赤門同好会!

 特進コースの僕・門田(かどた)啓杜(けいと)とスポーツ科の龍こと赤城(あかぎ)龍太朗(りゅうたろう)。見た目も性格も正反対な僕たちは突然出会い、何の変哲もない図書室で、東大合格を目指し「赤門同好会」を結成――。

「……で、啓ちゃん、俺たち何すんの?」

「お前、意気揚々と『赤門同好会』なんてノートに書いたくせにそれかよ」

「えへへ」

「えへへじゃない」

 僕よりデカい図体の男が、子どもみたいにふにゃっと笑ってやがる。受験まで時間がないからこっちは焦ってるのに、調子狂うっていうか……いや、まあ仕方ない。こいつは初対面で僕のことを「啓ちゃん」と呼ぶイカれたやつだ。早く慣れよう。

「……よし、じゃあ一つ質問だ。このノートは何のためにある?」

「えー! なになに、なぞなぞ?」

「ちげぇよ。僕たち今から東大受験に向けて勉強すんだよな? じゃあ最初にやることは何だ?」

「最初にやること……あ、啓ちゃん言ってたよね! 自分が行きたいところのこと知らないのは論外だって。だから、最初にやるべきことは……東大について調べる!」

 こいつ……僕の言ったことちゃんと覚えてんのかよ。トンチンカンな答えが返ってくると身構えていたが、その必要はなかったみたいだ。

「東大……いや、もっと大きく言えば、大学受験について知るのが第一歩だ。と言っても、龍だってある程度は知ってるだろうけど」

「んぁ〜、まあ、なんとなく?」

「……何も知らないと仮定して話を進める」

「おう!」

 返事だけはいい龍の隣に座り、「赤」というよりはピンクに近い表紙をめくり、記念すべき一ページ目に……は、龍のらくがきが描いてあったので、二ページ目にペンを走らせる。

「まず、大学というのは、国公立大学と私立大学に分けられる。東大や東工大(現・科学大)は国立、早稲田や慶應は私立だが、国立と私立では入試方式が大きく異なる」

「ほうほう」

「国公立入試には、一般選抜と学校推薦型選抜、総合型選抜ってやつがあるが、僕たち含め最も多くの人が挑むのが、最初に言った一般選抜だ」

「一般選抜……なんか、名前だけじゃよく分かんねーよな」

 口を尖らせ首を傾げる龍に、まあ確かにそうだよなと同調しつつ説明を続ける。

「一般選抜では、原則として二つの試験を受けなければならない。一つ目は一月に行われる共通テスト、二つ目が二月に行われる大学ごとの個別試験だ。共通テストの模試は龍も受けたことあるだろ?」

「あ、あるある、科目とかも覚えてる! 確か時間が全然足りなかったんだよなぁ……ってかさ、なんで二つもテストがあんのかな」

「共通テストは最初のフィルターだよ。各科目において高校範囲の基礎をきちんと身につけられているか、個別試験を受けるにふさわしい学力を持っているか判断されるんだ。僕たちは、まずここでふるいにかけられるんだよ」



「うおぉ、なかなか怖いぜ。だってそこで切られたら終わりってことだろ!?」

「そうだな。まあ共通テストの点がどこまで影響するかは大学によるが……そこで点が全然取れないような学力じゃ、どのみちライバルたちに勝つことはできないだろうな」

 龍は「マジか!」とショックを受けた顔をしているが、こんなところで挫折されては困る。今から東大の話をするっていうのに……と、その前に、私立の話もサラッとしとくか。

「さて、ここまで国立の話をしてきたが、私立の入試についても確認するぞ」

「おう!」

「私立入試も国立と似たような分類にはなるが、特徴的なのは指定校推薦と共テ利用だな。指定校ってのは、大学側が特定の高校に特別に設ける推薦枠のこと。共テ利用ってのは、共通テストの結果を使って私立を受験できる方式だな」

