数分後、安房くんが私と鈴城さんの肩に手を置き、私たちに話しかけた。
「二人とも、落ち着いてきたか?」
冷たい口調ではあったが、『思いやり』を感じることができた。
「ご、ごめんなさい……奈々原さんの思いを聞いていたらつい……」
鈴城さんは涙を拭きながら私を見ている。
「奈々原さん、大丈夫。少なくとも私と卓也はあなたの敵じゃないから……信じて」
安房くんも頷いてくれている。
「でっ…でもっ……わ…たしが…いると、めっ…めいわ…くが」
鈴城さんは私の言葉を遮って声を荒げた。
「だから、迷惑じゃないのっ!私はあなたと一緒にいたいの!」
「どうして分かってくれないの……」
鈴城さんは、また涙を流しだした。
すると、安房くんが私の目を見つめて、
「奈々原、つらい過去のことで、否定的になっていると思うけど……なずなを信じてくれ。そして俺も」
私に対する二人の気持ちが『信じる』という確信に変わり、再び涙がでてきた。
「一緒に遊べる?」
鈴城さんが、恐る恐る……私に問いかけた。
『んっ、んっ』泣きながら首を縦に振った。
顔を上げると、二人は目を合わせ、にこやかに頷き合っていた。
「よっ…よろし…く、おっ…ねかが…いしま……す」
私は二人に頭を下げた。
私にとって、初めて友達の家に招かれることになった。
(い、勢いで返事しちゃったけど……不安になってきた……)
「では行きますか!」安房くんの声と共に行動を始めた。
「カバン取ってくる」と言って、鈴城さんは自分の席へダッシュ、私も荷物をカバンに詰め込み、鈴城さんを待っていた。
安房くんを見ると目が合い、ちょっとドキドキした……
「俺の部屋、汚いけど苦情禁止だから」
笑いながら釘を差された。
「お待たせー!」鈴城さんが合流してきた。
三人で歩き始めたが「あつ!」と鈴城さんが振り返った。
「掃除当番の人、邪魔しちゃってごめんなさい」深々と頭を下げた。私も慌てて振り返って頭を下げた。
(私が原因だったのに……)
(私のために怒って、泣いて。周囲に気を遣って……そんな優しい鈴城さんに対して、酷いことをした私は近くにいていいのかな……いつか、謝らなくちゃ……)
鈴城さんが何かを思い出したようで、安房くんの顔を見た。
「ねぇ、卓也。帰り道にお菓子買っていこう。奈々原さんの歓迎会だしねっ!」
「そうだな。飲み物がなかったかも」
「今日は“オン会”だね。ほら、集まってオンラインゲームするってやつ!」
「オン会?……オフ会の逆みたいなやつ?」
「そうそう!楽しみだなー」
「そう呼ぶのか?聞いたことないけどな」
鈴城さんは楽しそうだった。
電車の中で鈴城さんは色々話しをしてくれた。
「お互いの両親が結婚前から仲が良くて、隣同士で家を建てたんだよ」
そして二人は当たり前のようにお互いの家を行き来して、双方の家から自分の子供のように育てられてきたと言っていた。
「名前は呼び捨てだし、よく怒られるし。ほめられることはたまにかな?……両親が二組いるんだよ」と笑っていた。
コンビニの買い物の時にレジで財布を出したら、
「奈々原さんの歓迎会だから」
そう言って、お金を受け取らなかった。
私はそういった常識を知らないので、どうして良いのか分からず、モジモジして頭を下げ、お礼をした。
「モジモジしてる杏瑞ちゃん、かわいい」
突然名前で呼ばれてびっくりしたが、鈴城さんは何もなかったように会計していた。
せめて荷物を持とうと、手を出したが渡してもらえなかったので強引に奪ったら、
「子供みたい」と笑われた……
そして、安房くんの家に着いた時のこと。
