見渡すかぎりの花畑だ。

黄色いタンポポに、赤いバラ──

土手沿いに、大きなヒマワリと紫のアジサイ──

小高い丘には、鮮やかな紅葉と純白の桜──

サクラ……?

いや、ちょっと待て……

何で紅葉と桜なんだ?

季節感バラバラじゃね?

てか……ここどこだ?

「タクヤさーん!」

ふいに、自分の名を呼ぶ声がした。

振り返ると、女性がひとり手を振りながら駆けて来る。

「脚速いのね。追いつくの大変だったわ」

膝に手を置き、肩で息をしながら話しかける。

痩身で黒髪、大きな瞳が印象的な美人だ。

状況から察するに、《僕の彼女》のようだが……

「ゴメンゴメン、ユミ。なんか嬉しくなって、つい……」

へー、ユミって言うんだ。

なんか、自然と口から出てきたぞ。

「君がウンて言ってくれた途端、急にまわりがお花畑に見えてさ……気がついたら、走り出してた」

いや、だからって彼女置いてくなよ。

てか、見えたんじゃなくて、実際お花畑なんだけど。

「もう、タクヤさんたら……あわてん坊さん!」

怒らないんだ。

心広いなー、ユミさん。

「愛してるよ、ユミ。これから先も、僕は命にかえても君を守ってみせる」

だから、それなら彼女置いてくなよ。

自分で言っといて何だが、説得力無いし。

「ありがとう、タクヤさん。信じてるから」

そう言って、ユミは妖艶な笑みを浮かべた。

そのまま、そっと僕の胸に顔を(うず)める。

どうやら、僕(タクヤ)が彼女(ユミ)にプロポーズしたらしい。

「ホントに守ってくれるのね?」

「……ああ。神に誓うよ」

胸の中で囁くユミの肩を、僕は優しく抱きしめた。

「ホントね?」

「ああ……ホントだ」

むむ……見かけによらず(うたぐ)り深いな、ユミさん。

「じゃ、証明してみせて」

「……えっ!?」

驚く僕にウインクすると、彼女は土手の方を指差した。
反射的に振り向いた僕の目に、信じられない光景が映る。

たった今までそこに咲いていたヒマワリが、根っこを引きずりながら歩いていた。
毛根をタコの触手のようにくねらせ、ジワジワと動いているのだ。
動くたびに、頭部の花びらが左右に揺れる。
その真ん中には、なんと……口があった。
巨大な牙が生え、ヨダレまで垂らしている。

「な、なんだ……これは!?」

僕は思わず絶叫した。

「どうやら、ハラをすかしてるみたいね」

急にユミの口調が変わった。

「は、ハラって……一体、君は何を言ってるんだ?」

僕は目を丸くして、ユミを眺めた。
無表情な顔からは何の感情も読み取れない。

「まだまだ、これからが本番よ」

意味深なセリフを吐くと、ユミはグルリと周囲を見渡した。
僕も、つられて視線を走らせる。

「…………!?」

目に入った《とんでもない光景》に、僕は思わず絶句した。

ヒマワリの移動に、なんとアジサイも加わっていたのだ。
紫の花の中心には、やはり口が開いている。
ヨタヨタと歩く二体(?)見て、ゆるキャラみたいと喜ぶのは子どもくらいだろう。
今の僕には、気持ちの悪い怪物にしか見えない。

だが、異様な状況はこれで終わりでは無かった。

よく見ると、タンポポにバラ、サクラの木まで、土から根っこを持ち上げ始めていた。

皆同じように、花や樹皮の真ん中に牙を生やした口がある。
それがヨダレを流しながら、物欲しそうにパクパク動いているのだ。

大小の植物たちが、まるで引き寄せられるように、僕の方へと集まりつつあった。

「な、なんだ?コイツら……なんで皆こっちに来るんだ!?」

「そりゃ、アンタを食べるためっショ」

混乱して(わめ)き散らす僕の言葉に、ユミが即答する。
なんの躊躇(ためら)いも動揺も無い声色だ。

あ、アンタを食べるって……

なんか、どっかで聴いたような口調だな……

「ほらほら、何とかしないと喰われちまうよ……桃っ!」

さらにユミが声を上げる。
注意を促すというより、面白がっている声だ。

……も、もも?