「え゙、共通テストだけで私立に入れんの? じゃあ大学ごとの試験の対策しなくていいってこと!?」

「そもそも共テ利用を実施してる大学や学部は限られているんだ。それに、難関大はボーダーがクソ高い。楽に入れると思ったら大間違いだ」

 龍は「ちぇ」と少し残念そうにほっぺを膨らませた。東大に集中したい気持ちはよく分かるが、いずれ私立の対策にもしっかりと向き合ってもらうことになるだろう。



「ちなみに旧AO入試ってのは芸能人とかがよく利用してる制度だな。ま、僕たちは超絶一般人だから芸能人パワーを使うのは諦めろ」

「へぇ〜、俺も将来は大人気バンドのボーカルやる予定なのになぁ」

 龍のボケはスルーして、ノートの新しいページを開く。

「こっからは東大の個別試験の話な。東大は……いや、僕が一方的に説明してばかりなのも良くないな。龍、今スマホで調べてみろ」

「おっ、俺の役目ね。ちょうど何日か前に調べたんだよな」

 龍は嬉しそうにスマホの検索ページを開く。現代人はスマホをよく見る割に、知らないことを「知らない」で済ませる人間も多いが、受験は情報戦だ。せっかく便利な薄い板があるのだから、能動的に調べてもらいたい。

「そういえば俺、ちゃんと理科とか文科とか覚えたよ!」

「よし。じゃあ書いてみて」

 同好会ノートを龍の方へスライドさせシャーペンを渡す。龍は「このシャーペン書きやすい!」とか言って喜んで文字を書いていた。シャーペン一つでこんなに無邪気に笑えるなんて、幸せなやつだなぁとつくづく思う。

「あ、啓ちゃんが笑った!」

「っ、な、笑ってない」

「えぇ、絶対笑ったよ。いつも眉間にしわ寄ってたから、啓ちゃんの笑顔見れて嬉しい!」

「……うるさい」

 ニヤニヤする龍の手からノートを奪って目を通す。
 ふむ。東大は入学時に学部分けをしないこと、そのため入試では「文科一類、二類、三類」加えて「理科一類、二類、三類」の六つの科類から一つ選び志望すること、各科類それぞれ後々入りやすい学部や難易度が異なること、などなど……科類について最低限のことは調べたみたいだ。



「文系だと文科一類、理系だと理科三類が一番難しいんでしょ? なんかややこしいよな」

「文科一類は法学部、理科三類は医学部に進む人がほとんどだからな。トップ中のトップが集まる、つまりそれだけボーダーも高くなる」

 ほお〜と感嘆の声を漏らす龍に、続けて試験日と入試科目を調べて書くように促す。

「東大って理系も国語があるんだよなぁ」

「ああ。幸いお前の成績を見ると、国語のセンスはそこそこありそうだから良かったよ」

「えへ、啓ちゃんに褒められた!」

「これは賞賛じゃなくて安堵だ。試験なら不正解になるぞ」

 って、ここまで調べたことは最低限の準備に過ぎない。
 重要なのはここからだ。

「さて、タイムリミットとゴールを把握したら、次は何をする?」

「次は……練習メニューを決める!」

「っ!」

 そうか、そうだった。龍はスポーツ科の生徒、つまり、これまでの人生でスポーツにおける目標達成のプロセスは会得しているし、ある程度の継続的な努力はできる人間だ。これらは本質的に勉強にも通用する能力だから、足りない知識を僕が補えば……未来は結構明るいかもしれない。

「龍は、メニューを決めるときどうやって決めてきた?」

「どうやって……大会が一ヶ月後だとしたら、一週間前にはあれやらなきゃ、それなら二週間前にはこれくらい……って感じ?」

「まさにそれだよ。勉強でも同じことをしろ。目標から逆算して計画を立てるんだ」

「なるほどぅ。終点を個別試験にした矢印の中身を決めてくのか」

「ああ。例えば共通テストが終わってから個別試験までの一ヶ月は、私立入試も入ってくるし、最終調整くらいに思った方がいい。つまり共通テストまでに、十分な過去問演習ができている状態にする必要がある。過去問を解き始めるのは早ければ早いほどいいが、演習や苦手克服を徹底的にやってからでないとあまり意味がない。目安は夏休みかな。夏休み後には東大の過去問をしっかり見ていきたいよな……って聞いてるか?」

 分かりやすいようにノートに書きながら話してやってるのに、龍はノートじゃなくて僕のことをニコニコしながら見ている。イケメンに至近距離で見つめられると、恥ずかしい気持ちとムカつく気持ちが湧いてくるな。