鈴城さんが「着替えてくる」と言って、となりの家に入って行った。
『本当に隣同士なんだ……』と、改めてそう感じた。
「どうぞ」安房くんが玄関のドアを開けて招いてくれた。
「おっ…おじゃ…ま、し……ます」
(ドキドキする……家の人、いるよね……)
「今、誰もいないから緊張しなくてもいいよ」
「あっ、は、はい……」
(そうなんだ……ちょっと、ほっとした……)
安房くんがスリッパを用意してくれて部屋に向かった。
「何もない部屋だけど」
と言ってドアを開け、入れさせてもらった。
つい、興味本位で見渡してしまった。シンプルな部屋だ。本といくつかの小物が飾ってある。
(えっ、私の部屋より整頓されてる……)
自分の部屋と比べてしまい、恥ずかしくなった。
「着替えてくるから適当に座ってて」
そう言って部屋から出ていった。
どうして良いか分からずオロオロしていたら
「お待たせー!」と、鈴城さんの大きな声が聞こえた。ドタドタと階段を上がってきて
「ようこそ!『電脳旅団』へ!」
高々と両手を上げ、めがねにひげが付いたパーティーグッズをつけていた。
ポカンとしてしまった……
「あれ?つまらなかった?」
あれー?と、首をかしげている。
「ここがリアル世界のクラン本拠地なん……だけど……」
「まぁ、その……ん。何でもないの……」
……少し悲しそうだった。
「訳わかんないことやってるからだろ。ほら、奈々原も困惑してるし」
安房くんが入ってくるなり、冷たい口調でトドメを刺してきた。
「うぅ……笑ってくれるかな……と」
滑ったことに気がついたようだった。
「どこに面白い要素があった? 一ミクロンもないぞ。奈々原を困らせるなよ」
安房くんが呆れてた。
(笑わせようとしてくれたんだ……私のために気を遣って……)
「あっ!」と、鈴城さんが誤魔化したのか、本当に何かに気がついたのか、大きな声を出した。
「杏瑞ちゃん、家に連絡した方がいいんじゃない?」
私もそれを聞いて「あっ」と声を出した。
いままで学校が終わると、真っ直ぐに帰っていたので、お母さんが心配するかもしれない。
慌ててスマホを取り出すと
「連絡って、メール?電話?」鈴城さんが聞いてきた。
「メー…ル」
(なんでそんなこと聞くのかな?……)
不思議に思っていると
「電話にしてもらえるかな。私が話すから、繋がったら教えてね」
(えっ、私のお母さんと話すの?)
一瞬ためらったが、鈴城さんを見ると
笑顔で『うん、うん』頷いていた。
通話ボタンを押した。
(お母さんと通話って、何年ぶりだろう……)
ふと、考えていたら数コールで繋がった。
「もっ…もし、もし……ん。ちょっと、まっ…まって」
突然の電話に驚いていたお母さん。約束通り、鈴城さんにスマホを渡した。
「ありがとう」といって受け取った。
「もしもし、杏瑞ちゃんのお母さんですか? 初めまして、クラスメイトの鈴城なずなと言います。
えっ、……はい……はい…いえいえ、
そんなことは……はい、それで用件なんですが、今日学校で話しが盛り上がって……
はい?……そうなんです。……はい。
今、うちに来て一緒に遊んで…いえいえ…
それで帰りが少し遅くなると思いますが心配しないで下さい。
夕飯はうちで済ませていきますので。
………はい?…いえ、そんなことないですよ……はい、ですから心配しないで待っていて下さい。…………はい。……はい、代わりますね」
「お母さんが、代わって下さいだって」
私はスマホを受け取り、
「は、はい……うん……うん。……わかっ…た……ん」
「……はい」 電話を切った。
