赤門同好会!

 (りゅう)駿太(しゅんた)が仲直りをした翌日、僕が登校するや否や、吉峰(よしみね)がジトっとした目でこちらを見ながら近づいてきた。

「おい」

「なんだよ、おはようも言えないのか」

「おはよう。なんだよこのチャットグループは!」

 吉峰はスマホを僕の顔面に押し付ける勢いで迫ってきた。
 そこには、昨日、龍と駿太が勢いで作った謎のチャットグループのトーク画面が表示されている。

「見ての通り、お前と僕と龍と駿太のグループだ」

「なんで俺までここに入ってんだよ」

「嫌なら勝手に抜けたら? チャットグループって簡単に抜けられるんだよ?」

「……」

 何も言い返せないくせにギロリと睨んでくる吉峰を睨み返していると、

「ちょっとちょっと、朝からよっしー泣かせちゃダメでしょ」

 スポーツ科の棟から特進の教室まで遥々やって来た龍が、僕らの間に割って入ってきた。

「お前、何しに来た」

「啓ちゃんとよっしーに会いに来たよ♡」

 龍がふざけて肩を抱くと、吉峰は「近いっ!」と言いながら必死で距離を取ろうとする。

「はぁ……あれだろ、放課後に東大模試の結果取りに行くって話だろ」

「啓ちゃん大正解! 結果、今日もらえるんだよね?」

「そうだな。一緒に行こう」

 先月の二次試験に合わせて行われた同日模試。その結果がついに今日、返却されるのだ。一応、解答速報を見て自己採点はしてみたものの、共テと違って記述式だから部分点がどれくらいもらえるか分からないし、やはり予備校による正式な採点結果が気になるところ。



 というわけで、放課後、僕らは試験を受けた予備校校舎へと向かった。僕と吉峰にとっては日頃から通っている校舎だが、龍がここを訪れるのはそれこそ模試のときくらいだろう。

「こんにちは〜」

「お、門田(かどた)くん、吉峰くん、こんにちは。あっ、赤城(あかぎ)くんも結果取りに来たんだね」

「はいっ!」

 教室長の佐藤先生は、すぐに三人分の結果を持ってきてくれた。

「三人ともよく頑張ってるね。前回の本番レベル模試に比べて確実に伸びてるよ」

 先生の言葉に期待を膨らませて、結果の用紙を見ると――。

「っ……!」



 目に飛び込んできたのは、半年前とは違うアルファベット。
 詳しく点数を確認すると、どの教科も確実に伸びていることが分かる。

 英語は安定して五割を超えられるようになった。この調子でさらに点数を伸ばし、本番でも安心材料になるような教科にしたい。
 国語は前回よりほんの少しだけ高い点数だが、正直、自分の予想ではもうちょっと取れていると思っていた。フィードバックをしっかり確認して、部分点をもらえるポイントを抑えていかなければ。
 数学もまだまだ厳しいな。今回は一完(大問を一つ完答)するのに時間をかけてしまい、他の問題を見る時間が全然なかった。解けるものから解くことは大事だけど、過不足なくスピードを上げて解けるようにしていかなければならない。
 理科はまあ予想通りといったところか。今年は物理が難化したと言われているから、もっと化学に時間を使えば良かったのかもしれない。数学と同様、時間配分の見極めと諦めて次に行く潔さも必要だと感じる。

「門田、結果見せて」

「ん、いいよ」

 吉峰と用紙を交換し、互いの結果を見てみる。



 うん。やっぱりこいつ、すごいわ。
 もちろんこの点数のままで合格は厳しいが、ここから一年で国数理を着実に伸ばしていけば……合格可能性は十分ある。

「くそ、国語は同点かよ」

「それ以外はお前の方が上だろ」

「当たり前だろ。てかお前に勝っても意味ない。俺はA判定取りたいんだよ」

「そんなのみんなそうだわ」

 吉峰と言い合いをしていたが、ふと、龍が静かなことに気づく。珍しいな、と思い表情を窺うと、そこには真剣な眼差しで自身の結果を見つめる龍がいた。

「龍……結果、見てもいいか?」

「いいよ、もちろん」

 龍は落ち着いたトーンで答え、あっさりと結果を僕に渡してくれた。

「どれどれ……っ、龍! お前すごいじゃん!」



 英語はまさかの五割に到達、数学も大問一つ分の点数は取れている。国語も僕たちと同程度だし、理科だってやっと基礎が固まった段階にしては頑張ったのではないか。
 何より、僕らが初めて話したときに持っていた東大レベル模試の結果と比較すれば、その成長が凄まじいものであることは一目瞭然だ。

