『名前と声を伏せたまま、私たちは繋がっている』


「ごめんな、なんかウザかったな……」

「ん、んん……」私は首を振った。

「あ、あわ…くん……の…おっ…おか……おかあさん、…わっ…わた…しのこ…こと、しっ…てた…の? は…はな…し……てたの?」
 
「ふっ…ふつう……に、きっ…きいて……いた…か…ら…」
 
 安房くんは「きっと……」と言って、話し始めた。

「いや、奈々原のことは何も言ってない……うちの母親って、看護師なんだ。だから……奈々原の話し方を聞いて感じたんじゃないのかな?」

「そっ…か…」納得できた。想像してみると、スクラブ(看護服)がとても似合いそうだった。

「おっ、おか…あさん……きっ…きれい…なひっ…ひと……だねっ」

「そうか?わかんないや」と、笑っていた。

 少し話しては会話が止まり、また会話したと思うと黙り込む。その繰り返しだったが、気まずい感じには思わなかった。

(安房くんって、普段から口数が少ないせいかな?黙っていられても、気まずくないな……)

 今まで『並んで歩く』という経験がなかったので、人一倍過敏に感じていたが、安房やなずなに対しては『不安』に思うことがなかった。

 しばらく歩いていると安房くんが突然、

「少し話しがあるんだけどいいかな?」
 ゆびを指したその方向を見ると公園があった。

「えっ?なんだろう……」突然のことで悪い予感しか浮かばなかった。

 逃げ出したい気持ちになったが、深呼吸をして、『何があっても受け止めよう』と決心し、「う……ん」と言って、安房の後について行った。

 二人でベンチに座ったが、何やら考えているらしく話そうとしない。

 黙って待っていると、整理がついたのか話し始めた。


「今日は突然なずなが言い出してごめん。迷惑じゃなかった?」

「う、ううん…だ、だい……だいじょ…うぶ」

 左右に首を振る

「あいつ強引な所があるから」

「ほ、ほん…とう、に……う、うれしかった……です」

「そっか。それはよかった」

「あいつ、奈々原と友達になりたがっていたんだよ」

 思いもよらない言葉にびっくりした。

「見せたいものがあるんだけど」

 スマホを取り出し、なにやら操作し始めた。

「んーっと。あった、これ。入学してしばらく経った頃だったな」

 LINEでの会話だった。

 顔を寄せ、内容を目で追った。



――――――――――――――――――――



私、奈々原さんと友達に
なりたいな



    なればいいじゃん



きっかけがないと話し
にくいでしょ? 
卓也、後ろにいるんだから
話しかけてよ



    無理に決まってるだろ。
    俺の『口の冷たさ』は
    お前が一番良く分かってるくせに 



……まぁ、そっか
先生の話しを聞いたからって
訳じゃないんだけど、
気なって見てみると
奈々原さんって、オドオドしたり
キョロキョロしたり
見ていると小動物みたい
でかわいいんだよ
ギュッってしたくなっちゃう 笑
趣味って何かな?私と合うと
嬉しいな。あー、話したいな



    突然話しかけても
    困惑するだろうし、
    不自然に話しかけても
    警戒されるだけだぞ
    奈々原と友達になりたいなら
    『きっかけ』ができるのを
    待つしかないだろ



そう…かもね
嫌われたら元も子もないかぁ
きっかけかぁ……
きっかけ……
あっ!
食パンかじりながら、
ぶつかるとか?



    ……お前、ばかだろ



――――――――――――――――――――

「それと、あとこれも」

「今日の昼休みのあと、授業中に送ってきたんだ」 

これはLINEではなく、ショートメールだった。

――――――――――――――――――――



奈々原さんが『アプリコットさん』だって聞いた時はびっくりしたよ!

こんな偶然って、あるんだね!

知らなかったとはいえ、テキストチャットで色々会話できてホント嬉しいんですけどー 
うひょー!

前に卓也が『きっかけ』って言ってたけど
最高のきっかけができたよ!

