朝の教室は、ガラス窓を透ける春の陽に満たされていた。
どこか緩んだ空気。笑い声。椅子の擦れる音。

けれど、今日はなぜだかそのすべてが薄く感じた。

美羽が教室の扉をくぐると――

「美羽!!」

勢いよく莉子が飛び込んできた。

「おはよ!傷、大丈夫なの?!……」

美羽は笑って見せた。

「うん、大丈夫。椿くんがそばにいてくれたから。莉子も心配かけてごめんね!」

その言葉に、莉子の表情がほっと緩んだ。

「そっか……よかったぁ……。
 でもね、美羽……銀狼チーム、本格的に美羽を狙ってるって噂になってるみたいだから、
 本当に気をつけてね……?!」

すると美羽が、ふっと目を伏せて言った。

「……それがね、さっき会ったの。校門のところで。」

「……えええええ!?
 ど、どどど、どーして神楽怜が黒薔薇学園に!?!?」

莉子は心底震えあがったように目を見開く。

美羽は呼吸を整え、怜とのやり取りを話した。

怜の歪んだ笑み。
ぐちゃぐちゃな執着の言葉。
明日の“決闘”の宣告。

莉子は顔を青ざめさせ、息を呑んだ。

「……まずいよそれ……。
 銀狼のトップが学校に直接出向いてくるなんて、絶対何か裏があるよ。
 碧くんも言ってたけど……銀狼って、喧嘩の強い人材を集めてるし、
 卑怯な手も平気で使うんだから……!」

「美羽、まさか……まさか行くわけじゃ……」

美羽は莉子の言葉を遮り、目をまっすぐ向けた。

「行くよ。
 皆を守りたいから。」

沈黙。
空気が凍りついた。

「だっ、だめだよ!!危ないよ!!」
莉子はほとんど泣きそうになっていた。

けれど美羽は微笑んだ。

「大丈夫。
 私はもう……逃げるのやめたの。
 皆とずっと一緒にいたいから。
 そして――残念系イケメンの神楽怜を一発ぶん殴らないと気が済まない!」

「ざ、残念系……?」

莉子がぽかんとした顔で呟く。

美羽は遠い目で首元を押さえた。

(いや……残念通り越して、ただの狂気系なんだけど……)

そんな会話をしているうちに、チャイムが鳴った。




*黒薔薇生徒会室ーー。

昼休み。
生徒会室に集まったメンバーの空気は、いつも以上に重かった。

悠真が美羽の姿を見た瞬間、勢いよく駆け寄ってきた。

「美羽ちゃん!!ほんとに大丈夫!?
 その首の傷……っ!」

美羽は苦笑いしながら押さえた。

「ゆ、悠真くん……あまり見ないで……」

しかし悠真は涙目で叫んだ。

「僕がそばにいなかったばかりに……!!ごめんね!!」

そして――抱きついた。

「う、わ!?ゆ、悠真くんっ!?」

次の瞬間。

ベリッ!!

悠真は椿に物理的にはがされた。

「心配していいとは言ったが、
 ベタベタしていいとは言ってねぇ。」

眉間に皺を寄せ、椿が噛みつきそうな顔で睨む。

悠真はむくれて言った。

「ちぇー!ケチ!!」

美羽(いや、ケチとかじゃないから……)

次に碧が勢いよく前に出た。

「美羽さん!!
 怪我が治ったら、僕と勝負しましょう!!
 最近また鍛え直したんです!!」

美羽は生ぬるい目で笑った。

「あ、碧くん……心配してくれてありがとう……で、いいんだよね?」

「もちろんです!!」

(いや絶対違うよね……)

遼もやってきて、美羽の首元を見てニコッと微笑んだ。

「美羽ちゃん。傷、大丈夫かい?
 まぁ……ちょっと傷のある女の子って色っぽいけどね♪」

美羽は盛大に固まった。

「え、うん……??」

そこへ、玲央がメガネを光らせた。

「雨宮美羽。椿。
 神楽怜との接触時の情報提供がまだだ。
 狙われているのは雨宮美羽、君で確定だな?
 明日の戦闘に備え、作戦会議を行うぞ。」

美羽は遠い目をした。

(……なんか、色々悩んでた私ってなんだったの?)

椿は椿で、未だ怒りと独占欲で不機嫌MAXだし、
悠真は泣きそうだし、
碧はやる気満々だし、
遼は相変わらずマイペースで、
玲央は冷静に分析してる。

美羽は椿の隣で、そっと息を吐いた。

(……何かが吹っ切れた気がする……)

この空気も、この仲間達も――
全部守りたい。

だからこそ。

“明日の決闘”は、避けられない。

窓から差し込む午後の光が、
会議机に淡く反射していた。

美羽はそっと拳を握った。

(……絶対負けない。椿くんと一緒に、乗り越えるんだ。)