「……啓ちゃん」

「ん?」

「俺、めっちゃ悔しいよ」

「えっ」

 龍は淡々と話した。しかし、その身体の内側にいろんな色の熱を孕んでいることくらい、友人歴半年の僕でもよく分かる。

「九月に模試の結果見たときは、こんな気持ちにならなかった。本気で準備して、受験して、E判定って……そっか、啓ちゃんやよっしーは、こんなに悔しい気持ちを何度も乗り越えてきたんだね」

「おい、たかだか半年の努力で俺らの気持ち分かったようなこと言ってんじゃねぇよ」

「っ、ちょ、吉峰、」

「いや、本当にそうだよな。俺でも悔しいのに、二人みたいに小さい頃から勉強頑張ってる人はもっと……」

 そこから龍が黙り込んでしまったので、吉峰に「お前何言うにもタイミングってものがあるだろ」と小声で苦言を呈する。吉峰は反省する様子もなく「だって本当のことだろ」とそっぽを向いてしまった。

「……しいな」

「え? な、なに?」

 空気の読めない吉峰は放っておいて、再び口を開いた龍の方へ耳を寄せる。

「悔しいけど、嬉しいなって」

「え、ああ、そうだよな、前に比べたらすごい点伸びたし」

「んや、まあ、それもそうだけど……」

 龍は、ほんの少しだけ潤んだ目を細めて笑う。

「悔しいって思えたことが嬉しい!」

「……!」

「俺……陸上以外にも本気になれるんだって分かって良かった。何度だって、こうやって熱くなれるものは見つかるんだって……無気力だった一年前の俺に、教えてあげたい」

 そうだよな。分野は違えど、龍は本気で何かを頑張る楽しさも苦しさも、そして悔しいという気持ちも、身をもって経験したことがあるんだ。
 夢に向かって夢中で走っているときはなかなか気づけないけど……夢があるのは、夢中で走れるのは、ただそれだけでこの上なく有り難いことなのだと、誰よりも今、龍が実感しているんだ。

「……俺、まだまだ頑張るよ。一年後、自信を持って『やり切った』って言えるように」

「……うん、僕も。一緒に頑張ろう」

 龍と拳を突き合わせたら、自然と口角が上がる。僕は龍に出会ってから、確実に笑顔が増えたと思う。

「ほら、よっしーも!」

 黙って僕らを見ていた吉峰に、僕と龍がそれぞれ拳を突き出す。吉峰はおずおず杜両手をグーにして、恥ずかしそうに僕らの拳に応えた。

「ふふ、いいねぇ、みんな仲良しで先生も嬉しい」

 一部始終を見ていた佐藤先生が、ニコニコと和やかな微笑みを浮かべている。吉峰ほどじゃないけど、僕と龍もなんだか照れてしまった。


「そういえば、明後日から春休みってことは、裕輔(ゆうすけ)くんに会うの?」

「あ、はい! ちょうど今週末に会う予定です」

「裕輔って誰?」

「そっか、龍は知らないよな。裕輔くんは僕の三歳上の幼馴染で、小さい頃から僕に勉強教えてくれたり、相談に乗ってくれたりしてる人。今は早稲田の理工学部に通ってて、普段は会えないけど、長期休みに帰省したら絶対ご飯に連れて行ってくれるんだ」

「へー! いいなぁ、俺も会いたい!」

 さすがコミュ力おばけの陽キャ、今すぐにでも裕輔くんに会って話したいというオーラが全身から溢れている。こんなにキラキラした表情で話しかけられたら、誰だって嫌な気はしないよなぁ……。

「今週末空いてるなら、龍も一緒にどう?」

「空いてます! 俺、行けます!」

「ふふ、即答じゃん」

「よっしーも行くよねっ?」

「っ、え、いや……」

 吉峰は相変わらず素直じゃないので「俺は別に」という雰囲気を醸していたが、佐藤先生に「せっかくなら行ってきなよ」と言われた途端、コクリと首を縦に振っていた。





 約束の週末。
 僕と龍と吉峰と駿太は、ファミレスの一角で裕輔くんを待っていた。
 すっかり仲直りした龍と駿太が楽しそうに話をしていると、吉峰が二人をジトーっとした目で見つめた。