「杏瑞ちゃんのお母さん、恐縮しっぱなしだったわ。杏瑞ちゃん、何か言われた?」
鈴城さんは少し困ったような顔をした。
「う…ん、めっいわく…かっ、かけない……よっ、ようにっ…て、いっ…い…われた」
「急に連れて来られた奈々原の方が迷惑だよな」
安房くんが苦笑いをした。
「そっ、そんな……こ、こと…ない……です。 う、うれ…し……かっ、かったで……す」
恥ずかしくなって、少し顔が赤くなった。
「杏瑞ちゃん、顔赤いよー。かわいいっ!」
鈴城さんに抱きしめられた。
「杏瑞ちゃんのお母さんにも言ったけど、夕飯食べていってね! この部屋で三人ならいいでしょ?」
「さっき、卓也のお母さんに連絡しておいたから。カレーだって言ってたわ」
鈴城さんは、安房くんのお母さんのカレーライスは美味しいと力説してくれた。
「そろそろ始めるか」
安房くんが、スマホを取り出した。
「三人で顔を合わせてプレイするって、わくわくするわ! ねっ、杏瑞ちゃん」
鈴城さんが楽しそうにスマホを操作している。
(傘を借りた時のこと……謝らなくちゃ……)
ずっと、そう思っていた。
でも、いつも友達と楽しそうに会話している鈴城さんに近づくことができなかった……
話す機会があったとしても、きっと緊張して何も言えなかっただろうし、
「今頃になってなんなの?」と、冷たくあしらわれるのも怖かった……
こんなにも優しい鈴城さんには嫌われたくはなかったけど、時間だけが過ぎ、
私の中で『罪悪感』が、日に日に増えていっていた。
(謝って……お礼を言うのは今しかない)
スマホ画面には三人のキャラクターがロビーに集まって、待機状態になっていた。
「あっ、あの……すっ、すず…しろ……さん」
私は決意して鈴城さんに伝えることにしたが、私の言葉では聴き取りにくいだろうと思い、チャットでの会話で伝えることにした。
スマホに指を差し「んっ、んっ」と、見てもらうように促す。
「ん?なに なに? 画面見るの?」
鈴城さんが不思議そうにしていた。
私は『ルーム内チャット』に書き込み始めた。
――――――――――――――――――――
[ルーム内チャット]
鈴城さんに謝らないといけないことがあります。
――――――――――――――――――――
「え? なに? 私に?」
キョトンとしているような、困惑しているような複雑な表情をしている。
――――――――――――――――――――
[ルーム内チャット]
本当は、直接お礼を言いたかったです。
でも言葉が詰まってしまうので、チャットを使います。
入学当初に傘を貸してくれたのに、お礼が言えなくてごめんなさい。
ずっと気にしていました。
――――――――――――――――――――
「傘……あったね。覚えてるわ」
鈴城さんはなぜか、ニコニコして読んでいる。
(私が悪いことをしたのに……何で、ニコニコしてるんだろう……)
疑問に思いながらも続けた。
――――――――――――――――――――
[ルーム内チャット]
高校生になる前まで、いじめや嫌がらせの他に、物を隠されたり捨てられたりもしていました。
そしてあの時も、もしかしたら……と、焦っていました。
そこに来たのが鈴城さんで、心配をかけちゃいけないと思ってつい、逃げ出しました。
――――――――――――――――――――
「なるほど……そうだったのね」
鈴城さんは少し考えるように読んでいた。
安房くんも黙って読んでいる。
――――――――――――――――――――
[ルーム内チャット]
でも雨の中、走ってまで傘を貸してくれたこと、本当にうれしかったです。
あの日、鈴城さんは大丈夫でしたか?