いつか学校でも、会話できるといいなあ。



本人は話し方を気にしているみたいだけど、周りはそんなに気にしてないと思うんだけどなあ……

過去に色々あったのかもしれないけど、それはそれ。

私は奈々原さんと、リアルでも友達になりたいよ。



――――――――――――――――――――

 読み終わった瞬間、涙が溢れた……

 私のことをこんなに思っていてくれてたなんて想像もしていなかった。

(でも、会話にあった先生の話って……)

「せっ…せんせ…い…、わっ…たしの…こと、なっ…なんかいっ……いっ…てたの?」

「ん、詳しくは話さなかったけど、奈々原のことを心配しているのは伝わったな」

「吃音症のことは今日、奈々原から聞いて初めて知ったし」

「奈々原のことを気にかけている人はちゃんといるってことかな」

「ところで、奈々原がアプリコットだって知った時の顔、なずなはどうだった?」

「凄い剣幕で二人で迫って来た時、笑いそうになったよ」

「まぁ、俺もかなり驚いたけど」

「吃音症だっけ。あんまり詳しくないけど、声を出して会話した方が改善しやすいみたいだな……」

「三人でプレイしている時は……少しでいいから、一言、二言でも声を出す練習しないか?」

「俺も口が悪いから治すつもりで会話しようと思う……冷たく感じたら指摘してくれ」

「なずなの場合は、お姉さんの声を我慢してもらえると助かる。でも、本当に声が大きいから覚悟してくれ。多分、なずなの声が聞こえにくいと思うけど」

 思い出したように笑い出していた。


(安房くんは『自分を直す』という体で話しているけど、私が声を出して少しでも改善できればと気を使ってくれているんだ……)


「あ、話してばかりでごめん。迷惑だったかな?」

「う、ぅん……だっ、だい……じょうぶ」
 首を左右に振る。

「つっ、……づっ…けて…」


(胸の奥が熱くなる。ちょろぎさんの時はテキストで。安房くんの時は声で話しかけてくれる)
 
(今まで私に話しかけてくれる人は少なくて、私自身も拒否していたから気にしていなかったけど……会話って、いいな……)


「今まで……俺が想像できない位のつらい思いをしてきたと思う……だけど、これからは違う」

「俺となずながいるから……二人で奈々原を守るから安心してくれ」


 私は……泣いた。声を出して泣いた……


 両親以外から受けたことがない『優しさ』と『温かさ』が伝わってきたから……


「こっ、こん…な、わっ…わたしにっ…な、なんで……やっ…やさしく…し、してくれ…るの?」


 泣きすぎて……声を出すのが辛かったけど、聞きたかった……


「こんな私って何?誰かが言ったのか?それとも自分で決めつけているのか?」

「奈々原はアプリコットそのままだよ。周囲に気を遣って、周囲のために動く。チャットでも楽しそうにしている」

「奈々原は自分のことを気にしすぎで周囲が誤解して……悪循環だったのかもしれない」

 安房くんの言葉を聞いて『はっ』とした。

 確かに……私は『吃音症だから』と卑屈になって、自分から周りを遠ざけていた……

「これからは少しずつでいい、周りの誤解を解いていこう」

「うっ、ん……」
 声を出すのが精一杯だった……

「色々言ってごめん。あまり遅くなると、お母さんが心配するだろうし……」

「その泣き顔みたら、更に心配しそうだ」

 苦笑いしながらポケットからティッシュを出して渡してくれた。

「あ、あり……がと」


そのあと、駅についてお礼をしたら

「何言ってるの?家まで送るんだけど」と、
 一緒に電車に乗り、家の前まで来てくれた。

 公園から家に着くまで、あまり話さなかったけど、横にいてくれるだけで安心した……

 玄関を開けると、お母さんが出てきて、安房くんに何度も何度も頭を下げていた。

 安房くんも「遅くなってすいませんでした」と謝っていた。

「じゃ、奈々原。また月曜日に学校で」

 私も「きょ…きょうは…あっ、ありがとう。たっ、たの…しっ、かっ、かった…です」と返したら、お母さんがびっくりしていた。

 安房くんが笑いながら手を振って、来た道を引き返して行った。

 お母さんをみると目が潤んでいた気がした……



安房くん、鈴城さん……

 二人との出会いは偶然を装って、神様がくれた繋がりかも知れないと思った……

 今までの私の境遇に同情して与えてくれたのかな?

 過去の辛い体験は二人に出逢うための試練だったと思うと、
『神様ありがとうございました』と言える位、かけがえのないものだった。



 私は初めて……


   『学校に行くのが楽しみ』


             ……と思った。





                〈完〉