なんだそりゃ……名前か?

僕の名は《タクヤ》のはずだが……

でも、どことなく聞き覚えのあるような……

「やい、こらっ!いい加減目を覚ましな、桃介(ももすけ)!」

またもユミの(げき)が飛ぶ。

もも……桃介……?

あ、あくた……がわ……

芥川(あくたがわ)……桃介(ももすけ)!?

そうだ!

僕はタクヤじゃない。

芥川桃介だ!

記憶が洪水のように頭に流れ込んできた。

同時に、自分が何者かを思い出す。

という事は、この声の主は……まさか?

僕は見たくないと抵抗する両眼を、無理矢理下に押し下げた。

思わずアッと声が漏れる。

胸にもたれかかっていたユミの顔が、今は《全く別人》のものへと変貌していた。

派手な金髪のショートヘアに、切れ長の濃い眉──

胸には巨大な《メロン》が、ボヨヨンと揺れている。

そして悦楽に満ちた瞳の下には、Vの字に吊り上がった口があった。

ニッコリなんて生優しい笑い方じゃない。

ニンマ〜〜〜……といった感じの冷笑だ。

そう

こんな笑い方するヤツは、世界にひとりしかいない。

「じ、呪理(じゅり)ネェ!?」

うわー!という自分の叫び声で、桃介は目を覚ました。

バンザイの姿勢で上半身を起こし、キョロキョロと周囲を見回す。

陽光の差し込む窓

整理された勉強机

文庫本のギッシリ詰まった本棚

いつもの見慣れた《自分の部屋》だった。

「な、なんだ、夢か……」

パジャマが冷や汗でグッショリ濡れている。

なんてひどい夢だ……

ため息をつきながら横を見ると、ベッドの(かたわ)らに身を伏せた女性の姿があった。

姉の呪理(じゅり)だ。

手をメガホンの形にして、ニヤニヤ笑っている。

「やっと目覚めたか。もう少し耳元で囁いてやろうと思ったのにな」

そう言って、呪理はチェッと舌打ちした。

「な、何やってんの!?ひ、人の部屋で……」

桃介は、毛布で胸元を隠しながら(わめ)いた。
顔を真っ赤にしているのが、自分でも分かる。

「いやなに、朝飯だぞって起こしに来たら、気持ち良さそうに寝てたんで、つい……」

「つい、何?」

「目覚まし代わりに、耳元で甘い囁きを……」

「なんて言ったの?」

「ゾンビのヒマワリに食われるぞ〜、アジサイに食われるぞ〜、ついでにサクラもやって来るぞ〜……て」

「原因はアンタかーっ!」

思わず仁王立ちになり叫ぶ桃介。

その眼下で、女性はまたニンマ〜〜〜と冷笑を浮かべた。


。゚(゚´Д`゚)゚。


ここで改めて自己紹介します。

僕は芥川(あくたがわ)桃介(ももすけ)
高校一年生です。

こう見えて、フォロワー数一万人を誇るネット小説家です。

得意なジャンルは、甘く切ないラブストーリー。

ひとりでも多くの読者の胸を、キュンとさせるのが僕の夢です。

そして、悪魔の笑みを浮かべているこの女性──

僕の義理の姉、芥川(あくたがわ)呪理(じゅり)と言います。

大学一年生で、やはりフォロワー数一万人超えのネット小説家です。

こう言うと、同じ趣味の仲良し姉弟と思われそうですが、トンデモない!

この姉とは、完全な敵対関係にあります。

何かにつけて反目し合い、顔を合わすとすぐ喧嘩になるのです。

原因は彼女の破天荒な性格にありますが、それ以上に問題となっているが彼女の作品でした。

この人の書くものといったら、僕がこの世で最も軽蔑し、敬遠し、嫌悪するもの……

ドロドロ、グチャグチャのホラー小説だからです。