私が借りたせいで、“濡れて帰ったかも ”と心配してました。
翌日、声を出してお礼を言う練習をしていたら、緊張してきて声がでなくなり、結局黙って返してしまいました。 ごめんなさい。
――――――――――――――――――――
「……そっか、杏瑞ちゃん……苦しかったのね……こっちこそ、気づけなくてごめんね……」
「でも、杏瑞ちゃんはしっかりお礼してくれたでしょ」
鈴城さんが当時のことを思い出すように語り始めた。
「貸した翌日、机の横に綺麗に乾かしてある傘があって『あれっ?』と、思ったの」
「大雨だったのに。きっと丁寧に乾かしてくれたんだろうと思った。杏瑞ちゃんを見ると一瞬目が合って逸らされたけど……顔を真っ赤にして、うつむいていたでしょ」
「そして教科書を入れようと、机の中に手を入れたら手紙と包装された箱が入っていてびっくりしたわ」
「手紙には『ありがとうございました』の一言が書いてあって……箱は有名店のチョコレートだったよね」
「杏瑞ちゃんを見たら、下を見たまま目線を泳がせオドオドしていて……可愛らしいと思ったの」
「杏瑞ちゃんは優しいけど、言葉や態度に出せない子なんだと思ったわ」
「それから杏瑞ちゃんが気になって、目で追うことが多くなったかな」
(鈴城さんがこっちを見てニヤニヤしてる……恥ずかしいよ……)
普段の私の挙動が面白いらしく、笑いながら話していたので恥ずかしくなり、肩に『グーパンチ』をしたら……ぎゅーっと、抱きしめられた。
「傘は卓也が置き傘しているのを知っていたから問題なかったの」
「そうだったな」と、安房くんが思い出したように話し出した。
「なずなが、置き傘貸してって言ってきたから、朝から降っていただろ?どうやって登校してきたんだ?って聞いたら、内緒とか言い出して不思議だったんだよ」
「だから翌日、杏瑞ちゃんからもらったチョコ半分あげたでしょ。美味しいって言いながら食べたじゃない」
「あ、あれ奈々原から貰ったやつだったのか。確かに美味しかったな。今さらになるけど、ごちそうさま奈々原」
「だから杏瑞ちゃんは自分を責めなくていいからね。充分伝わってたよ」
鈴城さんが笑顔で、私の頭を撫でながら話してくれた。
「あ、あり……がと」鈴城さんがそこまで思っていてくれたとは知らなかった。
(私のことを「知らない」ちょろぎさんとペンペンさん。
でも、私のことを「知っている」安房くんと鈴城さん。
なのに、二人とも同じように接してくれている……)
(“心が温かくなる”って言うけど、きっと今感じている“これ”がそうなんだ……)
「杏瑞ちゃん、どうしたの?」
鈴城さんが心配そうに私を見ていた。
「ちょ、っと……かっ、かんが…えご…と、し……てた」
私は笑顔で二人を見た。二人も笑い返してくれた……
「奈々原のモヤモヤも解消したことだし……」
「殺伐とした世界に行きますか!」
安房くんが笑いながらスタートボタンを押した。
「私の華麗なプレイを魅せてあげるわ!」
鈴城さんが笑顔で私を見た。
「おっ…おね……がい、しま…す」
二人に会釈して……戦場へ。
――――――――――――――――――――
「なんなのよ! あいつ、なんでbotのフリしてんのよ!」
「銃の撃ち方やスキンまで“完コピ”しちゃってさ!」
「接敵した時の立ち回り、あいつ絶対猛者だわ! セコいったら、ありゃしないわよ!」
鈴城さんがぷんぷん怒ってる。
「botだ!わーい!私が頂くわ!とか言って、一人で突っ込むからだろ」
安房くんが、鈴城さんの口真似をしながら呆れていた。
「奈々原がスナイプして仇を取ったからいいだろ」
鈴城さんは口ごもりながら
「あれは……グッジョブだったけど……」
「でもね!」と、声を荒げて
「その後の、あのザマなんなのよ!