「やっぱり、啓ちゃんに話しかけて良かったなぁ」

「はぁ? いきなり何……」

「俺さぁ、特進の奴あんま好きじゃなかったんだよね」

「喧嘩売ってんのかお前」

「違うよ、啓ちゃんだけは特別ってこと」

 一体全体、僕の何がこいつに刺さっているのか分からない。特進の最下位だし、別に愛想も良くないし……いやマジで分からんぞ。

「特進の人っていっつも勉強してんじゃん? 登下校のときは歩きながら単語帳見てるし、昼休みも弁当食べながら参考書読んでるし」

「そうだけど……?」

「自分の時間を好きに使うのはいいと思うよ、俺だって。でもさ、目の前で誰かがプリントばら撒いちゃって困ってるときとか、委員会の連絡で話しかけられたときとか、そういうの無視するのは人としてどうかと思うんだよね」

「あー……」

 龍の話を聞いて思い当たる人は二人いる。一秒たりとも他人に勉強の邪魔をされたくないという気持ちの究極形。どんなに頭が良くたって、ああはなりたくないと僕も思う。

「あとは、スポーツ科のことあからさまに馬鹿にする奴らいるだろ。すごいのはごく一部で、大多数はちょっと運動神経いいだけの馬鹿だって言ってんの聞いたことあるんだ」

「っ、そんなこと……まあ言いそうな奴はいるな……」

「スポーツ科のみんなは、自分の競技と向き合って頑張ってる。中途半端な気持ちでやってる人の方が少ない。フィールドが違うだけなのに、自分たちの方が偉くなった気分でいるんだろ」

 確かに……特進コースは十五名しかいないが、半分くらいは性格が曲がってる。底辺の僕を見下しているのも視線だけで分かる。僕はすっかり慣れてしまったし、そういうのくだらないから気にしてなかったけど。

「……啓ちゃんはさ、重そうな荷物持ってる人のこと手伝うし、後輩に話しかけられたらすげー優しく返してあげるでしょ」

「いや……本来はそれが当たり前だし、僕の他にもまともな特進生はいるから――」

「啓ちゃん、六月に泣いてたよね。体育館の裏のとこで」

「は……」

 六月、泣いた、体育館の裏。梅雨で小雨が続いてた週の金曜日だった。もちろん覚えてるさ。高校生にもなって学校で泣くなんて、情けなくて堪らなかったから。絶対に絶対に誰にも見られたくなくて、体育館裏の隅っこで涙が止まるのを待ったのに……こいつに見られてたとか、僕の努力はなんだったんだ。

「いつも凛としてる啓ちゃんが泣いてるの、衝撃受けたっていうか……この人もこんな風に泣くんだなって、なんかちょっと安心したんだよね。今思えばあれが……って、啓ちゃん顔真っ赤じゃん!」

「っ、うるさいな、泣いてるとこ見られてたなんて数ヶ月後に暴露されたら恥ずいだろ!」

「はは、ごめんごめん……てか、なんで泣いてたの?」

「色々重なっただけだよ。そもそもあの日体調悪かったし、模試の結果返ってきたと思ったら相変わらず判定はクソだし、授業で難しい問題解けって指名されるし、委員会で後輩のミス押し付けられるし。一つ一つは小さなことだけど、メンタル弱ってるときに連発されると涙まで出ちゃうらしい」

 全く、どうして最悪な日のことをわざわざ思い出して説明しなきゃならんのだ……とため息を吐いたとき、頭にポン、と手を置かれた。

「そっかぁ、そりゃ辛いわ、よしよし」

 ポン、ポン、ポン……。

「って何してんだお前! 僕は子どもじゃない!」

 危うく龍の大きな手の感触に心地良いという感情を抱くところだった。こいつ、学力とは別のベクトルで僕のことを馬鹿にして――いると思ってたけど、その瞳がほんの一瞬だけ翳ったような気がして、あんまり強く言えなかった。

「と、とにかく! 計画立てる!」

「はいっ!」

 気合いを入れろというつもりで龍の背中をドン、と叩くと、なぜか嬉しそうに笑って僕の背中をそれ以上の強さで叩いてきた。ふざけんな。


「じゃ、気を取り直して……計画は科目別に立てていこう。九月以降に東大や私立の過去問を見ていくところは一緒だから、それ以前の計画を立てる。まずは数学からな」

「数学!」

「授業の進み具合とかは、スポーツ科の理系コースも普通科の理系と同じ感じだよな」

「うん! 数Ⅲも数Cもやってる!」

「やってなかったら困る。数学に関しては、半年くらいはしっかり難関入試レベルの問題集で演習したい。早くて三月、遅くても四月からは。それまではとにかく徹底的に青チャートをやり込め」

