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病狗。
そうよばれるようになってからどれほどたっただろう。
彼は数ある隠れ家のひとつで犬の体を寝そべらせる。
最初は忌々しく思った体も、慣れた今ではどうってことない。人間より俊敏であることは愉快でもある。
かつて人間だったころ、自分は疎まれていた。
物心ついたころには親なんていなかった。どこへ行っても受け入れてもらえず、ふらふらあちこち巡った。仕方なくとある村のはずれの空き家に住み着いた。出て行けと言われてもほかに行くあてがなかったから拒否した。
働くのがおっくうで他人の畑から少しばかり頂戴しては村人に怒鳴られていた。
あんなにたくさんあるのだから少しくらいわけてくれたっていいだろうに、世には心の狭い人間ばかりだ。
心を許せるのは子犬のころから育てた飼い犬だけだ。
村人が怒鳴ってきてもこいつをけしかければ引き下がった。犬に負ける程度で、とせせら笑った。こいつは自分以外にはなつかない、心強い子分だ。
犬は放し飼いだった。たまに勝手に散歩に行くが、たいていは自分について歩く。そんなところもかわいかった。
あるとき、飼い犬が村の子供を噛んだ。手に持っていたおにぎりを狙ったのだという。
近くで畑作業をしていた父親が悲鳴に気づき、引き離そうとして犬を殴り、そのせいで犬は死んでしまった。
それを知った彼は激怒し、家に乗り込んだ。