私を復活させようと、車で向かったまでは良かったのに……」
「なんで車ごと川に落ちて走行不能にするのよ!」
「あのまま車で行けていたら、私の復活が間に合ったのに……」
「卓也って、ほんとに車の運転ヘタね!」
(頬を膨らませて怒っているけど……見ているとかわいい……)
「ごっ、ごめ…ん、なさ……い」
「なんで、杏瑞ちゃんが謝るの? 悪いのは卓也でしょ。何か言いなさいよ!」
「何か言えか……うん。話しの根源は、なずなの突っ込んでやられた事だな」
「うっ、……撤回させて下さい……ごめんなさい……」
安房くんがニヤニヤしてる。チャットでも、ペンペンさんが怒って、ちょろぎさんが論破していることが多いけど、それを“ライブ”で見ることができて、得した気分だった。
「ふっ、ふた…りは、……なっ、なかい…いね」
つい、口から声が出てしまった……
二人が同時に『ぽかん』とした顔で、私を見た。
「「どこが?」」と、本気で聞いてきた。
「んっ、なっ、なん…でも……ない…です」
(そんな所も気があっているんだ)と思ったけど、口には出せなかった。
「まぁ、勝ったからいいじゃん。《《二人だった》》けどね」
安房くんが皮肉っぽく言い出した。
(!!!なんで鎮火直前に油を注ぐの!?)
私は他人事ながら、焦ってオロオロした……
「相変わらず、素敵なご意見ですわね……」
(うわー、鈴城さんの目つきが変わったよ……)
「その言葉、忘れないでよね!今度は杏瑞ちゃんと《《二人だけ》》で勝つわ!」
漫画みたいに顔を斜め上に向けて腕を組み、鼻を『ふんふん』してる。
(かっ、かわいい……鈴城さんって、何してもかわいいなぁ。うらやましい……)
今日までほとんど接点がなかったけど、色々知ることができた。
安房くんはクラスでは、ほとんど一人。いつも本を読んでいる印象だった。
でも家では皮肉を言ったり、鈴城さんをからかったりしている。
ちょろぎさんのときは人に気を遣って、自分は二の次。チャットでもペンペンさんのコメントに突っ込んでいるけど、チャットは実際より控えめかな。
鈴城さんはクラスの人気者。分け隔てなく接しているし、いつもニコニコしている。
家では『リアルなペンペンさん』。って言うか、より元気があって、はつらつとしている。その陽気さが少しでも私にあれば……と思う。
「よーし! ペンペン副隊長の本気を出す時が来たわ! アプリコット隊員、ついて来なさい! あなたの〈スナイパーライフル〉に期待してるわ! チョロい隊長だっけ? あなたは私達の後ろでチョロチョロしてていいわ!」
鼻をふんふんしながら意気込んでいる。
「はいはい、期待してますよ。ペンペン草副隊長殿」
安房くんが軽くあしらっている。
「ペンペン草やめろー!早くスタートしなさい!」
そんな感じで数ゲームプレイした……
結局、鈴城さんの宣言した『二人』で勝つことはできなかったが、三人でワイワイしながら楽しい時間を体験した。
私には、“一生ない”と思っていた経験だった。
安房くんのお母さんが帰ってくると「手伝ってくる」と言って鈴城さんが出ていった。
安房くんと二人になり、少し沈黙があったが
「夕飯ができるまで他のモードやってみる?」と聞かれたので、「う、うん……」と返事をすると、普段やった事がないモードのゲームを教えてくれた。
「たまに気晴らしにやると面白いんだよ」と、説明してくれた。
「こ、これ…おも…し……ろい」
(確かに気晴らしに丁度よいかも)と思った。
「楽しんでくれて良かった」
安房くんは笑った。
しばらくすると鈴城さんがカレーを運んできてくれた。
(うちのお母さんが作ってくれるカレーも美味しいけど、安房くんのお母さんのカレーは香りがうちとは違う……香辛料が違うから?凄く美味しそう……)
「さぁ、頂きましょう!」と、ごちそうになった。本当に美味しくて
「おっ、おい、しい……」つい、声が出た。
「でしょ、でしょ!」と自慢げにしていると
「なずなが作ったわけじゃないだろ」
安房くんは呆れていた。
「手伝ったからいいの!」鈴城さんが反論していた。