「なんで駿太がここにいんだよ」

「えっ、ダメだった? ていうか、俺たちはじめましてだよね、吉峰くん。よろしくね!」

「……ダメとかじゃないけど……おい門田、こんなに大勢で来て良かったのかよ。裕輔さんにちゃんと伝えてんのか?」

「そりゃ伝えてるよ。裕輔くん優しいし、怒らないから大丈夫だよ」

「ならいいけど……」

 吉峰と裕輔くんは実は初対面ではない。裕輔くんが高校生のとき、僕らと同じ予備校に通っていたからだ。
 まあ面識があると言っても、吉峰にとっては“名前と顔を知ってるだけの先輩”くらいの距離感だっただろうから、気を遣うのも頷ける。

 みんなでソワソワしながら待っていると、まもなく裕輔くんから「着いたよ」と連絡が入った。テーブルの番号は既に伝えてあったので、もうすぐここに裕輔くんが――。

「啓杜、久しぶり!」

「裕輔くん!」

 落ち着いたブラウンに染まった髪と、大人っぽいおしゃれな服装。大学に入ってからの裕輔くんは、会うたびにかっこよくなっている気がする。
 でも、心をふんわり温めてくれるような穏やかな笑顔は、昔からずっと変わらない。

「ごめんね、待たせちゃって。それにしても啓杜、いっぱい友達できたねぇ〜!」
 
 裕輔くんは僕の隣に座ると、向かいに並ぶ三人を見て嬉しそうに笑う。小さな頃から裕輔くんにベッタリで、ずっと友達の少なかった僕を心配してくれていたから、少しは安心してもらえたらいいな。

「裕輔さん、はじめまして! 俺、赤城龍太朗っていいます!」

「お、君が龍くんか。啓杜(けいと)と仲良くしてくれてありがとね」

「はじめまして、桜林(さくらばやし)駿太です! 陸上やってます!」

「駿太くん! 俺、名前聞いたことあるよ。すごい活躍してるよね。啓杜の友達だって聞いてビックリしちゃった」

「えへ、そんなそんな……ありがとうございますっ!」

 コミュ力の高い龍と駿太は、前のめりで自己紹介をする。
 一方、人見知りで照れ屋な吉峰は、二人に圧倒されてモジモジしたままだ。
 その様子を見た裕輔くんは、自ら吉峰に話しかける。

「吉峰孝明(たかあき)くんだよね、久しぶり! 俺のことって、覚えてるのかな……?」

「っ、お、お久しぶりです。もちろん覚えてます、日野(ひの)先輩」

「ふふ、その呼び方なんか照れちゃうなぁ。気軽に裕輔って呼んでよ。俺も孝明くんって呼ぶからさ」

「っ!? ぇ、わ、分かりました……」

 下の名前で呼ばれるのが新鮮なのか、少し顔を赤くしながらも嬉しそうな吉峰。こいつ、僕たちにはキャンキャン噛みつくくせに、先輩には従順なタイプなんだな。

「さて、えっと、俺も自己紹介しなきゃだよね。改めまして、啓杜の幼馴染の日野裕輔です。早稲田大学基幹理工学部の情報理工学科ってところに通ってるよ。俺も東大受験したんだけど、残念ながら届かなくて……でも、俺で良ければみんなの力になりたいから、なんでも聞いてよ」

 裕輔くんは本当に頑張っていた。僕がまだ中学三年生のとき裕輔くんはもう受験生で……毎週、僕より先に予備校に来て、僕より遅くまで残って自習していた。
 受験勉強で日々大変だったはずなのに、裕輔くんはいつも僕に優しく話しかけてくれた。気を遣って連絡をしばらく控えたら、何か悩みがあるのではないかと心配されたし。

 そんな裕輔くんが東大に落ちたとチャットメッセージで知ったとき、僕は、次に彼に会ったとき、どんな顔でどんな言葉をかけたらいいのか分からなかった。
 でも、いざ裕輔くんに会ってみると、そんな心配は吹き飛んだ。裕輔くんは、想像以上に清々しい表情をしていたからだ。やり残したことはないというような爽やかな笑顔は、僕がこれまで見たどんな人よりかっこよくて……。

