、もう大丈夫!」
「それならよかった」
そっか、入院してたから学校に来なかったんだ。
「あ、バス停に着いたよ」
顔を上げると目の前にバス停があった。なんだか今日はバス停に着くのが早い。人と話してるからだろうか。私達は先に並んでいた人の後ろに並び、バスを待つ。
「そういえば葵ちゃんって、1人でいるのが好きだったりする?」
突然言われてびっくりした。なんで1人でいる事を知っているんだろう。
「な、なんで?」
「昨日見てたら、ずっと1人でいるなーって思って」
朝比奈さん、私の事見てたんだ。私なんて目立たない人間だから、見てるとは思わなかった。
「1人でいるのが好きって訳じゃなくて、友達がいないというか」
あぁ、こんな事言ったら引かれるだろうな。友達がいないなんて。暗くて目立たない子とは友達なれないよって言われるかも。
「じゃあさ、私と友達になろうよ!」
「え?」
友達になる?朝比奈さんと?私なんかが朝比奈さんと友達になってもいいの?
朝比奈さんはキラキラした瞳で私を見つめている。
「でも、私なんかが朝比奈さんと友達になっていいのかな」
「そんな事言わないでよ!誰だって友達になる権利はあるんだから。それに…」
朝比奈さんは私の目を見ると、笑顔で言った。
「友達がいるって素敵な事だと思うんだ。…だから私と友達になってよ!」
「ほんとにいいの?私、人見知りで上手く話せないし、一緒にいても楽しくないかもしれないよ」
「そんな事ないよ!友達ならどんな人でも一緒にいて楽しいから!」
友達ならどんな人でも一緒にいて楽しい。朝比奈さんがそう言ってくれた事が嬉しかった。
「…わかった。私、朝比奈さんと友達になるよ」
友達になりたい、朝比奈さんと。
「ありがとう、友達になれて嬉しい!」
「えっと、これからよろしくね。朝比奈さん」
「朝比奈さんじゃなくて、陽香って呼んでよ」
「えっ」
「さん付けじゃ友達っぽくないじゃん」
「は、陽香ちゃん…でいいかな?」
「うんうん、それでよし」
朝比奈さん…いや、陽香ちゃんは嬉しそうな笑顔を見せた。
「あ、バス来たよ」
「ほんとだ」
私達は前に並んでいた人に続き、バスに乗車する。
「うわ、結構混んでるね」
「朝はいつも混んでるの」
「そうなんだ。昨日は車で送ってもらったから知らなかったなあ…葵ちゃんはいつもこんなぎゅうぎゅうのバスに乗ってるって事だよね」
「うん、いつも押しつぶされて大変」
「そりゃ大変だね。でも友達といれば楽しい話ができて、少しは楽なんじゃない?」
「確かに。いつもより楽かも」
あぁ、友達がいるってこんなに楽しいんだ。憂鬱な登校中も、なんだか楽しく思えてくる。
私達は混んでいるバスの中で話をしながら、学校に向かっていった。
「次は〇〇高校前」
「あ、降りるのってこのバス停だよね」
「そうだよ」
バスが停車し、同じ高校に通う生徒達が降りていく。私達もそれに続いて降りた。
「いやあ、混んでて大変だったけど、友達と話しながらだったから楽しかったな」
「私も楽しかった。ありがとう」
「そんなそんな、お礼を言われるほどじゃないよ」
いや、私にとってはお礼を言いたいほどの事だ。友達になってくれた事に、感謝してもしきれない。昇降口に着き、上履きに履き替える。陽香ちゃんも履き替え、一緒に教室へ向かう。…一緒に?私、陽香ちゃんと一緒に教室に入ってもいいのだろうか。クラスメイトになにか言われない?目立たないあの子が朝比奈さんと友達?とか全然似合ってないとか言われちゃうんじゃ。どうしようと思っている間に教室についてしまった。
「みんなおはよう!」
「朝比奈さん、おはよう!」
「来るの待ってたよ!」
陽香ちゃんが挨拶をすると、みんな揃って挨拶をした。
「あれ、隣にいるのって…夜見さん?」
ドキッとした。やっぱなんか言われる!
「そう!家が隣同士で友達になったんだ」
陽香ちゃん、家が隣同士ってこと言っちゃったよ!クラスメイトがざわつき始める。ちょっとヤバい、いや、かなりヤバいかも。
「いいなー、朝比奈さんと家が隣同士って」
「私も夜見さんになりたかった」
羨ましがる声が聞こえる。これじゃ矛先が全部私に。
「羨ましがっても事実は変えられないでしょ。ね、葵ちゃん」
「えっ、あっ、確かに。陽香ちゃんの言う通り、事実は変えられないかも」
そうだよね、羨ましがっても仕方ないよねという声が、教室中から聞こえてくる。
「そういえば夜見さん、朝比奈さんのこと下の名前で呼んでるんだね」
「え」
もしかして、みんな名字で呼んでるの?名前で呼んでるの、私だけってことないよね。何人か名前で呼んでるはず。
「名前で呼んでくれてるの、今のところ葵ちゃんだけ」
「…そうなの?」
私は陽香ちゃんの方を見て言った。
「そうだよ!」
笑顔で答える陽香ちゃん。陽香ちゃんのこと名前で呼んでるの、本当に私だけなんだ。
「これを機に、私たちも朝比奈さんのこと陽香ちゃんって呼んでもいいかな?」
「そりゃもちろん、いいに決まってるでしょ!」
「じゃあこれからは陽香ちゃんって呼ぶね」
みんな下の名前で呼べることが嬉しいみたい。
「そうだ、私、夜見さんとも話してみたかったの」
クラスメイトの1人が突然言った。
「私と?」
「可愛い子だな〜って思ってたんだけど、いつも1人でいたからなかなか話しかけられなくって」
「そうだったんだ…」
「あ、私も夜見さんと話してみたい!」
私もといろんなところから聞こえてくる。
「葵ちゃんと友達になりたい子たくさんいるじゃん」
隣にいた陽香ちゃんが言った。私と友達になりたいと思ってくれる子がこんなにもいる。そのことがすごく嬉しかった。そう思うと涙が出てきそうになって、必死に堪える。
「え、泣いてる!?」
近くにいたクラスメイトが驚いて言った。
「いや、泣いてないよ」
「そんな顔で言われても説得力ないよ」
私そんな泣いてる?恥ずかしくなって顔を隠す。
「ハンカチあるよ。いる?」
私の目の前にハンカチが差し出される。
「ありがとう」