 青チャートは高校数学の基礎が詰め込まれた超王道の参考書だ。うちの高校では全学科でこの青チャートを採用しているから、新たに買う必要もない。これを一冊丸ごと完璧に解けるようになることが合格への第一歩だ。

「へぇ、お前、そんなすごいやつだったのかあ」

 龍は青チャートをよしよし、と撫でた。こいつは人も物もなんでも撫でる癖があるのかもしれない。


「次、英語な。龍はまずターゲット1900を完璧にしろ。なんとなくじゃなくて、単語一つ一つを内在化させるんだ」

「内在化って?」

「簡単に言えば自分のものにしろってこと。ラグを無くせ。例えば『cat』って単語を見たとき、『えーと、なんだっけ、あ、猫だ!』って意味を理解するのに三秒かかる人と、ほぼ同時に『猫』って分かる人を比較したら……って言えば分かるか?」

「分かる! ライバルが一瞬で読み進められるとこで止まってたら、そりゃあ不利すぎるよな」

「だろ? だからまずは一冊、単語帳を完璧にしろ」

 そう言うと、龍はチラリと僕のリュックの方へ視線をやる。

「どうかした?」

「んや、啓ちゃんがいつも持ってるアレ。あの、黒くて分厚いやつは?」

「ああ……あれは『鉄壁』だ」

「え、急にアニメっぽい表現キタ」

「ちげーよ比喩とかじゃなくて『鉄壁』っていう単語帳」

 鉄壁――それは、東大受験指導専門塾「鉄緑会」が作り出した英単語帳。圧倒的な情報量と完成度を誇り、難関大向けの「最強」単語帳と言ってもいいだろう。

「ほえ〜東大専門とかあんだね。かっけーから俺も使ってみたいなぁ」

「ターゲットとりあえず最後まで覚えたんだろ? 龍は暗記がかなり得意みたいだから早く完璧にしちまえ」

「へへ、褒められた」

「……」

 もう僕はツッこまない。

「あとは熟語・英文法・英文解釈・長文・英作文など……基本的には、学校で使ってる熟語帳と参考書をマスターすること。それと……英語に関してはかなりオススメしたい先生がいる」

「えっ、だれだれ!?」

「スタディサプリって知ってるか? 安いのに質の高い授業が見放題のオンライン予備校。そこで英語の講座を持ってる『(せき)正生(まさお)』先生だ」

「へぇ、啓ちゃんがオススメって言うんだから、すげーんだなその人」

「ああ、英文法で躓いたら関先生の講義を見てみろ。スタサプは月額たったの二千円だから、お年玉でも払えるだろ。関先生は参考書もたくさん出してるから、それもチェックしてみたらいい」

 龍は早速スマホでスタサプや関先生のことを調べながら、「ほえぇ」とか「うおぉ」とか鳴いている。ぜひとも授業を受けてからそれを上回る感嘆の声を聞かせていただきたいが。

「おい、龍。まだ爆弾が残ってんだよ英語には」

「ば、爆弾っ!?」

「そうだ、でっかい爆弾だ」

「な、な、なに……あーっ!! リスニングだろ!!」

「大正解」

 どんな項目においても言えることではあるのだが、リスニングは特に、急に点が取れるようになるものではない。地道に毎日毎日、コツコツと続けていくことが最も求められる分野かもしれない。

「龍、今日からシャドーイングをしろ」

「え、あれじゃん、授業でやらされるやつ?」

「そうそう。聞こえてきた英文をほぼ同時に口に出すやつな。でも、何も考えず口に出してたら意味ないぞ。授業でもやってるように、段階的に英文を見ずに言えるようにして、英語の型や発音を意識して身につけていくんだ」