 今思えば、僕に会う前に、裕輔くんはたくさん泣いたのかもしれない。現実を受け止めて、しっかり落ち込んで、それでもやって来る未来に向けて、再び立ち上がったあとに僕と会ってくれたのかもしれない。
 裕輔くんの全てを知っているわけじゃないけれど、僕の目に映る裕輔くんはいつだって温かく輝いていて……ずっと僕の憧れだ。


「裕輔さんって、浪人はしてないんですか?」

 龍は頼んだポテトをパクパク食べながら、何の躊躇いもなく質問する。

「してないよ。俺はなんか、もう全部やり切った感があったっていうか……もう一年はできなかったなぁ。大学の友達には、浪人したって人もたくさんいるよ」

「なるほどぉ〜。私立はどこ受けたんですか?」

「早慶の理工を受けたよ。後期は横国(よここく)の理工に出願してたけど、早慶受かってたから受験はしなかったんだ」

 横国とは、横浜国立大学のこと。東大理系受験者の後期併願校としては、東北大に次ぐ併願率だと言われている。

「そっか、スケジュール的には、前期試験の前後に早慶の結果が分かるって感じですもんね」

 龍は雑誌の記者みたいに、裕輔くんの回答を同好会ノートにメモしている。そんな中、駿太は駿太で聞きたいことがあるようだ。

「あのー、俺は東大受験しないんですけど、実は早稲田のスポーツ推薦に挑戦しようと思ってて」

「えっ、駿太くんスポ科受けるの!? じゃあ、俺の後輩になるかもしれないんだね!」

「えへ、受かったらの話ですけど……裕輔さんにスポ科のお友達とかいますか? 受験のアドバイスとか、高校の先輩以外にも聞ける人がいたら聞きたいなって」

「スポ科ねぇ〜、俺の友達ほぼ理工なんだよなぁ……あっ、でも、友達の友達にいたと思う! あとでそいつに聞いてみるからさ、とりあえず俺と連絡先交換しない?」

「ほんとですか! ありがとうございます!」

 駿太が盛り上がっていると、龍もすかさず裕輔くんにチャットアプリのQRコードを見せて「友達登録お願いします!」と詰め寄る。吉峰もそんな二人に影響されたのか、さりげなくスマホ画面を見せていた。

「わぁ、一気に歳下のお友達が三人も増えちゃった」

「裕輔くん、こいつらが失礼なこと言ったらブロックしていいからね」

「啓ちゃん酷い! 俺たちが失礼なこと言うわけないでしょうが」

「はいはい……で、裕輔くん、最近は元気だった?」

 僕だって大好きな幼馴染であり、お兄ちゃん的存在でもある裕輔くんと話がしたいのだ。実の兄はとっくに就職して、ここ数年は海外で働いているから、本当に裕輔くんと一緒にいる時間の方が長いかもしれない。

「元気にやってるよ。相変わらず課題は忙しいけどね」

「そっかぁ……大学生は人生の夏休み、とか言う人いるけどさ、裕輔くんの話聞いてると全然そんな感じしない」

「あはは、なんか夢壊しちゃってたら申し訳ないけど、確かに普段は結構忙しいかな。まあそれだけ授業が充実してるってことだし、今みたいな長期休みのときはしっかり休めるよ。自律が求められる分できることの幅は広がるし、個人的には高校までより楽しいかも」

 以前から裕輔くんの話を聞く限り、大学と高校とでは生活リズムも履修システムもガラッと異なる。アルバイトも始められるし、二十歳になったらお酒も飲める。
 今は受験のことで精一杯で正直あまり想像がつかないけど、忙しいと言いつつも楽しそうな裕輔くんを見ていると、未来への希望が持てるというものだ。

「あのー、俺、シンプルに聞きたいことあるんですけど」

 龍はスッ……と綺麗に手を挙げて、先ほどまでとは違い真面目な顔をして口を開いた。

「なになに、なんでも聞いて」

「ぶっちゃけ、東大落ちたときってどんな気持ちでしたか? やっぱりめっちゃ悔しかった?」

 龍が急にちょっと踏み込んだことを質問するから、ドキッと心臓が跳ねた。裕輔くんが受験を終えてから丸二年経ったとはいえ、改めて当時の話題を出すとなるとデリケートになってしまう。