その後は、雑談したり、二人が言い争ったり……気がつくと八時を過ぎていた。
「杏瑞ちゃんのお母さん、心配するね」
「う、うん……」
今まで、こんな時間まで家に帰らなかったことがなかった。
「杏瑞ちゃん、スマホ貸して。お母さんに、今から帰らせますって、伝えるから」
鈴城さんにお願いして悪いとは思ったが、私が電話するより良いと思い、通話を押すだけの状態にして渡した。
「ありがとう」鈴城さんが通話ボタンをタップ。
「先ほどはありがとうございました。鈴城です。杏瑞ちゃん、今から家を出ますので。
……はい。………はい、……いえいえ、………全く…はい、こちらこそ、突然すいませんでした……いえ、……はい。
それでですね、今、一緒にいる安房と言うクラスメイトについていってもらいますので…はい、男性なので帰り道は心配ないかと。
……はい。……安心して下さい。……それでは失礼します」
「えっ!」声がでた。
「杏瑞ちゃん一人で帰らせる訳ないでしょ。治安が良いとはいえ、万が一があるし」
「でっ、でも……わっ、わる…わるい、か…ら」
「奈々原が嫌がってもついていくよ」
安房くんは笑っている。
「じゃ、お願いね!私は部屋を片しておくから」
「わっ、わた…しも、かっ…かた…しま…す」
「いいの!いいの!遅くなると、お母さんが心配するでしょ!」
鈴城さんは笑いながら「卓也、お願いね!」
と、一緒に玄関まで付き添ってくれた。
「あっ…あわ…くん…の…おっ…おかあ…さんに……おっ、おれい………いわっ…ないと」
(こんな話し方で悪いけど、安房くんのお母さんに直接お礼を言わないと……)
「分かった、呼んでくる」安房くんが奥の部屋に向かった。
「杏瑞ちゃん、緊張しなくてもいいからね。私もいるし」頭を撫でながら、笑ってくれている。
安房くんのお母さんが奥から出てきた。綺麗な人で、見た目から『しっかりしている女性』と感じる。
「あら、あら、可愛い子ね」安房くんのお母さんが来てくれた。
「ごっ、ごち、ごちそ…う…さま……で、でし…た。カッ…カレー…とっ、とっても……おっ…おいし…かっ、たで……す」
緊張しすぎて、普段の何倍も時間がかかってしまった。
「お世辞でも嬉しいわ。良かったらまた来てね!」
にこやかに接してくれてほっとした。
「そっ、それ……では、おっ、おっ、おじゃ、ま……しっ、しまし…た」
せめてもと思い、深々と頭を下げた。
「あら、あら、ご丁寧に。これからも卓也となずなをよろしくお願いしますね。二人が迷惑をかけたら、我慢しないで言ってやってね。それが二人のためにもなるし、あなたのためでもあるから」
安房くんのお母さんは、ずっと笑顔で話しかけてくれていた。
「あっ、あり…が…とう……ごっ、ござい…ま…す」
さらに頭を下げると「恐縮しすぎよ」と笑ったので、恥ずかしくなり、顔が真っ赤になった。
「お母さん、杏瑞ちゃんをいじめないでよ!」
鈴城さんが割って入ってきた。
「いじめてないでしょ……えっ?今のいじめに分類されるの?」真剣に悩んでいる様子だった。
「だっ、だ、だいじょぶ……で…す。いっ、いじ…めじゃ、なっ…ないで…す」
安房くんのお母さんに向かって、首をぶんぶん振りながら否定した。
「良かった……気を悪くしたかと思ったわ。今度は休みの日に来て、ゆっくりしていってね」
安房くんのお母さんは、ほっとしたように言ってくれた。
「奈々原の帰る時間が遅くなるから」
安房くんが靴を履き始めたので、私も慌てて履き始めた。
玄関を出る前に振り返り、改めて鈴城さんとお母さんにお辞儀した。
「気をつけてね」「しっかり、送っていってあげてね」と、二人が私達に声をかけてくれた。
安房くんの家に来るのは、正直少し怖かった。
でも――――それ以上に、楽しかった。
カレーは本当に美味しくて。
二人のやり取りは[MMモバイル]の中と変わらなくて。
学校では見られなかった一面を、たくさん知ることができた。
(……来てよかった)
そう思えたことが……今日一番の出来事だった。