「そっか、あれって大事な時間だったんだな……でも、肝心の文章は何を読めばいいんだ?」

「自分がきちんと理解できるレベルで、お手本の音声が聴けるものならなんでもいい。長文の参考書とか結構いいと思うよ、だいたいCDついてるし」

「んあ〜! ……決めた。啓ちゃん、明日、参考書買うの付き合ってくんない?」

 龍は床に跪き、決して可愛くない上目遣いをしてくる。そんなことしなくても本屋に行くくらい付き合ってやるのに。

「お金は大丈夫なのか?」

「うん! 俺、夏休みにめちゃくちゃバイトしたから」

「そうか……じゃあ、明日の放課後は玄関に集合しよう」

「やったー! ありがと啓ちゃん♪」

 立ち上がると僕よりずっと背が高いのがムカつく。もう少し上目遣いさせとけば良かったかもしれない。



「ふあ〜、一気に色んな情報入ってきてちょっと疲れちったなぁ、今日はこの辺にしとく?」

「だな。僕も予備校で自分の勉強したいし」

 そう、僕は早く予備校の自習室で……まあ、こいつと話すのも悪くなかったけど。
 ただ改めて考えても不思議だ、僕が平日の貴重な勉強時間の一部を、どうしてこの男と過ごす気になったんだろう。

「予備校ってバス停の方向だよね? 途中まで一緒に行こ!」

「え゙、ちょ、手は繋がんでいい……」

 荷物をまとめるや否や、強引に手を引いてくる茶髪。そういえばこういうのいつぶりかな。特進にも普通に話せる人は何人かいるけれど、互いの放課後や休みに干渉はしないし、友達って呼べるほどの仲じゃない……いや、別に龍だってまだ友達ではないか。

「ねぇ、夕飯までお腹空くっしょ、コンビニ寄ろうぜ」

「え、あ、ああ……」

 一応いつも家から菓子パンを持ってきてるから、何も買わなくても大丈夫なのだけど、龍の勢いに流されてコンビニに入ってしまった。
 せっかくならスイーツでも買っちゃおうかな、と思ってシュークリームの前に立っていると、ひょこっと龍が後ろから覗いてきて「それにすんの?」と尋ねてくる。

「たまにはいいかなって……」

「じゃ、俺買ってくるわ!」

「え!?」

 龍はシュークリームを二つ手に取ったかと思えば、セルフレジであっという間に会計を済ませてしまった。

「はい、啓ちゃんの分ね」

 龍が渡してきたレジ袋には、シュークリームに加えてアイスとチョコレートまで入っていた。

「な、なんで、お金払うよ」

「え、いいって! 俺が奢りたかっただけだし、友達なんだから気にすんなよ」

「……! あ、あり、がとう」

「ほんとなら俺も啓ちゃんと予備校行きたいんだけどなぁ、親から金は出さんぞって言われてるし」

 まあ、そりゃ仕方ないよな。そもそも親が反対しているアーティスト活動を許す条件として東大合格を挙げているのだから、親に頼らずやってみせろということなのだろう。

「……これからは図書室で一緒に勉強できるんだからいいだろ」

「啓ちゃん……!」

「ほら、バス乗り遅れるぞ、じゃあな」

「おう、また明日!」

 龍の笑顔が太陽みたいに眩しいから、少し前に日が沈んだことを忘れそうになった。どういう風に生きてきたら、あんなに濁りのない明るさを持つことができるのだろう。
 ……でも、龍に何か事情があることは薄々分かっている。スポーツ科なのに放課後フリーだし、それ以外の時間も運動をしている気配がない。

“スポーツ科のみんなは、自分の競技と向き合って頑張ってる”

 あの発言の「みんな」の中に、自分自身は入っていないのだろうか。僕はスポーツ科に知り合いもいないし、龍がなんの選手なのかも分からない。だからと言って、僕から尋ねるつもりもない。龍は多分、話したくなったら自分から話すと思うから。


 龍を見送ったあと、通い慣れた予備校へ向かった。扉を開くと、教室長の佐藤先生がいつも通り迎えてくれる。

「門田くん、なんかいいことあった?」

「えっ」

「いや、なんとなく明るい雰囲気になったなぁと思って。表情も良くなったね」

「そ、そうですかね、自分じゃ分からないですけど……でも、誰かに教えながら勉強するっていう方法、始めてみようかと思って。その……友達、が、明るいからかもしれません」

「へぇ、そうなんだ! いいね、切磋琢磨できる存在は貴重だからね。二年ぶりにそういう仲間が見つかったなら先生も嬉しいな」

 この予備校には中学生の頃から通っているから、先生は僕のことをよく知ってくれている。だからこそ、龍との出会いを先生にも喜んでもらえたのは純粋に嬉しかった。
 僕の日常に吹いた新しい風は、想像していたよりずっと大きくて爽やかな希望を連れてきたのかもしれない。