「どんな気持ち、かぁ〜。うーん、そうだねぇ、自己採点した感じ、合否に関しては本当に微妙なところだったから、少しは期待してたし……悔しいっていうか、ガックリしたかなぁ」

「実際の点数ってどうだったんですか?」

「なんと、ボーダーより八点も下だったよ」

「えっ、めっちゃ惜しい!」

「いや、その八点の間にたくさんの人がいるし……さっきも少し言ったけど、俺はもう全力を注いで燃え尽きちゃったから、悔しさはそこまでなかったよ。もちろん合格したかったし、さらに一年全力を注げる浪人生のことは、心の底からすごいと思ったね」

 詳しい点数の話は僕も初めて聞いた。やっぱり、裕輔くん、かなりいいところまでは行ってたんだ。でも、東大入試の世界は残酷で、一点どころか〇・〇一点というスケールで合否が決まる。小数点以下は共通テストの点数を圧縮した際に発生することから、共テの重要性も再確認させられる。




「なんか、色々話したけどさ、みんなにどうしても伝えておきたいことがあって……これは、今だから言えることなんだけどね、もしも東大に行けなくても人生は楽しいからね!」

「……! 裕輔くん……」

「受験生のときってさ、志望校に受からなかったら人生終わりだ〜とか、極端な思考に支配されがちなんだよね。でも、頑張ってきたみんなの未来は、既に無限の明るい可能性に満ちてるから。どこに行ったとしても、そこでしかできない経験があって、そこでしか出会えなかった仲間がいるよ。自分の実力が導いた場所は、これまでの自分を裏切らないから大丈夫。たとえ、それが最初の理想とは違ったとしても」

 たった三年、されど三年。
 僕らより早く生まれた裕輔くんの実体験に基づくメッセージは、すうっと心の深いところまで届く。
 それは他の三人も同じだろう。
 特に龍は分かりやすく「感動した!」というような瞳の輝きを見せ、裕輔くんに握手まで求めている。

「裕輔さん、超かっけぇっす!」

「え、りゅ、龍くん大袈裟だなぁ」

「大袈裟じゃないです、俺もグッときました!」

「しゅ、駿太くんまで……」
 
 左手を龍、右手を駿太にぎゅっと握られた裕輔くんは、戸惑いながらも「ありがとう」と嬉しそうに笑う。
 ずっと黙って話を聞いていた吉峰も、「俺も……」と手を差し出して、龍と駿太のあとに両手で握手してもらってた。
 
「裕輔くん、僕も」
 
「えっ、啓杜も? ふふ、いいよ〜」
 
 僕まで握手したいと言い出すなんて思っていなかったのか、裕輔くんはより一層ほっぺを緩ませて、ぎゅっと手を握ってくれた。
 僕にパワーを分け与えてくれるような優しく力強い体温は、また会えるその日まで、僕の心の支えになるだろうと確信した。
 
 

 
 
「裕輔さん、いい人だったなー。会えて良かった」
 
 それぞれが帰路につき、気づけば龍と二人きりで電車に乗っていた。窓の外の景色を眺めながら、龍は満足気に口角を上げている。
 
「裕輔くんにいい報告できるように頑張らなきゃね」
 
「そうだなぁ……って、啓ちゃん見て! めっちゃ桜咲いてる!」
 
「ん? おお、ほんとだ」
 
 龍が指差す先には、おそらくちょうど今頃が満開だと思われる桜並木。新学期には散っているのだろうと思うと寂しいが、別れや進路選択と向き合わなければならない今の時期こそ、この明るく儚い花たちに寄り添ってほしいと思う人も多いのではないか。
 
「ねぇ、一瞬だけ降りてみようよ!」
 
「えっ、ちょ、」
 
 電車が停まり、扉が開いてすぐ、龍に手を引かれるまま普段は使わない駅で降りてしまった。
 相変わらず強引な奴だな……と思ったが、駅の周りに綺麗な桜がたくさん咲いているのを見たら、その強引さにも感謝したくなる。
 
「啓ちゃん! 来年もここの桜、一緒に見ようよ」
 
「龍……そうだな、また見に来るか」
 
 一年後の僕たちも、笑顔でこの桜を見ていますように。
 ……って願うだけじゃ叶わないから。
 明日、いや、今日家に帰ってから、また僕らは参考書を開いてペンを持つんだ。